35 / 596
第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ
29.リィカ⑨
しおりを挟む
やはり、王宮は緊張する。
ユーリッヒ様に付いていくと、アレクシス殿下とバルムート様、そして暁斗がいた。
「来てくれたんだな、リィカ。助かる」
アレクシス殿下に言われて、慌てて頭を下げる。
「ユーリから話は聞いたか?」
「は、はい。暁斗が魔法を使おうとして、拒否反応を起こすと……」
「その通りだ。それで……」
アレクシス殿下がそう言いかけた瞬間、背後から聞こえた声に身体をすくめた。
「おやおや、そちらにいるのは平民ではないですか? なぜこの神聖な王宮に、そのような小娘が?」
「レイズクルス、今日は休みだと言ったはずだ」
いたのは、三人の男だ。皆、魔法使いのローブを被っている。
アレクシス殿下の声が、今までより低い気がする。
「確かにそう伺いましたが、勇者様が練習場に移動したと聞きましたので、様子を見に伺いました。それで、その平民の小娘を王宮に入れたのは、殿下が?」
「ああ。旅の仲間だしな。父上の許可はもらっている。何か問題があるか?」
「いえいえ、陛下の許可をもらっているのであれば、何もございませんよ。しかし……」
レイズクルスと呼ばれた男が、わたしをまじまじと見てきて、思わず後ずさった。
「……なるほど、これはこれは。なぜ殿下が我が魔法師団の精鋭を断り、平民などを入れたのかと思っておりましたが、確かに平民にしてはずいぶんと器量がいい。旅のお慰みとするには、ちょうど良いかもしれませんな」
アレクシス殿下の顔が、はっきり怒りに染まった。何かを叫びそうになり、唇を噛みしめたのが分かる。
「……口を慎め。彼女の魔法使いとしての力を欲しただけだ」
さらに声が低くなった。なまじ静かな口調だけに、迫力がすごい。
「去れ。お前は、アキトが魔法を使えるようにならぬ限り、自分の出番はないと言っていただろう」
「そういうわけには参りません。勇者様の指導係として、その場にすらいないというのは、無責任でしょう。
――ですが、殿下。一つ申し上げるのならば、魔力への拒否反応を起こすなど、勇者様とは思えません。それは神から拒否されている事と同義でございます。本当にその者が勇者様なのか、確認が必要であると具申いたします」
「アキトは間違いなく勇者だ。――いたいならいてもいいが、一切の口出しは許さん」
アレクシス殿下の言葉に、三人が少し後ろに下がったけれど、こっちをニヤニヤ見ている。
――正直、怖い。
かつて村に来ていた男爵なんか比べものにならないくらい、人を見下すことに慣れてる人たちだ。
ふと、手首を捕まれて、身体を引き寄せられる。
「(……悪い、リィカ)」
こそっと言われたアレクシス殿下の言葉は、さっきまでの迫力は全くなくて、気遣いに満ちていた。
ようやくホッと息を吐いて、そこで自分がずっと息を詰めていたことに気付いた。
「アキト、大丈夫か?」
殿下のその言葉に、暁斗を見れば、顔色が悪い気がした。
「……うん、大丈夫だよ」
そう笑った暁斗は、明らかに無理していた。
「せっかくリィカが来てくれたんだもんね。――ごめん、事情は知ってると思うけど」
暁斗の表情に、心が曇るのを感じながらも、やるべき事をやろうと口を開く。
「具合が悪くなるって聞いたのに、本当に悪いんだけど、一度どんな感じなのか、見せてもらってもいい?」
「……そうだよね。見なきゃ分からないよね」
そう言って、右手の人差し指を立てた。
暁斗に断って、彼の左手を手に取る。
「『ひ、よ。わが……ゆ、び……さ、きに……とも……れ……』――《火》」
詠唱が驚くくらいにたどたどしい。魔法も発動しない。唱えながら、確かに気持ち悪そうな様子がある。
左手から、暁斗の魔力の動きを見たけれど……、拒否反応というのとは違う気がする。
今の魔力の動きと、ユーリッヒ様から聞いた説明を思い出してみる。
「………………あ、もしかして」
「何か分かったのか!?」
思わずつぶやいたら、アレクシス殿下が叫んだ。他の皆も食い入るようにわたしを見ていた。
この場から逃げたくなるのを必死に抑える。わたしだけの考えだと不安だ。
「――ユーリッヒ様。暁斗の魔力の流れ、見れますか?」
「……え、ええっ!? 自分のだって、さっき何となく分かった程度ですよ!?」
そうかもしれないけど、他にいない。
「他人の魔力の流れを見るのは、どこか身体に触っていた方が見やすいです。暁斗、ごめんなさい。もう一度だけお願いします」
そう言うと、ユーリッヒ様は「やるだけやってみますけど」と暁斗の手を取る。
そして、暁斗がもう一度詠唱をすると、
「……あれ?」
ユーリッヒ様が不思議そうにつぶやいた。
「……魔力が、流れていない? いや、無理矢理押さえつけられている……?」
わたしが感じたのと、同じ事を感じたようだ。良かった。
詠唱で魔力が流れ始めた、と思ったら、何かに押さえつけられたように流れが止まったのだ。
「わたしの推測なんですけど。暁斗が自分で流れを止めちゃってるんじゃないでしょうか」
自分が魔力暴走を引き起こした時の事を思い出す。
あの時、何か違和感があったのだ。暴走する魔力に飲み込まれて、すぐに消えてしまったけれど。
暁斗は魔法のない、日本からきた。
わたし以上に、魔力に馴染みがないはずだ。
だから、詠唱で流れた魔力に、違和感とか不快感とかを感じたから、その原因となる流れを、無意識に自分で止めた。
ところが、魔力を動かす詠唱は続けたまま。
魔力を動かそうとする力と、動きを止めようとする力。
身体の中で正反対の力が同時に働いた結果が、吐き気という形で現れた。
「そうであれば、一度魔法を使えれば、その後は問題なく使える、っていうのも分かります。きちんと魔力が流れて違和感がなくなってしまえば、魔法が使えるんです」
「――なるほど。確かに理屈は通ってますね。自分で流れを止めるとか、僕には想像も付きませんけど」
「すごいですよね。ある意味、最初から自分の魔力を操作しているんですから。すごく魔法の才能がありそうです」
わたしとユーリッヒ様が話していると、暁斗がおずおず手を上げた。
「……あの、つまり、オレが自分で、魔法を使えないようにしちゃってるってこと? それってどうしたらいいの?」
半分、泣きが入っている。無意識で魔力が流れるのを妨害している、など、確かに言われたところで、自分で直しようがない。
「……イメージでいけるかな?」
「いいと思いますよ。かなり集中しますから、違和感を感じている余裕はないですよ」
ポツリとつぶやいた言葉に、ユーリッヒ様が返事を返してくれた。
うなずいて、暁斗の前に立つ。
「――じゃあ、暁斗。魔法を使おう!」
そう明るく言って、《火》を使う。
わたしの指先に点った《火》を見て、暁斗が目を見張った。
「今から暁斗にしてもらうことは簡単だよ。自分の指先に、こうやって火が点っているのを、ただイメージするだけ。そうしたら、自然に詠唱が口から出るけど、最後まで集中して」
「座った方がいいですよ、アキト。その方が集中しやすい」
言われた暁斗は、深呼吸してから地面にあぐらで座った。
「……やってみる」
そう言って目を閉じて……早かった。一分も経たないうちに詠唱を始めた。
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
スムーズに詠唱して、そして、立てた指先に火が点った。
それをしばし凝視して……、
「――できた」
暁斗の目から涙が落ちた。
「――できたよぉ……」
泣く暁斗に、思わず手を伸ばしかけて……
「やったじゃないか! アキト!」
「おめでとう、アキト!」
アレクシス殿下とバルムート様が、暁斗に抱きつくように声をかけて、わたしは慌てて手を引っ込めた。
「――そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
「公爵閣下の仰るとおりです!」
「神に見放された者が魔法を使うなど!」
感動の場面に水を差す声が響いた。
――そういえば、いたんだった。
一気に心が冷えて、恐怖に襲われる。
「魔法が使えるようになって、何が馬鹿なことだ?」
アレクシス殿下が、三人に向かい合っていた。
「自らを指導係と名乗るのであれば、アキトが魔法が使えないと分かった時に、見放すのではなく、どうすれば使えるのか、一緒に考えるべきだったんじゃないか?」
「わ、私は公爵で、代々魔法師団長を務めておるのですぞ! いかに殿下とて、その私に対して、魔法について意見するとは……!」
「関係ないな」
バッサリ切って捨てた。
「昨日から、勇者様であるアキトに対しての言動が目に余るものがあったな。今日に至っては、魔法を使えるようになったというのに、まさか罵倒を浴びせるとは。
――父上に、貴様の指導係としての能力が疑わしいことを報告しておく」
「私がいなくなれば、だれが勇者様に教えられると言うのです!」
「教えられる者は、他にもいるな。特に困らない」
「……こ……後悔しても知りませんぞ!」
そう言い捨てて去って行くレイズクルスの後を、他の二人も慌てて追い掛けて、姿を消した。
それを見て、ようやく身体から力を抜いた。
「アキト、リィカも。すまなかった」
アレクシス殿下がそう言って謝罪してきたけれど。
「なんでアレクが謝るの? オレたちを守ってくれたんでしょ。カッコ良くてびっくりした」
暁斗がそう言って笑顔を見せた。
「――男に格好いいって言われても、うれしくないな」
「なんだよ。せっかく褒めたのに」
不満そうに唇をとがらせた暁斗がわたしを見て、アレクを指さしている。
――もしかして、わたしに格好いいと言えと? 平民にはハードル高いんだけど。
とはいっても、助けてくれた事に間違いはない。
「アレクシス殿下、ありがとうございました。――えっと」
何か言わなきゃ。格好いいに敬語なんてあったっけ?
「その、すごく素敵でした。安心できました」
言ってすぐ、なんか違うと思った。というか、お礼だけで良かったよね? 暁斗につられちゃったけど、付け足す必要性は全然なかった。
アレクシス殿下が、顔を真っ赤にしているのを見て、血の気が引くのを感じた。
――怒らせちゃった?
「い、いえ、あの、何でもありません。本当に申し訳ありません。すいません、本当に、忘れて下さい……」
慌てて頭を下げて、自分でも何言ってるか分からないけど、とにかく謝罪した。
「……アレク、怖がらせてどうすんだよ」
「俺は何もしてない!」
「何もしてないのに、リィカがこんなに謝る必要ないですよね?」
「ユーリ!!」
「良かったじゃん、素敵って言ってもらえて」
「アキトも黙ってろ!」
そんな言い合いに、思わず笑いが零れた。
仲良いな、っていうだけじゃなくて。とても王子や貴族とは思えない。平民クラスのクラスメイト達のやり取りみたいだ。
わたしの笑いが伝染したみたいに、しばらく皆で笑っていた。
「ところで、今後魔法の指導はどうするんですか?」
皆が落ち着いた所で、ユーリッヒ様が話を切り出した。
「えっ? リィカが教えてくれるんでしょ?」
さもそれが当たり前のように言ったのは、暁斗だ。
「まあそれが一番いいだろうな。父上には俺から伝えておく」
――いや、わたしは何も言ってないのに、決定ですか?
「……教えるのはダメじゃないですけど、もしかしてわたし、毎日お城に来るんですか?」
できればNOと言って欲しい。平民が毎日お城に通うって絶対にあり得ない。
「ああ、それだと大変だよな。――じゃあ、王宮で寝泊まりしたらいい。そうすれば、通う必要がなくなるからな」
違う、そうじゃない。通うこと自体が大変なわけじゃない……!
という、わたしの心の叫びは、口に出せずに終わった。
「あ、それいいね。アレクも良い事言うじゃん! そうしようよ、リィカ!」
キラッキラな目をした勇者様に、そう言われてしまったからだ。
わたしに入り込んだ凪沙の気持ちが、あっさり陥落した。
ユーリッヒ様とバルムート様は、気の毒そうな視線を向けてくるけど、何かを言ってくれる様子はない。
――こうして、大変不本意ながら、わたしの王宮への宿泊が決定した。
「よし! 話も決まったところで、ドンドン魔法使ってこう! リィカ、無詠唱教えてよ!」
やはりキラキラに目を輝かせた暁斗だが、無駄に元気がいい。
魔法への期待が高まっていることは分かったけど、わたしは王宮の宿泊で胃が痛い。
「悪いが、俺は一回席を外す。父上にリィカの宿泊と、レイズクルス達の事を伝えてくる」
アレクシス殿下はそう言ってこの場から去っていく。
「僕も自分の練習していていいですか? ここにいますから」
ユーリッヒ様が、そんな事を言い出したので、やり過ぎはダメだと言ってみたら、
「大丈夫ですよ」
と、にっこり笑って、あっさり躱された。
「……そういや、ユーリ。お前何を教えてもらったんだ? 魔力を感じるとか、ンな事できなかったよな?」
「出だしはアキトと同じですよ。僕は練習しますので、バルはアキトとリィカをお願いしますね」
「……別にいいけどな」
「ほら、リィカぁ、早く教えてよ!」
ユーリッヒ様達の会話を聞いていたら、しびれを切らした暁斗に催促された。
可愛いなあ、と思ってしまった自分は、もうどうしようもないのだろう。
「まず、暁斗。普通に詠唱して魔法を使ってみて」
「ええ? 無詠唱じゃないの?」
「いきなりはできないから。まずは詠唱から」
「……はーい」
不承不承うなずいて、指を立てて詠唱を始めたが、すぐにおかしいことに気付いた。
「…………が……ゆ、びさ……き、に……」
詠唱がたどたどしいままだ。
吐き気を感じているのか、気持ち悪そうにしている。
「ま……待って! 暁斗!」
慌てて止める。バルムート様も驚いたように見ていた。
「それじゃ、さっきまでと変わんない。……気持ち悪い?」
「……うん……何だろう」
暁斗が口元を抑えたまま、落ち込んていた。
ユーリッヒ様もいったん練習をやめて、こっちを見ていた。
「……暁斗。イメージしてから魔法を使ってみてもらっていい?」
先ほどはこれで魔法を使えた。
もしこれで魔法を使えなかったら、振り出しに戻ってしまうのだが……、
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
あっさり使ってみせた。
うーん。普通に詠唱して魔法を使うことができないってこと?
そんな事ってある? と思ったけど、そういえばわたしも似たような事をやってたな、と思い出す。
考えてみれば、わたしもあまり人に教えてばかりじゃいられない。
まともに使えない支援魔法をどうにかする必要がある。
けれど、その前に、「どうしよう」と情けない顔をしている暁斗をどうにかするのが先だった。
「暁斗。もう一回イメージして魔法を唱えて。今度は、詠唱の時に魔力が動くから、それを感じられるように意識してみて」
再度、暁斗がイメージを始めたけれど、三回目にして詠唱までのタイムラグが数秒程度。早すぎる。才能は明らかにありそうなんだけど。
「――なんか動いた。これが魔力?」
「そう。詠唱をすれば自然に魔力が動いてくれるけれど、無詠唱は自分でその魔力を動かさなきゃならないの。だから……」
言いかけて、止めた。
「自分で動かす……こんな感じ……? あ、分かった! 《火》!」
いともあっさりと、無詠唱を成功させた。
――嘘でしょ!?
「できた! できたよ、リィカ!」
「……う……うん」
喜ぶ暁斗に、わたしは呆然と返事をする。
バルムート様もユーリッヒ様も唖然としていた。
普通に詠唱して魔法を使えないくせに、あっさりと無詠唱を成功させた暁斗。
――勇者様は、かなりの規格外らしい。
ユーリッヒ様に付いていくと、アレクシス殿下とバルムート様、そして暁斗がいた。
「来てくれたんだな、リィカ。助かる」
アレクシス殿下に言われて、慌てて頭を下げる。
「ユーリから話は聞いたか?」
「は、はい。暁斗が魔法を使おうとして、拒否反応を起こすと……」
「その通りだ。それで……」
アレクシス殿下がそう言いかけた瞬間、背後から聞こえた声に身体をすくめた。
「おやおや、そちらにいるのは平民ではないですか? なぜこの神聖な王宮に、そのような小娘が?」
「レイズクルス、今日は休みだと言ったはずだ」
いたのは、三人の男だ。皆、魔法使いのローブを被っている。
アレクシス殿下の声が、今までより低い気がする。
「確かにそう伺いましたが、勇者様が練習場に移動したと聞きましたので、様子を見に伺いました。それで、その平民の小娘を王宮に入れたのは、殿下が?」
「ああ。旅の仲間だしな。父上の許可はもらっている。何か問題があるか?」
「いえいえ、陛下の許可をもらっているのであれば、何もございませんよ。しかし……」
レイズクルスと呼ばれた男が、わたしをまじまじと見てきて、思わず後ずさった。
「……なるほど、これはこれは。なぜ殿下が我が魔法師団の精鋭を断り、平民などを入れたのかと思っておりましたが、確かに平民にしてはずいぶんと器量がいい。旅のお慰みとするには、ちょうど良いかもしれませんな」
アレクシス殿下の顔が、はっきり怒りに染まった。何かを叫びそうになり、唇を噛みしめたのが分かる。
「……口を慎め。彼女の魔法使いとしての力を欲しただけだ」
さらに声が低くなった。なまじ静かな口調だけに、迫力がすごい。
「去れ。お前は、アキトが魔法を使えるようにならぬ限り、自分の出番はないと言っていただろう」
「そういうわけには参りません。勇者様の指導係として、その場にすらいないというのは、無責任でしょう。
――ですが、殿下。一つ申し上げるのならば、魔力への拒否反応を起こすなど、勇者様とは思えません。それは神から拒否されている事と同義でございます。本当にその者が勇者様なのか、確認が必要であると具申いたします」
「アキトは間違いなく勇者だ。――いたいならいてもいいが、一切の口出しは許さん」
アレクシス殿下の言葉に、三人が少し後ろに下がったけれど、こっちをニヤニヤ見ている。
――正直、怖い。
かつて村に来ていた男爵なんか比べものにならないくらい、人を見下すことに慣れてる人たちだ。
ふと、手首を捕まれて、身体を引き寄せられる。
「(……悪い、リィカ)」
こそっと言われたアレクシス殿下の言葉は、さっきまでの迫力は全くなくて、気遣いに満ちていた。
ようやくホッと息を吐いて、そこで自分がずっと息を詰めていたことに気付いた。
「アキト、大丈夫か?」
殿下のその言葉に、暁斗を見れば、顔色が悪い気がした。
「……うん、大丈夫だよ」
そう笑った暁斗は、明らかに無理していた。
「せっかくリィカが来てくれたんだもんね。――ごめん、事情は知ってると思うけど」
暁斗の表情に、心が曇るのを感じながらも、やるべき事をやろうと口を開く。
「具合が悪くなるって聞いたのに、本当に悪いんだけど、一度どんな感じなのか、見せてもらってもいい?」
「……そうだよね。見なきゃ分からないよね」
そう言って、右手の人差し指を立てた。
暁斗に断って、彼の左手を手に取る。
「『ひ、よ。わが……ゆ、び……さ、きに……とも……れ……』――《火》」
詠唱が驚くくらいにたどたどしい。魔法も発動しない。唱えながら、確かに気持ち悪そうな様子がある。
左手から、暁斗の魔力の動きを見たけれど……、拒否反応というのとは違う気がする。
今の魔力の動きと、ユーリッヒ様から聞いた説明を思い出してみる。
「………………あ、もしかして」
「何か分かったのか!?」
思わずつぶやいたら、アレクシス殿下が叫んだ。他の皆も食い入るようにわたしを見ていた。
この場から逃げたくなるのを必死に抑える。わたしだけの考えだと不安だ。
「――ユーリッヒ様。暁斗の魔力の流れ、見れますか?」
「……え、ええっ!? 自分のだって、さっき何となく分かった程度ですよ!?」
そうかもしれないけど、他にいない。
「他人の魔力の流れを見るのは、どこか身体に触っていた方が見やすいです。暁斗、ごめんなさい。もう一度だけお願いします」
そう言うと、ユーリッヒ様は「やるだけやってみますけど」と暁斗の手を取る。
そして、暁斗がもう一度詠唱をすると、
「……あれ?」
ユーリッヒ様が不思議そうにつぶやいた。
「……魔力が、流れていない? いや、無理矢理押さえつけられている……?」
わたしが感じたのと、同じ事を感じたようだ。良かった。
詠唱で魔力が流れ始めた、と思ったら、何かに押さえつけられたように流れが止まったのだ。
「わたしの推測なんですけど。暁斗が自分で流れを止めちゃってるんじゃないでしょうか」
自分が魔力暴走を引き起こした時の事を思い出す。
あの時、何か違和感があったのだ。暴走する魔力に飲み込まれて、すぐに消えてしまったけれど。
暁斗は魔法のない、日本からきた。
わたし以上に、魔力に馴染みがないはずだ。
だから、詠唱で流れた魔力に、違和感とか不快感とかを感じたから、その原因となる流れを、無意識に自分で止めた。
ところが、魔力を動かす詠唱は続けたまま。
魔力を動かそうとする力と、動きを止めようとする力。
身体の中で正反対の力が同時に働いた結果が、吐き気という形で現れた。
「そうであれば、一度魔法を使えれば、その後は問題なく使える、っていうのも分かります。きちんと魔力が流れて違和感がなくなってしまえば、魔法が使えるんです」
「――なるほど。確かに理屈は通ってますね。自分で流れを止めるとか、僕には想像も付きませんけど」
「すごいですよね。ある意味、最初から自分の魔力を操作しているんですから。すごく魔法の才能がありそうです」
わたしとユーリッヒ様が話していると、暁斗がおずおず手を上げた。
「……あの、つまり、オレが自分で、魔法を使えないようにしちゃってるってこと? それってどうしたらいいの?」
半分、泣きが入っている。無意識で魔力が流れるのを妨害している、など、確かに言われたところで、自分で直しようがない。
「……イメージでいけるかな?」
「いいと思いますよ。かなり集中しますから、違和感を感じている余裕はないですよ」
ポツリとつぶやいた言葉に、ユーリッヒ様が返事を返してくれた。
うなずいて、暁斗の前に立つ。
「――じゃあ、暁斗。魔法を使おう!」
そう明るく言って、《火》を使う。
わたしの指先に点った《火》を見て、暁斗が目を見張った。
「今から暁斗にしてもらうことは簡単だよ。自分の指先に、こうやって火が点っているのを、ただイメージするだけ。そうしたら、自然に詠唱が口から出るけど、最後まで集中して」
「座った方がいいですよ、アキト。その方が集中しやすい」
言われた暁斗は、深呼吸してから地面にあぐらで座った。
「……やってみる」
そう言って目を閉じて……早かった。一分も経たないうちに詠唱を始めた。
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
スムーズに詠唱して、そして、立てた指先に火が点った。
それをしばし凝視して……、
「――できた」
暁斗の目から涙が落ちた。
「――できたよぉ……」
泣く暁斗に、思わず手を伸ばしかけて……
「やったじゃないか! アキト!」
「おめでとう、アキト!」
アレクシス殿下とバルムート様が、暁斗に抱きつくように声をかけて、わたしは慌てて手を引っ込めた。
「――そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
「公爵閣下の仰るとおりです!」
「神に見放された者が魔法を使うなど!」
感動の場面に水を差す声が響いた。
――そういえば、いたんだった。
一気に心が冷えて、恐怖に襲われる。
「魔法が使えるようになって、何が馬鹿なことだ?」
アレクシス殿下が、三人に向かい合っていた。
「自らを指導係と名乗るのであれば、アキトが魔法が使えないと分かった時に、見放すのではなく、どうすれば使えるのか、一緒に考えるべきだったんじゃないか?」
「わ、私は公爵で、代々魔法師団長を務めておるのですぞ! いかに殿下とて、その私に対して、魔法について意見するとは……!」
「関係ないな」
バッサリ切って捨てた。
「昨日から、勇者様であるアキトに対しての言動が目に余るものがあったな。今日に至っては、魔法を使えるようになったというのに、まさか罵倒を浴びせるとは。
――父上に、貴様の指導係としての能力が疑わしいことを報告しておく」
「私がいなくなれば、だれが勇者様に教えられると言うのです!」
「教えられる者は、他にもいるな。特に困らない」
「……こ……後悔しても知りませんぞ!」
そう言い捨てて去って行くレイズクルスの後を、他の二人も慌てて追い掛けて、姿を消した。
それを見て、ようやく身体から力を抜いた。
「アキト、リィカも。すまなかった」
アレクシス殿下がそう言って謝罪してきたけれど。
「なんでアレクが謝るの? オレたちを守ってくれたんでしょ。カッコ良くてびっくりした」
暁斗がそう言って笑顔を見せた。
「――男に格好いいって言われても、うれしくないな」
「なんだよ。せっかく褒めたのに」
不満そうに唇をとがらせた暁斗がわたしを見て、アレクを指さしている。
――もしかして、わたしに格好いいと言えと? 平民にはハードル高いんだけど。
とはいっても、助けてくれた事に間違いはない。
「アレクシス殿下、ありがとうございました。――えっと」
何か言わなきゃ。格好いいに敬語なんてあったっけ?
「その、すごく素敵でした。安心できました」
言ってすぐ、なんか違うと思った。というか、お礼だけで良かったよね? 暁斗につられちゃったけど、付け足す必要性は全然なかった。
アレクシス殿下が、顔を真っ赤にしているのを見て、血の気が引くのを感じた。
――怒らせちゃった?
「い、いえ、あの、何でもありません。本当に申し訳ありません。すいません、本当に、忘れて下さい……」
慌てて頭を下げて、自分でも何言ってるか分からないけど、とにかく謝罪した。
「……アレク、怖がらせてどうすんだよ」
「俺は何もしてない!」
「何もしてないのに、リィカがこんなに謝る必要ないですよね?」
「ユーリ!!」
「良かったじゃん、素敵って言ってもらえて」
「アキトも黙ってろ!」
そんな言い合いに、思わず笑いが零れた。
仲良いな、っていうだけじゃなくて。とても王子や貴族とは思えない。平民クラスのクラスメイト達のやり取りみたいだ。
わたしの笑いが伝染したみたいに、しばらく皆で笑っていた。
「ところで、今後魔法の指導はどうするんですか?」
皆が落ち着いた所で、ユーリッヒ様が話を切り出した。
「えっ? リィカが教えてくれるんでしょ?」
さもそれが当たり前のように言ったのは、暁斗だ。
「まあそれが一番いいだろうな。父上には俺から伝えておく」
――いや、わたしは何も言ってないのに、決定ですか?
「……教えるのはダメじゃないですけど、もしかしてわたし、毎日お城に来るんですか?」
できればNOと言って欲しい。平民が毎日お城に通うって絶対にあり得ない。
「ああ、それだと大変だよな。――じゃあ、王宮で寝泊まりしたらいい。そうすれば、通う必要がなくなるからな」
違う、そうじゃない。通うこと自体が大変なわけじゃない……!
という、わたしの心の叫びは、口に出せずに終わった。
「あ、それいいね。アレクも良い事言うじゃん! そうしようよ、リィカ!」
キラッキラな目をした勇者様に、そう言われてしまったからだ。
わたしに入り込んだ凪沙の気持ちが、あっさり陥落した。
ユーリッヒ様とバルムート様は、気の毒そうな視線を向けてくるけど、何かを言ってくれる様子はない。
――こうして、大変不本意ながら、わたしの王宮への宿泊が決定した。
「よし! 話も決まったところで、ドンドン魔法使ってこう! リィカ、無詠唱教えてよ!」
やはりキラキラに目を輝かせた暁斗だが、無駄に元気がいい。
魔法への期待が高まっていることは分かったけど、わたしは王宮の宿泊で胃が痛い。
「悪いが、俺は一回席を外す。父上にリィカの宿泊と、レイズクルス達の事を伝えてくる」
アレクシス殿下はそう言ってこの場から去っていく。
「僕も自分の練習していていいですか? ここにいますから」
ユーリッヒ様が、そんな事を言い出したので、やり過ぎはダメだと言ってみたら、
「大丈夫ですよ」
と、にっこり笑って、あっさり躱された。
「……そういや、ユーリ。お前何を教えてもらったんだ? 魔力を感じるとか、ンな事できなかったよな?」
「出だしはアキトと同じですよ。僕は練習しますので、バルはアキトとリィカをお願いしますね」
「……別にいいけどな」
「ほら、リィカぁ、早く教えてよ!」
ユーリッヒ様達の会話を聞いていたら、しびれを切らした暁斗に催促された。
可愛いなあ、と思ってしまった自分は、もうどうしようもないのだろう。
「まず、暁斗。普通に詠唱して魔法を使ってみて」
「ええ? 無詠唱じゃないの?」
「いきなりはできないから。まずは詠唱から」
「……はーい」
不承不承うなずいて、指を立てて詠唱を始めたが、すぐにおかしいことに気付いた。
「…………が……ゆ、びさ……き、に……」
詠唱がたどたどしいままだ。
吐き気を感じているのか、気持ち悪そうにしている。
「ま……待って! 暁斗!」
慌てて止める。バルムート様も驚いたように見ていた。
「それじゃ、さっきまでと変わんない。……気持ち悪い?」
「……うん……何だろう」
暁斗が口元を抑えたまま、落ち込んていた。
ユーリッヒ様もいったん練習をやめて、こっちを見ていた。
「……暁斗。イメージしてから魔法を使ってみてもらっていい?」
先ほどはこれで魔法を使えた。
もしこれで魔法を使えなかったら、振り出しに戻ってしまうのだが……、
「『火よ。我が指先に点れ』――《火》」
あっさり使ってみせた。
うーん。普通に詠唱して魔法を使うことができないってこと?
そんな事ってある? と思ったけど、そういえばわたしも似たような事をやってたな、と思い出す。
考えてみれば、わたしもあまり人に教えてばかりじゃいられない。
まともに使えない支援魔法をどうにかする必要がある。
けれど、その前に、「どうしよう」と情けない顔をしている暁斗をどうにかするのが先だった。
「暁斗。もう一回イメージして魔法を唱えて。今度は、詠唱の時に魔力が動くから、それを感じられるように意識してみて」
再度、暁斗がイメージを始めたけれど、三回目にして詠唱までのタイムラグが数秒程度。早すぎる。才能は明らかにありそうなんだけど。
「――なんか動いた。これが魔力?」
「そう。詠唱をすれば自然に魔力が動いてくれるけれど、無詠唱は自分でその魔力を動かさなきゃならないの。だから……」
言いかけて、止めた。
「自分で動かす……こんな感じ……? あ、分かった! 《火》!」
いともあっさりと、無詠唱を成功させた。
――嘘でしょ!?
「できた! できたよ、リィカ!」
「……う……うん」
喜ぶ暁斗に、わたしは呆然と返事をする。
バルムート様もユーリッヒ様も唖然としていた。
普通に詠唱して魔法を使えないくせに、あっさりと無詠唱を成功させた暁斗。
――勇者様は、かなりの規格外らしい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる