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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ
35.バルムート
しおりを挟む「さすが、騎士団長のご子息だ!」
そう言われて小さい頃は嬉しかったのに、いつからか重く感じるようになった。
その言葉を聞きたくなくて、逃げるように冒険者ギルドの扉を叩いた。
――そこで、死んだような目をしたアレクに出会った。
魔王討伐の旅まであと少し、という所まで来たある日。
おれは、ハーベン伯爵家を訪れていた。
「バルムート様、いらっしゃいませ」
そう言って優雅にカーテシーをしたのは、フランティア・フォン・ハーベン。ハーベン伯爵家の長女で、俺の婚約者だ。
「……なかなか来れなくてすまなかった」
「いえ、お忙しいんでしょう? わざわざお時間を作って頂き、嬉しく思います」
おれがフランティアと婚約したのは13歳の時だ。
ハーベン伯爵家は、武門の家だ。そんな家に育ったフランティアも、かなり剣を使える。
親父を通じてフランティアに出会ったその場で、決闘を申し込まれた。
ハーベン伯爵は顔を真っ青にして謝罪してきたが、おれはその決闘を受諾。
おれが勝ったのになぜか気に入られたらしく、連日のように押しかけてくるフランティアに根負けして、婚約する事となった。
そんな出会いだが、今では大切な存在だと思えている。
「バルムート様は、もう少しで旅立たれるんですよね?」
「ああ」
「……………………………行かないでといったら、行かないでくれますか」
おれは驚いて、フランティアを見た。
うつむいていて顔は見えないが、身体が震えていた。
「……すまない。それは、できない」
それでも、そう答えるしかできなかった。
「…………そうですよね。すいません、大丈夫です。ちゃんと分かってます」
無理矢理作ったと分かる笑顔で笑うと、
「一つだけ、お願いがあります。――今から、私と戦って下さい」
鞘に入ったままの剣を、おれに向かって突きつけてきた。
おれたちの出会い。元気に決闘を申し込んできたフランティアを思い出した。
「分かった。受けて立つ」
きっとそれが、おれたちの関係にふさわしい。
「はあっ!」
声を上げて斬りかかってくるフランティアの剣を、受け止めて弾く。
上から、右から、左から、斬りかかってくるのを、すべて受け止めた。
そして、フランティアが剣を振り上げたところで、初めておれから動いた。
剣を弾き飛ばし、喉元に剣を突きつける。
「相変わらず、疲れてくると、剣の振りが雑になるな」
そう言って剣を引けば、フランティアはそのまま座り込んだ。
「……最初会った頃は、もう少し勝負になったのに」
ドレスを纏っていると言葉も丁寧だが、動きやすい服装をすると途端に言葉遣いが崩れてしまうので、よく怒られていた。
だが、おれは少しくらい崩れた方が、自然に聞こえて好きだ。
「ずるい。バルムート様ばっかり強くなって」
ふくれっ面をするフランティアに、おれは苦笑を返すだけだ。
「ねえ、バルムート様」
「なんだ?」
「何で旅に出るの? 本当に嫌じゃないの?」
「嫌じゃないな」
即答すれば、不満顔だ。
そんなに、おれが旅に出るのが嫌か。
「……お前が辛いんだったら、婚約を解消するか?」
「ぜったい、しない!!」
一応、親切心からの提案だったが、相手をますます不機嫌にさせただけだった。
「教えて。なんで旅に出るの?」
再度そう聞かれて、おれは目を閉じる。
あの日、冒険者ギルドでアレクに出会った日。
死んだような目をしたアレクを放っておけなかった。
アレクが望んでいないことは分かっていても、強引にあいつの手を取った。
今はもう、あの頃のような闇は抱えていないが、それでも何かと危うさを感じて、目が離せない。
「――あのバカ王子を放置したら、何をしでかすか分からないからな」
だから、理由なんてこんなものだ。
アレクが旅に出るのであれば、おれも付いていく。
ただ、それだけだ。
家に帰ったら、親父に呼び出された。
「帰ったか、バル。フランティア、大丈夫だったか?」
「……まあ、おそらく」
「煮え切らねぇ返事だな」
理由を言ったら、結局アレクシス殿下なの? と、更に不機嫌になった。
結局ってどういうことだと言ったら、おれたち三人の仲が良すぎて誰も間に入り込めなくてずるい、と返事になってない返事をされて終わった。
それ以上は何も言ってこなかったから、まあ多分大丈夫じゃないか、としか分からない。
「バル。お前に、これをやる」
親父が差し出してきたのは、一本の剣。
「作らせてたんだよ。良いものができたぞ? 使え」
言われて受け取る。
まるで、吸い付くように手が剣になじむ。剣を抜いて……驚嘆した。
「すごい剣だな。……高いんじゃねぇのか、これ」
「アホかお前。ガキが金額気にすんな」
そう言われても、刀身の金属も、使われている魔石も、そんじょそこらで手に入る代物じゃない。
「ま、俺も昔色々無茶しでかして手に入れたってぇのに、そのまんま埃が被ってるようなのもあったからな。ちょうど良かったよ」
それが本当なのか嘘なのかは、おれには分からない。
「そうか。んじゃあもらっとくよ」
「おう。そうしろ」
おれも親父も、湿っぽいのは好きじゃない。
だから、このくらいのやり取りがちょうど良かった。
初めて親父に勝った日。
手が届くと思っていなかった所に、届いた日。
そして、情け容赦なく叩き潰された、次の日。
あれから、親父の名前を重く感じなくなった。この人は、決して手の届かない神じゃないんだと知った。
あれからますます、この人を尊敬できた。
そんな事を思いながら、剣を見ていたら、親父がとんでもないことを言い出した。
「ま、帰ってきたら、色々話を聞かせろや。――ついでに、せっかく可愛い子が一緒に旅すんだから、一度くらい着替えとかノゾキしてみろ」
「だれがやるか!!」
やっぱりこの人を尊敬するのはやめておいた方がいいか?
もうすぐ旅に出るというのに、余計な事ばかりだ。
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