転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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間章

魔国~魔王と兄~

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モントルビア王国、王都モルタナ。
時は、アレクが魔族の男を倒してから少し経った頃。

アレクたちがサイクロプスを倒した時点で去った、もう一人の魔族の男の姿は、王都モルタナの一般街の中でも、貧民街と呼ばれる場所に近い所にいた。


少し開けた場所で立ち止まった男は、上を向いて、独り言を言い始めた。
「カストル様、オルフです。聞こえるでしょうか?」
『ああ、よく聞こえる。素晴らしいな、これは。それで、首尾はどうだ?』

否、独り言ではなかった。男の耳にははっきりと返事が聞こえた。
相手に見えはしないと分かっていても、男、オルフは、畏まって礼をする。

「はっ。魔物二体、サイクロプスとカークスともに、勇者の一行に倒されました」
『……ほう』
話の先の相手が、何かを考え込むように黙ったのが分かり、オルフは黙って相手の言葉を待つ。

『魔物二体の強さはどう思った?』
「Bランクの強さは逸脱しているでしょう。Aランク並みと言えるかと」

『勇者達はそれを倒すか。旅立ったばかりであれば、さほどの強さはないと踏んでいたが、これは予想を違えたか』
「いえ、魔国の伝承にあるほどの強さはないと判断致します」
『なるほど。最初からある程度の強さはあるわけか』

カストルと呼ばれた男の声には、苦笑の色がある。
オルフが、わずかに緊張しつつも進言した。

「今でしたら、倒すのは容易です。私が勇者達の監視を続けますので、こちらにおいで頂ければ……」
『それを決めるのは私ではない。魔王様だ。そして、魔王様はそれを望まない』
「……はっ。申し訳ございません」
深く一礼したオルフに、見えないはずのカストルは、それを察したかのようだ。

『構わぬ。私とて気持ちは貴様と同じだ。それより、もう一人、ライマーはどうした?』
「――おそらく、勇者達に倒されたかと」
『……そうか。勇者達の姿は映せたか?』
「はい。それは間違いなく」
言葉が戻るまでに、少しだけ間が空いた。

『転移の魔道具を所持していたのは、貴様の方だったな?』
「はい」
『であれば、帰還を命ずる。今すぐ戻ってこい』

「――モントルビア王国には何もできておりませんが、よろしいのでしょうか?」
『構わぬ。今は、勇者の情報の方が欲しい』
「かしこまりました。帰還致します」

同時に、音が切れる。
オルフの耳には、魔道具のイヤリングが付けられていた。


※ ※ ※


オルフとの連絡を終えたカストルは、ある場所へと向かう。
礼をする者たちを横目に見ながら、ある一室に入る。

「――魔王様、失礼致します」
「カストルか、何かあったか? ――皆、下がれ」
魔王の言葉に従い、他の者がいなくなり、二人になった時点でカストルはため息をついた。

「魔王様、私が来る度に他の者をわざわざ下げずとも良いと思うのですが」
返事はない。
そっぽを向いてふて腐れているように見える魔王に、カストルはもう一度ため息をついた。

「――分かった。私が悪かった。機嫌直せ、ホルクス」
「最初からそう話してくれればいいだろう、兄者。大体、兄者が他の者がいると絶対に言葉を崩してくれないから、下げているんだぞ? オレが兄と呼ぶと怒るし」
「私はお前に負けたんだぞ? 普通なら殺される所を、こうして生かされているんだ。敬意くらい周りに示さねば、私を殺そうとしないお前が責められる」

すると魔王は、いかにも不満です、という様子を見せる。
「兄者と戦う事さえ嫌だったのに、殺せるわけない。大体、オレは力しか能がないが、兄者は頭が良い。兄者が魔王になれば違う魔国の未来もあるのではないか?」

「私が魔王にならずとも、違う未来はつかめる。お前の下で掴んでやる。――ホルクス、勇者の情報が手に入った。オルフがすでに帰還しているはず。これから勇者たちを映したものを確認しよう」
魔王は、何のことだと首を傾げ、すぐにポンと手を叩いた。

「確か、魔道具、だったな。人間の技術を自分たちが使うなど、想像もしなかった。兄者はやはりすごい」
まっすぐに尊敬の視線を向けられ、カストルは困ったように笑う。

「逆に、人間の間では使われていないな。勿体ないことだ」
「……そうなのか?」
魔王は何のことか分からない、といった様子だ。
そんな魔王に移動を促すが、真剣な顔をしてカストルに尋ねてきた。

「兄者。なぜ、人間は勇者を召喚する? なぜ、人間は我々魔族を憎む? オレは憎むほどに人間を知らぬというのに」
「簡単なことだ」
カストルは答える。この真っ直ぐすぎるくらいに真っ直ぐな弟に。

「自らの住む家を、住む場所を、命さえ脅す相手。それが人間にとっての魔族という存在だ。我々の事情など人間は知らぬ。知ったところで変わらぬのは歴史が証明している。憎まれようと、我々は戦わねばならぬのだ」

「……うん、そうだな」
答えた魔王は、頼りなげな子供のようにも見えた。
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