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第七章 月空の下で

アレクの気持ちの行方

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リィカが熱を出して寝込んだ。
これまでたくさんの患者を診てきたユーリは、疲れだと断言した。

単に身体的な疲れだけではない。
精神的にも、リィカには辛すぎた。そのせいでほとんど眠れていない日が続いている。

熱くらい出すのは当たり前だった。


※ ※ ※


街に着いて三日目。
リィカの熱は下がる様子がない。高熱が続いたままだ。

時々《回復ヒール》を施しているものの、こうした熱にほとんど魔法は効果がなく、自力で治すしかないのが現状だ。

声をかければ起きるし、辛そうながらも何とか食事も取っている。とはいっても、固形物は無理でスープを飲むくらいしかできていないが、それだけでも何も口にしないよりは全然ましだ。

寝ていると魘されている。
よく出てくる単語が、王太子や公爵、国王、貴族といった単語なのだから、何に魘されているのか分かって辛い。

時々、男爵という単語も混じることもある。アレクは何のことか分からなかったが、ユーリがもしかしたら、と語った。

「エルモールンティン男爵……ですかね?」
「エル……何だって?」

「エルモールンティン男爵。確かに長いし、言いにくいし、覚えにくいですけどね。アルカトル王国の貴族ですから、名前くらい覚えて下さい。リィカのいたクレールム村の領主ですよ」

ユーリの、アレクへの返答は冷たかった。



エルモールンティン男爵。

比較的新興の貴族である。数代前に何やら功績を挙げて貴族位を賜ったらしいのだが、今では見る影もない。
ユーリが調べた感想は、どこにでもいる小物の貴族、だった。

「話を折って悪いんだが、なぜ調べようと思ったんだ?」
男爵位を持つ貴族は多い。それをわざわざなぜ、とアレクは思ったが、ユーリの視線は冷たい。

「学園で、リィカは碌に話そうともせずに逃げの一択だったでしょう? ダスティン先生の話からも、横柄な貴族に悩まされてきた感じを受けましたし。
 小さな村で育ったリィカが、貴族に苦手意識を持つとしたら領主以外にはないと思って、調べたんですよ」

そのくらい分かれ、と言わんばかりのユーリの口調だ。
だが、アレクからしたら意味が分からない。

「……それって、リィカと親しくなる前だよな? それで調べてみようとか、普通思うか?」

「思いますよ。十五歳の女の子が怖がる領主なんて、碌なものじゃないと思いましたから。どこにどんな不正が隠れているか分からないでしょう?」

偏見……とも言い切れない。
好感を持てる貴族は、大体において領地でも平民からの評判はいいらしい。

平民から嫌われる貴族は、傲慢な性格だ。そういう貴族は、調べれば大なり小なり問題が出てくる、とはマルティン伯爵から教えてもらった事だったか。

「それで何か見つかったのか?」
アレクが昔のことを思い出しつつ聞けば、ユーリは顔を横に振る。

「残念ながら何も。不正をするほどの勇気がある男ではありませんね。上の者にはへりくだって、下の者には居丈高に対応する。典型的な小物貴族ですよ」

「……不正に勇気も何もないだろう」
アレクが突っ込むが、ユーリはそこには反応せず、話を続ける。

「数年前から、クレールム村にだけ自ら税の取り立てに行っているんですよ。
 なぜなのか気になりはしたんですが、別に問題はないですし、お気に入りの何かでもあるのかな、程度に考えて、その時はそれで調べるのをやめてしまったんですが……」

「……お気に入りの何かって、何だ」
アレクの声が低くなる。

エレインが言っていた、「以前にも何か似たような経験をしている」という言葉が脳裏に浮かんだ。

「全部推測ですよ。お気に入りがあるのでは、というのも、もしかしたらそれがリィカだったのかも、というのもね。たくさんある可能性の一つに過ぎません」

ユーリはそこで言葉を切ったが、辻褄は合いすぎるくらいに合っている。
リィカの貴族への恐怖はそこで築かれた可能性は、高かった。


※ ※ ※


二人の間に沈黙が下りて、どのくらい経っただろう。

「アレク」

ユーリに名前を呼ばれ、考え込んでいたアレクはハッとして顔を上げる。

「聞きにくくて聞けなかったんですが……、リィカと何があったんですか?」

アレクは俯いた。
いつかは聞かれるだろうと思っていたが、いざ聞かれるとかなり堪える。

「……振られたんだよ。俺のことは異性として好きになれないと、そう言われた」
口にすると、想像以上に辛かった。

「それで、アレクは素直に頷いたんですか?」
「他にどうしろって言うんだよ!?」

ユーリの静かな声に、アレクは声を荒げる。
が、ユーリに静かに、と言われて、口を噤む。

「……リィカの側でする話じゃないだろう」
「ごもっともですね、すいません。――諦められるんですか、アレク?」

謝っておきながら話を続ける。
ユーリの言葉に、アレクは何ともなしに上を見る。
そんなのは分かりきっていた。

「多分……無理だろうな。今でも、看病だ何だとリィカに触れているユーリが妬ましくてしょうがない」

「……僕は本当に、看病以外の目的はありませんからね。お願いですから、やめてください」

アレクの冗談の要素が全くない言葉に、返すユーリには本気の懇願がある。

「でも、諦められないなら、それでいいんじゃないですか? 異性として好きになってもらえていないのは、今までと変わらないじゃないですか。単にはっきり言葉にされただけですよ。
 そんなに落ち込む事じゃありません。諦められないなら、好きになってもらえるように、頑張っていくしかありません」

ユーリの言葉に、呆然とアレクは見返す。そして、ハハッと笑った。

「……今までと変わらないか。確かにそうだな。そうだよな」
寝ているリィカに手を伸ばす。一瞬ためらってから、頭を優しく撫でる。

「ごめんな、諦められなくて。――好きだ、リィカ」

後半は囁くような小さな声だったが、ユーリには聞こえた。
アレクが立ち上がる。

「ユーリ、頼んだ。多分もう少ししたらタイキさんが変わると思う」
「ええ」

部屋は二部屋だ。
一つはリィカの看病用の部屋で、もう一つが男用の部屋だ。
看病は、ユーリと泰基が交代で行っていた。



アレクが出て行ったのを見て、ユーリは声をかけた。

「……起きているでしょう、リィカ?」
「……なに?」
小さく返答が返ってきた。

「聞いてたでしょう? アレクのこと、もう少し考えて欲しいんです」

「……わたしが起きたの分かって、あんな話をするって、ユーリって性格悪い」

「ごまかさないで下さいよ。僕のことではなくて、アレクのことです」

「別にごまかしてないよ。本当のこと言っただけ」

「……やっぱり、ごまかしてますね」

リィカは、あくまでアレクのことに触れようとしない。
それがごまかしでなくて何なのか。

「……ごめんなさい」

小さな声で告げたリィカの謝罪は、どういう意味があるのか。
リィカの熱で辛そうな顔を見れば、それ以上の追求はためらわれた。

コンコン

扉がノックされた。
泰基が交代で来たのかと思ったら、扉の向こうから声がした。

「私は、トルバゴ共和国の国主の代理で参りました。こちら、勇者様のお泊まりの部屋でよろしいでしょうか」

ここまでの三日、全く接触してこようとしなかったトルバゴ共和国からの、初の接触だった。
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