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第四章 モントルビアの王宮

魔物について

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真っ赤になってうずくまってしまったリィカを見ながら、アレクは肝心な事を思い出す。
「結局、剣技がどういうことになっていたのか、聞いていないんだが?」
平然とした顔のアレクを、リィカは赤い顔のまま睨み付けた。



「原理としては、魔石の加工とおんなじだと思う」
若干赤みの残る顔で、リィカが説明を始めた。

二人の距離は遠い。手を伸ばしても届かない。
距離を取るリィカを、アレクは止めなかった。

「魔石を魔道具の形にするのに魔力で形作るんだけど、アレクが剣技を使ったときもそうだった」
最初は、普通だ。風の剣技を発動させるから、風の魔力を剣に纏わせた。
その後、剣技を発動させるとき、アレクが上乗せするように魔力を剣に送った。その上乗せした魔力が風の魔力に干渉し、形を変えていた。


「…………へえ」
説明をされても、アレクは分からなかった。
そんな事したか? という疑問は飲み込んだ。言えば、暁斗と同じだ。

「魔力を上乗せって、どうやるんだ?」
だが、そんな質問をすれば、飲み込んだ意味はほとんどない。
リィカの視線は、呆れたものに変わった。

「アレクが自分でやったんだよ」
「……………そう言われてもなぁ。ただ、普通に放つだけじゃ無理だろうから、もっと細く尖れ、鋭くなれ、と思っただけだぞ」
「それでいいんじゃないの?」
簡単にリィカが言った。

「……は?」
「魔道具を作るのも、無詠唱で魔法を使うのも、突き詰めればイメージをどれだけできるかだから。イメージできれば、魔力がそれに沿って動いてくれる。ただ、イメージって曖昧な部分も多いから、魔力の流れを自分で感じることができないと、同じ事を再現するのは難しい」
「…………へえ」
アレクはそれしか言えなかった。リィカがさらに続ける。

「練習してみたらいいんじゃないかな。何回もやれば、感覚をつかめるかも知れない。剣技をコントロールできるようになったら、無詠唱にも近づけると思うよ」
「そうだな、やってみるか。リィカも協力してくれるよな」
「協力? でもわたし、剣技のことは分からないよ。暁斗……はムリそうだけど、泰基に教えてもらった方がいいんじゃない?」
リィカは首をかしげる。こういうとき、鈍いのは感謝するべきだよな、とアレクは内心思いつつ、表情には出さない。

「タイキさんにも教えてもらうさ。でも、リィカにも協力して欲しい」
「……うん。わたしでできることなら、協力するけど」
簡単にリィカが頷く。

(本当に俺、悪い男になった気分だ)
アレクが何を考えているかなど、リィカはきっと想像もしていない。


※ ※ ※


リビングにユーリが顔を出した。
「アレク、リィカ。……なんでそんな離れて話をしているんですか?」
呆れたように言うユーリが、アレクを横目で見る。一体何をしたんだ、と言いたいのが分かったアレクだが、黙殺した。

ユーリとしては、せっかく二人きりにしてあげたのだから、リィカとどうにかなってしまえと思ったのだが、この調子ではそれはなさそうだ。

ユーリは諦めつつ、要件を伝えた。
「マルティン伯爵がいらっしゃいましたよ」
他の仲間たちと一緒に、チャドを伴ったマルティン伯爵もリビングに入ってきて、リィカが立って深くお辞儀をする。

「どうしたんだ? 呼んでもらえれば行ったぞ?」
「Bランクの魔物二体と戦ったと伺って、さぞお疲れかと思ったのですが、お元気そうですね。であれば、確かに呼び出しても良かったかも知れませんな」
マルティン伯爵がニコニコ笑う。その視線が、一瞬リィカに、その首筋に行ったのが分かって、アレクは冷や汗をかく。

考えずとも、丸見えの場所だ。
つけるなら、見えない場所、服で隠れる場所に付けろ、とそういえば教わった、と今頃思い出しても遅い。

「その二体の魔物について話を伺いましてね。時間がないので簡単ですが、調べたんですよ。それを皆様にお伝えしたくて伺いました」
アレクの表情が、真剣なものに変わった。


※ ※ ※


マルティン伯爵の話が始まるまで、多少の時間を要した。
お茶を出しに来たメイドが、リィカの首筋の痕に気付いて、問答無用で連れ出したからだ。
戻ってきたリィカは、首にスカーフを巻いていた。その顔は、若干赤い。

ちなみに、仲間たちは誰もその痕を見ていない。メイドの行動が理解できなかった一行だが、泰基だけは何となく分かったのか、苦笑していた。
その目は、切なそうだった。


魔族の男の、実験の成果、という単語から、アレクたちは魔物の能力について、ルイス公爵たちに話を行っていた。
マルティン伯爵は、それを元に調べてくれたようだった。

サイクロプスは力の強い魔物だが、逆に言えばそれだけ。回復能力はなく、剣技に似たものを発動させる事も不可能。
カークスも炎は吐くが、三つの首同時に吐くだけだ。タイミングをずらして連携させる事は無理。炎の壁での防御などしない。

基本的に、巨人の魔物は知能が低い。そのため、注意するべき点にだけ注意すれば、Bランクの中では、比較的倒しやすい魔物だと言われている。

「かなりの可能性で、実験とやらは魔物の強化の実験でしょう。しかし、サイクロプスの最期を伺った限りでは、まだ成功している訳でもないのでしょう」
マルティン伯爵は、話を締めくくった。

「……魔物の強化か」
つまり今後も強化された魔物が出てくるかもしれない、と言うことだ。
厄介だった。


※ ※ ※


アレクは王子だ。
王族が、その血を次代に残すのは義務だ。そのため、十五歳になる少し前、子を残すための授業を受ける事も義務だった。

それでも、アレクは自分には必要ないと言った。
しかし、結局は一人じゃ恥ずかしいという兄のアークバルトに引っ張っていかれ、二人で授業を受ける羽目になった。二人の方が絶対に恥ずかしい、というのがアレクの感想だった。


果たして、あの授業を受けたことが良かったのか悪かったのか。
アレクは一人、マルティン伯爵に呼び出されていた。
リィカの首筋についたキスマークについて懇々と説教されて落ち込みつつ、そんな考えが頭をよぎっていた。
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