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第四章 モントルビアの王宮

泰基と凪沙

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リィカの呆然とした顔を見て、泰基は苦笑した。
「やっぱり、そうなんだな」
「…………なんで?」
リィカのその問いは、遠回しの肯定だ。

泰基は、何となく視線を上に向ける。
「分かるさ。お前の表情とか仕草とか、凪沙そっくりだ。暁斗を撫でる手つきなんか、凪沙そのものだった」
「……そんなに似てる?」
「似てるな。初対面の時から思ったぞ」
「……そっか。別に何も意識してないんだけどな」
静かな声でリィカは続けた。

「気付かれるなんて思わなかったな。暁斗に母さんみたいって言われた時は、ドキッとしたけど。でも、普通は生まれ変わってるなんて思わないでしょ?」
「普通はな。ただ、何というか、流行ってるんだよな。異世界に転移したり転生したりっていう小説。そんなのを読みまくっていると、変な知識がついてくるというか……」
「え、なにそれ。面白そう」
興味を示すリィカに、泰基は記憶を探る。

「あの頃は……あったのかもしれないが、俺は知らなかったな。知ってたら凪沙と一緒に読んでただろうが。暁斗が読み始めて、俺も癌で家で大人しくしていることが増えて、暇だからつい読んでた、みたいな……?」
「……なんかいいなぁ。色々楽しそう」
泰基はチラッとリィカを見る。視線を逸らした。

「……さっさと死んでしまうからだろ」
「……そうだね、ごめんなさい。暁斗のことも」
リィカの声が沈んだ。

泰基は、どこか息苦しさを感じながらも、聞いてみたいと思っていた事を口にした。
「実際の所、どう思ってた? 強盗が押し入ってきたとき、刃物に刺されたとき。――死んでしまうとき。凪沙はどう思っていたんだ?」
「……強盗のバカヤロー、かな」
「……は?」
想定外の返答が返ってきた。

リィカは、どこともしれない場所を見つめていた。
「死ぬつもりなんてなかったよ。暁斗を庇ったのも、そんな深く考えてなかった。刺されたときは、泰基に無茶するなって怒られるかなぁ、って思った。怒られたらお前のせいだ、バカヤローって思った。意識が朦朧としてきて、目が見えなくなってきて、それでも死ぬなんて思わなかった」

泰基は笑い出した。
「凪沙に涙の感動話なんか似合わないと思っていたけど、その通りだな。感動のへったくれもない。というか、最期まで俺に怒られることを怖がってた、ってなんだよ」

テレビで流されていた凪沙を取り上げたドキュメントは、凪沙が決死の覚悟で息子を守ったと、感動を誘うような話として描かれていた。
今の話をした所で誰も信じないだろうな、と思いながら、でもどこか、泰基は気分がすっきりした。凪沙なら、確かにそんな事を考えそうだ、と思う。


「リィカがこの旅に付いてきたのって、もしかして凪沙の記憶の影響か? そもそも、前世の記憶ってどんな感じなんだ?」
「……うーん、そうだね。何というか、説明が難しいんだけど」
リィカは悩みつつも、話し始めた。

凪沙の記憶が戻ったときの事。おかげで、魔力暴走を途中で止められた事。
それからの学園一年目の生活。
少なくともこの段階では、凪沙の記憶は、前世っぽい別人の記憶、程度の認識しかしていなかった。

召喚された勇者の名前を聞いた瞬間、凪沙の記憶や感情が自分のそれと交ざったこと。旅への同行を決めた一番の理由は、やっぱり凪沙の記憶が大きい事。

「わたしは、自分をリィカだと思ってるけど、泰基や暁斗のことについては、わたしの感情と凪沙の感情の線引きが分からない。暁斗のことを、同い年の男の子だと思ってるけど、甘えてこられても違和感もない、みたいな」
リィカ自身も、はっきりしないのだろう。言葉一つ一つを考えるように言っていた。

泰基は、リィカが自分のことに言及しないので、そこを突いていく。
「お前を王太子から助けた日に、俺は嫌だって言ったのは、何でだ?」
「……それ聞くんだ? 何もしないって言って、何度も凪沙に手を出していた人が」
「信用ないな。いい加減若くないんだから、その程度の分別は付くぞ?」
「どうだかなぁ。確かに年取ったなぁとは思うけど」

クスクスとリィカが笑い、泰基は憮然とした。
自分で口にしておいて何だが、余計なお世話だ、と思う。

「リィカは、アレクのことが好きなのか?」
「…………ひゃっ?」
「……どういう返事だよ」
「…………いや、だって、なんで……」
リィカの顔が赤くなっている。大丈夫っぽいな、と思う。

「俺と暁斗の事で凪沙の感情も交じってるなら、俺のことはどう思っているのかとも思うだろ。凪沙は、俺のことを好きでいてくれたんだから。でも、お前はリィカなんだからさ。凪沙の記憶や感情に縛られるのも良くない」
すると、リィカは泰基を意外そうに、驚いたように見た。その視線が、何となく気に入らなくて、ぶっきらぼうに問いかける。

「……何だ?」
「……泰基はわたしを凪沙だと思ってたんでしょ。だったら、わたしのことはどう思ってるのかなぁって」
リィカの問いは、ためらいがちだ。
以前に、バルにも似たような事を聞かれたなと思う。

「旅の大切な仲間。魔法の腕がすごい。天然鈍感娘」
「……最後の、なに?」
「そのまんまだろ?」
リィカがムッとした顔をした。笑って続ける。

「リィカはリィカだと思ってる。全部が全部、凪沙と同じじゃない。――凪沙の面影を見て、懐かしくなることは確かに多いけど、俺が見ているのは凪沙なんだよ。リィカじゃない。だから俺のことは気にしないで、アレクとイチャイチャしてくれ」
「――しない! もう。気にして損した」
泰基は笑いを納めて、真剣な顔になる。

「俺のことは気にしなくていい。時々凪沙の面影を追ってしまうだろうけど、それだけだ。でも、暁斗の事はこれからも気にしてくれないか? あいつが、母親のことを乗り越えられるまで」
「――うん。約束する」
二人同時に、うなずき合った。


※ ※ ※


それから、二人は色々話をした。
ほとんどが他愛のない話だ。

泰基がいい機会だからと建国王アベルの本名を聞いたら、リィカにジトッと見られた。
聞いたら駄目かと思ったが、泰基ならいいか、と教えてくれた。

リィカは木の枝を一本取ると、地面に文字を書き始めた。
『安部悟』
そう書かれたのを見て、泰基が首をかしげる。

「あべ、さとし……いや、アベル……、あべ、さとる……?」
「わたしもそう思う。学園じゃこれを、勇者の国の文字でアベルと読むんだ、って習うの。しかもテストにもこの読み方の問題、出るんだよ? アベルって書きたくない、って本気で思った」

毎日の記録なんて言われている本だが、表紙に書かれている文字は「日記帳」だ。
そして、中身はただの愚痴ノートだ。
教科書に載せられている文を読むのは面白かったが、アベルのイメージは完全に崩れた。


国王ってなに、なんなの? ブラックも真っ青だ。ブラックすぎる。
もうねる。ぜったいねる。一ヶ月つづけて寝てやる。
っしゃあぁぁぁぁぁぁぁ、OKもらったぜ!
レナルドふざけんな、おれにないしょで話進めやがった!


「……みたいな文が、教科書に載ってた」
「レナルドって?」
泰基に聞かれ、リィカが首をかしげる。記憶を探るように遠くを見る。

「……多分、アベルの魔王討伐の仲間、だった気がする」
「仲間が建国後もずっと一緒にいたのか。何があったのか前後が気になるが……苦労したんだなぁ、アベル」

「泰基だから、その一言で済ませてくれるけど。アベルって半分神様みたいな扱いというか、何にも動じず、涼しい顔して様々な難題を解決していく人、っていうイメージなの。だから、わたしも読んだときショックを受けた。解読しようとしている人がいるみたいだけど、やめてって言いたい」
「まあ、確かになぁ」
イメージガタ落ちは確かだ。きっと解読してしまった人は、後悔するだろう。

「でも大丈夫じゃないか? 平仮名にカタカナ、漢字に加えて、英語まで入ってるんだろ? で、字を読む手がかりは、安部悟をアベルと読む、ってだけだろ?」
その手がかりも、全く手がかりになっていない。

「そうだといいなぁ、と思ってる」
地面に書いた名前を消しつつ、本気でリィカはつぶやいた。


※ ※ ※


「――明るくなってきたね」
「夜明けだな」
リィカと泰基、そろって明るさを増してきた東の空を見つめる。

「暁斗が生まれたときも、こんな空だったのかな」
「……どうだろうな。俺は気が気じゃなかった。明るくなったなって思ったときに、生まれたのは確かだけどな」

「暁斗が生まれた時間と、その日の日の出の時間が一緒だったんだよね」
「そうしたら、凪沙が言い出したんだよな。名前に、夜明けの意味がある『暁』の字を入れたいってさ。日の出と夜明けって微妙に違うだろと言っても、聞かないし。せっかく、俺が色々名前を考えてたのに、全部ボツだ」

「……どんな名前、考えてたんだっけ?」
「もう覚えてない」
顔を見合わせて笑う。


もう凪沙はいない。
ここにいるのは、記憶と感情が残っているだけの別人だ。
それでも共有できる記憶はある。

泰基にも凪沙の死によるトゲのようなものはあった。
けれど、それが薄れていくのを、確かに泰基は感じていた。
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