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第六章 王都テルフレイラ

回復

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着替えをさせてもらったんだろう。リィカは、厚手の服を着ていた。
そして、隣にはスプーンを持った女性が座っていたが、一行を見ると立ち上がって一礼する。

「サラ、リィカさんの様子はどう?」
「は、はい。変わりはありません。……口に入れられれば飲み込んで頂けるのですが、呼吸が荒くて、口に入れるのが難しくて」

サラと呼ばれた神官が持っているのは、とろみを付けた水分だ。
その報告にも、エレインの表情は変わらなかった。

「そう、分かったわ。ありがとう。面会して頂くから、少し席を外してもらっていいかしら?」
「かしこまりました。何かありましたら、お呼び下さい」
サラが出て行くのを見送って、エレインは勇者一行に声をかけた。

「皆様方、お願い致します。手を触って頂く程度でしたら、触れて頂いて問題ありませんので」
五人がリィカに向き直った。


※ ※ ※


先陣を切るかと思ったアレクが動こうとしないので、最初にリィカに声をかけたのは泰基だった。

「リィカ、俺のことが分かるか?」
反応は見られない。手を取り、さする。指先が冷たい気がした。
暁斗も声をかけ、バル、ユーリと声をかけるが、やはり反応はない。

アレクが、促されてやっと動く。
リィカの手を取って、懺悔するようにつぶやく。

「――すまない、リィカ。何もできなくて」
下にうつむいたままのアレクは、その時のリィカの反応と周囲の驚愕に気付かない。

「ちゃんと謝りたいから、だから戻ってきてくれ」
そのままリィカから離れようとして、エレインからストップが掛かった。

「アレクシス殿下、そのまま声をかけて下さい」
「――えっ?」

「リィカさんを見て下さい。殿下が声をかけたら、あなたの方を向いたんです。そのまま、声をかけ続けて下さい」
「――リィカ?」

確かに、顔が自分の方に向いていた。呼吸も目もそのままだけれど、確かに自分で動いたのだ。
自分といると安心できる、と言ったリィカの言葉を思い出す。

「――馬鹿だろう、リィカ。何で、俺なんかに。俺なんか、お前に好き勝手に手を出しているだけだぞ。何もできていない。守れていない。お前を辛い目に合わせてばかりなのに、何で俺と一緒にいて安心できるんだよ」

反対の手が、アレクに伸びる。
その手を取ってやりながら顔を見れば、呼吸が落ち着いている。涙も止まって、目には少し光があるように感じた。

それを確認して、アレクは顔をゆがめる。
「……本当に、馬鹿だ。俺はお前に、何もしてやれないぞ」
自虐的に言うと、リィカの動きが変わった。

「……リィカ? ……立とうとしてるのか?」
ソファの肘掛けに手を置いている。力を入れようとして、なかなか入らないのか、少し光の戻った目に、もどかしさがあるような気がする。

その目の色に、負けん気の強さも宿ったように見えた途端、アレクは叫んだ。
「――ちょっと待て、リィカ!」

アレクの叫びに周囲が驚くのと、勢いよく反動をつけて立ち上がったリィカが、反動を押さえられずに、そのまま前のめりに倒れそうになるのは同時だった。

倒れ込む前に、アレクはリィカを抱きしめるようにして支えて、そのまま息を吐く。
「どうしてこんな状態になってまで無茶をしようとするんだよ、お前は。少しは大人しくしろ」

ぼやきつつ顔をのぞき込めば、視線が合った。
目の色が戻っている。

「……アレク? あれ、わたし、どうしたんだっけ……?」

息を呑んだ。
不思議そうに首を傾げる姿は、普段と変わらない。

リィカが戻った。
喜ばしいのに、喜べない。どうしていいのか、分からない。
覚えているのか、いないのか。
覚えていないなら、その方がいいかもしれない。

エレインからの指示が聞こえた。
「アレクシス殿下、リィカさんをソファへ。それから申し訳ありませんが、皆様一度退室して頂いてよろしいでしょうか」

「……あれ、みんなもいる? えっと……」
リィカが思い出すように考え事を始めて、エレインがやや慌てた声を出した。

「皆様、すいません、早く……!」
「………ぁ」
リィカが小さく声を上げると、アレクを突き飛ばすようにして離れる。
そのまま床に座り込んで、両腕で自分の体を抱きしめた。

「リィカ!」
「まって……!」
叫んで近寄ろうとしたアレクを、悲鳴のようなリィカの声が止めた。
リィカの呼吸が、また荒くなっている。

「――待って、ゴメン、ちょっと、待って……。えっと……」
リィカの、自分を抱きしめる力が強くなっている。自分の皮膚に、爪を突き刺さんばかりだ。
荒い呼吸を繰り返しながら、何かを押さえ込もうとしている。
必死で言葉を紡いでいた。

「……えっと、あの、軍議の、場、勝手に、一人で出て、ゴメン。あの後、話、どうなった?」
荒い呼吸で話そうとしているから、単語ごとに言葉が途切れる。

一瞬の沈黙後、アレクが小さく言った。
「全部一人で抱えるつもりか。怖いことも、辛い事も苦しいことも、何も言わないつもりなのか」

リィカが軍議の場を出たのは、国王の言葉のせいなのに。
そして、その後貴族の男達にされたことを、リィカは言わないつもりなんだろう。自分たちがすでに知っている事を知らず、それを隠し通そうとしている。

必死に恐怖を押し隠そうとしているリィカと、視線を合わせる。
「あの後、話は何もできていない。――リィカが大変な事になっているって話があったから」
「………………えっ?」

「全部知っているから、隠そうとするな。一人で抱え込むな。怖いって言え。泣いていいから」
これが正解なのか、アレクには分からない。エレインが止めようとしないので、そのまま言葉を続ける。

「近寄っていいか? 俺なんかで良ければ、胸貸してやるから」
答えを待たず、少しずつ近寄る。

手の届く範囲に来る。リィカは何も言わない。ただ、恐怖の宿ったままの目で見るだけ。
手を伸ばすと、リィカがホッとした顔をする。
そのまま目を瞑って、アレクに向かって倒れた。

「――リィカ!?」
「限界だったんでしょうね。まだ泣けるほどの体力はありません」

エレインが、わずかに微笑みながらリィカに近づく。
リィカを見れば、気を失っていた。

「強い子なんですね。事の直後ですと、その記憶を受け入れられず、パニックを起こす女性も多いのに、それを押さえ込んで隠そうとするなんて。もう少し回復したら、思う存分泣かせてあげて下さいね、殿下」

「……俺なんかでいいんでしょうか」

「他におりませんよ。そうですね、一つだけ言わせて頂くのなら、俺なんか、とご自分を卑下するようなことを仰る事はおやめ下さい。今回は、それをリィカさんが心配した結果、自我が戻るという良い結果を導き出しましたが、普通はあまりいいことにはなりません」

「……あんな状態のリィカに、俺は心配をかけたんですか」

「そうですよ? 女性の母性本能が刺激されて、守りたいという気持ちになったのではないでしょうか。よろしいのですよ。どんな方法であっても、まず自我が戻るのが大切ですから」

「……母性本能……」
リィカが戻ったのは嬉しいけれど、何とも情けない。
アレクが大きくため息をついた。

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すいませんが、この話は想像というかねつ造というかで書いています。実際には即していません。
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