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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

26.暁斗③

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午後は、魔法の稽古だ。
嫌だなぁ、と言ったら、父さんに怒られた。教えてもらうのにその態度じゃ駄目だろう、と。
そう言われてもヤなものはヤだ。


「勇者様、この度は誠に申し訳ありませんでした」
そういって頭を下げたのは、レイズクルスだ。
――すっかり忘れていたが、謝罪イベントがあったんだった。

「つきましては、私が持つすべてを勇者様にお教えさせて頂くことで、せめてもの償いとさせて頂ければと存じます」

言葉は丁寧なんだけど、顔が完全に裏切ってる。なんで自分がこんな事を言わなきゃいけないんだ、って顔だ。

「――分かりました。いいです、もう。あとは父さんにも謝っておいて下さい」
そう言うと、顔がヒクッと引き攣ったのが分かった。

――騎士団長さんは、大笑いしたくてしょうがない顔をしているけど。
正直、周りに人がたくさんいる中、これ以上この状況を続けたくなかった。


アレクだけ残って、あとの皆は散っていった。
残ったアレクを見てレイズクルスは不満そうだったけど、アレクに「何か問題が?」と言われれば、黙るしかないみたいだ。
王子様やってるアレクは、なんか新鮮だった。

「私は、エイブラム・フォン・レイズクルス。レイズクルス公爵家の当主であり、また魔法師団の師団長を務めさせて頂いております」
そう言って軽く頭を下げた。後ろには、あと二人いる。

「そして、この者がオーガスタ・フォン・ガルズ。ガルズ侯爵家の一員で、私の腹心の部下でもあります。
 ――もう一人、勇者様もお会いになったかと存じますが、ベイリー・フォン・トーマス。トーマス侯爵の子息ですが、なかなかに将来有望でしたな。勇者様とも知らぬ仲でもありませんので、こうして一緒に連れて参った次第でございます」

そう言われて思い出した。あの召喚された場所から謁見の間まで誘導した人だ。あれは会ったって言うの?
というか、公爵だの侯爵だのいちいち面倒くさい。

こいつらの顔は「自分たちは偉いんだから、感謝しろ」みたいな顔をしてる。
ため息をしたいのをこらえて、口を開いた。

「よろしくお願いします。魔法については何も分からないので、早速教えてもらっていいですか?」
さっさと本題に入って、と促すと、顔が微妙に引き攣ったようだ。


魔法とはそもそも何か。
この世界ができた時に、神々が人に与えられたものであるらしい。
全部で、火・水・風・土の四つ。そして、それらを扱うための魔力。

人は、生まれ落ちる前に、神からの審判を受けて、その人にふさわしい属性と魔力を授けられる。
魔法を使う前に行う詠唱は、神や世界に感謝を捧げる行為であり、魔法名を唱えて魔法が発動するのは、感謝を受け取った神や世界が、力を与えてくれた証拠である。


「しかし、なかなか四属性すべてを神から与えられる者はおりません。私でさえ三属性ですからな。四属性すべての適性があるとは、さすが勇者様と感激した次第でございます」

正直それはどうでもいい。
魔法というか、宗教について話を聞いてる気分になった。

「魔法を使う力って、神から与えられたんだよね? 自分の物としてもらった力を使う度に、いちいち感謝とかしなきゃいけないの? 生まれ落ちる前に力をもらってるんだから、その都度わざわざ力を与えて下さいって頼むのは、変な気がする」

感謝するのがダメなわけじゃないんだけど、何というか、何で詠唱が必要なのか、っていう理由が、すごく曖昧なんだよね。

「……勇者様。勇者様は異世界からいらっしゃったので、お分かりにならないとは存じますが、神とは偉大なものでございます。その神に与えられた力を、人の身で使おうと言うのです。当然、それ相応に辿るべき道筋がございます」

すっごい呆れたように言われた。
……うーん。まあ、いいんだけど、でも実際詠唱なしで使ってる人もいるわけだしなあ。
身も蓋もない言い方だけど、後から人が作り上げたストーリーって言われた方が、しっくりくる。


「魔法というのは詠唱して魔法名を唱えることで発動いたします。逆に言いましたら、ふさわしい適正と魔力をお持ちであれば、誰でも扱えるのが魔法というものでございます」

考え込んでるオレをよそに、勝手に説明をしていく。

「まあ、誰でもと言いましても、その前に神々のふるいに掛けられておりますので、神に選ばれた者であれば、という前提はございますが」

うわぁ、これを言いたかったのか。
自分は選ばれた者ですよ、すごいだろ、と優越感に満ちた顔を、レイズクルスだけじゃなくて、後ろにいる二人もしてる。
顔が思わず引き攣った。

「勇者様も、紛れもなく神に選ばれたお方でございます。勇者様には及ばずとも、選ばれた我々がお教えいたしますので、ご安心下さいませ」
逃げたくなった。

「魔法には、大きく分けて、攻撃魔法と支援魔法がございます」

そんな言葉から、魔法についての具体的な説明が始まった。
あんな概念的なものはいらないから、最初からこっちを説明して欲しかった。

攻撃魔法はその名の通り、敵に攻撃する魔法。

その最下位に属している魔法が、「生活魔法」と呼ばれている魔法。
一応攻撃魔法に分類されてはいるが、例えば料理する時に火をつけたり、飲水用の水を出したり、という日常生活で使われるために、「生活魔法」と呼ばれている。

その上に、初級魔法・中級魔法・上級魔法と続く。
上級になるほど魔法の威力も上がっていくが、その分詠唱する時間も長くなる。
初級魔法は敵単体用の魔法しかない。
中級魔法は、単体だったり効果範囲が広かったり色々。
上級魔法は、全部広域に効果のある魔法だそうだ。

そして、支援魔法。
防御魔法・回復魔法・強化魔法の三種類をまとめて、そう呼ばれている。
これは、完全に属性縛りがある。

防御魔法は、土属性を持っていなければ使えない。これには初級とか上級というものはない。詠唱を変えることで、壁一枚の防御だったり、柱のような防御だったりを作れる。

回復魔法は水属性。ただし、水属性の魔法は、傷や体力の回復はできても、病気を治すことはできない。それは、光魔法しかできないそうだ。

強化魔法は二つ。力をアップさせる強化魔法は、火属性。速さをアップさせる強化魔法は、風属性。

……うん。
こういう説明だったら、素直に聞ける。
うなずきながら説明を聞いていたが、やはり魔法と聞くと興奮した。

「それでは、魔法を実際に使ってみましょうか」
その言葉に、待ってました、と心の中でつぶやいた。

「まずは、生活魔法から。『火よ。我が指先に点れ』――《ファイア》」」
ピンと立てた人差し指の先に、小さな火が付いた。
思わず、まじまじと眺めてしまう

「それでは、勇者様もやってみて下さい」
オレが凝視していると、なんか嫌そうな顔をされた。

「……ええと」
人差し指を立てる。詠唱は、
「『火よ。我が……』」

ここで何か違和感を感じた。
どこか気持ち悪くも感じる違和感をなるべく意識しないように詠唱をしようとするが、言葉が出にくい。

「『ゆび……さ、きに……とも……れ……』――《ファイア》」
しかし、魔法は発動しなかった。


「……は?」
レイズクルス達が、呆けた顔をしている。

「……い……いや、もう一度です。勇者様」
「……分かった。『火よ。わ、が……』」

さっきより違和感がひどい。吐きそうだった。
何とかそれを抑えながら、最後まで唱えたが、やはり魔法は発動しなかった。


「そ、そんなはずはありません! 詠唱すれば必ず使えます。もう一度です、勇者様!」
「ちょっと待て、レイズクルス」

慌てるレイズクルスに、ストップを掛けたのは、ここまでは何も口出しをしてこなかったアレクだった。

「……アキト、大丈夫か?」
「……ごめん、ちょっと気持ち悪い」

アレクが止めてくれて助かった。もう一度と言われても、できる気がしなかった。

「今日はここまでだ、レイズクルス。いいな?」
アレクの言葉に黙って一礼してたけど、その目には侮蔑の光があるように感じた。


アレクに、何があった、と聞かれたので、詠唱したら違和感があって気持ち悪くなった、と素直に答えた。

部屋に戻ってきて、ベッドに横になると、アレクは出て行った。
深呼吸をしていると、少し気持ち悪さが落ち着いてきた。

「……なんなんだろ」
魔法を使えることは、楽しみだったのに、こんな事になるとは思わなかった。

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