転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

文字の大きさ
上 下
103 / 637
第四章 モントルビアの王宮

アルカトルの大使②

しおりを挟む
エブラ村で二体の魔族と遭遇し、戦闘になった事。
これまで真正面からしか攻めてこなかった魔族が、町や村などに潜伏している可能性があることを、アレクは説明していく。

穏やかな笑みを浮かべていたマルティンも、さすがに表情が厳しくなっていた。

「それと、背格好なんかは人とそれほど変わらない。例えば、ローブとかを被って長い耳と白い髪を隠してしまえば、気付かないかもしれない」

「……なるほど。お話分かりました。確かにそんな事があれば、ここにいらっしゃるしかありませんね」
頷くマルティンに、アレクは伺うような視線を向ける。

「――お前は、信じるのか」
「当たり前でございます。アレク様は、こういった事で嘘をつく方ではないでしょう。王宮では、疑われましたか?」
「……見間違いだろうと笑われた」
マルティンは首を横に振った。

「本当に、モントルビアは国王を始め、困った方々が多いものです。母君がどんなご身分の方であろうと、アレク様ご自身に何も関係あるはずがございませんのに」

やれやれと言わんばかりにつぶやいて、紙にさらさらと記していく。
どこか素っ気なくも感じる態度だが、アレクはやっとホッとできた。

想像以上に、王宮でのやり取りにショックを受けていたらしい、と気付いて、苦笑するしかなかった。


「アレク様。あるいは、他の方々も、報告漏れ等はございませんか? なければ、すぐにでも国に早馬を送りますが」
「……すぐに?」

アレクが首をかしげる。
準備が必要なはずだ。すぐに送れるものではないはずだ。

「アレク様がモントルビアの王宮にいらっしゃったと伺って、何かあると思っておりましたから。早馬の準備はすべて整っております。後は、アレク様からの報告を待つのみでした」

すべて見透かされている。ここまでくると、もう逆に称賛するしかない。
アレクは笑うと、一つ内容を付け足してもらった。


「では、確かに」
マルティンの書いた手紙をチャドが受け取り、部屋を出て行く。
それを見送ったマルティンは、一同に話しかける。

「皆様方は、本日中にお発ちになるのですか?」
「……あ、いや、それが」

アレクが国王に言われた事を伝え、ついでに引き留めたがっているようだ、という推測も一緒に話をすると、マルティンも頷いた。

「確かにそんな風に感じられますね。このような状況で、勇者様方の出発を遅らせようとするなど、一体何を考えているのか……」
困ったものです、と、マルティンが嘆く。

「私も気にしておきましょう。しかし、明日の出発はできずとも、もしもそれ以上出発を延ばそうとするのであれば、さすがに強引に切ってしまってよろしいと存じますよ」
「……分かった。そうしよう」
頷くアレクを見て、さらにマルティンが問いかける。

「ところで、陛下から伺った所によると、旅のメンバーは六名と言うことですが、もうお一方はどちらに? 平民出身の女性の方がいらっしゃるのでは?」

頼みたいと思っていた事を、まさかのマルティンの方から切り出されて、アレクは一瞬口ごもってしまう。

「……父上と、連絡を取り合っているのか」
「そんな大げさなものではありませんよ。陛下の愚痴に付き合っているだけです。――それで、何か話しにくい事でもありますか?」

だから見透かしすぎだろう、とアレクは内心で突っ込みを入れてから、一連の流れについて話を行っていく。
「……それで、お前にリィカを保護してもらえないかと思ったんだ」
話すにつれて、自信なさげに声が小さくなっていくアレクに、マルティンは笑う。

「そこは、保護しろと命令されてもよろしい所ですよ、アレク様。あの王宮に、平民出身の方を連れて行かないという選択肢は、当然と思います。結果として無視するような形になってしまった事は、致し方ないことです。分かってくれると思いますよ?」

「…………だといいんだが」
なおも、アレクは自信なさげだ。
マルティンは心配そうにアレクを見るが、出した言葉は別だった。

「リィカ嬢の保護、承ります。ただ、あちらは私の事を知りませんから、アレク様から何か一筆書いて頂けませんか?」

「ああ、それもそうか。……でも、リィカ、俺の筆跡なんて知らないよな。信じてもらえるか?」
視線を向けられたバルもユーリも首を振る。文字を書いて見せたことなどない。

「まあ、書くしかないか」
そんなに長々と書くことはない。
出発が遅くなるから、それまでマルティン伯爵の屋敷にいて欲しいこと。
そして、少し躊躇ったが、無視して置いていく形になってしまってすまない、と書き加える。

それをマルティンに渡そうとして、泰基がアレクに声をかけた。
「俺も、一言書かせてもらっていいか?」
「構わないが、タイキさん、こっちの文字書けるのか?」
「いや。話すのと聞くのと、あと読むのは勝手に翻訳されるが、書く方は無理だな」

空いたスペースに書いたのは、当然ながら日本語だ。
『屋敷で待っていてくれ。泰基』
それだけ書いて、アレクに渡す。横からそれを見た暁斗が、少し驚いて泰基を見る。

「…………何て書いたんだ?」
「屋敷で待っていてくれ、とだけ。アレクの書いたことと同じだな。見慣れない文字があれば、もしかしたら俺か暁斗か、どちらかが書いたんじゃ、くらいに思うかも知れないだろ?」
「…………なるほど」

首をかしげながらも、アレクは頷く。
やらないよりはマシか、くらいかもしれない。


暁斗は、リィカの前世が日本人かも、という話を思い出す。もしそうなら、父のその一言で、リィカは間違いなく信じるだろう。
リィカに、元日本人だと気付いていることを教える事にもなってしまうのはいいのかな、とも思うが、父が楽しそうなので、そこは気にしないことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

処理中です...