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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘

追憶―アレク③―

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リィカが、水かお湯をもらってくる、と出て行くのを見送って、アレクは、大きく息を吐いた。

(ここまで、きついとはな)

たいしたことない距離のはずだ。
それなのに、まるで永遠のように感じられた。

体が痛い。力が入らない。辛い。とにかく疲れた。
リィカの前では弱みを見せたくなくて、何も言わなかったが、多分気付かれていただろう。

(――駄目だ。起きていられない)

本当に安全か分からない場所で寝てしまうのは抵抗がある。
しかし、急速に襲ってくる眠気に耐えきれず、アレクは目を閉じた。


※ ※ ※


 〔アレクシス〕


――夢の続きだ、とすぐに気付いた。



バルムートとギルドで出会った次の日から、一緒に始めた冒険者の仕事。
王子扱いしようものなら、すぐ別れるつもりだったが、そんな事はまったくしなかった。

冒険者は、皆Fランクからスタート。Fランクは街中での仕事しかできない。
それを10回こなすと、Eランクに上がることができる。

俺たちは、あっさりFランクの規定をクリアして、Eランクに上がった。その頃には、バルと呼ぶことに、すっかり慣れていた。

さすがに連日城からは抜け出せず、バルが用事がある日も冒険者は休みだ。
一人で行くというと、にらまれる。

剣の稽古さえサボっていた俺は、騎士団長から怒りの呼び出しを食らい、仕方なく顔を出せば、そこにバルもいた。


「やっと来やがったか、アレク」

やたらとドスの利いた声の騎士団長を、俺はサラッと無視してバルに声をかけた。

「よお、バルムート。今日は俺が勝たせてもらうからな」
「そうはいきません。勝つのはおれです」

何というか、久しぶりに聞くバルの丁寧な口調は新鮮だった。


そして、手合わせをした結果、俺が負けた。

「ああもう。このクソバカ力……!」

地面に寝転がってそう毒づく俺に、騎士団長が笑いながら近づいてきた。

どうやら、さっき俺がサラッと無視したのは気にしていないようだ。

「思ったより落ちちゃいなかったな。今まで一体何してたか知らねぇが……」

ギクッとなりそうなのを、必死で押さえる。
あなたの息子と一緒に冒険者してました、って言ったら、どんな反応するんだろうな……。

「身体はしっかり動かしてた、って所か。ただ、あんまり剣は握ってなかったんじゃないか? 今日はしっかり素振りしていけ」

さすが、当たりだ。街中での仕事では、体は使っても剣は使わない。
一応素振りはしていたが、十分ではなかったんだろう。


※ ※ ※


「――失礼してよろしいですかな」
入り口を見ると、そこにいたのは神官長とその息子のユーリッヒだ。

「回復魔法の練習をしたい」と言って、騎士団の訓練場に現れた。
一応顔は知っていたが、会話をしたのは、この時が初めてだった。


挨拶をした後、騎士団長に言われて、ユーリッヒは俺たちの回復を始めた。

「『光よ。彼の者を癒やせ』――《回復ヒール》」

疲れた身体に体力が戻ってくるのを感じる。今まで掛けてもらった事のある《回復ヒール》よりも、断然効果が高い。

かなりの実力じゃないか?

「すごいな」
「ありがとうございます。光栄です」

思わず漏らした俺のつぶやきに、少しだけ笑って返事があった。

「(あいつ、おれたちのパーティーに入ってもらうのも、いいと思わねぇか?)」

バルが小声でそんな事を言ってきたが、好きでやっている俺たちはともかく、他の奴を巻き込めるわけがないだろう。


そう思っていたのだが。

次の日、俺とバルが冒険者ギルドに行くと、なぜか建物の前にユーリッヒがいた。

「何でここにいる?」
人のいないところに移動してから、話を始めた。

「昨日、お二人でパーティーとか冒険者とか、内緒話をされていたでしょう? それで、最近アレクシス殿下のお姿を見かけない、と噂になっているのを思い出しまして。もしかしたらと思って、こちらに伺った次第です」

その説明に、眉をひそめる。

「神官長にでも言いつけて、俺を連れ戻すつもりか?」

神官長にバレれば、そのまま父上まで情報が届くだろう。
そうなれば、もう続けていくのは無理だ。

「とんでもありません。実践で魔法の練習をしたいのです。昨日のような形でも良いのですが、そうすると回復魔法しか練習ができないので、他の魔法も練習したいのです。
 一人でやろうとは思えませんが……。せっかくですから、お二人に便乗させて頂ければ、と思った次第です」

「まあ、理解はしたが、それを受け入れる義理はない。一人が嫌なら来るな」

俺もバルも、今は二人で行動しているが、最初は一人で動いたんだ。そんな甘い考えなら、最初から来ないでほしい。

「俺たちは今日からランクが上がるから、街の外に出るぞ。お前は街中の仕事からスタートだ。どっちにしても一人だな」

それで話は終わりのつもりだったのに、想定外の所から反論が来た。

「別に良いじゃねぇか、シス。そんな切り捨てるもんじゃねぇだろう。回復役がいてくれれば、ありがたいのは確かだろ」

お前は、あっちの味方か、バル。俺のお守り役が一人増えるんなら、ありがたいってことか?

「だったら、お前が組めばいいだろう。俺は一人でいい」

そう言い捨てて二人から去ろうとすれば、バルに遮られた。

「……あのな、シス。良く聞けよ。おれは別にお前の護衛をやってるつもりはねぇからな。それで一緒にやろうと言ったわけじゃねぇし、ユーリッヒを誘ったわけでもない」

「……違うのか?」

割と本気で驚いた。それが伝わったんだろう、バルが怒っているのが分かった。

「違う。――お前が何で城から抜け出してんのか、ってのは、まあ想像はつくさ。確かに居にくいんだろうよ」

言われて、唇をかみしめる。

「お前がどこまで自覚してるかは分かんねぇけどな……。さみしそうな目を、泣きそうな目をしてんだよ。おれと一緒に馬鹿話しながら仕事をしているときは、少しその目がマシになる。だから、お前は一人でいたら駄目だし、事情知ってる仲間が増えんなら、それに越したことはねぇ」

「……何のことだよ?」
本気で分からなかった。自分のせいで兄上をひどい目に合わせてしまった事が、悔しいだけだ。

「無自覚かよ。まあ別にいいさ。そこを議論するつもりはねぇ。――ユーリッヒ、こいつはああ言ってるが、おれはお前を歓迎する。
 こいつの名前は『シス』で、おれは『バル』で登録してるから、そう呼んでくれ。……お前はどうすんだ?」

「『ユーリ』で登録しようと思っています。ランクについてはご安心下さい。調べてみたら、回復できる冒険者ってなかなかいないから、神官が冒険者登録した場合、FランクをパスしてEランクから始める事もできるそうなんですよ」

「何だよ、思い切り特別待遇じゃねぇか」

「確かに。じゃあ、僕は登録してきます。――これからお願いしますね、シス」

宣言するだけして、ユーリッヒはギルドに入っていった。何だか、勝手に加わることが決まってしまっている。

頭をガツンと叩かれた。
「おれらも行くぞ、シス」

「……行けば」

「ああもう、本当に馬鹿かお前は。難しく考えんな。馬鹿やって楽しんでりゃ、一人でいたいなんて思わなくなるさ」

「……いい。外にいる。……ちゃんと、いるから」

そんな俺をどう思ったのか、「分かった」と一言だけ残して、バルはユーリの後を追った。


建物の横に回って、壁にもたれかかる。
深呼吸すると、少しは気持ちが落ち着いた。

(静かだな)

望んでいた静けさだ。それなのに、言いようのない不安を感じて、戸惑う。
少し考えれば、気付いた。いつも隣にいるバルが、いないからだ。

壁にもたれたまま、地面に座り込む。

「俺、もっと、しっかりしなきゃいけないのに……」

兄上の役に立てないどころか、害にしかなっていない。

そんな自分と一緒にいた所で、何もならない事くらい分かっているだろうに、それでもバルもユーリも自分と一緒にいるという。

どうしていいか分からなかった。

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