132 / 629
第四章 モントルビアの王宮
VSカークス③
しおりを挟む
「グワァァァァァァァァァァァァ!!」
カークスが大きく叫ぶ。
三つの口から出た炎が一つにまとまる。一つの口から出ていた炎とは比べものにならないほどの威力を宿し、一直線にリィカに向けて射出された。
リィカは呼吸を整える。右手を前に出す。
「《水蒸気爆発》!!」
カークスの炎とリィカの魔法が、ちょうど中央でぶつかった。
※ ※ ※
「スチーム……バースト……?」
何だその魔法は、とルイス公爵は考えて、すぐに思い至る。
「混成魔法か!?」
過去にたった二つ、発動に至った混成魔法。そのうちの一つが、そんな名前だった。
「…………ヒィ!?」
「…………な、なぜ、平民の小娘が、あんな魔法を……!」
王太子が悲鳴を上げる。
ベネット公爵の言葉に、ジェラードが冷たい視線を向け、その言葉も冷たかった。
「彼女が、凄腕の魔法使いだからじゃないですか?」
ジェラードも驚いてはいるが、調べた彼女の噂から納得もできてしまう。
「……へ、平民だぞ……」
「ふざけるな、縄をほどけ! 私は王太子だぞ! こんな所にいられるか! 私の身に何かあったら、貴様らどうしてくれる!?」
ベネット公爵の言葉を遮り、王太子が喚き出す。どうやらすさまじい魔法のぶつかり合いに恐怖したらしい、とルイス公爵は予想し、しかし一言告げただけだ。
「黙って見ていろ」
視線を、戦いの場に戻した。
※ ※ ※
「………………あ……」
暁斗が小さく呻く。
リィカの背中が見える。自分を守る、リィカの背中。優しい手をした、母親のようだと思った人の、背中。
夢の中の、母親の背中と被る。
暁斗の目から、涙が零れた。
体が動かない。
何もできない。ただ見ているだけ。
夢と同じだ。
ただただ、自分を守って死んでいく姿を、見ることしかできない。
「――暁斗!」
体がビクッとする。呼ばれて顔を向ける。
「…………とう……さん?」
どこか痛めたのだろうか。動きがぎこちない。
泰基はホッとした顔をして、しかし哀しそうな顔にすぐ変わる。
暁斗に抱き付くように密着して、魔法を唱えた。
「《上回復》」
痛みが癒えていく。
ようやく、暁斗は自分がカークスの炎を、正面からまともに受けたことを思い出した。
動かなかった体が、動くようになる。
「アキト! タイキさん!」
アレクたちが駆け付けてきた。
「…………倒したの?」
暁斗の、主語のない問いだが、アレクは理解したらしい。
「ああ、サイクロプスは倒した。……アキト、大丈夫か? ――泣いているぞ」
「……………え?」
手を持っていけば、確かに濡れていた。
「……………なんで?」
いや、何でなんて分かってる。自分を守る、リィカの背中が見えるからだ。
カークスの炎と、リィカの魔法。
中央でせめぎ合っていた。
「アキト、休んでいろ。後は俺たちがやる」
「三人とも待ってくれ。――暁斗、動けるな?」
アレクが身を翻し、それにバルとユーリが続こうとするのを、止めたのは泰基だった。
泰基は、厳しい目を暁斗に向ける。
「…………父さん?」
「泣くだけで動けないなら、この先戦っていくのは無理だ。魔王討伐の約束は俺が果たす。聖剣を俺に渡して、お前はアルカトルで待ってろ」
泰基は右手を差し出す。
暁斗は、その手を見る。自分に差し出された手じゃない。聖剣を受け取るための手だ。
リィカを見る。
今だ、魔法のせめぎ合いが続いている。
背中しか見えなくても分かる。リィカは、死ぬ気なんかない。せめぎ合いを、制するつもりでいる。
(母さんはどうだったんだろう? 死んでも守るなんて、そんなつもりなかったのかな?)
死んでしまったのはただの結果でしかないのだろうか。
そんな考えが頭に浮かんで、さらに泣きそうになる。
こぼれそうになる嗚咽を必死に押さえる。腕で乱暴に目元を拭う。
「――聖剣は、父さんにだって使えないよ。オレの剣だもん」
成功しているとも思えなかったが、せいぜい不敵に笑ってみせる。
立ち上がって、泰基を押しのけて、リィカの方に向かう。
わずかに苦笑の気配がした。
暁斗の後に、泰基も続く。
近づけば、リィカが軽く視線を向けてきたが、すぐに正面に戻す。
「――今から一気に炎を押し返すね。……ごめん、その後はよろしく」
リィカの表情が辛そうだった。
それに気付いて、泰基は頷いた。
「分かった」
むしろ、押し返すと言い切ったことに驚きだ。
もしかして、自分たちが戻るまで、わざとこの状態を保っていたのだろうか。
「リィカが押し返したらそのまま突っ込むぞ。壁が出現したら俺が破る。お前は、その後全力で攻撃すればいい」
暁斗は黙って頷いた。
どうやって壁を破るのか、なんていうのはどうでもいい。破ると言ったなら、きっと破れるんだろうから。
カークスが大きく叫ぶ。
三つの口から出た炎が一つにまとまる。一つの口から出ていた炎とは比べものにならないほどの威力を宿し、一直線にリィカに向けて射出された。
リィカは呼吸を整える。右手を前に出す。
「《水蒸気爆発》!!」
カークスの炎とリィカの魔法が、ちょうど中央でぶつかった。
※ ※ ※
「スチーム……バースト……?」
何だその魔法は、とルイス公爵は考えて、すぐに思い至る。
「混成魔法か!?」
過去にたった二つ、発動に至った混成魔法。そのうちの一つが、そんな名前だった。
「…………ヒィ!?」
「…………な、なぜ、平民の小娘が、あんな魔法を……!」
王太子が悲鳴を上げる。
ベネット公爵の言葉に、ジェラードが冷たい視線を向け、その言葉も冷たかった。
「彼女が、凄腕の魔法使いだからじゃないですか?」
ジェラードも驚いてはいるが、調べた彼女の噂から納得もできてしまう。
「……へ、平民だぞ……」
「ふざけるな、縄をほどけ! 私は王太子だぞ! こんな所にいられるか! 私の身に何かあったら、貴様らどうしてくれる!?」
ベネット公爵の言葉を遮り、王太子が喚き出す。どうやらすさまじい魔法のぶつかり合いに恐怖したらしい、とルイス公爵は予想し、しかし一言告げただけだ。
「黙って見ていろ」
視線を、戦いの場に戻した。
※ ※ ※
「………………あ……」
暁斗が小さく呻く。
リィカの背中が見える。自分を守る、リィカの背中。優しい手をした、母親のようだと思った人の、背中。
夢の中の、母親の背中と被る。
暁斗の目から、涙が零れた。
体が動かない。
何もできない。ただ見ているだけ。
夢と同じだ。
ただただ、自分を守って死んでいく姿を、見ることしかできない。
「――暁斗!」
体がビクッとする。呼ばれて顔を向ける。
「…………とう……さん?」
どこか痛めたのだろうか。動きがぎこちない。
泰基はホッとした顔をして、しかし哀しそうな顔にすぐ変わる。
暁斗に抱き付くように密着して、魔法を唱えた。
「《上回復》」
痛みが癒えていく。
ようやく、暁斗は自分がカークスの炎を、正面からまともに受けたことを思い出した。
動かなかった体が、動くようになる。
「アキト! タイキさん!」
アレクたちが駆け付けてきた。
「…………倒したの?」
暁斗の、主語のない問いだが、アレクは理解したらしい。
「ああ、サイクロプスは倒した。……アキト、大丈夫か? ――泣いているぞ」
「……………え?」
手を持っていけば、確かに濡れていた。
「……………なんで?」
いや、何でなんて分かってる。自分を守る、リィカの背中が見えるからだ。
カークスの炎と、リィカの魔法。
中央でせめぎ合っていた。
「アキト、休んでいろ。後は俺たちがやる」
「三人とも待ってくれ。――暁斗、動けるな?」
アレクが身を翻し、それにバルとユーリが続こうとするのを、止めたのは泰基だった。
泰基は、厳しい目を暁斗に向ける。
「…………父さん?」
「泣くだけで動けないなら、この先戦っていくのは無理だ。魔王討伐の約束は俺が果たす。聖剣を俺に渡して、お前はアルカトルで待ってろ」
泰基は右手を差し出す。
暁斗は、その手を見る。自分に差し出された手じゃない。聖剣を受け取るための手だ。
リィカを見る。
今だ、魔法のせめぎ合いが続いている。
背中しか見えなくても分かる。リィカは、死ぬ気なんかない。せめぎ合いを、制するつもりでいる。
(母さんはどうだったんだろう? 死んでも守るなんて、そんなつもりなかったのかな?)
死んでしまったのはただの結果でしかないのだろうか。
そんな考えが頭に浮かんで、さらに泣きそうになる。
こぼれそうになる嗚咽を必死に押さえる。腕で乱暴に目元を拭う。
「――聖剣は、父さんにだって使えないよ。オレの剣だもん」
成功しているとも思えなかったが、せいぜい不敵に笑ってみせる。
立ち上がって、泰基を押しのけて、リィカの方に向かう。
わずかに苦笑の気配がした。
暁斗の後に、泰基も続く。
近づけば、リィカが軽く視線を向けてきたが、すぐに正面に戻す。
「――今から一気に炎を押し返すね。……ごめん、その後はよろしく」
リィカの表情が辛そうだった。
それに気付いて、泰基は頷いた。
「分かった」
むしろ、押し返すと言い切ったことに驚きだ。
もしかして、自分たちが戻るまで、わざとこの状態を保っていたのだろうか。
「リィカが押し返したらそのまま突っ込むぞ。壁が出現したら俺が破る。お前は、その後全力で攻撃すればいい」
暁斗は黙って頷いた。
どうやって壁を破るのか、なんていうのはどうでもいい。破ると言ったなら、きっと破れるんだろうから。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】王甥殿下の幼な妻
花鶏
ファンタジー
領地経営の傾いた公爵家と、援助を申し出た王弟家。領地の権利移譲を円滑に進めるため、王弟の長男マティアスは公爵令嬢リリアと結婚させられた。しかしマティアスにはまだ独身でいたい理由があってーーー
生真面目不器用なマティアスと、ちょっと変わり者のリリアの歳の差結婚譚。
なんちゃって西洋風ファンタジー。
※ 小説家になろうでも掲載してます。
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる
うみ
ファンタジー
友人のサムライと共に妖魔討伐で名を馳せた陰陽師「榊晴斗」は、魔王ノブ・ナガの誕生を目の当たりにする。
奥義を使っても倒せぬ魔王へ、彼は最後の手段である禁忌を使いこれを滅した。
しかし、禁忌を犯した彼は追放されることになり、大海原へ放り出される。
当ても無く彷徨い辿り着いた先は、見たことの無いものばかりでまるで異世界とも言える村だった。
MP、魔術、モンスターを初め食事から家の作りまで何から何まで違うことに戸惑う彼であったが、村の子供リュートを魔物デュラハンの手から救ったことで次第に村へ溶け込んでいくことに。
村へ襲い掛かる災禍を払っているうちに、いつしか彼は国一番のスレイヤー「大魔術師ハルト」と呼ばれるようになっていった。
次第に明らかになっていく魔王の影に、彼は仲間たちと共にこれを滅しようと動く。
※カクヨムでも連載しています。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる