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第六章 王都テルフレイラ
リィカの心
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「お休み、リィカ」
アレクの声が聞こえて足音が遠ざかる。
リィカは、自分の手が、体が震えるのを感じた。
(そばに、いて)
本当はそう言いたかった。一緒にいて欲しかった。
でも、どうしても言えなかった。手を伸ばせなかった。
ベッドに横になる。体が震える。
思い出すのは、さっきのやり取りだ。
国王や貴族からの謝罪など、受けられるはずがない。後から何をされるか分かったものじゃない。
何もせずに放っておいてもらうのが一番なのに。
「……アレクは王子様なんだよね」
当たり前のように一国の王女と知り合いで。王太子と対等に言葉を交わしている。
バルとユーリは貴族だ。泰基と暁斗はそもそも身分制度に縁がない。
(だから、多分わたしが思うことを分かって欲しいと思うのが、ムリなんだろうな)
彼らは、住む世界が違うのだと、改めて思い知らされた。
※ ※ ※
ずっと忘れていた事実がある。
クレールム村にいた時、ある時から領主である男爵本人が税の取り立てにくるようになった。その度にリィカが呼ばれて、身の回りの世話をさせられた。
まだ子供だからと村の誰かが付いていてくれたけど、それも男爵が鬱陶しがっていたことを知っている。
十五歳というのは一つの区切りだ。貴族は、全員が学園に入学する年。家の庇護から離れて、一人で学園という社会に入る年。
平民も変わらない。成人は十八だが、だからといって子供扱いもされなくなる。一人前として扱われる十五という年。
あの貴族もリィカが十五歳になるのを待っていた。子供だから、という理由が通じなくなる年になるまで。
だから、十四の年に「来年の夜伽」を命じられた。
そうでなくても男爵を怖がっていたリィカが、そんな事を命じられて、平静でいられるわけがない。震える毎日を過ごし、夜も寝られずにいた。
でも、母が側にいてくれた。暗示のように、忘れてしまえと言われ続けて、リィカは本当に忘れてしまった。あるいは、自分を守ろうとした結果だったのかもしれない。
運は良かっただろう。リィカは魔力暴走を起こして、学園に入学するため村を離れたから、結果として男爵の手から逃れることができた。
だから、こんな事態になるまで、思い出すこともなかった。
もしも、ずっと村にいたなら、リィカは男爵の相手をせざるを得なかっただろう。
覚えていようといまいと関係ない。
母が「そんなことはさせない」と言っても、それができるはずがない。仮に母が身代わりになったとしても結果は変わらない。
平民は貴族に逆らえないのだから。
忘れてしまっても、貴族への恐怖はどこかにずっと残っていた。
旅に出る前、母と話をしたときのことを思い出す。
あの時、強く反対された。周りが男ばかりで大丈夫なのか、と言われた。
男爵との事を忘れてしまった自分に対して、その記憶を刺激しないように母が言えたのが、あれだけだったんだろう。
何を言われても、あの時の自分は旅に出るという気持ちを曲げなかった。母も、それが分かったから旅の許可はくれたんだろう。
旅の仲間たちは大丈夫だ。みんな誠実だと言ったのは、その通りだと思っている。
アレクたちと仲良くなれた。彼らがどこまでも気さくに、対等に接してくれたからだ。
でも、どんなに仲良くなっても、自分の身分を忘れるべきじゃなかった。
アレクに側にいて欲しい。あれだけ真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれて、でも怖くなかった。厭らしい目で見られることはなかったから。
だから何をされても、多分安心できたんだと思う。
これは打算だ。アレクは王子だから、誰からも守ってくれる。だから抵抗しなかった。
それだけだから、側にいて欲しいなんて気持ちだって、ただの打算だ。
(ちゃんと言わないとね)
いつまでも平民の自分に、王子のアレクが拘っていたらダメだ。アレクにはその身分にふさわしい女性がいるはずだから。
※ ※ ※
夜中。
リィカはどうしても眠れずにいた。
ほんの少しの音にびくびくする。怖くてしょうがない。
(外に行こうかな)
魔族の件、全く話をしていないと言っていた。自分のことがあったから、魔族は完全に放置していたのだろう。
(もし攻めてこられたら、どうするつもりだったんだろう)
自分の心配よりも、魔族の方が優先だろうに。
外に出る前に書き置きを残す。
震える体を押さえつつ門まで行って、門番に眠れないから外を散歩したいと言えば、簡単に出してもらえた。
王城を出るとちょっと体の震えが落ち着いた。
さらに南門に向かう。
門番はいたけれど、魔族の対応で、と言ったら簡単に通してくれた。
勇者一行の名前は伊達じゃない。
ここまできて、ようやくリィカは一つの事実に気付いた。
自分は勇者一行の一人だ。まだ魔族の脅威が去っていない中で問題が起きてしまった。デトナ王国側からしたら、これで勇者一行に見捨てられでもしたら魔族に対抗する術がない。
だから相手が平民でも、とにかくご機嫌を取らなければならなかった。
なんかすっきりした。王太子やワズワースの言動の理由が分かった。
(気にしなくていいのに)
ご機嫌を取らなくても、見捨てることなんてしないから。
適当に街から離れて、地面に膝を抱えて座り込む。
ここまで来たら、怖さは感じなかった。
魔物の危険がある場所に来て、魔族のことを考えていた方が怖くないというのは、普通に考えておかしい。
「……どこか心が壊れちゃったのかなぁ」
自分のことなのに、他人事のように感じた。
アレクの声が聞こえて足音が遠ざかる。
リィカは、自分の手が、体が震えるのを感じた。
(そばに、いて)
本当はそう言いたかった。一緒にいて欲しかった。
でも、どうしても言えなかった。手を伸ばせなかった。
ベッドに横になる。体が震える。
思い出すのは、さっきのやり取りだ。
国王や貴族からの謝罪など、受けられるはずがない。後から何をされるか分かったものじゃない。
何もせずに放っておいてもらうのが一番なのに。
「……アレクは王子様なんだよね」
当たり前のように一国の王女と知り合いで。王太子と対等に言葉を交わしている。
バルとユーリは貴族だ。泰基と暁斗はそもそも身分制度に縁がない。
(だから、多分わたしが思うことを分かって欲しいと思うのが、ムリなんだろうな)
彼らは、住む世界が違うのだと、改めて思い知らされた。
※ ※ ※
ずっと忘れていた事実がある。
クレールム村にいた時、ある時から領主である男爵本人が税の取り立てにくるようになった。その度にリィカが呼ばれて、身の回りの世話をさせられた。
まだ子供だからと村の誰かが付いていてくれたけど、それも男爵が鬱陶しがっていたことを知っている。
十五歳というのは一つの区切りだ。貴族は、全員が学園に入学する年。家の庇護から離れて、一人で学園という社会に入る年。
平民も変わらない。成人は十八だが、だからといって子供扱いもされなくなる。一人前として扱われる十五という年。
あの貴族もリィカが十五歳になるのを待っていた。子供だから、という理由が通じなくなる年になるまで。
だから、十四の年に「来年の夜伽」を命じられた。
そうでなくても男爵を怖がっていたリィカが、そんな事を命じられて、平静でいられるわけがない。震える毎日を過ごし、夜も寝られずにいた。
でも、母が側にいてくれた。暗示のように、忘れてしまえと言われ続けて、リィカは本当に忘れてしまった。あるいは、自分を守ろうとした結果だったのかもしれない。
運は良かっただろう。リィカは魔力暴走を起こして、学園に入学するため村を離れたから、結果として男爵の手から逃れることができた。
だから、こんな事態になるまで、思い出すこともなかった。
もしも、ずっと村にいたなら、リィカは男爵の相手をせざるを得なかっただろう。
覚えていようといまいと関係ない。
母が「そんなことはさせない」と言っても、それができるはずがない。仮に母が身代わりになったとしても結果は変わらない。
平民は貴族に逆らえないのだから。
忘れてしまっても、貴族への恐怖はどこかにずっと残っていた。
旅に出る前、母と話をしたときのことを思い出す。
あの時、強く反対された。周りが男ばかりで大丈夫なのか、と言われた。
男爵との事を忘れてしまった自分に対して、その記憶を刺激しないように母が言えたのが、あれだけだったんだろう。
何を言われても、あの時の自分は旅に出るという気持ちを曲げなかった。母も、それが分かったから旅の許可はくれたんだろう。
旅の仲間たちは大丈夫だ。みんな誠実だと言ったのは、その通りだと思っている。
アレクたちと仲良くなれた。彼らがどこまでも気さくに、対等に接してくれたからだ。
でも、どんなに仲良くなっても、自分の身分を忘れるべきじゃなかった。
アレクに側にいて欲しい。あれだけ真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれて、でも怖くなかった。厭らしい目で見られることはなかったから。
だから何をされても、多分安心できたんだと思う。
これは打算だ。アレクは王子だから、誰からも守ってくれる。だから抵抗しなかった。
それだけだから、側にいて欲しいなんて気持ちだって、ただの打算だ。
(ちゃんと言わないとね)
いつまでも平民の自分に、王子のアレクが拘っていたらダメだ。アレクにはその身分にふさわしい女性がいるはずだから。
※ ※ ※
夜中。
リィカはどうしても眠れずにいた。
ほんの少しの音にびくびくする。怖くてしょうがない。
(外に行こうかな)
魔族の件、全く話をしていないと言っていた。自分のことがあったから、魔族は完全に放置していたのだろう。
(もし攻めてこられたら、どうするつもりだったんだろう)
自分の心配よりも、魔族の方が優先だろうに。
外に出る前に書き置きを残す。
震える体を押さえつつ門まで行って、門番に眠れないから外を散歩したいと言えば、簡単に出してもらえた。
王城を出るとちょっと体の震えが落ち着いた。
さらに南門に向かう。
門番はいたけれど、魔族の対応で、と言ったら簡単に通してくれた。
勇者一行の名前は伊達じゃない。
ここまできて、ようやくリィカは一つの事実に気付いた。
自分は勇者一行の一人だ。まだ魔族の脅威が去っていない中で問題が起きてしまった。デトナ王国側からしたら、これで勇者一行に見捨てられでもしたら魔族に対抗する術がない。
だから相手が平民でも、とにかくご機嫌を取らなければならなかった。
なんかすっきりした。王太子やワズワースの言動の理由が分かった。
(気にしなくていいのに)
ご機嫌を取らなくても、見捨てることなんてしないから。
適当に街から離れて、地面に膝を抱えて座り込む。
ここまで来たら、怖さは感じなかった。
魔物の危険がある場所に来て、魔族のことを考えていた方が怖くないというのは、普通に考えておかしい。
「……どこか心が壊れちゃったのかなぁ」
自分のことなのに、他人事のように感じた。
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