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第六章 王都テルフレイラ
リィカと凪沙
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次の日の朝。
アレクたちは出立の準備を整えているところに、ウォルターとカトレナ、テオドアが訪ねてきた。
今回の謝礼だと言って渡された金額はかなりのもので、さすがにアレクが遠慮しようとしたのを、強引に押しつけられた。
テオドアが、一行に告げた。
「僕、これからも魔法の練習を頑張ります。頑張って、もっと強くなります。――リィカ様にも、そう伝えて下さい」
それから数年後、テオドアはその言葉通りに、デトナ王国一の魔法の使い手に成長することになる。
※ ※ ※
カトレナの護衛として、テルフレイラまでの旅を勇者一行と共にしたダリアとカリスタは、遠くから旅立つ勇者一行の姿を見ていた。
そこにリィカがいないことは知っている。
胸中は複雑だった。リィカの身に起こったことは心が痛むし、あの虚ろな顔は忘れられそうにない。
自分たちにとっても、他人事ではない。リィカに起こった事と同じ事が、自分の身に起こったって不思議ではないのだ。
だからこそ、毅然として隙を見せないようにしなければならない。リィカみたいに怯えていたら、かえって相手を刺激する。
それが分かっていても、言えなかった。言ったら逆効果になると思った。
「大丈夫かな……」
「……うん」
何もできない自分たちが、悔しい。
カリスタが、パンと自分の頬の叩いた。
「よぉし、グチグチ言ってられない! 目指せ無詠唱! 目指せ炎の竜巻!」
気合いを入れて叫ぶカリスタを見て、ダリアが冷静に突っ込んだ。
「何言ってるの。リィカさんがテオドア殿下に教えていた事を真似しても、全然できるようにならないのに」
「うるさいわね。魔法の威力は上がってるんだから! 絶対できるようになってみせる!」
「はいはい。がんばって」
「ダリア、冷たい!」
二人は言い合いしながらも、勇者一行の姿が見えなくなるまで、その場を離れなかった。
※ ※ ※
北門の外。
リィカの気配のある方に向かえば、《結界》が見えた。
その回りには、何体かの魔物が倒れている。
「おはよう」
気付いたリィカが声を掛けてきた。
《結界》を解除して、立ち上がる。
その魔石をユーリに渡す。
「ありがとう」
ユーリはと言えば、苦笑だ。
「やっぱり、《結界》だけじゃ駄目ですね。魔物を追い払うなり倒すなりの機能がないと」
《結界》は魔物の攻撃を防ぐだけだ。周囲に集まってくるし、《結界》を攻撃され続ければ破られる事もある。
野宿用とするには、それだけでは駄目だった。
アレクは、今までと変わらない様子を見せるリィカに、嬉しいような悲しいような気分になる。
「――リィカ、荷物だ」
持っていた荷物を渡せば、
「うん、ありがとう。……アレク」
やはり変わった感じは見られなかった。
※ ※ ※
その日の夜。
リィカと泰基の夜番。
無言のリィカに、泰基は何と声を掛けるか悩んで、結局ストレートに言った。
「……アレクと何かあったか?」
リィカは泰基をチラッと見るが、すぐに視線を逸らす。
何も言わない。
「……フッたのか?」
「そうだよ。別に、ダメじゃないでしょ? 泰基には関係ないから、これ以上聞かないで」
今度は返事があった。だが、突き放すような言い方だ。
「関係ないって……そりゃそうだろうが」
気になるのはアレクじゃない。リィカの方だ。
「アレクと一緒にいて、嫌じゃなかったんだろ? そんな拒絶するような真似をして、お前は大丈夫なのか?」
リィカは、いつもアレクを頼っていた。貴族や王族が関わる場面では特に。
その相手を、自分で自分の側から離したのだ。
心配にもなる。
「大丈夫だよ。わたしが自分でフッたんだから」
「だけどな……」
リィカの返答は、平坦で、できるだけ感情を交えないようにしているようだ。
だから不安になる。
しかし。
「――大丈夫だから!」
リィカが叫んだ。叫んで、ハッとしたように俯く。
「……泰基、ごめん。わたしの事はほっといて。泰基に優しくされると、分かんなくなる。わたしはリィカなのに、凪沙が、凪沙の気持ちが前に出てこようとする。わたしがわたしじゃなくなっちゃう。……だから、ごめん」
「……リィカ」
泰基は口を噤んだ。他にどうすることもできなかった。
(それだけ、リィカが弱ってるんだろうか)
今までは何も問題なかったのに。弱った部分に、凪沙が入ってきてしまっているのか。
だからこそ、側にアレクをいさせればいいのに、それすら離して。
(身分……なんだろうな)
リィカが何と言ってアレクを拒絶したかは知らないが、でも理由はそこだろう。
弱りながらも、甘えようともせずに何とか一人で立っている。
いつまでそれが保つのだろうか。
この先、何もなければ落ち着くかもしれない。
エレインはそう言っていた。
けれど、この先何もないという事はないだろう。似たり寄ったりのことが起こる可能性の方が高い。
どうすればいいのか。その答えは、出なかった。
アレクたちは出立の準備を整えているところに、ウォルターとカトレナ、テオドアが訪ねてきた。
今回の謝礼だと言って渡された金額はかなりのもので、さすがにアレクが遠慮しようとしたのを、強引に押しつけられた。
テオドアが、一行に告げた。
「僕、これからも魔法の練習を頑張ります。頑張って、もっと強くなります。――リィカ様にも、そう伝えて下さい」
それから数年後、テオドアはその言葉通りに、デトナ王国一の魔法の使い手に成長することになる。
※ ※ ※
カトレナの護衛として、テルフレイラまでの旅を勇者一行と共にしたダリアとカリスタは、遠くから旅立つ勇者一行の姿を見ていた。
そこにリィカがいないことは知っている。
胸中は複雑だった。リィカの身に起こったことは心が痛むし、あの虚ろな顔は忘れられそうにない。
自分たちにとっても、他人事ではない。リィカに起こった事と同じ事が、自分の身に起こったって不思議ではないのだ。
だからこそ、毅然として隙を見せないようにしなければならない。リィカみたいに怯えていたら、かえって相手を刺激する。
それが分かっていても、言えなかった。言ったら逆効果になると思った。
「大丈夫かな……」
「……うん」
何もできない自分たちが、悔しい。
カリスタが、パンと自分の頬の叩いた。
「よぉし、グチグチ言ってられない! 目指せ無詠唱! 目指せ炎の竜巻!」
気合いを入れて叫ぶカリスタを見て、ダリアが冷静に突っ込んだ。
「何言ってるの。リィカさんがテオドア殿下に教えていた事を真似しても、全然できるようにならないのに」
「うるさいわね。魔法の威力は上がってるんだから! 絶対できるようになってみせる!」
「はいはい。がんばって」
「ダリア、冷たい!」
二人は言い合いしながらも、勇者一行の姿が見えなくなるまで、その場を離れなかった。
※ ※ ※
北門の外。
リィカの気配のある方に向かえば、《結界》が見えた。
その回りには、何体かの魔物が倒れている。
「おはよう」
気付いたリィカが声を掛けてきた。
《結界》を解除して、立ち上がる。
その魔石をユーリに渡す。
「ありがとう」
ユーリはと言えば、苦笑だ。
「やっぱり、《結界》だけじゃ駄目ですね。魔物を追い払うなり倒すなりの機能がないと」
《結界》は魔物の攻撃を防ぐだけだ。周囲に集まってくるし、《結界》を攻撃され続ければ破られる事もある。
野宿用とするには、それだけでは駄目だった。
アレクは、今までと変わらない様子を見せるリィカに、嬉しいような悲しいような気分になる。
「――リィカ、荷物だ」
持っていた荷物を渡せば、
「うん、ありがとう。……アレク」
やはり変わった感じは見られなかった。
※ ※ ※
その日の夜。
リィカと泰基の夜番。
無言のリィカに、泰基は何と声を掛けるか悩んで、結局ストレートに言った。
「……アレクと何かあったか?」
リィカは泰基をチラッと見るが、すぐに視線を逸らす。
何も言わない。
「……フッたのか?」
「そうだよ。別に、ダメじゃないでしょ? 泰基には関係ないから、これ以上聞かないで」
今度は返事があった。だが、突き放すような言い方だ。
「関係ないって……そりゃそうだろうが」
気になるのはアレクじゃない。リィカの方だ。
「アレクと一緒にいて、嫌じゃなかったんだろ? そんな拒絶するような真似をして、お前は大丈夫なのか?」
リィカは、いつもアレクを頼っていた。貴族や王族が関わる場面では特に。
その相手を、自分で自分の側から離したのだ。
心配にもなる。
「大丈夫だよ。わたしが自分でフッたんだから」
「だけどな……」
リィカの返答は、平坦で、できるだけ感情を交えないようにしているようだ。
だから不安になる。
しかし。
「――大丈夫だから!」
リィカが叫んだ。叫んで、ハッとしたように俯く。
「……泰基、ごめん。わたしの事はほっといて。泰基に優しくされると、分かんなくなる。わたしはリィカなのに、凪沙が、凪沙の気持ちが前に出てこようとする。わたしがわたしじゃなくなっちゃう。……だから、ごめん」
「……リィカ」
泰基は口を噤んだ。他にどうすることもできなかった。
(それだけ、リィカが弱ってるんだろうか)
今までは何も問題なかったのに。弱った部分に、凪沙が入ってきてしまっているのか。
だからこそ、側にアレクをいさせればいいのに、それすら離して。
(身分……なんだろうな)
リィカが何と言ってアレクを拒絶したかは知らないが、でも理由はそこだろう。
弱りながらも、甘えようともせずに何とか一人で立っている。
いつまでそれが保つのだろうか。
この先、何もなければ落ち着くかもしれない。
エレインはそう言っていた。
けれど、この先何もないという事はないだろう。似たり寄ったりのことが起こる可能性の方が高い。
どうすればいいのか。その答えは、出なかった。
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