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第四章 モントルビアの王宮

キス

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屋敷の中に移動するとき、リィカはアレクに横抱きに抱えられたが、何も言わなかった。
自分が想像以上に衰弱していることを、さすがに自覚した。

困ったのは、食事だ。
出してもらったのは良いが、手にも力が入らず、スプーンを持てない。

アレクが介助しようとしてくれたが、上手くいかず。
泰基が代わると、こっちは上手くいって、アレクがムスッとした。
しかし、リィカ自身があまり食べられなかった。


「話を聞くのは明日にして、先に休んでもらった方がいいな」
ルイス公爵はそう言うが、リィカは首を横に振った。

「大丈夫です。それに明日、出発ですから忙しいと思うんです。だから……」
「何を言っているんだ、君は。明日、本気で出発できるとでも?」
「…………え?」

リィカがキョトンとすると、ルイス公爵が困った顔をした。
本気で理解できていないリィカに言い聞かせたのは、ユーリだ。

「いいですか、リィカ。今、あなたは立つこともできないし、スプーンを持つこともできないくらいに弱っているんです。それが一晩で回復すると思ってるんですか?」
「しないかな?」

「するわけないでしょう。今のあなたは、あの教会で再会したとき以上に状態が悪いんです。数日は、まともに動くこともできませんよ」
そうかなあ、とリィカは思う。だって実例あるし、と思って、それを口にする。

「アレクは五日も寝たきりだったのに、一晩で回復したよ?」
「アレクと一緒にしては駄目です。普段から鍛えている体力馬鹿は、回復も早いんですよ」
「………おい、ユーリ」
不満そうにアレクが口を挟むが、ユーリは気にもとめない。

「大人しく寝ていて下さい。今の状態で旅を再開するなど、自殺行為ですよ」
ここまで言われれば、流石にリィカも、無理なのかとは思う。
だが、それでも頷きたくなかった。

「何とかなるから大丈夫」
「何ともなりません!」
ついには怒ったユーリをフォローするようにバルも口を出す。

「ユーリは、今までに色んな患者を診てんだ。素直に言うこと聞いた方がいいぞ?」
「……でも大丈夫」
視線を逸らしながら言い張るリィカは、表情が強ばっている。

「妙に食い下がるな?」
「リィカ、きちんと休め。無理をしたら駄目だ」
「ダメだよ、リィカ。治るまでちゃんと休まないと」
アレク、暁斗も口出しするが、リィカは首を横に振る。
だが、泰基からの問答無用の指示が、アレクに出された。

「アレク、いいからリィカをベッドで休ませろ。体は正直だ。どうせ自力じゃ動けないんだから、説得の必要はない」
「泰基!!」
あまりの言葉にリィカは叫ぶが、泰基はまっすぐにリィカを見た。

「王太子が怖いから、いるのが嫌なんだろう? 心配ないから休め」
言い当てられて、言葉に詰まる。

「……………だって」
「そんなに心配なら、寝るときもずっと側に付いていてやるか?」
それは冗談と分かるような言い方だったが、アレクが噛み付いた。

「何でタイキさんなんだよ! ――リィカ、気付かなくて悪かった。タイキさんにするなら、俺にしろ」
「何それ、意味分かんない」
笑みが零れ出た。自分の望むまま、言葉が出る。

「泰基はやだ。アレクがいい」
「…………………は?」
泰基は驚いて、アレクは口を半開きにして呆然という感じだ。

「アレクが付いててくれるなら、素直に休む」
リィカが続けるが、アレクは呆然としたまま。
そんなアレクの背中を、バルが叩く。

「ほら、ご指名だぞ。自分で言ったんだから、責任取れよ」
「ちゃんとリィカを守らなきゃ駄目ですからね」
「――お前らな!」
ユーリまで続いて、アレクの顔は赤くなる。

「リィカ、本気で言っているのか? 俺だって男だぞ」
下向き加減のアレクを見て、リィカがふんわり笑う。
「分かってる。でも、アレクは王太子とは違う。――側にいてくれたら、安心できる」

リィカはあの時の、王太子が現れた時の事を思い出す。
怖かった。怖くて、思わずアレクにしがみついてしまったら、抱きしめられた。
その腕の中が、想像以上に心地よくて安心できてしまったのだ。



アレクは下を向いたまま、リィカに手を伸ばして抱き上げる。
「先に休む」
それだけ言い残して、アレクはリィカ用に与えられた部屋に向かった。


リィカをベッドに下ろして、前髪を掻き上げるように頭を撫でる。
「ちゃんと側にいるから、休めよ」
「アレクも横になろうよ」
「……それは、さすがに勘弁してくれ」

すると、リィカが腕を伸ばして、アレクの右腕を掴む。
力は全然入っていないが、引っ張ろうとしているのは分かったので、そっちに腕を動かすと、リィカはそのまま腕を抱き込んだ。

「……おい、リィカ」
「アルテロ村で目を覚まさないアレクが不安で、ずっとこうしてたの。あの時と状況は違うけど、安心できる」
「……いいから休め」
「うん。お休み、アレク」

目を瞑れば、すぐにリィカが眠ったのが分かる。
起きていることも、きっと限界だった。
リィカに抱えられた右腕は、抜こうと思えば簡単に抜けるけれど、躊躇われた。
ただ、この状態だと体勢が辛い。一晩このままはきついだろう。リィカの隣に横になってしまうのが、一番いい。

「……しょうがないか」
言い訳をするようにつぶやいて、アレクはリィカの隣に潜り込む。
そのままリィカに向かい合って、空いている左手を伸ばす。

「俺、勘違いするからな。程々にしろよ、リィカ」
安心しきって寝ているリィカに語りかける。
リィカの唇に、アレクは自分の指を触れさせる。安心できると言われたのに、それを裏切るかもしれない。

でも、自分だって男だ。我慢できないことだってある。そうでなくても、ずっとリィカに触れていたのだ。
アレクは、リィカに近寄る。
ためらいは、一瞬。
アレクはリィカの唇に、自分のそれをそっと重ねた。


すぐに離れたが、顔が赤くなる。心臓がバクバクする。
罪悪感よりも、キスをした嬉しさの方が先に立っているのだから、困る。

「あーあ。手ぇ出しちまったな」

突如現れた気配と、降ってきた声に、アレクが跳ね起きた。
闇の中に、一人の男がいた。

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