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第五章 デトナ王国までの旅路
魔法を教えて
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「リィカ様、僕のことはどうかテオとお呼び下さい」
ニコニコしているデトナ王国の王子、テオドアの言葉に、リィカは悩んだ。
いきなり自分に呼びかけてきた少年、テオドア。
モルタナでのことを思い出して最初は怖かったが、さすがにこれだけ無邪気だと警戒心もなくなる。そう言う意味では、テオドアの行動は正解だったと言えなくもない。
しかし、その後強引に馬車に乗せようとした辺り、テオドアにそのつもりはなくても、リィカからすれば、王子がすることに逆らえるはずもない。
カトレアがリィカに謝罪し、テオドアに説教を始めた。
説教されているときは、しおらしくしていたテオドアだが、終わったらすぐに何もなかったかのように笑った。そして、自分のことをテオと呼べ、と言ってきたわけである。
テオドアの事情は聞いた。
ここまで好かれる理由はよく分からないが、関心を持たれる理由は分かった。
しかし、一緒に旅をしている仲間は別としても、王子殿下を愛称で呼べなど、無理な話である。とはいっても、どう断ればいいのかも分からない。
視線をさまよわせると、カトレナに名前を呼ばれた。
「リィカさん、問題はありませんので、この子の希望通りにして頂けませんか?」
問題だらけだと思うんだけど。
そう言葉に出したくても出せない。
こういうとき、自分の平民という身分をまざまざと思い知らされる。王族や貴族という存在に、従うしかないのだ。
「……それでは、テオ様、でよろしいでしょうか」
「様はいらないのですが」
「……それは、本当にご勘弁下さい」
愛称で呼び捨てなどできるはずがない。その辺りは、言わなくても分かって欲しいところだ。
そもそも、王子が自分を様付けで呼んでいること自体が問題だ。誰かにそこを突っ込んで欲しいのだが、誰も言ってくれず、様付けで呼ばれることを甘んじて受け入れていた。
結局、カトレナの口添えもあって、呼び方はテオ様になった。
「僕に魔法を教えて頂きたいです」
またも、リィカは困る事態になった。
頭を下げるテオドアを見つめる。
(……そう言われても、困るんだけど)
自分とテオドアの共通点は、魔力暴走を起こした、という事だけだ。
コントロールした、と言われても、凪沙の記憶がその瞬間に戻ったおかげだから、自分で何かをしたという意識はない。
魔力暴走を起こして、恐怖を感じてもいない。むしろ、魔法が使えることに嬉々として、ダメだと言われたのに魔法の練習をしてしまったのが自分だ。
怖さを乗り越える術など、知るはずもない。
「私からもお願いできないでしょうか。この子、ずっとリィカさんに憧れていたんです。リィカさんが見て下さっていれば、魔法が使えるようになるかもしれないのです」
リィカがためらっていると、カトレナにまでお願いされた。
王族二人に頼まれてしまっては、無理と言えるはずもない。
「……分かりました。わたしのできる範囲にはなってしまいますが、教えさせてもらいます」
「ありがとうございます!」
テオドアが満面の笑みを浮かべた。
早速、と馬車の中でテオドアが教えて欲しそうにしたが、リィカが止めた。
急ぐ、という言葉通りに、馬車はかなりの速さで走っている。揺れも大きいので、魔法の練習ができる環境ではない。
だから、教えるのは休憩時間にと言ったら、不満そうにされた。しかし、教えろというのだから遠慮する気はない。言いたいように言わせてもらう。そう決めたリィカだ。
サルマたちがいるはずの街は通り過ぎた。
ここまでカトレナたちはどうしていたのかと思ったが、限界ギリギリまで走って、休憩は最低限だったらしい。普通に野宿していたと聞かされて、驚いた。
※ ※ ※
夕食が終わると、早速テオドアが催促してきた。
野営の場所が決まり、馬車が止まった時点で催促されたが、食事の準備等あるから、とその時は断った。
それで大人しくしていたが、食べ終わった途端にまた催促された。
今度は片付けがあるから、と言おうとしたが、護衛の魔法師団の人たちに、片付けは自分たちがやるから、と言われ、魔法の指導を始めることになってしまった。
目を輝かせていたテオドアだが、リィカに一度魔法を使ってみて欲しい、と言われて、その顔が強張った。
それでも、詠唱して《火》を使った結果、指先からブスブスと黒い煙が上がる、という結果になった。
「……暁斗と同じ事してる。器用だなぁ。どうしてそれができるのかな」
シュンと落ち込むテオドアには悪いが、リィカは思わず笑ってしまった。
詠唱して流れる魔力を、自分で止めてしまっている。
最初、魔法が使えなかった頃の暁斗と同じだ。
暁斗ほど完璧に止められてはいないから、黒い煙が上がるくらいにはなっているが、やっていることは同じである。
「……器用、ですか?」
テオドアが首を傾げる。心配そうに近くで見ていたカトレナも同じだ。
おそらく、そんな事を言われたことはないのだろう。心底不思議そうだ。
「ええ、器用です。自分で魔力の流れを止めることができるんですから。簡単にできることじゃありませんよ?」
テオドアが困った顔をする。
リィカは、できるだけ優しく語りかけた。
「申し訳ありませんが、わたしは魔力暴走を起こしても、それに恐怖したことはありません。ですから、テオ様のお気持ちは分かりません。教えられることもそんなにありません」
テオドアが、不安そうな顔になった。笑顔で話を続ける。
「今からテオ様にやって頂くのは、わたし自身がした魔法の練習です。勇者様も最初テオ様と同じように魔法を使えない時に、これで使えるようになりました。――もし魔力暴走を起こしても、わたしが何とかします。ですから怖がらず、魔法を使ってみましょう」
「――は、はい!」
不安と緊張に彩られているテオドアに、リィカは指を立てて《火》を発動させる。
無詠唱で発動された魔法に目を丸くするテオドアの顔から、不安と緊張が少し和らいでいるのが分かった。
同じように指を立たせる。
《火》が成功して、指先に火が点っているのをイメージして下さい、と言えば、テオドアは素直に目を閉じてイメージを始めた。
※ ※ ※
片付けをしつつ、リィカとテオドアの様子を見ていた泰基は、今度はアレクに目を向ける。
さぞかし嫉妬しているだろう、と思ったら、そうでもなかった。
代わりにムスッとしているのは、暁斗だ。
(あれかな。下の兄弟ができると母親が取られると思って嫉妬する、みたいな?)
身も蓋もない泰基の感想だが、実のところ当たっていた。
※ ※ ※
カトレナは、緊張してその様子を見ていた。
テオドアがリィカにどんな感情を抱くか気になっていた。一目惚れでもされたらどうしようと思っていたが、それはなさそうだ。それよりも、母親とか姉とかに甘える姿勢に近いように思う。
実の姉としては複雑な気持ちもあるが、自分ではテオドアの力になれないのも確かだ。
リィカが平民であることはもちろん知っている。その彼女に、王族の自分たちが頼み事をすれば、それはもう命令と変わらない。
それを分かっていながらも、お願いした。
そして、間違ってなかったと思う。
「器用」だなんて評価をされるとは思わなかった。簡単にできないことをやっているんだと言われて驚いた。
弟に魔法を教えてくれる人が言うのは、いつも同じ。怖がらずに魔法を使え。それだけだ。
リィカも同じ事を言った。でも、それだけで終わらなかった。その続きがあった。
目を瞑って集中しているテオドアを、食い入るように見つめる。
どのくらい、そうしていたんだろう。
テオドアの口が動いた。
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
その指先に火が点ったのを見て、カトレナの目から涙が零れた。
※ ※ ※
「……できた?」
テオドアがポツッとつぶやく。
指先の火を、信じられないという顔で見ている。
「ええ、おめでとうございます。テオ様」
リィカが笑顔でお祝いを伝える。
「……テオ、おめでとう」
泣いたまま震える声で、カトレナがテオドアに手を伸ばし、その体を抱きしめる。
慌てて指先の火を消して、そこでやっとテオドアに実感がわいたようだ。
「できた! 魔法使えたよ、姉様!」
自分を抱きしめる姉を、テオドアも抱きしめた。
ニコニコしているデトナ王国の王子、テオドアの言葉に、リィカは悩んだ。
いきなり自分に呼びかけてきた少年、テオドア。
モルタナでのことを思い出して最初は怖かったが、さすがにこれだけ無邪気だと警戒心もなくなる。そう言う意味では、テオドアの行動は正解だったと言えなくもない。
しかし、その後強引に馬車に乗せようとした辺り、テオドアにそのつもりはなくても、リィカからすれば、王子がすることに逆らえるはずもない。
カトレアがリィカに謝罪し、テオドアに説教を始めた。
説教されているときは、しおらしくしていたテオドアだが、終わったらすぐに何もなかったかのように笑った。そして、自分のことをテオと呼べ、と言ってきたわけである。
テオドアの事情は聞いた。
ここまで好かれる理由はよく分からないが、関心を持たれる理由は分かった。
しかし、一緒に旅をしている仲間は別としても、王子殿下を愛称で呼べなど、無理な話である。とはいっても、どう断ればいいのかも分からない。
視線をさまよわせると、カトレナに名前を呼ばれた。
「リィカさん、問題はありませんので、この子の希望通りにして頂けませんか?」
問題だらけだと思うんだけど。
そう言葉に出したくても出せない。
こういうとき、自分の平民という身分をまざまざと思い知らされる。王族や貴族という存在に、従うしかないのだ。
「……それでは、テオ様、でよろしいでしょうか」
「様はいらないのですが」
「……それは、本当にご勘弁下さい」
愛称で呼び捨てなどできるはずがない。その辺りは、言わなくても分かって欲しいところだ。
そもそも、王子が自分を様付けで呼んでいること自体が問題だ。誰かにそこを突っ込んで欲しいのだが、誰も言ってくれず、様付けで呼ばれることを甘んじて受け入れていた。
結局、カトレナの口添えもあって、呼び方はテオ様になった。
「僕に魔法を教えて頂きたいです」
またも、リィカは困る事態になった。
頭を下げるテオドアを見つめる。
(……そう言われても、困るんだけど)
自分とテオドアの共通点は、魔力暴走を起こした、という事だけだ。
コントロールした、と言われても、凪沙の記憶がその瞬間に戻ったおかげだから、自分で何かをしたという意識はない。
魔力暴走を起こして、恐怖を感じてもいない。むしろ、魔法が使えることに嬉々として、ダメだと言われたのに魔法の練習をしてしまったのが自分だ。
怖さを乗り越える術など、知るはずもない。
「私からもお願いできないでしょうか。この子、ずっとリィカさんに憧れていたんです。リィカさんが見て下さっていれば、魔法が使えるようになるかもしれないのです」
リィカがためらっていると、カトレナにまでお願いされた。
王族二人に頼まれてしまっては、無理と言えるはずもない。
「……分かりました。わたしのできる範囲にはなってしまいますが、教えさせてもらいます」
「ありがとうございます!」
テオドアが満面の笑みを浮かべた。
早速、と馬車の中でテオドアが教えて欲しそうにしたが、リィカが止めた。
急ぐ、という言葉通りに、馬車はかなりの速さで走っている。揺れも大きいので、魔法の練習ができる環境ではない。
だから、教えるのは休憩時間にと言ったら、不満そうにされた。しかし、教えろというのだから遠慮する気はない。言いたいように言わせてもらう。そう決めたリィカだ。
サルマたちがいるはずの街は通り過ぎた。
ここまでカトレナたちはどうしていたのかと思ったが、限界ギリギリまで走って、休憩は最低限だったらしい。普通に野宿していたと聞かされて、驚いた。
※ ※ ※
夕食が終わると、早速テオドアが催促してきた。
野営の場所が決まり、馬車が止まった時点で催促されたが、食事の準備等あるから、とその時は断った。
それで大人しくしていたが、食べ終わった途端にまた催促された。
今度は片付けがあるから、と言おうとしたが、護衛の魔法師団の人たちに、片付けは自分たちがやるから、と言われ、魔法の指導を始めることになってしまった。
目を輝かせていたテオドアだが、リィカに一度魔法を使ってみて欲しい、と言われて、その顔が強張った。
それでも、詠唱して《火》を使った結果、指先からブスブスと黒い煙が上がる、という結果になった。
「……暁斗と同じ事してる。器用だなぁ。どうしてそれができるのかな」
シュンと落ち込むテオドアには悪いが、リィカは思わず笑ってしまった。
詠唱して流れる魔力を、自分で止めてしまっている。
最初、魔法が使えなかった頃の暁斗と同じだ。
暁斗ほど完璧に止められてはいないから、黒い煙が上がるくらいにはなっているが、やっていることは同じである。
「……器用、ですか?」
テオドアが首を傾げる。心配そうに近くで見ていたカトレナも同じだ。
おそらく、そんな事を言われたことはないのだろう。心底不思議そうだ。
「ええ、器用です。自分で魔力の流れを止めることができるんですから。簡単にできることじゃありませんよ?」
テオドアが困った顔をする。
リィカは、できるだけ優しく語りかけた。
「申し訳ありませんが、わたしは魔力暴走を起こしても、それに恐怖したことはありません。ですから、テオ様のお気持ちは分かりません。教えられることもそんなにありません」
テオドアが、不安そうな顔になった。笑顔で話を続ける。
「今からテオ様にやって頂くのは、わたし自身がした魔法の練習です。勇者様も最初テオ様と同じように魔法を使えない時に、これで使えるようになりました。――もし魔力暴走を起こしても、わたしが何とかします。ですから怖がらず、魔法を使ってみましょう」
「――は、はい!」
不安と緊張に彩られているテオドアに、リィカは指を立てて《火》を発動させる。
無詠唱で発動された魔法に目を丸くするテオドアの顔から、不安と緊張が少し和らいでいるのが分かった。
同じように指を立たせる。
《火》が成功して、指先に火が点っているのをイメージして下さい、と言えば、テオドアは素直に目を閉じてイメージを始めた。
※ ※ ※
片付けをしつつ、リィカとテオドアの様子を見ていた泰基は、今度はアレクに目を向ける。
さぞかし嫉妬しているだろう、と思ったら、そうでもなかった。
代わりにムスッとしているのは、暁斗だ。
(あれかな。下の兄弟ができると母親が取られると思って嫉妬する、みたいな?)
身も蓋もない泰基の感想だが、実のところ当たっていた。
※ ※ ※
カトレナは、緊張してその様子を見ていた。
テオドアがリィカにどんな感情を抱くか気になっていた。一目惚れでもされたらどうしようと思っていたが、それはなさそうだ。それよりも、母親とか姉とかに甘える姿勢に近いように思う。
実の姉としては複雑な気持ちもあるが、自分ではテオドアの力になれないのも確かだ。
リィカが平民であることはもちろん知っている。その彼女に、王族の自分たちが頼み事をすれば、それはもう命令と変わらない。
それを分かっていながらも、お願いした。
そして、間違ってなかったと思う。
「器用」だなんて評価をされるとは思わなかった。簡単にできないことをやっているんだと言われて驚いた。
弟に魔法を教えてくれる人が言うのは、いつも同じ。怖がらずに魔法を使え。それだけだ。
リィカも同じ事を言った。でも、それだけで終わらなかった。その続きがあった。
目を瞑って集中しているテオドアを、食い入るように見つめる。
どのくらい、そうしていたんだろう。
テオドアの口が動いた。
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
その指先に火が点ったのを見て、カトレナの目から涙が零れた。
※ ※ ※
「……できた?」
テオドアがポツッとつぶやく。
指先の火を、信じられないという顔で見ている。
「ええ、おめでとうございます。テオ様」
リィカが笑顔でお祝いを伝える。
「……テオ、おめでとう」
泣いたまま震える声で、カトレナがテオドアに手を伸ばし、その体を抱きしめる。
慌てて指先の火を消して、そこでやっとテオドアに実感がわいたようだ。
「できた! 魔法使えたよ、姉様!」
自分を抱きしめる姉を、テオドアも抱きしめた。
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