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第七章 月空の下で
ペトラ①
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「おやまあ、ずいぶん別嬪さんだこと」
国主の館の別邸に到着し、通された部屋でリィカに横になると、すぐに老婆が一人現れた。
リィカを見た第一声が、それだった。
「婆さん、それはいいから、さっさと診て治療してくれ」
クルトが完全に言葉を崩して、乱暴な言葉遣いになるが、老婆はまるで気にしない。
「別嬪さんを別嬪と言って、何が悪いのさね。そんなんだから、あんたに嫁の来てがないんだよ」
「それは今、何も関係ないだろ!」
クルトが怒鳴ると、老婆は豪快に笑った。
(――うわぁ……。苦手なタイプかも)
暁斗はペトラを見てそう思う。
口うるさい婆さんだという、全くそのままのイメージだ。
近所にいた、何かと暁斗に母親の話をしたがる、おしゃべりなおばさんを思い出してしまう。
泰基も、得意なタイプではない。
アレクやバル、ユーリも、あまりこういった女性に会ったことがないのか、完全に腰が引けていた。
だが、リィカはどこか嬉しそうだった。
「初めまして、リィカです。面倒掛けてごめんなさい」
挨拶する言葉も、力が抜けている。
「ちゃんと挨拶できるんだ、偉いね。あたしゃペトラだよ。でも、婆さんって呼んでいいからね」
「はい、お婆さん」
作り笑いじゃない笑顔を、リィカは浮かべていた。
※ ※ ※
「男どもは、部屋を出な」
《診断》の後、ペトラはいきなりそう言って、アレクたちを部屋から追い出した。
そうしてリィカと二人になると、枕元に座って、困った顔になる。
「アンタの体は元気さね。熱が出続ける要因はまったくないよ。――となると、心の問題なんだけど、心当たりは?」
「…………」
さすがにすぐには言葉が出ず、仄かに笑うだけの反応になる。
その反応にどう思ったか、ペトラはいたずらっぽく笑う。
「全部ぶちまけちゃいな。貴族だろうと王族だろうと関係ないさ。あたしがアンタの代わりにあの仲間たち、引っぱたいてやるから。なぁに、遠慮することないよ?」
リィカはキョトンとして、すぐに笑った。
「みんなじゃないですよ。みんなは何もしてないから、叩かないで」
「何だ、違うのかい。そりゃ残念だ。貴族だの何だのに張り手を食らわせるの、結構好きなんだけどねぇ」
「……やったことあるんですか?」
「ああ、何度もね。実力主義だって言っても、威張ってる腰抜けもいてね。そいつらをはっ倒して蹴飛ばして。何度も問題になったし、報復されそうにもなったけどねぇ。
そのたんびに国主……前の国主だけどね、そこに逃げ込んださ。またか、って言いながら、ちゃんと助けてくれたからね」
リィカが息を詰めた。
それに気付きながら、ペトラは表情を変えない。
「どうかした?」
「……怖くなかったですか?」
その質問が、リィカの内心に触れていると感じたのだろう。ペトラの表情が少し優しくなる。
「やってる時は怖くなかったね。やっちゃった後に、いつも怖くなって後悔して。その後、国主の所に逃げ込むまでは、恐怖との戦いさ。――アンタも、怖いことあった?」
その質問に、リィカは何かに耐えるように口を固く結んだ。
それを優しく解くように、ペトラは語りかける。
「我慢することないさ。ぶちまければ楽になる。平民の女同士、愚痴大会だ」
その言い方に、リィカが口元を綻ばせて……崩れた。
嗚咽が漏れる。それが号泣に変わるまで、そう時間は掛からなかった。
故郷の、男爵のこと。
モルタナやテルフレイラでの出来事。
アレクとの事。
それらをリィカは泣きながら全部話した。
話し終えると、力尽きたように、そのまま眠った。
寝てしまったリィカを撫でながら、ペトラはつぶやいた。
「別嬪さんってのも、大変だねぇ。ただ普通にモテるだけだったら、良かったのに」
リィカの掛布をかけ直して、静かに部屋を出た。
国主の館の別邸に到着し、通された部屋でリィカに横になると、すぐに老婆が一人現れた。
リィカを見た第一声が、それだった。
「婆さん、それはいいから、さっさと診て治療してくれ」
クルトが完全に言葉を崩して、乱暴な言葉遣いになるが、老婆はまるで気にしない。
「別嬪さんを別嬪と言って、何が悪いのさね。そんなんだから、あんたに嫁の来てがないんだよ」
「それは今、何も関係ないだろ!」
クルトが怒鳴ると、老婆は豪快に笑った。
(――うわぁ……。苦手なタイプかも)
暁斗はペトラを見てそう思う。
口うるさい婆さんだという、全くそのままのイメージだ。
近所にいた、何かと暁斗に母親の話をしたがる、おしゃべりなおばさんを思い出してしまう。
泰基も、得意なタイプではない。
アレクやバル、ユーリも、あまりこういった女性に会ったことがないのか、完全に腰が引けていた。
だが、リィカはどこか嬉しそうだった。
「初めまして、リィカです。面倒掛けてごめんなさい」
挨拶する言葉も、力が抜けている。
「ちゃんと挨拶できるんだ、偉いね。あたしゃペトラだよ。でも、婆さんって呼んでいいからね」
「はい、お婆さん」
作り笑いじゃない笑顔を、リィカは浮かべていた。
※ ※ ※
「男どもは、部屋を出な」
《診断》の後、ペトラはいきなりそう言って、アレクたちを部屋から追い出した。
そうしてリィカと二人になると、枕元に座って、困った顔になる。
「アンタの体は元気さね。熱が出続ける要因はまったくないよ。――となると、心の問題なんだけど、心当たりは?」
「…………」
さすがにすぐには言葉が出ず、仄かに笑うだけの反応になる。
その反応にどう思ったか、ペトラはいたずらっぽく笑う。
「全部ぶちまけちゃいな。貴族だろうと王族だろうと関係ないさ。あたしがアンタの代わりにあの仲間たち、引っぱたいてやるから。なぁに、遠慮することないよ?」
リィカはキョトンとして、すぐに笑った。
「みんなじゃないですよ。みんなは何もしてないから、叩かないで」
「何だ、違うのかい。そりゃ残念だ。貴族だの何だのに張り手を食らわせるの、結構好きなんだけどねぇ」
「……やったことあるんですか?」
「ああ、何度もね。実力主義だって言っても、威張ってる腰抜けもいてね。そいつらをはっ倒して蹴飛ばして。何度も問題になったし、報復されそうにもなったけどねぇ。
そのたんびに国主……前の国主だけどね、そこに逃げ込んださ。またか、って言いながら、ちゃんと助けてくれたからね」
リィカが息を詰めた。
それに気付きながら、ペトラは表情を変えない。
「どうかした?」
「……怖くなかったですか?」
その質問が、リィカの内心に触れていると感じたのだろう。ペトラの表情が少し優しくなる。
「やってる時は怖くなかったね。やっちゃった後に、いつも怖くなって後悔して。その後、国主の所に逃げ込むまでは、恐怖との戦いさ。――アンタも、怖いことあった?」
その質問に、リィカは何かに耐えるように口を固く結んだ。
それを優しく解くように、ペトラは語りかける。
「我慢することないさ。ぶちまければ楽になる。平民の女同士、愚痴大会だ」
その言い方に、リィカが口元を綻ばせて……崩れた。
嗚咽が漏れる。それが号泣に変わるまで、そう時間は掛からなかった。
故郷の、男爵のこと。
モルタナやテルフレイラでの出来事。
アレクとの事。
それらをリィカは泣きながら全部話した。
話し終えると、力尽きたように、そのまま眠った。
寝てしまったリィカを撫でながら、ペトラはつぶやいた。
「別嬪さんってのも、大変だねぇ。ただ普通にモテるだけだったら、良かったのに」
リィカの掛布をかけ直して、静かに部屋を出た。
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