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第四章 モントルビアの王宮
アルカトルの大使②
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エブラ村で二体の魔族と遭遇し、戦闘になった事。
これまで真正面からしか攻めてこなかった魔族が、町や村などに潜伏している可能性があることを、アレクは説明していく。
穏やかな笑みを浮かべていたマルティンも、さすがに表情が厳しくなっていた。
「それと、背格好なんかは人とそれほど変わらない。例えば、ローブとかを被って長い耳と白い髪を隠してしまえば、気付かないかもしれない」
「……なるほど。お話分かりました。確かにそんな事があれば、ここにいらっしゃるしかありませんね」
頷くマルティンに、アレクは伺うような視線を向ける。
「――お前は、信じるのか」
「当たり前でございます。アレク様は、こういった事で嘘をつく方ではないでしょう。王宮では、疑われましたか?」
「……見間違いだろうと笑われた」
マルティンは首を横に振った。
「本当に、モントルビアは国王を始め、困った方々が多いものです。母君がどんなご身分の方であろうと、アレク様ご自身に何も関係あるはずがございませんのに」
やれやれと言わんばかりにつぶやいて、紙にさらさらと記していく。
どこか素っ気なくも感じる態度だが、アレクはやっとホッとできた。
想像以上に、王宮でのやり取りにショックを受けていたらしい、と気付いて、苦笑するしかなかった。
「アレク様。あるいは、他の方々も、報告漏れ等はございませんか? なければ、すぐにでも国に早馬を送りますが」
「……すぐに?」
アレクが首をかしげる。
準備が必要なはずだ。すぐに送れるものではないはずだ。
「アレク様がモントルビアの王宮にいらっしゃったと伺って、何かあると思っておりましたから。早馬の準備はすべて整っております。後は、アレク様からの報告を待つのみでした」
すべて見透かされている。ここまでくると、もう逆に称賛するしかない。
アレクは笑うと、一つ内容を付け足してもらった。
「では、確かに」
マルティンの書いた手紙をチャドが受け取り、部屋を出て行く。
それを見送ったマルティンは、一同に話しかける。
「皆様方は、本日中にお発ちになるのですか?」
「……あ、いや、それが」
アレクが国王に言われた事を伝え、ついでに引き留めたがっているようだ、という推測も一緒に話をすると、マルティンも頷いた。
「確かにそんな風に感じられますね。このような状況で、勇者様方の出発を遅らせようとするなど、一体何を考えているのか……」
困ったものです、と、マルティンが嘆く。
「私も気にしておきましょう。しかし、明日の出発はできずとも、もしもそれ以上出発を延ばそうとするのであれば、さすがに強引に切ってしまってよろしいと存じますよ」
「……分かった。そうしよう」
頷くアレクを見て、さらにマルティンが問いかける。
「ところで、陛下から伺った所によると、旅のメンバーは六名と言うことですが、もうお一方はどちらに? 平民出身の女性の方がいらっしゃるのでは?」
頼みたいと思っていた事を、まさかのマルティンの方から切り出されて、アレクは一瞬口ごもってしまう。
「……父上と、連絡を取り合っているのか」
「そんな大げさなものではありませんよ。陛下の愚痴に付き合っているだけです。――それで、何か話しにくい事でもありますか?」
だから見透かしすぎだろう、とアレクは内心で突っ込みを入れてから、一連の流れについて話を行っていく。
「……それで、お前にリィカを保護してもらえないかと思ったんだ」
話すにつれて、自信なさげに声が小さくなっていくアレクに、マルティンは笑う。
「そこは、保護しろと命令されてもよろしい所ですよ、アレク様。あの王宮に、平民出身の方を連れて行かないという選択肢は、当然と思います。結果として無視するような形になってしまった事は、致し方ないことです。分かってくれると思いますよ?」
「…………だといいんだが」
なおも、アレクは自信なさげだ。
マルティンは心配そうにアレクを見るが、出した言葉は別だった。
「リィカ嬢の保護、承ります。ただ、あちらは私の事を知りませんから、アレク様から何か一筆書いて頂けませんか?」
「ああ、それもそうか。……でも、リィカ、俺の筆跡なんて知らないよな。信じてもらえるか?」
視線を向けられたバルもユーリも首を振る。文字を書いて見せたことなどない。
「まあ、書くしかないか」
そんなに長々と書くことはない。
出発が遅くなるから、それまでマルティン伯爵の屋敷にいて欲しいこと。
そして、少し躊躇ったが、無視して置いていく形になってしまってすまない、と書き加える。
それをマルティンに渡そうとして、泰基がアレクに声をかけた。
「俺も、一言書かせてもらっていいか?」
「構わないが、タイキさん、こっちの文字書けるのか?」
「いや。話すのと聞くのと、あと読むのは勝手に翻訳されるが、書く方は無理だな」
空いたスペースに書いたのは、当然ながら日本語だ。
『屋敷で待っていてくれ。泰基』
それだけ書いて、アレクに渡す。横からそれを見た暁斗が、少し驚いて泰基を見る。
「…………何て書いたんだ?」
「屋敷で待っていてくれ、とだけ。アレクの書いたことと同じだな。見慣れない文字があれば、もしかしたら俺か暁斗か、どちらかが書いたんじゃ、くらいに思うかも知れないだろ?」
「…………なるほど」
首をかしげながらも、アレクは頷く。
やらないよりはマシか、くらいかもしれない。
暁斗は、リィカの前世が日本人かも、という話を思い出す。もしそうなら、父のその一言で、リィカは間違いなく信じるだろう。
リィカに、元日本人だと気付いていることを教える事にもなってしまうのはいいのかな、とも思うが、父が楽しそうなので、そこは気にしないことにした。
これまで真正面からしか攻めてこなかった魔族が、町や村などに潜伏している可能性があることを、アレクは説明していく。
穏やかな笑みを浮かべていたマルティンも、さすがに表情が厳しくなっていた。
「それと、背格好なんかは人とそれほど変わらない。例えば、ローブとかを被って長い耳と白い髪を隠してしまえば、気付かないかもしれない」
「……なるほど。お話分かりました。確かにそんな事があれば、ここにいらっしゃるしかありませんね」
頷くマルティンに、アレクは伺うような視線を向ける。
「――お前は、信じるのか」
「当たり前でございます。アレク様は、こういった事で嘘をつく方ではないでしょう。王宮では、疑われましたか?」
「……見間違いだろうと笑われた」
マルティンは首を横に振った。
「本当に、モントルビアは国王を始め、困った方々が多いものです。母君がどんなご身分の方であろうと、アレク様ご自身に何も関係あるはずがございませんのに」
やれやれと言わんばかりにつぶやいて、紙にさらさらと記していく。
どこか素っ気なくも感じる態度だが、アレクはやっとホッとできた。
想像以上に、王宮でのやり取りにショックを受けていたらしい、と気付いて、苦笑するしかなかった。
「アレク様。あるいは、他の方々も、報告漏れ等はございませんか? なければ、すぐにでも国に早馬を送りますが」
「……すぐに?」
アレクが首をかしげる。
準備が必要なはずだ。すぐに送れるものではないはずだ。
「アレク様がモントルビアの王宮にいらっしゃったと伺って、何かあると思っておりましたから。早馬の準備はすべて整っております。後は、アレク様からの報告を待つのみでした」
すべて見透かされている。ここまでくると、もう逆に称賛するしかない。
アレクは笑うと、一つ内容を付け足してもらった。
「では、確かに」
マルティンの書いた手紙をチャドが受け取り、部屋を出て行く。
それを見送ったマルティンは、一同に話しかける。
「皆様方は、本日中にお発ちになるのですか?」
「……あ、いや、それが」
アレクが国王に言われた事を伝え、ついでに引き留めたがっているようだ、という推測も一緒に話をすると、マルティンも頷いた。
「確かにそんな風に感じられますね。このような状況で、勇者様方の出発を遅らせようとするなど、一体何を考えているのか……」
困ったものです、と、マルティンが嘆く。
「私も気にしておきましょう。しかし、明日の出発はできずとも、もしもそれ以上出発を延ばそうとするのであれば、さすがに強引に切ってしまってよろしいと存じますよ」
「……分かった。そうしよう」
頷くアレクを見て、さらにマルティンが問いかける。
「ところで、陛下から伺った所によると、旅のメンバーは六名と言うことですが、もうお一方はどちらに? 平民出身の女性の方がいらっしゃるのでは?」
頼みたいと思っていた事を、まさかのマルティンの方から切り出されて、アレクは一瞬口ごもってしまう。
「……父上と、連絡を取り合っているのか」
「そんな大げさなものではありませんよ。陛下の愚痴に付き合っているだけです。――それで、何か話しにくい事でもありますか?」
だから見透かしすぎだろう、とアレクは内心で突っ込みを入れてから、一連の流れについて話を行っていく。
「……それで、お前にリィカを保護してもらえないかと思ったんだ」
話すにつれて、自信なさげに声が小さくなっていくアレクに、マルティンは笑う。
「そこは、保護しろと命令されてもよろしい所ですよ、アレク様。あの王宮に、平民出身の方を連れて行かないという選択肢は、当然と思います。結果として無視するような形になってしまった事は、致し方ないことです。分かってくれると思いますよ?」
「…………だといいんだが」
なおも、アレクは自信なさげだ。
マルティンは心配そうにアレクを見るが、出した言葉は別だった。
「リィカ嬢の保護、承ります。ただ、あちらは私の事を知りませんから、アレク様から何か一筆書いて頂けませんか?」
「ああ、それもそうか。……でも、リィカ、俺の筆跡なんて知らないよな。信じてもらえるか?」
視線を向けられたバルもユーリも首を振る。文字を書いて見せたことなどない。
「まあ、書くしかないか」
そんなに長々と書くことはない。
出発が遅くなるから、それまでマルティン伯爵の屋敷にいて欲しいこと。
そして、少し躊躇ったが、無視して置いていく形になってしまってすまない、と書き加える。
それをマルティンに渡そうとして、泰基がアレクに声をかけた。
「俺も、一言書かせてもらっていいか?」
「構わないが、タイキさん、こっちの文字書けるのか?」
「いや。話すのと聞くのと、あと読むのは勝手に翻訳されるが、書く方は無理だな」
空いたスペースに書いたのは、当然ながら日本語だ。
『屋敷で待っていてくれ。泰基』
それだけ書いて、アレクに渡す。横からそれを見た暁斗が、少し驚いて泰基を見る。
「…………何て書いたんだ?」
「屋敷で待っていてくれ、とだけ。アレクの書いたことと同じだな。見慣れない文字があれば、もしかしたら俺か暁斗か、どちらかが書いたんじゃ、くらいに思うかも知れないだろ?」
「…………なるほど」
首をかしげながらも、アレクは頷く。
やらないよりはマシか、くらいかもしれない。
暁斗は、リィカの前世が日本人かも、という話を思い出す。もしそうなら、父のその一言で、リィカは間違いなく信じるだろう。
リィカに、元日本人だと気付いていることを教える事にもなってしまうのはいいのかな、とも思うが、父が楽しそうなので、そこは気にしないことにした。
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