上 下
35 / 596
第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

29.リィカ⑨

しおりを挟む
やはり、王宮は緊張する。

ユーリッヒ様に付いていくと、アレクシス殿下とバルムート様、そして暁斗がいた。

「来てくれたんだな、リィカ。助かる」
アレクシス殿下に言われて、慌てて頭を下げる。

「ユーリから話は聞いたか?」
「は、はい。暁斗が魔法を使おうとして、拒否反応を起こすと……」
「その通りだ。それで……」

アレクシス殿下がそう言いかけた瞬間、背後から聞こえた声に身体をすくめた。


「おやおや、そちらにいるのは平民ではないですか? なぜこの神聖な王宮に、そのような小娘が?」
「レイズクルス、今日は休みだと言ったはずだ」

いたのは、三人の男だ。皆、魔法使いのローブを被っている。
アレクシス殿下の声が、今までより低い気がする。

「確かにそう伺いましたが、勇者様が練習場に移動したと聞きましたので、様子を見に伺いました。それで、その平民の小娘を王宮に入れたのは、殿下が?」

「ああ。旅の仲間だしな。父上の許可はもらっている。何か問題があるか?」

「いえいえ、陛下の許可をもらっているのであれば、何もございませんよ。しかし……」

レイズクルスと呼ばれた男が、わたしをまじまじと見てきて、思わず後ずさった。

「……なるほど、これはこれは。なぜ殿下が我が魔法師団の精鋭を断り、平民などを入れたのかと思っておりましたが、確かに平民にしてはずいぶんと器量がいい。旅のお慰みとするには、ちょうど良いかもしれませんな」

アレクシス殿下の顔が、はっきり怒りに染まった。何かを叫びそうになり、唇を噛みしめたのが分かる。

「……口を慎め。彼女の魔法使いとしての力を欲しただけだ」
さらに声が低くなった。なまじ静かな口調だけに、迫力がすごい。

「去れ。お前は、アキトが魔法を使えるようにならぬ限り、自分の出番はないと言っていただろう」

「そういうわけには参りません。勇者様の指導係として、その場にすらいないというのは、無責任でしょう。
 ――ですが、殿下。一つ申し上げるのならば、魔力への拒否反応を起こすなど、勇者様とは思えません。それは神から拒否されている事と同義でございます。本当にその者が勇者様なのか、確認が必要であると具申いたします」

「アキトは間違いなく勇者だ。――いたいならいてもいいが、一切の口出しは許さん」

アレクシス殿下の言葉に、三人が少し後ろに下がったけれど、こっちをニヤニヤ見ている。

――正直、怖い。

かつて村に来ていた男爵なんか比べものにならないくらい、人を見下すことに慣れてる人たちだ。


ふと、手首を捕まれて、身体を引き寄せられる。

「(……悪い、リィカ)」

こそっと言われたアレクシス殿下の言葉は、さっきまでの迫力は全くなくて、気遣いに満ちていた。

ようやくホッと息を吐いて、そこで自分がずっと息を詰めていたことに気付いた。

「アキト、大丈夫か?」
殿下のその言葉に、暁斗を見れば、顔色が悪い気がした。

「……うん、大丈夫だよ」
そう笑った暁斗は、明らかに無理していた。

「せっかくリィカが来てくれたんだもんね。――ごめん、事情は知ってると思うけど」

暁斗の表情に、心が曇るのを感じながらも、やるべき事をやろうと口を開く。

「具合が悪くなるって聞いたのに、本当に悪いんだけど、一度どんな感じなのか、見せてもらってもいい?」

「……そうだよね。見なきゃ分からないよね」

そう言って、右手の人差し指を立てた。
暁斗に断って、彼の左手を手に取る。

「『ひ、よ。わが……ゆ、び……さ、きに……とも……れ……』――《ファイア》」

詠唱が驚くくらいにたどたどしい。魔法も発動しない。唱えながら、確かに気持ち悪そうな様子がある。

左手から、暁斗の魔力の動きを見たけれど……、拒否反応というのとは違う気がする。
今の魔力の動きと、ユーリッヒ様から聞いた説明を思い出してみる。

「………………あ、もしかして」
「何か分かったのか!?」

思わずつぶやいたら、アレクシス殿下が叫んだ。他の皆も食い入るようにわたしを見ていた。
この場から逃げたくなるのを必死に抑える。わたしだけの考えだと不安だ。

「――ユーリッヒ様。暁斗の魔力の流れ、見れますか?」
「……え、ええっ!? 自分のだって、さっき何となく分かった程度ですよ!?」

そうかもしれないけど、他にいない。

「他人の魔力の流れを見るのは、どこか身体に触っていた方が見やすいです。暁斗、ごめんなさい。もう一度だけお願いします」

そう言うと、ユーリッヒ様は「やるだけやってみますけど」と暁斗の手を取る。

そして、暁斗がもう一度詠唱をすると、
「……あれ?」
ユーリッヒ様が不思議そうにつぶやいた。

「……魔力が、流れていない? いや、無理矢理押さえつけられている……?」

わたしが感じたのと、同じ事を感じたようだ。良かった。

詠唱で魔力が流れ始めた、と思ったら、何かに押さえつけられたように流れが止まったのだ。

「わたしの推測なんですけど。暁斗が自分で流れを止めちゃってるんじゃないでしょうか」

自分が魔力暴走を引き起こした時の事を思い出す。

あの時、何か違和感があったのだ。暴走する魔力に飲み込まれて、すぐに消えてしまったけれど。


暁斗は魔法のない、日本からきた。
わたし以上に、魔力に馴染みがないはずだ。

だから、詠唱で流れた魔力に、違和感とか不快感とかを感じたから、その原因となる流れを、無意識に自分で止めた。

ところが、魔力を動かす詠唱は続けたまま。
魔力を動かそうとする力と、動きを止めようとする力。

身体の中で正反対の力が同時に働いた結果が、吐き気という形で現れた。


「そうであれば、一度魔法を使えれば、その後は問題なく使える、っていうのも分かります。きちんと魔力が流れて違和感がなくなってしまえば、魔法が使えるんです」

「――なるほど。確かに理屈は通ってますね。自分で流れを止めるとか、僕には想像も付きませんけど」

「すごいですよね。ある意味、最初から自分の魔力を操作しているんですから。すごく魔法の才能がありそうです」

わたしとユーリッヒ様が話していると、暁斗がおずおず手を上げた。

「……あの、つまり、オレが自分で、魔法を使えないようにしちゃってるってこと? それってどうしたらいいの?」

半分、泣きが入っている。無意識で魔力が流れるのを妨害している、など、確かに言われたところで、自分で直しようがない。

「……イメージでいけるかな?」
「いいと思いますよ。かなり集中しますから、違和感を感じている余裕はないですよ」

ポツリとつぶやいた言葉に、ユーリッヒ様が返事を返してくれた。
うなずいて、暁斗の前に立つ。

「――じゃあ、暁斗。魔法を使おう!」

そう明るく言って、《ファイア》を使う。
わたしの指先に点った《ファイア》を見て、暁斗が目を見張った。

「今から暁斗にしてもらうことは簡単だよ。自分の指先に、こうやって火が点っているのを、ただイメージするだけ。そうしたら、自然に詠唱が口から出るけど、最後まで集中して」

「座った方がいいですよ、アキト。その方が集中しやすい」

言われた暁斗は、深呼吸してから地面にあぐらで座った。

「……やってみる」
そう言って目を閉じて……早かった。一分も経たないうちに詠唱を始めた。

「『火よ。我が指先に点れ』――《ファイア》」

スムーズに詠唱して、そして、立てた指先に火が点った。

それをしばし凝視して……、

「――できた」
暁斗の目から涙が落ちた。

「――できたよぉ……」

泣く暁斗に、思わず手を伸ばしかけて……

「やったじゃないか! アキト!」
「おめでとう、アキト!」

アレクシス殿下とバルムート様が、暁斗に抱きつくように声をかけて、わたしは慌てて手を引っ込めた。



「――そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
「公爵閣下の仰るとおりです!」
「神に見放された者が魔法を使うなど!」

感動の場面に水を差す声が響いた。

――そういえば、いたんだった。
一気に心が冷えて、恐怖に襲われる。

「魔法が使えるようになって、何が馬鹿なことだ?」
アレクシス殿下が、三人に向かい合っていた。

「自らを指導係と名乗るのであれば、アキトが魔法が使えないと分かった時に、見放すのではなく、どうすれば使えるのか、一緒に考えるべきだったんじゃないか?」

「わ、私は公爵で、代々魔法師団長を務めておるのですぞ! いかに殿下とて、その私に対して、魔法について意見するとは……!」

「関係ないな」
バッサリ切って捨てた。

「昨日から、勇者様であるアキトに対しての言動が目に余るものがあったな。今日に至っては、魔法を使えるようになったというのに、まさか罵倒を浴びせるとは。
 ――父上に、貴様の指導係としての能力が疑わしいことを報告しておく」

「私がいなくなれば、だれが勇者様に教えられると言うのです!」

「教えられる者は、他にもいるな。特に困らない」

「……こ……後悔しても知りませんぞ!」

そう言い捨てて去って行くレイズクルスの後を、他の二人も慌てて追い掛けて、姿を消した。
それを見て、ようやく身体から力を抜いた。


「アキト、リィカも。すまなかった」
アレクシス殿下がそう言って謝罪してきたけれど。

「なんでアレクが謝るの? オレたちを守ってくれたんでしょ。カッコ良くてびっくりした」
暁斗がそう言って笑顔を見せた。

「――男に格好いいって言われても、うれしくないな」
「なんだよ。せっかく褒めたのに」

不満そうに唇をとがらせた暁斗がわたしを見て、アレクを指さしている。

――もしかして、わたしに格好いいと言えと? 平民にはハードル高いんだけど。
とはいっても、助けてくれた事に間違いはない。

「アレクシス殿下、ありがとうございました。――えっと」
何か言わなきゃ。格好いいに敬語なんてあったっけ?

「その、すごく素敵でした。安心できました」

言ってすぐ、なんか違うと思った。というか、お礼だけで良かったよね? 暁斗につられちゃったけど、付け足す必要性は全然なかった。

アレクシス殿下が、顔を真っ赤にしているのを見て、血の気が引くのを感じた。
――怒らせちゃった?

「い、いえ、あの、何でもありません。本当に申し訳ありません。すいません、本当に、忘れて下さい……」
慌てて頭を下げて、自分でも何言ってるか分からないけど、とにかく謝罪した。

「……アレク、怖がらせてどうすんだよ」
「俺は何もしてない!」

「何もしてないのに、リィカがこんなに謝る必要ないですよね?」
「ユーリ!!」

「良かったじゃん、素敵って言ってもらえて」
「アキトも黙ってろ!」

そんな言い合いに、思わず笑いが零れた。

仲良いな、っていうだけじゃなくて。とても王子や貴族とは思えない。平民クラスのクラスメイト達のやり取りみたいだ。
わたしの笑いが伝染したみたいに、しばらく皆で笑っていた。


「ところで、今後魔法の指導はどうするんですか?」
皆が落ち着いた所で、ユーリッヒ様が話を切り出した。

「えっ? リィカが教えてくれるんでしょ?」
さもそれが当たり前のように言ったのは、暁斗だ。

「まあそれが一番いいだろうな。父上には俺から伝えておく」
――いや、わたしは何も言ってないのに、決定ですか?

「……教えるのはダメじゃないですけど、もしかしてわたし、毎日お城に来るんですか?」
できればNOと言って欲しい。平民が毎日お城に通うって絶対にあり得ない。

「ああ、それだと大変だよな。――じゃあ、王宮で寝泊まりしたらいい。そうすれば、通う必要がなくなるからな」

違う、そうじゃない。通うこと自体が大変なわけじゃない……!
という、わたしの心の叫びは、口に出せずに終わった。

「あ、それいいね。アレクも良い事言うじゃん! そうしようよ、リィカ!」

キラッキラな目をした勇者様に、そう言われてしまったからだ。
わたしに入り込んだ凪沙の気持ちが、あっさり陥落した。

ユーリッヒ様とバルムート様は、気の毒そうな視線を向けてくるけど、何かを言ってくれる様子はない。

――こうして、大変不本意ながら、わたしの王宮への宿泊が決定した。



「よし! 話も決まったところで、ドンドン魔法使ってこう! リィカ、無詠唱教えてよ!」

やはりキラキラに目を輝かせた暁斗だが、無駄に元気がいい。
魔法への期待が高まっていることは分かったけど、わたしは王宮の宿泊で胃が痛い。

「悪いが、俺は一回席を外す。父上にリィカの宿泊と、レイズクルス達の事を伝えてくる」
アレクシス殿下はそう言ってこの場から去っていく。

「僕も自分の練習していていいですか? ここにいますから」
ユーリッヒ様が、そんな事を言い出したので、やり過ぎはダメだと言ってみたら、
「大丈夫ですよ」
と、にっこり笑って、あっさり躱された。

「……そういや、ユーリ。お前何を教えてもらったんだ? 魔力を感じるとか、ンな事できなかったよな?」

「出だしはアキトと同じですよ。僕は練習しますので、バルはアキトとリィカをお願いしますね」

「……別にいいけどな」

「ほら、リィカぁ、早く教えてよ!」

ユーリッヒ様達の会話を聞いていたら、しびれを切らした暁斗に催促された。
可愛いなあ、と思ってしまった自分は、もうどうしようもないのだろう。


「まず、暁斗。普通に詠唱して魔法を使ってみて」
「ええ? 無詠唱じゃないの?」
「いきなりはできないから。まずは詠唱から」
「……はーい」

不承不承うなずいて、指を立てて詠唱を始めたが、すぐにおかしいことに気付いた。

「…………が……ゆ、びさ……き、に……」

詠唱がたどたどしいままだ。
吐き気を感じているのか、気持ち悪そうにしている。

「ま……待って! 暁斗!」

慌てて止める。バルムート様も驚いたように見ていた。

「それじゃ、さっきまでと変わんない。……気持ち悪い?」
「……うん……何だろう」

暁斗が口元を抑えたまま、落ち込んていた。
ユーリッヒ様もいったん練習をやめて、こっちを見ていた。

「……暁斗。イメージしてから魔法を使ってみてもらっていい?」

先ほどはこれで魔法を使えた。
もしこれで魔法を使えなかったら、振り出しに戻ってしまうのだが……、

「『火よ。我が指先に点れ』――《ファイア》」
あっさり使ってみせた。

うーん。普通に詠唱して魔法を使うことができないってこと?
そんな事ってある? と思ったけど、そういえばわたしも似たような事をやってたな、と思い出す。

考えてみれば、わたしもあまり人に教えてばかりじゃいられない。
まともに使えない支援魔法をどうにかする必要がある。


けれど、その前に、「どうしよう」と情けない顔をしている暁斗をどうにかするのが先だった。

「暁斗。もう一回イメージして魔法を唱えて。今度は、詠唱の時に魔力が動くから、それを感じられるように意識してみて」

再度、暁斗がイメージを始めたけれど、三回目にして詠唱までのタイムラグが数秒程度。早すぎる。才能は明らかにありそうなんだけど。

「――なんか動いた。これが魔力?」

「そう。詠唱をすれば自然に魔力が動いてくれるけれど、無詠唱は自分でその魔力を動かさなきゃならないの。だから……」

言いかけて、止めた。

「自分で動かす……こんな感じ……? あ、分かった! 《ファイア》!」

いともあっさりと、無詠唱を成功させた。
――嘘でしょ!?

「できた! できたよ、リィカ!」
「……う……うん」

喜ぶ暁斗に、わたしは呆然と返事をする。
バルムート様もユーリッヒ様も唖然としていた。


普通に詠唱して魔法を使えないくせに、あっさりと無詠唱を成功させた暁斗。
――勇者様は、かなりの規格外らしい。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

漆黒と遊泳

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:29

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,399pt お気に入り:563

まぼろしの恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

記憶喪失と恐怖から始まった平和への道

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】刺客の私が、生き別れた姉姫の替え玉として王宮に入る

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:55

銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:71

魔物の森のハイジ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

処理中です...