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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘
アレクと暁斗
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暁斗を探して、アレクがやっと見つけたのは、宿の外だった。
壁にもたれるようにして座り込んでいるのを見て、何となく昔の自分を思い出す。
(抱え込んでいるものが真逆なのに、変なところが似ているな)
そう思うと、どこか笑えた。
近づくアレクに気付いたのか、暁斗が顔を上げた。
しかし、すぐに顔を逸らしてしまう。
「探したぞ。――思った以上に体力が落ちていて驚いた。少し歩き回っただけで、かなり疲れた」
言いながら、暁斗の横に座る。
「タイキさんからさ、お前の母親の話を聞いた」
「……そう」
暁斗の返事は短い。けれど、すぐにアレクに向き直った。
「さっきはごめん。ひどいこと言った」
頭を下げる暁斗を見て、アレクは目を見張った。
似ていると思ったけれど、そうでもない。自分だったら、謝れない。
自分のことで精一杯だったあの頃だったら、きっと相手が何も言わないのをいいことに、自分も何も言わずに済ませてしまっただろう。
「……すごいな、お前」
思わずつぶやいたら、不思議そうな顔をされた。
「……いや、何でもない。別に謝ってもらうことでもない。戸惑いはしたけど、理由は分かったしな。ただ、俺も謝るつもりはないけどな」
暁斗が口を一文字に結ぶ。
それを見て、アレクは問いかけた。
「お前さ、母親が嫌いか?」
暁斗は黙したまま答えない。
「じゃあ、好きか?」
「…………………分かんない」
その答えに、笑った。
「タイキさんの話を聞いていて思ったんだ。周りの話を気にしすぎているんじゃないか、ってな。周りなんて勝手なものだ。いくらでも好きに話を膨らませていく。それを気にしていたら、耐えきれないのもしょうがない」
一度口を閉じて暁斗を見る。
無言だった。
「だから、お前が気にするべきなのは、お前が知っている母親だよ。そして、タイキさんが話す母親の姿だ。他を気にする必要はない」
「……それは、分かるけど。でも、オレは母さんを知らない。――父さんにも、聞きにくい」
「だから、好きかどうか分からないんだよな。周りからの評価じゃなく、ちゃんと自分で考えた結果の、分からないって返答だよな」
大丈夫だと思った。
暁斗はきちんと分かっている。
幼い頃からの、周りの善意という圧力に押されてしまっているだけで、きっと何かきっかけがあれば、抜け出せる。
「母親が助けてくれたんだろう。今は、その事実だけ、ちゃんと分かっていればいい」
母親がすごいだとか、奇跡だとか、そんなのを付けるから話が複雑になる。
それを取ってしまえば、残るのは、息子を助けた母親、ただそれだけだ。
「………………………でも、さ…………アレク……」
「ん?」
ためらいがちの暁斗の口調に、首をかしげる。
「……………オレがいなかったら、まだ母さんは生きてたのかなって。オレのせいで、母さんは死んじゃったのかなって、思うことがある」
「……お前それ、タイキさんに言ったか?」
「言ってないよ! 言えるわけないじゃん!」
「……それだけでもすごい。俺は言っちゃったからな。後になってから、かなり後悔した」
「…………え?」
面食らった様子の暁斗に、苦笑した。
「俺も昔色々あったんだ。その時、父上に言った。俺のせいだ、俺なんかいなければ良かったのに、ってな。あの時は自分のことしか考えられなかったけど、今から思うと、ひどいことを言ったなぁと思うよ」
「……そう……なんだ。……何があったのか、聞いても平気?」
「まあ、面白い話じゃないけどな。――兄上が、毒殺されかけたんだ。俺を王太子にしようとした、一部の貴族の手でな」
あの時は、本当に最悪だった。
毒殺されかけて、食事すら取れなくなった。
自分がいなければ、兄上はそんな目に合わなかったのに、と思った。
辛くて、苦しくて、でもバルとユーリが側にいたから、救われた。
最終的には、自分の手で暗殺者を捕らえて、その貴族たちの逮捕に至った。
それで兄上を助けることができて、やっと自分も楽になれた。
「……そっか」
「だから、お前も絶対に何かあるよ。どこかで必ず、抜け出すための何かが見つかる。だから、あまり思い詰めるなよ。愚痴くらい聞いてやるから」
「うん、ありがとう。……でも、こんな思い詰めることになっちゃったの、アレクとリィカのせいなんだけどね」
暁斗の声の調子が戻ってきた。
冗談交じりに言葉に、笑って返す。
「さっきも言ったが、謝るつもりはないからな。……また同じ事をしかねないし」
「アレクは、オレを慰めにきたのと、トドメを刺しにきたのと、どっちなんだよ。……いいよ、今度はオレがリィカを守るから」
アレクは思わず吹き出しそうになり、抑えた。
「アキト、俺はリィカとは言ってないんだが?」
「あれ、違うの?」
「……………違わない。だけど、リィカを守るのは俺だからな。お前は手を出すな」
「ええ? 別にいいじゃん。そんな決めることじゃないでしょ」
その答えに、アレクは何となく、話がかみ合っていない気がした。
(考えてみれば、こいつ、恋愛云々はまったく興味ないよな)
だったら、余計な事を言わない方がいいだろうか。
「教会で再会したとき、ホントにリィカ、疲れた顔してさ。オレたちの顔見て泣き出してさ。また、あんな顔させたくない」
続けられた暁斗の言葉に、アレクはさすがに反論ができなかった。
自分が起きた時、しがみついて泣いていたリィカを思い出す。
「……分かっているさ。絶対、とは言えないが、それでも可能な限り、自分もリィカも、ついでにお前も、みんな生き残れる道を探す」
「オレはついでかぁ。まあ、それでもいいや。――ごめん、アレク。これからもいっぱい迷惑を掛けるかもしれないけど」
アレクは暁斗に手を伸ばす。
「いいよ。友達だし、仲間だろ。俺はすでに迷惑をかけたしな。これからも、よろしく頼む」
「うん」
二人の手が、がっちりと結ばれた。
壁にもたれるようにして座り込んでいるのを見て、何となく昔の自分を思い出す。
(抱え込んでいるものが真逆なのに、変なところが似ているな)
そう思うと、どこか笑えた。
近づくアレクに気付いたのか、暁斗が顔を上げた。
しかし、すぐに顔を逸らしてしまう。
「探したぞ。――思った以上に体力が落ちていて驚いた。少し歩き回っただけで、かなり疲れた」
言いながら、暁斗の横に座る。
「タイキさんからさ、お前の母親の話を聞いた」
「……そう」
暁斗の返事は短い。けれど、すぐにアレクに向き直った。
「さっきはごめん。ひどいこと言った」
頭を下げる暁斗を見て、アレクは目を見張った。
似ていると思ったけれど、そうでもない。自分だったら、謝れない。
自分のことで精一杯だったあの頃だったら、きっと相手が何も言わないのをいいことに、自分も何も言わずに済ませてしまっただろう。
「……すごいな、お前」
思わずつぶやいたら、不思議そうな顔をされた。
「……いや、何でもない。別に謝ってもらうことでもない。戸惑いはしたけど、理由は分かったしな。ただ、俺も謝るつもりはないけどな」
暁斗が口を一文字に結ぶ。
それを見て、アレクは問いかけた。
「お前さ、母親が嫌いか?」
暁斗は黙したまま答えない。
「じゃあ、好きか?」
「…………………分かんない」
その答えに、笑った。
「タイキさんの話を聞いていて思ったんだ。周りの話を気にしすぎているんじゃないか、ってな。周りなんて勝手なものだ。いくらでも好きに話を膨らませていく。それを気にしていたら、耐えきれないのもしょうがない」
一度口を閉じて暁斗を見る。
無言だった。
「だから、お前が気にするべきなのは、お前が知っている母親だよ。そして、タイキさんが話す母親の姿だ。他を気にする必要はない」
「……それは、分かるけど。でも、オレは母さんを知らない。――父さんにも、聞きにくい」
「だから、好きかどうか分からないんだよな。周りからの評価じゃなく、ちゃんと自分で考えた結果の、分からないって返答だよな」
大丈夫だと思った。
暁斗はきちんと分かっている。
幼い頃からの、周りの善意という圧力に押されてしまっているだけで、きっと何かきっかけがあれば、抜け出せる。
「母親が助けてくれたんだろう。今は、その事実だけ、ちゃんと分かっていればいい」
母親がすごいだとか、奇跡だとか、そんなのを付けるから話が複雑になる。
それを取ってしまえば、残るのは、息子を助けた母親、ただそれだけだ。
「………………………でも、さ…………アレク……」
「ん?」
ためらいがちの暁斗の口調に、首をかしげる。
「……………オレがいなかったら、まだ母さんは生きてたのかなって。オレのせいで、母さんは死んじゃったのかなって、思うことがある」
「……お前それ、タイキさんに言ったか?」
「言ってないよ! 言えるわけないじゃん!」
「……それだけでもすごい。俺は言っちゃったからな。後になってから、かなり後悔した」
「…………え?」
面食らった様子の暁斗に、苦笑した。
「俺も昔色々あったんだ。その時、父上に言った。俺のせいだ、俺なんかいなければ良かったのに、ってな。あの時は自分のことしか考えられなかったけど、今から思うと、ひどいことを言ったなぁと思うよ」
「……そう……なんだ。……何があったのか、聞いても平気?」
「まあ、面白い話じゃないけどな。――兄上が、毒殺されかけたんだ。俺を王太子にしようとした、一部の貴族の手でな」
あの時は、本当に最悪だった。
毒殺されかけて、食事すら取れなくなった。
自分がいなければ、兄上はそんな目に合わなかったのに、と思った。
辛くて、苦しくて、でもバルとユーリが側にいたから、救われた。
最終的には、自分の手で暗殺者を捕らえて、その貴族たちの逮捕に至った。
それで兄上を助けることができて、やっと自分も楽になれた。
「……そっか」
「だから、お前も絶対に何かあるよ。どこかで必ず、抜け出すための何かが見つかる。だから、あまり思い詰めるなよ。愚痴くらい聞いてやるから」
「うん、ありがとう。……でも、こんな思い詰めることになっちゃったの、アレクとリィカのせいなんだけどね」
暁斗の声の調子が戻ってきた。
冗談交じりに言葉に、笑って返す。
「さっきも言ったが、謝るつもりはないからな。……また同じ事をしかねないし」
「アレクは、オレを慰めにきたのと、トドメを刺しにきたのと、どっちなんだよ。……いいよ、今度はオレがリィカを守るから」
アレクは思わず吹き出しそうになり、抑えた。
「アキト、俺はリィカとは言ってないんだが?」
「あれ、違うの?」
「……………違わない。だけど、リィカを守るのは俺だからな。お前は手を出すな」
「ええ? 別にいいじゃん。そんな決めることじゃないでしょ」
その答えに、アレクは何となく、話がかみ合っていない気がした。
(考えてみれば、こいつ、恋愛云々はまったく興味ないよな)
だったら、余計な事を言わない方がいいだろうか。
「教会で再会したとき、ホントにリィカ、疲れた顔してさ。オレたちの顔見て泣き出してさ。また、あんな顔させたくない」
続けられた暁斗の言葉に、アレクはさすがに反論ができなかった。
自分が起きた時、しがみついて泣いていたリィカを思い出す。
「……分かっているさ。絶対、とは言えないが、それでも可能な限り、自分もリィカも、ついでにお前も、みんな生き残れる道を探す」
「オレはついでかぁ。まあ、それでもいいや。――ごめん、アレク。これからもいっぱい迷惑を掛けるかもしれないけど」
アレクは暁斗に手を伸ばす。
「いいよ。友達だし、仲間だろ。俺はすでに迷惑をかけたしな。これからも、よろしく頼む」
「うん」
二人の手が、がっちりと結ばれた。
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