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第六章 王都テルフレイラ

悩み揺れる

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リィカと別れ、仲間たちと合流したアレクは、しかし声を掛けることなく、足早に歩く。
バルとユーリは、黙って顔を見合わせて、無言でアレクの後を追う。

「……アレク?」
暁斗は、アレクにどうしたのかを聞こうとして、泰基に遮られた。
黙って首を横に振る父に、暁斗は口を噤んだ。


※ ※ ※


王宮に戻れば、ウォルターと、カトレナ、テオドアが出迎える。

「――リィカ様は!?」
テオドアが慌てたように言うが、アレクは言葉が出てこない。

「外にいますよ。大丈夫です」
代わりに泰基が答えた。

「外って……」
なおも聞いてきたテオドアを、ウォルターが押しとどめた。

「テオドア、その前に言うべき事があるだろう?」
ウォルターがテオドアの前に立って、頭を下げる。

「魔族を倒して下さって、感謝致します」
「本当に、ありがとうございました」

続けて、カトレナも頭を下げた。
それを見て、テオドアも慌てて頭を下げた。

「ありがとうございました!」
それを見て、アレクは深呼吸する。

「とんでもありません。お力になれて良かったです。――この後、復興は大変かと思いますが」
何とか、震えることなく普段通りに話すことが出来た。
平静を保って、ウォルター達と向き合う。

実際、国中のほとんどが魔物によって蹂躙されたのだ。王都以外の被害がどれだけのものなのか。彼ら王族が大変なのは、これからだ。

ウォルターはすでに疲れたような笑みを浮かべている。
「まずは、生き残っている人の確認と保護からだな。――父上の退位も決まったし、色々大変ではあるが、ぼちぼちやっていくしかないな」

「――退位!?」
驚けば、ウォルターが苦笑を浮かべる。

「ええまあ。座ってゆっくり話そうか」
通された応接間で、事の経緯を聞くことになった。


※ ※ ※


「リィカ嬢に怯えた顔をされたことが、よほど堪えたらしい」
ウォルターの話は、そう始まった。

Bランクの魔物二体と、魔族三体。
それらにすら怯えを見せずに戦っていたリィカが、国王を見たときにはっきり怯えた。
自分が、魔物や魔族よりも怖い存在だと思われているというのは、衝撃だった。

自分は間違っていない。そのはずなのに、少なくとも彼女にとってはそうではなかった。
きっと、国王の中で色々な葛藤があったのだろう。

その結果、国王が出した結論が、自らの退位だった。


「ビリエルや他二人については、父がまだ若いからチャンスをやれ、と言うので、復興を一兵士として対応してもらう事になった。その働き次第では、また返り咲くチャンスもあるだろう」

取り巻きの二人、イーデンとハミルは、大分態度が変わったらしい。ただの平民だと、旅の慰み者に過ぎないと思っていたのに、そうではないことを知った。

「残念だが、ビリエルは何も変わっていない。一兵士になって、戻ってこられるくらいに手柄を上げられるかどうかは難しいだろうな」

チャンスとは言うが、貴族の息子として甘やかされてきたであろう人間に、一兵士からやり直し、とはかなり厳しい沙汰だ。何も変わっていなければ、そこから這い上がれる可能性など低い。

そして、這い上がってこられなければ、もうすでに国の上層部から目をつけられてしまったのだ。その後、貴族として活動していくことなど不可能だ。

そこまで話して、ウォルターが息を吐いた。
沈痛な面持ちを浮かべる。

「リィカ嬢と顔を合わせないようにと思ったが……。本当に申し訳ない。どちらの宿に? 何も出来ることはないが、宿代は支払わせて頂く」

ウォルターのその言葉を、アレクは一瞬理解し損ねて、しかし、すぐに納得する。
当たり前だろう。外と言われて、街の外を想像したりはしないだろう。

口を開こうとして、ノックする音がした。
入ってきたのは、リィカを見てくれたエレインだった。
一同を見回し、顔をしかめる。

「リィカさんは、どちらですか?」
「外です」
誤解のないよう、はっきりアレクは言う。

「北門の外にいます。そこにいたい、というので、本人の希望通りにしてきました。……それ以外に、どうしていいか分かりませんでした」
「「門の外!?」」

ウォルターとエレインの声が重なる。
カトレナとテオドアが驚いたように、腰を浮かした。

「待て、アレクシス殿。それは危険すぎるだろう?」
「そうです。今回の件とは全く別問題で、危なすぎます」

確かにそうだ。門の外は、魔物が闊歩する場所。
普通の感覚なら、そうなるだろう。

「危なくないですよ。Cランク程度までなら、リィカの相手になりません。Bランク相手でも、どうにかできるでしょう。《結界バリア》の魔石も持っていますし、魔物相手に危険はありません」

ウォルターが押し黙る。
リィカの使う魔法を思い出して、反論が思い浮かばないらしい。

しかし、エレインは違った。
「そうは言っても、絶対はないでしょう? もし何かあったら……」

「それでも、リィカがそうしたいと言ったんです。リィカにとっては、魔物よりも貴族や王族の方が怖い……。街中では遭遇する可能性がある。けれど、外に出てしまえば、まず間違いなく、出会う事はないでしょう?」

アレクは悔しそうに言った。
「そう思ったから、希望通りにしました。……どうすれば、良かったのでしょうか」

エレインは頭を下げる。
「いえ、申し訳ありません。仰る通りです。……本当に困った子ですね。普通ならそんな手段を取りようがないのに、できてしまうのですから」
言葉通りに、困ったように笑った。

「……旅は一緒に行かれるのですね?」
エレインの確認に、アレクが頷いた。

「はい。本人も当たり前のように言っていました」

「であれば、何も申し上げることはありません。どうか、あの子のことを見てあげて下さい。よろしくお願いします」

「………………ええ」
返答まで時間がかかった。

(俺は、もうリィカに何もしてあげられない。してもらうとするなら……)
泰基が頭に浮かぶ。最近、妙にリィカと仲良く見える泰基。

だが、そこまで考えて、アレクは手を強く握りしめる。

(――やはり嫌だ。他の男に、リィカをお願いするなんて)
どうしたら良いか、分からなかった。



※おまけ※

<国王の退位と、ビリエル達の処分>


勇者一行の戦いを見届けてから王宮に戻ると、国王マルマデュークは謁見の間に人を集めた。

「ワシは今このときをもって、国王の座を退く。次期国王には、王太子であるウォルターを指名する」

自ら退位することを宣言した。
そして、ライト侯爵の子息ら三人を見ながら、ウォルターに声を掛けた。

「この者らの処分は、お前に任せる。勇者一行に手を出したのだ。それ相応の処分を下せ。――ただ、まだ若いからな。できるなら、舞い戻れるチャンスも与えてやれ」

それだけ言って、驚く周囲を余所に、国王は去っていった。
ウォルターは、その背を眺める。

それは、魔王誕生の前の、国をまとめ、民を想う父の背中だった。


ウォルターは、一度目を瞑って、感傷を振り払う。
集まった一同を振り返り、さらにリィカに手を出した三名を見据えた。

「ライト侯爵子息ビリエル。そして、ガルス子爵子息イーデン、リール子爵子息ハミル」
その名を呼ぶ。すでに処分内容は決めていた。

ビリエルは、不遜な顔をしている。リィカの魔法を見ても、何も感じなかったのか。
これを言って、果たしてどんな顔に変わるのか。

そう思いながら、ウォルターは告げた。
「貴様ら三名、勇者様ご一行のお一人を強姦しようとした罪により、一兵士として、今後の国の復興のために働いてもらう。いいな」

「……は? へいし……?」
ビリエルが呆然としている。
だが、イーデンとハミルは頭を下げた。

「承りました」
「ご温情、感謝いたします」

二人の言葉にウォルターは頷いた。
だが、ビリエルには信じられない言葉だったらしい。

「貴様ら、なぜ頷く!? 温情とは何だ! 王太子殿下、何をお考えですか! たかだか平民の小娘に手を出したくらいで、なぜ侯爵家の子息たる私が、兵士などせねばならぬのですか!」

「黙らんか、ビリエル!」
それを言ったのは、ウォルターではなかった。
ビリエルの父、ライト侯爵だった。

「処刑されてもおかしくないのだぞ。私はお前の所業を聞いて、爵位を返上した上で、私とお前の首を差し出すことで、何とか他の一族は許してもらえないかと考えた。それを、温情をかけて頂いたというのに、お前は何という言い草だ!」

「たかだか、平民の小娘ですよ!? そんな必要がどこに……」
ビリエルは途中で言葉を切った。
ツカツカと近寄ってきた父が、拳を振り上げたからだ。

「…………ヒッ……」
「やめろ」

しかし、拳が振り下ろされる前に、ウォルターの言葉がその動きを止めた。
そのまま、ライト侯爵は力をなくしたように腕を降ろし、その場でウォルターに平伏する。

「……愚息が、申し訳ございません」

「なぜですか、父上! 兵士になって私に泥にまみれろと言うのが、どこが温情なのですか!?」

「……一族揃って処刑されることに比べれば、十分すぎる温情であろうに」

ライト侯爵の言葉には、もう力がなかった。
ウォルターがライト侯爵に声をかけた。

「処刑はしない。だが、これからの復興には全面的に協力してもらう。食料や医療品、今後どれだけあっても余る事はないだろうからな」

溜め込んだ財を吐き出して、復興のための必要物資を提供しろ、という事だ。
処刑に比べれば、これ以上ないくらいに軽い罰だ。

「……はい、殿下。感謝致します」
そして、ウォルターは再度三名に声をかける。

「ビリエル、イーデン、ハミル」
貴族としての名前は呼ばない。
彼らは、すでにただの一人の兵士だ。

「兵士として働いてもらうが、その働き次第では、貴族として戻ってくる事を認めることもあるかもしれない。よく励めよ」

「王太子殿下! お待ち下さい!」
ビリエルはなおも叫ぶ。

イーデンとハミルはウォルターに頭を下げて、ビリエルを見た。

「ビリエル様、彼女はただの平民の小娘などではありません。その目でご覧になったではないですか」

「処刑されておかしくないのです。それを温情だけでなく、返り咲くチャンスまで与えて頂いたのです。これ以上、何がご不満ですか?」

だが、ビリエルには通じなかった。
「ふざけるなよ、貴様ら! 逆らう気か!?」

その反応に、二人はどうしようもないとでも言うように、頭を横に振った。


「――王太子殿下。勇者様のご一行が戻られたようです」
外から入った報告に、ウォルターが謁見の間にいる一同を見回す。

「では、これで終わりだ。――そこの三名を連れていけ。くれぐれも、勇者様方と顔を合わせないようにだけ注意しろ」

控えている騎士たちに指示を出す。
勇者様方、とは言ったが、本当に顔を合わせてはいけないのは、リィカだ。
それは騎士たちも分かっているだろう。

連行される三名を見る。
イーデンとハミルは、大人しくしている。

「ふざけるな! 放せ! おれを誰だと思ってる!? 王太子殿下! 父上! こいつらに厳罰を……!」
ビリエルは、未だに叫んでいた。


ウォルターは、項垂れたままのライト侯爵を見る。
真面目だけが取り柄の男だ。息子の所業を聞いて、顔が真っ青になっていたのは忘れられそうにない。

「解散だ。私は勇者様方を出迎える」
それだけを宣言し、ウォルターは謁見の間を後にした。



その後、イーデンは真面目に兵士として勤めを果たす。
上司を立て、後輩の面倒をよく見た。
時には、上司に意見をすることもあったが、それが逆にイーデンの評価を上げた。
そして、再び貴族位に戻ることとなる。


ハミルは、軍人が性に合っていたらしい。
メキメキと剣の腕を上げ、貴族の名に寄らず、騎士位へと昇格。その後も研鑽を続け、王族からの信頼も厚い騎士になっていく。

ビリエルの名は、聞くことはなかった。
兵士となったものの、言葉遣い、上司や同僚への態度、民への対応、それらから兵士として不適格、と言われ、実家に戻されたという。

その後、領地の屋敷に移されたらしい。病気療養しているとも、すでに亡くなっている、とも言われるが、詳細は分かっていない。
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