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第七章 月空の下で
トルバゴ共和国の国主
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次の日。
これまでの高熱が嘘のように、リィカの熱が下がった。
まだ微熱はあるが、今までとは大違いだ。
「単純だねぇ」
ペトラが笑えば、リィカがむくれた。
「食欲もあるみたいだね。この調子なら大丈夫だね」
一緒に食事をしながら、ペトラがリィカの食べっぷりを見てそう判断する。
リィカの希望で、今は二人だけで朝食を取っていた。
「ありがとうございます。……本当に、言うだけ言っちゃって、ごめんなさい」
後半、小声になる。しかも、泣き疲れて眠るなど、小さい子供みたいだ。
「気にしないの。元気になって良かったよ。――馬鹿な男どもが何を言ってきても無視しなよ。あんたの周りの男どもは、みんな権力持ってんだ。そいつらに押しつけてやればいい」
「……なんか、悪い気がする」
「お人好しだねぇ。そんだけ別嬪さんなんだから、もっと利用しな。目をうるませて、上目遣いでお願いしたら、男は喜んで言うこと聞くよ」
「……いや、わたしは、そういうのムリ」
「もったいない」
本気で言うペトラに、リィカは顔をヒクつかせる。
試しに、自分がそうやるところを想像してみて……やめた。どう考えても似合わない。
食事が終われば、ベッドに入るように促される。
しかし、熱も下がってきて、横になるよりも、軽く体を動かしたい。
そう言ったら、怒られた。
「いいから寝な」
ドスの利いた声で言われた。
「――はいっ」
逆らうなど考えることもできず、素直に横になった。
やはり消耗はしていたのか、すぐ寝てしまったリィカだが、ノックの音で目が覚める。
ペトラが応対していた。相手はクルトのようだ。
ペトラの渋る声が聞こえるが、振り返ってリィカが目を開けているのを見ると、近寄ってきた。
「起きちゃったか。……実はね、国主が来てるらしいんだよ。で、良かったら面会したいって事なんだ」
「――えっ!?」
身体を固くするリィカに、ペトラは苦笑する。
「大丈夫、ふざけてるけど悪い奴じゃない。……あ、いや、そうでもないか。しまった、忘れてた。あれは女の敵だ。クルト、追い出しな」
「オレの館なのに、追い出せとはひどいだろう。しかも女の敵とはなんだ。変な事吹き込むな」
「あたしは面会を許可した覚えはないよ。出て行きな、クリストフ」
聞き覚えのない男性の声に対して、ペトラは素っ気なく言い返している。
リィカが体を起こすと、壮年の男性が扉の外にいた。
後ろにアレクたちも一緒にいるのが見える。
壮年の男性と目が合うと、その男性が驚いた顔をする。
「おお、これはこれは」
ズカズカと部屋に入ってきてリィカに近寄ろうとするが、それをペトラが邪魔をした。
「リィカに近寄るんじゃないよ」
「リィカというのか。顔に似合う可愛らしい名前じゃないか。オレはクリストフと言って、この国の国主をしているんだ。どうだ、オレと結婚しないか?」
「…………は……?」
あまりにも軽く言われて、意味を取り損ねる。
パン、という音が聞こえて見れば、ペトラがクリストフに張り手を食らわせていた。
「んとにアンタは。だから女の敵なんだよ。女とみれば見境なしに口説くのやめな」
「何を言ってる。ちゃんと選ぶぞ。間違っても婆さんを口説こうとは思わん。大体、可愛い子がそこにいるんだぞ。口説くのが礼儀だろう」
叩かれたというのに痛がるそぶりも見せずに、クリストフは堂々と持論を展開する。
ペトラが青筋を立てた。
「そんな礼儀、ドブに捨てな。迷惑だ。そんなんだから、いい年こいて独身なんだよ」
「独身は関係ないだろうが!」
「ほら、邪魔だ。出て行きな」
「待て婆さん! せめて話を! どんな声をしているかだけでも……!」
「あんたみたいな女の敵に、聞かせられるか。行った行った」
シッシッと容赦なく国主を追い払って、ペトラはリィカに謝罪した。
「悪かったね、あんな国主で。ああ見えて有能な時もあるんだけどね。何もない時はただの女好き。挨拶みたいなもんだから、気にしなくていいよ」
「……あいさつ……」
あの結婚しないか、が挨拶なのか。正直、勘弁して欲しかった。
「あんたたち、ちょっと中入りな」
ペトラが立ちすくんでいるアレクたちに声をかけていた。
アレクたちが部屋に入ったところで、ペトラが話を始めた。
「この調子なら、リィカは明日明後日には治るよ。治ってすぐ旅の再開ってのはお勧めしないから、少し余裕を持って日程は組んどくれ。そういうわけで、旅の話をするなら、あたしは席を外すけど、どうする?」
アレクがリィカの顔を見て、それからペトラを見る。
「――では、お願いしていいですか?」
「はいよ」
ヒラヒラ手を振りながら、ペトラは部屋を出て行った。
これまでの高熱が嘘のように、リィカの熱が下がった。
まだ微熱はあるが、今までとは大違いだ。
「単純だねぇ」
ペトラが笑えば、リィカがむくれた。
「食欲もあるみたいだね。この調子なら大丈夫だね」
一緒に食事をしながら、ペトラがリィカの食べっぷりを見てそう判断する。
リィカの希望で、今は二人だけで朝食を取っていた。
「ありがとうございます。……本当に、言うだけ言っちゃって、ごめんなさい」
後半、小声になる。しかも、泣き疲れて眠るなど、小さい子供みたいだ。
「気にしないの。元気になって良かったよ。――馬鹿な男どもが何を言ってきても無視しなよ。あんたの周りの男どもは、みんな権力持ってんだ。そいつらに押しつけてやればいい」
「……なんか、悪い気がする」
「お人好しだねぇ。そんだけ別嬪さんなんだから、もっと利用しな。目をうるませて、上目遣いでお願いしたら、男は喜んで言うこと聞くよ」
「……いや、わたしは、そういうのムリ」
「もったいない」
本気で言うペトラに、リィカは顔をヒクつかせる。
試しに、自分がそうやるところを想像してみて……やめた。どう考えても似合わない。
食事が終われば、ベッドに入るように促される。
しかし、熱も下がってきて、横になるよりも、軽く体を動かしたい。
そう言ったら、怒られた。
「いいから寝な」
ドスの利いた声で言われた。
「――はいっ」
逆らうなど考えることもできず、素直に横になった。
やはり消耗はしていたのか、すぐ寝てしまったリィカだが、ノックの音で目が覚める。
ペトラが応対していた。相手はクルトのようだ。
ペトラの渋る声が聞こえるが、振り返ってリィカが目を開けているのを見ると、近寄ってきた。
「起きちゃったか。……実はね、国主が来てるらしいんだよ。で、良かったら面会したいって事なんだ」
「――えっ!?」
身体を固くするリィカに、ペトラは苦笑する。
「大丈夫、ふざけてるけど悪い奴じゃない。……あ、いや、そうでもないか。しまった、忘れてた。あれは女の敵だ。クルト、追い出しな」
「オレの館なのに、追い出せとはひどいだろう。しかも女の敵とはなんだ。変な事吹き込むな」
「あたしは面会を許可した覚えはないよ。出て行きな、クリストフ」
聞き覚えのない男性の声に対して、ペトラは素っ気なく言い返している。
リィカが体を起こすと、壮年の男性が扉の外にいた。
後ろにアレクたちも一緒にいるのが見える。
壮年の男性と目が合うと、その男性が驚いた顔をする。
「おお、これはこれは」
ズカズカと部屋に入ってきてリィカに近寄ろうとするが、それをペトラが邪魔をした。
「リィカに近寄るんじゃないよ」
「リィカというのか。顔に似合う可愛らしい名前じゃないか。オレはクリストフと言って、この国の国主をしているんだ。どうだ、オレと結婚しないか?」
「…………は……?」
あまりにも軽く言われて、意味を取り損ねる。
パン、という音が聞こえて見れば、ペトラがクリストフに張り手を食らわせていた。
「んとにアンタは。だから女の敵なんだよ。女とみれば見境なしに口説くのやめな」
「何を言ってる。ちゃんと選ぶぞ。間違っても婆さんを口説こうとは思わん。大体、可愛い子がそこにいるんだぞ。口説くのが礼儀だろう」
叩かれたというのに痛がるそぶりも見せずに、クリストフは堂々と持論を展開する。
ペトラが青筋を立てた。
「そんな礼儀、ドブに捨てな。迷惑だ。そんなんだから、いい年こいて独身なんだよ」
「独身は関係ないだろうが!」
「ほら、邪魔だ。出て行きな」
「待て婆さん! せめて話を! どんな声をしているかだけでも……!」
「あんたみたいな女の敵に、聞かせられるか。行った行った」
シッシッと容赦なく国主を追い払って、ペトラはリィカに謝罪した。
「悪かったね、あんな国主で。ああ見えて有能な時もあるんだけどね。何もない時はただの女好き。挨拶みたいなもんだから、気にしなくていいよ」
「……あいさつ……」
あの結婚しないか、が挨拶なのか。正直、勘弁して欲しかった。
「あんたたち、ちょっと中入りな」
ペトラが立ちすくんでいるアレクたちに声をかけていた。
アレクたちが部屋に入ったところで、ペトラが話を始めた。
「この調子なら、リィカは明日明後日には治るよ。治ってすぐ旅の再開ってのはお勧めしないから、少し余裕を持って日程は組んどくれ。そういうわけで、旅の話をするなら、あたしは席を外すけど、どうする?」
アレクがリィカの顔を見て、それからペトラを見る。
「――では、お願いしていいですか?」
「はいよ」
ヒラヒラ手を振りながら、ペトラは部屋を出て行った。
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