205 / 637
第七章 月空の下で
ペトラ②
しおりを挟む
部屋を出たペトラは、部屋の前にアレクたちがいるのを見て、顔をしかめる。
「何でいるんだい? 部屋、割り当ててないのか」
言われたクルトは、言い返した。
「割り当ては済んでるよ。心配してるんだろう。当たり前じゃないか」
「ふん」
そのまま踵を返して去ろうとするペトラに、慌ててアレクが声を掛けた。
「あの……リィカは……」
「泣き疲れて寝てるよ」
端的な答えに、しかしアレクが息を呑んだ。
「……泣いたんですか?」
「ああ。……しょうがないか。ちょっと話をしようかね。クルト、どっか場所を貸しとくれ」
「しょうがないじゃないだろう……」
クルトはため息をつくと、応接室に案内した。
※ ※ ※
「あんたたちは、どこまで事情を知ってる?」
椅子に座ると、ペトラは話を切り出した。
が、クルトからストップが掛かった。
「待て婆さん。言葉遣いを……」
「それが不満なら、あたしゃ話をしないよ。どうなんだ?」
顎でしゃくられたアレクは、頷いた。
「問題ありません。話しやすいように話して頂ければ」
「へえ、なるほど。躊躇いもなくそれを言える王族って、なかなかいないと思ってたけど。あの子が信頼している相手なだけはあるわけだ」
アレクが言葉に詰まる。
それを見て、ペトラは面白そうだ。
「あんた、フラれたんだろ? その割に熱心だねぇ?」
「……あなたに関係ありませんし、リィカの今の状況にも無関係のはずです」
アレクは何とか声を絞り出す。ペトラはどう思ったのか、表情を消した。
「ま、諦めの悪い男っていうのも嫌いじゃないよ。――そのままカッコ悪くしがみついてな。そのうち良いことあるかもよ」
「…………えっ?」
アレクが驚いて疑問を呈するが、ペトラはそれ以上言う気はなかった。
「で、最初に質問の答えは? あんたたちは、何をどこまで知ってる?」
「……モルタナやテルフレイラでの事は知っています」
話題を戻したペトラに、アレクも諦めて質問に答えた。
ペトラは目を細める。
「最近の、旅の最中で起きたことなら、まあ当然か。――多分分かっちゃいたんだろうけど、あの子の熱の原因は、体じゃない。心から来るものだ。
泣かせてぶちまけさせたけど、それで熱が下がるかどうかは分からない。心は魔法で治せないからね」
その言葉に、ハッとしたのはユーリだ。
神官長である父も、同じ事をよく言っていたからだ。
「それで熱が下がっても、根本的な問題が解決したわけじゃない」
そこで、ペトラの雰囲気が変わった。
怯んでしまうくらいの圧迫感を感じる。
「あんたたちにも言い分はあるんだろうけど、言わせてもらうよ。平民はね、何も力がないんだ。貴族様に何か言われれば、言いなりになるしかない。
あんたたちには権力があるんだろう。あの子を大切に思うんなら、権力尽くでも守ってやんな」
(――そんな事、分かっている)
そう言い返そうとして、アレクは言葉に出せなかった。
結局守れていないのだ。
権力を、身分を振りかざしたところで、より強い権力には敵わない。だから、モントルビアやデトナで、国王に対して強く出られなかった。
権力だって絶対じゃないのだ。それを知っているから、アレクは権力を振りかざすことはしたくなかった。
(――ああ、そうか)
アレクは、悟った。
自分はアルカトル王国の王子だ。無意識のうちに国の事を気にしていた。自分の身分より高い国王たちに強く出られなかったのは、そのせいだ。
自分の言動で、父に、兄に、迷惑が掛かることを気にしていた。
でも、今は勇者一行の一員だ。
勇者本人ではなくても、その権力を振るうことは可能だったはずなのだ。
※ ※ ※
アレクが悔しそうに振り返っている中、バルもユーリも、泰基も暁斗もそれぞれに考えているようだ。
それを見て、ペトラがわずかに笑う。
(確かに、悪い子たちじゃないね)
リィカの、貴族への恐怖心はそう簡単に拭えるものじゃない。この先一生なくならない可能性だって高い。
けれど、何かあっても守ってもらえると思えれば、少しは違うだろう。自分が前国主なら守ってくれると思えたように。
鍵はアレクだ。
(リィカのこと、諦めるんじゃないよ。あの子が素直になれるまで)
身分の違いに振り回されて、思ってもいない理由で相手を振って。自分を守ってくれる人を、自分で突き放した。
あれだけの別嬪だ。これからも同じようなことは起こる。
リィカが意地を張るのをやめて好いた男の手を取れるまで、アレクにはリィカを好きなままでいてほしい、とペトラは思った。
「何でいるんだい? 部屋、割り当ててないのか」
言われたクルトは、言い返した。
「割り当ては済んでるよ。心配してるんだろう。当たり前じゃないか」
「ふん」
そのまま踵を返して去ろうとするペトラに、慌ててアレクが声を掛けた。
「あの……リィカは……」
「泣き疲れて寝てるよ」
端的な答えに、しかしアレクが息を呑んだ。
「……泣いたんですか?」
「ああ。……しょうがないか。ちょっと話をしようかね。クルト、どっか場所を貸しとくれ」
「しょうがないじゃないだろう……」
クルトはため息をつくと、応接室に案内した。
※ ※ ※
「あんたたちは、どこまで事情を知ってる?」
椅子に座ると、ペトラは話を切り出した。
が、クルトからストップが掛かった。
「待て婆さん。言葉遣いを……」
「それが不満なら、あたしゃ話をしないよ。どうなんだ?」
顎でしゃくられたアレクは、頷いた。
「問題ありません。話しやすいように話して頂ければ」
「へえ、なるほど。躊躇いもなくそれを言える王族って、なかなかいないと思ってたけど。あの子が信頼している相手なだけはあるわけだ」
アレクが言葉に詰まる。
それを見て、ペトラは面白そうだ。
「あんた、フラれたんだろ? その割に熱心だねぇ?」
「……あなたに関係ありませんし、リィカの今の状況にも無関係のはずです」
アレクは何とか声を絞り出す。ペトラはどう思ったのか、表情を消した。
「ま、諦めの悪い男っていうのも嫌いじゃないよ。――そのままカッコ悪くしがみついてな。そのうち良いことあるかもよ」
「…………えっ?」
アレクが驚いて疑問を呈するが、ペトラはそれ以上言う気はなかった。
「で、最初に質問の答えは? あんたたちは、何をどこまで知ってる?」
「……モルタナやテルフレイラでの事は知っています」
話題を戻したペトラに、アレクも諦めて質問に答えた。
ペトラは目を細める。
「最近の、旅の最中で起きたことなら、まあ当然か。――多分分かっちゃいたんだろうけど、あの子の熱の原因は、体じゃない。心から来るものだ。
泣かせてぶちまけさせたけど、それで熱が下がるかどうかは分からない。心は魔法で治せないからね」
その言葉に、ハッとしたのはユーリだ。
神官長である父も、同じ事をよく言っていたからだ。
「それで熱が下がっても、根本的な問題が解決したわけじゃない」
そこで、ペトラの雰囲気が変わった。
怯んでしまうくらいの圧迫感を感じる。
「あんたたちにも言い分はあるんだろうけど、言わせてもらうよ。平民はね、何も力がないんだ。貴族様に何か言われれば、言いなりになるしかない。
あんたたちには権力があるんだろう。あの子を大切に思うんなら、権力尽くでも守ってやんな」
(――そんな事、分かっている)
そう言い返そうとして、アレクは言葉に出せなかった。
結局守れていないのだ。
権力を、身分を振りかざしたところで、より強い権力には敵わない。だから、モントルビアやデトナで、国王に対して強く出られなかった。
権力だって絶対じゃないのだ。それを知っているから、アレクは権力を振りかざすことはしたくなかった。
(――ああ、そうか)
アレクは、悟った。
自分はアルカトル王国の王子だ。無意識のうちに国の事を気にしていた。自分の身分より高い国王たちに強く出られなかったのは、そのせいだ。
自分の言動で、父に、兄に、迷惑が掛かることを気にしていた。
でも、今は勇者一行の一員だ。
勇者本人ではなくても、その権力を振るうことは可能だったはずなのだ。
※ ※ ※
アレクが悔しそうに振り返っている中、バルもユーリも、泰基も暁斗もそれぞれに考えているようだ。
それを見て、ペトラがわずかに笑う。
(確かに、悪い子たちじゃないね)
リィカの、貴族への恐怖心はそう簡単に拭えるものじゃない。この先一生なくならない可能性だって高い。
けれど、何かあっても守ってもらえると思えれば、少しは違うだろう。自分が前国主なら守ってくれると思えたように。
鍵はアレクだ。
(リィカのこと、諦めるんじゃないよ。あの子が素直になれるまで)
身分の違いに振り回されて、思ってもいない理由で相手を振って。自分を守ってくれる人を、自分で突き放した。
あれだけの別嬪だ。これからも同じようなことは起こる。
リィカが意地を張るのをやめて好いた男の手を取れるまで、アレクにはリィカを好きなままでいてほしい、とペトラは思った。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。


〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる