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第四章 モントルビアの王宮

二つの質問

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バルとユーリが、持っていた荷物を各々に渡している。
アレクの荷物は、バルが持ったままだ。

移動を始めようとした一行を、執事が遮る。
暁斗の殺気に当てられてかなり怯えていたはずだが、結構根性はあるかもしれない。

「も、申し訳ありませんが、皆様方、お屋敷へお戻り下さい。――アレクシス殿下、ソレを屋敷に入れるわけには参りません。このボロ小屋がちょうどいい……」
「邪魔。どいて」

またも暁斗に睨まれ、最後まで言えずに終わる。
悲鳴を上げる執事を顧みることなく、今度は兵士たちに目を向ける。

「あんたたちも邪魔するの?」
暁斗が聖剣の鯉口を切ってみせれば、兵士たちも怯えたように道を空ける。

「……暁斗、ちょっと、やり過ぎ……」
リィカは、身を乗り出して言いかけるが、アレクに強く引き戻される。
「大人しくしていろと言っただろう」
「いいんだ、リィカ。こいつら相手には、勇者が前に出て強気で行くのが手っ取り早い」
泰基にも言われ、リィカは暁斗を見る。
視線を感じた暁斗が、振り返ってニカッと笑った。


人混みを抜けた一同が、門に向かって歩く。
「リィカの荷物はどうなった?」
アレクに聞かれるが、首を横に振る。

「取り上げられて、そのまま。どうなったかは分かんない」
「そうか。……ルイス公爵に伺ってみるか」
ルイス公爵? とリィカは首をかしげるが、アレクは軽く笑うだけだ。

「戻ってこなかったら、買い直そう」
「……でも、あそこにアレクにもらった魔石で作ったお風呂の魔道具とか、暁斗と一緒に作った魔道具とかが入ってるのに」
何人かが、ああ、とつぶやいた。

「お風呂の魔道具は、かなり惜しいですね」
「どっかでCランク見つけて、魔石を手に入れるしかねぇな」
「暁斗と一緒に作った、って、あの第一段階が成功しただけのものだろ。あの段階で、魔道具って言うのか? 気にしなくていいぞ」
「父さん、ひどい! オレ、かなり頑張ったのに!」

周りが自分たちだけになれば、暁斗もいつもの調子だ。
笑う一行の中、アレクは顔を陰らせる。

「……本当に悪かった。リィカ」
「また謝るの? 何も謝ることないよ」
「……食事までさせてもらえてないとは、思わなかった」
「それだって、アレクのせいじゃないよ」
そう答えてから、疑問を口にする。

「……アレクはなんで、わたしが食べてないって分かったの?」
あの時、何もバレるようなことはなかったはず。
ただ、正面から顔を見られただけだ。

「……食事が食べられなかった頃の、兄上の顔と重なった。それだけだ」
どういうこと、と思ったが、アレクが辛そうにしているので、それ以上は聞けなかった。


※ ※ ※


自分だって、まさかそんな事が分かるとは思っていなかった、とアレクは思う。
あの頃、徹底して兄を避けていたくせに、それでもどうしても気になって、何度か様子を覗いた。
覗いて結局は後悔した。兄の辛そうな顔が、頭にこびりついていた。

そこまで考えて、リィカを見つめる。
「なあ、リィカ。俺が気付かなかったら、もしかして言うつもりなかったのか?」
「………………」
リィカは無言だ。無表情を保っている。
が、体は強張った。抱えているんだから、すぐに分かる。

「一切合切、隠し事は許さないからな。全部言えよ」
プイッと顔を背けられる。隠す気満々だな、と思う。
でも、言葉にしたとおりに、それを許すつもりはない。どうせ、自分たちに心配掛ける、とかそんな事を考えているだけだ。

「その代わり、何かして欲しいことあったら言えよ。何でも叶えてやるから」
「……なにそれ」
不満そうに返されて、なぜと思ったが、次のリィカの言葉で氷解した。

「前に、わたしがアレクに何でもするから、って言ったら、アレク怒ったでしょ。なのに、なんでアレクがそれを言うの?」
「ああ、そんな事もあったな」
自分が大怪我をして、動けなかったときの話だ。
確かに、そんな事を言うなと怒った記憶がある。

「女が男に言うのと、男が女に言うのとじゃ、違うだろう。それに、別に俺はいいぞ。キスしろと言われれば、キスす……」
「わー! 待って待って! いきなり変な事言わないで!」

言葉の途中で遮られるが、リィカの反応は嬉しい。
周りの、特にバルとユーリ辺りからの、呆れた視線を感じる。別にいいだろう、と視線を受け流した。

「アレク。何でも叶えてくれるんだよね?」
聞かれて頷いた。すると、リィカが笑顔になる。
「じゃあ、自分で歩くから、下ろし……」
「却下」
言い終える前に切り捨てる。懲りないリィカに、呆れてしまう。

「何でもって言ったのに!」
「駄目に決まっている。門までは結構距離があるんだ。歩かせられるか」
「……門? そういえば、ここってどこ?」
それすら分かっていないなら、大人しくしてろと思いつつも、質問に答えてやる。

「ベネット公爵の屋敷の、敷地内だな。モルタナに着いて最初に現れた、あの貴族だよ。リィカは、どうやってここまで来た……じゃないか、連れてこられた?」
ほんのわずかだが、リィカの体が強張った感じがする。

「……地下牢から出たら馬車に乗せられて……、下ろされてから歩いて、あそこに閉じ込められた。ホントに、その程度しか分かんない。周りを見る余裕もなかったし」
「つまり、周りを見る余裕もないくらいに、歩くのに精一杯だったんだな。大人しくしてろよ」
不満そうな様子もあるが、諦めたように大人しくなる。

何となく無言で歩いていると、リィカの首がガクッと揺れる。
「……眠いのか?」
言いながら、姿勢をずらして頭を自分の肩にもたれ掛けさせると、そのままリィカは目を瞑り、すぐに寝息が聞こえた。

「リィカ、寝ちゃった?」
「ああ。――もしかして、夜も寝られてないのか?」
一体どんな目にあっていたのか。
地下牢にいるなら大丈夫だと判断した。しかし、本当に大丈夫だったのだろうか。


寝ているリィカを起こさないようにしながら進み、門が見えてきた頃。
門の前にも、人がたくさんいた。

さらに近寄ると、会話が聞こえる。
「……だから、勇者様にお話ししたい事があると言っているだけだ。少し面会させてもらえれば、それでいい」
「ふざけるな! 今勇者様は、お休みだぞ! 貴様なんぞに会わせられるか!」
話をしているのは、ベネット公爵と、もう一人、ジェラードの父、ルイス公爵だ。
ジェラードも父親のすぐ後ろにいる。

近づいていけば、ジェラードが先に気付く。アレクが抱えているリィカを見て、わずかに目を見張る。
アレクが笑って頷けば、ジェラードも頷いて、父を促す。
ルイス伯爵もリィカに気付いて、笑った。

だが、ベネット公爵は、その顔を醜く歪ませた。
「……なっ!? アレクシス殿下、何ですか、ソレは! ソレは今晩我が家に置いておくモノです。勝手に持ってこられては困りますぞ!」

「ソレだのモノだの、不愉快だ。リィカは我々と同じ、人間だ」
「平民など、所詮我ら貴族のお情けで生かされているだけの存在! 側室腹の王子は、そんな事も分からないのか!」

「分からないな。――正妃の子である兄上でも、俺と同じ答えを返すだろうな」
二言目には側室腹だと言うベネット公爵と、まともに議論ができるなど思っていない。
今するべきは、リィカを連れて、この敷地から出ることだけだ。

「彼女は、俺たちの仲間だ。平民出身だから、王城へは連れて行かなかった。ところが、一人残した彼女が行方不明と聞いて探していたら、貴公の敷地にある小屋にいるのを見つけたので、連れてきた。
 勇者様の仲間の一人である彼女が、なぜ貴公の敷地内にいたのか、抗議した方がよろしいか?」

正式に抗議すれば、それは各国の大使も知ることになる。
そうなれば、モントルビアは勇者一行を不当に足止めして、一行の一員を貶めたとして、各国からの突き上げを食らうだろう。
今のところはするつもりはない。リィカが何をされそうになったのかが知られてしまうし、ルイス公爵親子への恩もある。
だが、抗議しようと思えば、いつでもできるのだ。

ベネット公爵を睨み付けると、服を引かれた感覚がして、顔を向ける。
リィカが目を開けていた。
「悪い、リィカ。起こしちゃったな」

リィカは、首を横に振ると、ベネット公爵をまっすぐに見る。
そして、次に発した言葉に、驚きを隠せなかった。

「わたし、リィカと言います。――名前、教えてもらえませんか?」
リィカの視線は、ベネット公爵だ。間違いなく、ベネット公爵にそれを聞いていた。

「ふざけるな! 平民ごときが! この私に直接話しかけるとは、身の程を知れ!」
だが、ベネット公爵の反応は、ある意味予想通りだ。
まともに返事などしないだろう。
けれど、リィカはさらに問いかけた。

「では、これだけ教えて下さい。……17年前、アルカトル王国にいらっしゃいましたか?」
「一度ならず、二度も! 無礼者! 今すぐ切り捨てて……!」
興奮するベネット公爵を見て、リィカは一度静かに目を瞑った。

「……リィカ?」
アレクが小さく名前を呼ぶ。
リィカの服を掴む手が、小さく震えている事に気付いた。

「ごめん、アレク。もういい。……行こ?」
「あ……ああ」
戸惑いつつも、アレクは返事をする。
リィカの二つの質問。その意味を知るのは、まだまだ先の事だった。
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