121 / 629
第四章 モントルビアの王宮
キス
しおりを挟む
屋敷の中に移動するとき、リィカはアレクに横抱きに抱えられたが、何も言わなかった。
自分が想像以上に衰弱していることを、さすがに自覚した。
困ったのは、食事だ。
出してもらったのは良いが、手にも力が入らず、スプーンを持てない。
アレクが介助しようとしてくれたが、上手くいかず。
泰基が代わると、こっちは上手くいって、アレクがムスッとした。
しかし、リィカ自身があまり食べられなかった。
「話を聞くのは明日にして、先に休んでもらった方がいいな」
ルイス公爵はそう言うが、リィカは首を横に振った。
「大丈夫です。それに明日、出発ですから忙しいと思うんです。だから……」
「何を言っているんだ、君は。明日、本気で出発できるとでも?」
「…………え?」
リィカがキョトンとすると、ルイス公爵が困った顔をした。
本気で理解できていないリィカに言い聞かせたのは、ユーリだ。
「いいですか、リィカ。今、あなたは立つこともできないし、スプーンを持つこともできないくらいに弱っているんです。それが一晩で回復すると思ってるんですか?」
「しないかな?」
「するわけないでしょう。今のあなたは、あの教会で再会したとき以上に状態が悪いんです。数日は、まともに動くこともできませんよ」
そうかなあ、とリィカは思う。だって実例あるし、と思って、それを口にする。
「アレクは五日も寝たきりだったのに、一晩で回復したよ?」
「アレクと一緒にしては駄目です。普段から鍛えている体力馬鹿は、回復も早いんですよ」
「………おい、ユーリ」
不満そうにアレクが口を挟むが、ユーリは気にもとめない。
「大人しく寝ていて下さい。今の状態で旅を再開するなど、自殺行為ですよ」
ここまで言われれば、流石にリィカも、無理なのかとは思う。
だが、それでも頷きたくなかった。
「何とかなるから大丈夫」
「何ともなりません!」
ついには怒ったユーリをフォローするようにバルも口を出す。
「ユーリは、今までに色んな患者を診てんだ。素直に言うこと聞いた方がいいぞ?」
「……でも大丈夫」
視線を逸らしながら言い張るリィカは、表情が強ばっている。
「妙に食い下がるな?」
「リィカ、きちんと休め。無理をしたら駄目だ」
「ダメだよ、リィカ。治るまでちゃんと休まないと」
アレク、暁斗も口出しするが、リィカは首を横に振る。
だが、泰基からの問答無用の指示が、アレクに出された。
「アレク、いいからリィカをベッドで休ませろ。体は正直だ。どうせ自力じゃ動けないんだから、説得の必要はない」
「泰基!!」
あまりの言葉にリィカは叫ぶが、泰基はまっすぐにリィカを見た。
「王太子が怖いから、いるのが嫌なんだろう? 心配ないから休め」
言い当てられて、言葉に詰まる。
「……………だって」
「そんなに心配なら、寝るときもずっと側に付いていてやるか?」
それは冗談と分かるような言い方だったが、アレクが噛み付いた。
「何でタイキさんなんだよ! ――リィカ、気付かなくて悪かった。タイキさんにするなら、俺にしろ」
「何それ、意味分かんない」
笑みが零れ出た。自分の望むまま、言葉が出る。
「泰基はやだ。アレクがいい」
「…………………は?」
泰基は驚いて、アレクは口を半開きにして呆然という感じだ。
「アレクが付いててくれるなら、素直に休む」
リィカが続けるが、アレクは呆然としたまま。
そんなアレクの背中を、バルが叩く。
「ほら、ご指名だぞ。自分で言ったんだから、責任取れよ」
「ちゃんとリィカを守らなきゃ駄目ですからね」
「――お前らな!」
ユーリまで続いて、アレクの顔は赤くなる。
「リィカ、本気で言っているのか? 俺だって男だぞ」
下向き加減のアレクを見て、リィカがふんわり笑う。
「分かってる。でも、アレクは王太子とは違う。――側にいてくれたら、安心できる」
リィカはあの時の、王太子が現れた時の事を思い出す。
怖かった。怖くて、思わずアレクにしがみついてしまったら、抱きしめられた。
その腕の中が、想像以上に心地よくて安心できてしまったのだ。
アレクは下を向いたまま、リィカに手を伸ばして抱き上げる。
「先に休む」
それだけ言い残して、アレクはリィカ用に与えられた部屋に向かった。
リィカをベッドに下ろして、前髪を掻き上げるように頭を撫でる。
「ちゃんと側にいるから、休めよ」
「アレクも横になろうよ」
「……それは、さすがに勘弁してくれ」
すると、リィカが腕を伸ばして、アレクの右腕を掴む。
力は全然入っていないが、引っ張ろうとしているのは分かったので、そっちに腕を動かすと、リィカはそのまま腕を抱き込んだ。
「……おい、リィカ」
「アルテロ村で目を覚まさないアレクが不安で、ずっとこうしてたの。あの時と状況は違うけど、安心できる」
「……いいから休め」
「うん。お休み、アレク」
目を瞑れば、すぐにリィカが眠ったのが分かる。
起きていることも、きっと限界だった。
リィカに抱えられた右腕は、抜こうと思えば簡単に抜けるけれど、躊躇われた。
ただ、この状態だと体勢が辛い。一晩このままはきついだろう。リィカの隣に横になってしまうのが、一番いい。
「……しょうがないか」
言い訳をするようにつぶやいて、アレクはリィカの隣に潜り込む。
そのままリィカに向かい合って、空いている左手を伸ばす。
「俺、勘違いするからな。程々にしろよ、リィカ」
安心しきって寝ているリィカに語りかける。
リィカの唇に、アレクは自分の指を触れさせる。安心できると言われたのに、それを裏切るかもしれない。
でも、自分だって男だ。我慢できないことだってある。そうでなくても、ずっとリィカに触れていたのだ。
アレクは、リィカに近寄る。
ためらいは、一瞬。
アレクはリィカの唇に、自分のそれをそっと重ねた。
すぐに離れたが、顔が赤くなる。心臓がバクバクする。
罪悪感よりも、キスをした嬉しさの方が先に立っているのだから、困る。
「あーあ。手ぇ出しちまったな」
突如現れた気配と、降ってきた声に、アレクが跳ね起きた。
闇の中に、一人の男がいた。
自分が想像以上に衰弱していることを、さすがに自覚した。
困ったのは、食事だ。
出してもらったのは良いが、手にも力が入らず、スプーンを持てない。
アレクが介助しようとしてくれたが、上手くいかず。
泰基が代わると、こっちは上手くいって、アレクがムスッとした。
しかし、リィカ自身があまり食べられなかった。
「話を聞くのは明日にして、先に休んでもらった方がいいな」
ルイス公爵はそう言うが、リィカは首を横に振った。
「大丈夫です。それに明日、出発ですから忙しいと思うんです。だから……」
「何を言っているんだ、君は。明日、本気で出発できるとでも?」
「…………え?」
リィカがキョトンとすると、ルイス公爵が困った顔をした。
本気で理解できていないリィカに言い聞かせたのは、ユーリだ。
「いいですか、リィカ。今、あなたは立つこともできないし、スプーンを持つこともできないくらいに弱っているんです。それが一晩で回復すると思ってるんですか?」
「しないかな?」
「するわけないでしょう。今のあなたは、あの教会で再会したとき以上に状態が悪いんです。数日は、まともに動くこともできませんよ」
そうかなあ、とリィカは思う。だって実例あるし、と思って、それを口にする。
「アレクは五日も寝たきりだったのに、一晩で回復したよ?」
「アレクと一緒にしては駄目です。普段から鍛えている体力馬鹿は、回復も早いんですよ」
「………おい、ユーリ」
不満そうにアレクが口を挟むが、ユーリは気にもとめない。
「大人しく寝ていて下さい。今の状態で旅を再開するなど、自殺行為ですよ」
ここまで言われれば、流石にリィカも、無理なのかとは思う。
だが、それでも頷きたくなかった。
「何とかなるから大丈夫」
「何ともなりません!」
ついには怒ったユーリをフォローするようにバルも口を出す。
「ユーリは、今までに色んな患者を診てんだ。素直に言うこと聞いた方がいいぞ?」
「……でも大丈夫」
視線を逸らしながら言い張るリィカは、表情が強ばっている。
「妙に食い下がるな?」
「リィカ、きちんと休め。無理をしたら駄目だ」
「ダメだよ、リィカ。治るまでちゃんと休まないと」
アレク、暁斗も口出しするが、リィカは首を横に振る。
だが、泰基からの問答無用の指示が、アレクに出された。
「アレク、いいからリィカをベッドで休ませろ。体は正直だ。どうせ自力じゃ動けないんだから、説得の必要はない」
「泰基!!」
あまりの言葉にリィカは叫ぶが、泰基はまっすぐにリィカを見た。
「王太子が怖いから、いるのが嫌なんだろう? 心配ないから休め」
言い当てられて、言葉に詰まる。
「……………だって」
「そんなに心配なら、寝るときもずっと側に付いていてやるか?」
それは冗談と分かるような言い方だったが、アレクが噛み付いた。
「何でタイキさんなんだよ! ――リィカ、気付かなくて悪かった。タイキさんにするなら、俺にしろ」
「何それ、意味分かんない」
笑みが零れ出た。自分の望むまま、言葉が出る。
「泰基はやだ。アレクがいい」
「…………………は?」
泰基は驚いて、アレクは口を半開きにして呆然という感じだ。
「アレクが付いててくれるなら、素直に休む」
リィカが続けるが、アレクは呆然としたまま。
そんなアレクの背中を、バルが叩く。
「ほら、ご指名だぞ。自分で言ったんだから、責任取れよ」
「ちゃんとリィカを守らなきゃ駄目ですからね」
「――お前らな!」
ユーリまで続いて、アレクの顔は赤くなる。
「リィカ、本気で言っているのか? 俺だって男だぞ」
下向き加減のアレクを見て、リィカがふんわり笑う。
「分かってる。でも、アレクは王太子とは違う。――側にいてくれたら、安心できる」
リィカはあの時の、王太子が現れた時の事を思い出す。
怖かった。怖くて、思わずアレクにしがみついてしまったら、抱きしめられた。
その腕の中が、想像以上に心地よくて安心できてしまったのだ。
アレクは下を向いたまま、リィカに手を伸ばして抱き上げる。
「先に休む」
それだけ言い残して、アレクはリィカ用に与えられた部屋に向かった。
リィカをベッドに下ろして、前髪を掻き上げるように頭を撫でる。
「ちゃんと側にいるから、休めよ」
「アレクも横になろうよ」
「……それは、さすがに勘弁してくれ」
すると、リィカが腕を伸ばして、アレクの右腕を掴む。
力は全然入っていないが、引っ張ろうとしているのは分かったので、そっちに腕を動かすと、リィカはそのまま腕を抱き込んだ。
「……おい、リィカ」
「アルテロ村で目を覚まさないアレクが不安で、ずっとこうしてたの。あの時と状況は違うけど、安心できる」
「……いいから休め」
「うん。お休み、アレク」
目を瞑れば、すぐにリィカが眠ったのが分かる。
起きていることも、きっと限界だった。
リィカに抱えられた右腕は、抜こうと思えば簡単に抜けるけれど、躊躇われた。
ただ、この状態だと体勢が辛い。一晩このままはきついだろう。リィカの隣に横になってしまうのが、一番いい。
「……しょうがないか」
言い訳をするようにつぶやいて、アレクはリィカの隣に潜り込む。
そのままリィカに向かい合って、空いている左手を伸ばす。
「俺、勘違いするからな。程々にしろよ、リィカ」
安心しきって寝ているリィカに語りかける。
リィカの唇に、アレクは自分の指を触れさせる。安心できると言われたのに、それを裏切るかもしれない。
でも、自分だって男だ。我慢できないことだってある。そうでなくても、ずっとリィカに触れていたのだ。
アレクは、リィカに近寄る。
ためらいは、一瞬。
アレクはリィカの唇に、自分のそれをそっと重ねた。
すぐに離れたが、顔が赤くなる。心臓がバクバクする。
罪悪感よりも、キスをした嬉しさの方が先に立っているのだから、困る。
「あーあ。手ぇ出しちまったな」
突如現れた気配と、降ってきた声に、アレクが跳ね起きた。
闇の中に、一人の男がいた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
【完結】王甥殿下の幼な妻
花鶏
ファンタジー
領地経営の傾いた公爵家と、援助を申し出た王弟家。領地の権利移譲を円滑に進めるため、王弟の長男マティアスは公爵令嬢リリアと結婚させられた。しかしマティアスにはまだ独身でいたい理由があってーーー
生真面目不器用なマティアスと、ちょっと変わり者のリリアの歳の差結婚譚。
なんちゃって西洋風ファンタジー。
※ 小説家になろうでも掲載してます。
追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる
うみ
ファンタジー
友人のサムライと共に妖魔討伐で名を馳せた陰陽師「榊晴斗」は、魔王ノブ・ナガの誕生を目の当たりにする。
奥義を使っても倒せぬ魔王へ、彼は最後の手段である禁忌を使いこれを滅した。
しかし、禁忌を犯した彼は追放されることになり、大海原へ放り出される。
当ても無く彷徨い辿り着いた先は、見たことの無いものばかりでまるで異世界とも言える村だった。
MP、魔術、モンスターを初め食事から家の作りまで何から何まで違うことに戸惑う彼であったが、村の子供リュートを魔物デュラハンの手から救ったことで次第に村へ溶け込んでいくことに。
村へ襲い掛かる災禍を払っているうちに、いつしか彼は国一番のスレイヤー「大魔術師ハルト」と呼ばれるようになっていった。
次第に明らかになっていく魔王の影に、彼は仲間たちと共にこれを滅しようと動く。
※カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる