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第四章 モントルビアの王宮

現状確認②

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「リィカ嬢の扱いだけど、管轄が国王になっているんだ」
ジェラードが話を続ける。

「だから、僕……というか、父の力でも彼女を牢から解放することができない。それで、何でこんな事になっているか、という話になるんだけど」
額に手を当てたジェラードの言葉を引き継ぐように、しかし、マルティンは別の話題を始める。

「ところで、出発はいつになりそうですか? 本日中の出発はできそうですか?」
「……いや」
「結局、引き留められました。向こうから、明日の出発は止めないと言われたので、明日出発するつもり……でした」

言いかけたアレクの言葉を、泰基が引き取る。
しかし、リィカがそんな状態で明日の出発など可能なのか。そう考えたら、はっきりと言い切れなくなってしまう。

「いえ、国王がそう言ったのであれば、明日の出発は可能でしょう。その時には、リィカ嬢も解放されるはずです」
あまりにもあっさりとマルティンに言われ、泰基も、アレクも、全員がマルティンを見る。

「……なぜ、そう言い切る?」
「国王が、アレク様方に何も言っていないからです。おそらく、明日の出発前にリィカ嬢は解放されて、何事もなかったように、最初いた場所辺りに戻されるでしょう。かなり厳しく、口止めをされた上にはなるでしょうが」

アレクは困惑する。もしそうなら、罪状を突きつけて捕らえる意味が分からない。
アレクは仲間たちに視線を向けてみるが、皆が似たような顔をしているのを確認しただけだ。

「……お分かりになりませんか」
そんな彼らの顔を見て、マルティンは苦笑する。

「みんな、誠実なんだね。羨ましいよ。我が国も、もっと君たちのような人がいてくれればいいのにね」
ジェラードが薄く笑う。冗談じゃなく、心からそう思っているのが分かる。
だが、泰基が何かに気付いたようだった。

「……………まさか」
ジェラードが頷く。

「おそらく、その想像は当たっています。――うちの国王は、自分の息子である王太子に、ひどく甘い。王太子は僕の従兄弟でもあるけど、何というか、歪んだ性格をしている」
息を吐きつつ、証拠はつかめていないのだけど、と話を続ける。

「何でもね、見目のいい、平民の女性を犯すのが好きらしいんだよ。手当たり次第じゃない、ちゃんと相手を選ぶ。家族や恋人がいるような女性は絶対に選ばない」

「分かっているのは、王太子やその取り巻きたちがいずこかに集まると、毎回のように衰弱した女性が発見される、という事です。関係があるのは確かなのに、何も証拠が集まらない。その女性たちも、衰弱が激しくてそのまま亡くなってしまう。独り身の女性ばかりで被害を訴える者もいなく、そのまま事件がなかったことにされてしまうのです」

ジェラード、マルティン、と続けられた説明に、一人それを予想していた泰基が、問いかける。
「それで、王太子が今度はリィカに目を付けたわけですか。だが、なぜ? 家族や恋人じゃないにしても、条件からは外れているでしょう?」
ジェラードが、額に手を当てて、大きく息を吐き出した。

「……実は、少し前から流れている噂があるんですよ。勇者様ご一行の中に、平民出身の見目のいい女性がいると。その女性の色香に掛かった勇者様や王子殿下が、彼女を同行させるために凄腕の魔法使いと偽り、魔法師団の精鋭の同行を断った、とね」

「なかなか面白い噂ですね」
泰基が笑う。笑うしかない。
微妙に真実も含まれている辺りに、逆に悪意しか感じられない。

「噂の出本を探ってみたら、我が国の魔法師団からでした。ちなみに、師団長はベネット公爵です。魔力はあるけど、魔法はほとんど使えないポンコツです。そんなのが師団長をやっているんだから、頭が痛くなりますけど」

段々ジェラードの言葉遣いが荒くなってきた。というか、明らかに怒っている。
ポンコツなんて言っていいのか、と泰基は考えてしまう。

「うちのベネット公爵と、そちらの魔法師団長であるレイズクルス公爵、ちょいちょい連絡を取り合っているんです。それ経由で、話がベネット公爵に伝わった。王太子の取り巻きの一人がベネット公爵の息子ですから、王太子にも簡単に話は伝わったでしょうね」

荒い、というか、もはや投げやりである。
マルティンが苦笑して、止めに入る。

「ジェラード殿。もう少し、お言葉を……」
「言葉遣いくらい、勘弁してくれ。本当にもう、イライラしているんだ。それでリィカ嬢に興味を持った王太子が国王にねだった結果が、今の状態だろう。
 一体、何を考えてるんだ。普通、勇者様のご一行に手を出すか? 北の三国が滅ぼされたというのに足止めするとか、馬鹿なのか? リィカ嬢の事だって、少し調べれば分かるっていうのに」

「……レイズクルスが言ったなら、そういう話にもなる。逆に迷惑をかけてすまない」
アレクが取りなすように言ったが、ジェラードの愚痴が止まらなかった。

「リィカ嬢だって、何で大人しく牢にこもってるんだ。気にしないでいいから、上級魔法を連発して城を壊して、ついでに国王と王太子を抹殺してくれればいいのに」
物騒なことまで言い出し始めた。
その様子に、思わず皆が苦笑する。少しだけ重苦しい雰囲気が薄れる。
ジェラードがそれを狙ったか、といえば、決してそうではないが。

「確かにリィカなら城の一つや二つ潰すくらい、簡単にできるでしょうけど」
「洒落になんねぇから、やめてくれ」

ユーリの言葉に、思わずバルが突っ込んだ。
思い出すのは、あの混成魔法だ。
あんな魔法を城に向かって撃ったら、間違いなく城が吹き飛ぶ。

「……そういやユーリ、お前、あの魔法を耐えきったんだよな」
バルの言うのが何なのか、すぐにユーリは察知したらしい。
困ったように、頬をかく。

「割と、結構、かなり、本気で、命の危険を感じましたからね。破られたらまずいと思って、本当に全身全霊の力を込めて、防御していました。――もう二度と、リィカの攻撃は受けたくないですね」

「……だったら、なんで自分の勝ちだ、なんて威張ったんだ?」
聞いていた泰基が、口を挟む。あの時は本当に気を揉んだのだ。

「勝ちは勝ちなので」
飄々と言うユーリを、バルが呆れたように見て、泰基に言う。

「まあ、こいつ、こういう奴だから」
「……そうだな。うんまあ、分かってた」
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