19 / 596
第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ
13.公爵令嬢 レーナニア⑧
しおりを挟む
――助かった。
ひねりも何もなく、わたくしがまず思ったのは、こうでした。
次々に、上級魔法を繰り出していく彼女の姿に、そして思い出したゲームの記憶に、そう思ったのです。
しかし、すぐにそれを後悔しました。
次第に、彼女は不利な状況に陥っていきました。
何回、魔物の攻撃を受けたのでしょうか。
身体が傷だらけなのが分かります。
わたくしは《防御》に守られて、傷一つ負っていないのに。
ヒロインだって助かるはずです。
攻略対象者のうちの三人、アレクシス殿下、ユーリッヒ様、バルムート様の誰かが、ヒロインの危機に助けに入って、間一髪間に合うんです。
そして、助けに入ったその人と、後に召喚される勇者様とで、ヒロインとの三角関係が繰り広げられるわけですが……って、それは今は良いです。
躱しきれなかった攻撃で、彼女の身体から血しぶきが飛びます。
たまりませんでした。
せめて、《防御》に体当たりしてくる魔物が来ても、悲鳴を上げるのだけは我慢しようと思うのに。
――ドォン!!
「きゃあっ!」
必死に口元を押さえているのに、まるで意味をなしません。
わたくしの悲鳴に反応して、彼女が体当たりしてきた魔物を倒しますが、その隙に彼女が魔物の攻撃を受けてしまいました。
この世界は現実だと分かっていたはずです。
だと言うのに、助かったと思ってしまった自分が、許せません。
「――もういいです! わたくしなんか放置していいですから! お願いですから逃げて下さい!」
たまらず叫んだわたくしですが、彼女は黙って口の端をあげただけでした。
まるで、悪夢のようなこの時間。
一本角を持つ、大きな魔物が彼女に向かって突進していくのを、その角に貫かれるのを、ただ見ることしかできない。そう思ったその瞬間。
「【隼一閃】!」
飛び込んできたアレクシス殿下が、その魔物を一刀両断したのでした。
アレクシス殿下に続いて、バルムート様とユーリッヒ様も来られました。
今、彼女は、ユーリッヒ様の治療を受けています。
怪我の具合が気になって、食い入るように見つめていると、アレクシス殿下が近づいてきました。
「――義姉上、ご無事ですか?」
「ええ。わたくしはずっとこの中で守られていましたもの。傷一つありません。彼女は大丈夫ですか?」
「右腕の傷が少し深いようですけど、きちんと治るようです」
「……そうですか。本当に良かったです」
心からホッとしました。
さて、彼女、リィカさんの傷も治りました。
自分のボロボロになってしまったブレザーの代わりに、サイズの大きいアレクシス殿下のブレザーを着たリィカさんは、何というか女のわたくしから見てもとても可愛らしくて、守ってあげたいと思わせるものがあります。
とてもじゃありませんが、あれだけの攻撃魔法を使いこなすようには見えません。
そして、この魔物の群れを突破することになりました。
《竜巻》と《流星群》。魔物に囲まれた場所を、リィカさんの二つの魔法でできた道を、走ります。
リィカさんをあの場所に残すのは心配ではありますが、今わたくしがすべき事は、できるだけ早く校舎に駆け込むことでしょう。
「ユーリ! 魔物が何体か付いてきてるぞ!」
「了解! 後ろは向かないで、前だけ向いてて下さい」
ユーリッヒ様が詠唱する声が聞こえて、
「《目眩まし》!」
後方ですさまじい光が光ったのが分かりました。
「よし、急ぎましょう!」
校舎に駆け込んだのは、それから間もなくでした。
「レーナ!!」
駆け込んですぐの所に、アーク様がいらっしゃいました。
「……良かった。無事で……!」
そう抱きしめられて、わたくしも手をアーク様の背に回しました。
「はい、……はい。ご心配をおかけいたしました……!」
そうやって抱き合っていたら、ゴホンと咳払いが聞こえて、慌てて身体を離します。
アーク様も慌てたように離れてから、何かに気付いたように声を上げました。
「バルムート、ユーリッヒ。――アレクは?」
それにわたくしもハッとします。
再会を喜んでいる場合ではありませんでした。
「アレクはまだ魔物と戦っていますので、我々もアレクの所に戻ります。これで失礼いたします」
「何だと!?」
アーク様が思わず動きかけた所で、
「ヴィート! 戻ったのか!?」
駆け寄ってきたのは、わたくしたちの担任の先生のハリス先生です。
それと、もう一人、見かけない先生がいらっしゃいますが、おそらくこちらが平民クラスを受け持っているダスティン先生でしょう。
「無事だったんだな! ――ミラー、シュタイン。アレクシスと三人で外へ出たと聞いたが……」
「アレクは外です。まだ、魔物と戦っているので戻らせてもらいます」
「――そうか、分かった。止めてもしょうがないしな」
ハリス先生は諦めたように言って、ダスティン先生をチラッと見ました。
「悪いが、一つ頼まれてくれ。一人、平民クラスの生徒の行方が分からない。リィカ・クレールムという、お前達も名前を聞いたことはあるだろうが……」
「リィカさんでしたら、大丈夫です」
思わず、口を挟んでしまいました。
「わたくしを守って下さったのがリィカさんです。今はアレクシス殿下と一緒に魔物と戦っています」
「……は?」
「……何だと?」
先生方お二人の、いささか気の抜けた声が聞こえました。
何でそうなった、と言いたげです。
「――ユーリッヒ。戻るなら、これを持って行け」
アーク様が、そう言って差し出したのは……、
「これ、マジックポーションですか?」
ユーリッヒ様が驚いたように言いました。
例え王族であっても、かなりの貴重品のはずですが……。
「必要だったら遠慮せず使えよ」
「――ありがとうございます。助かります」
そう一礼して、
「行きましょう、バル。リィカの魔力が回復したら、それだけでずいぶん楽になりますよ」
「ああ、そうだな」
そう言って、出て行くお二人を見送りました。
「――レーナ。リィカ・クレールムと一緒にいたのか」
アーク様に聞かれて、うなずきました。
「はい。危ないところを助けて頂きました。その後はずっとリィカさんの《防御》に守られていました」
そう話すうちに、どこか興奮してくるのを感じました。
両手を組み合わせて、興奮するがままに話します。
「リィカさん、とてもすごいんです。見た目は、こちらが守ってあげたくなるくらいに可愛らしい方なのに、上級魔法をバンバン使われるんですよ?
それに、驚いたことに魔法を使うときに詠唱をされないんです。実際にこの目でみても信じられませんでした……!」
「……ああ、分かったからヴィート。落ち着け」
いささか苦笑気味にハリス先生になだめられました。
「これで生徒全員の行方が分かったな。――我々は他の生徒の所に行くが、お前達はどうする?」
先生にそう聞かれて、アーク様とうなずき合います。
「私たちはここにいます。アレク達が戻ったら、真っ先に出迎えたい」
「分かった。好きにしろ」
笑ってお二人の先生方が立ち去ってくのを見ながら、わたくしは問いかけました。
「アーク様、あのマジックポーション、どうされたんですか?」
「大したことじゃないよ。――緊急時に備えて、この学園に置いてあるんじゃないと思って、学園長に直談判した。それだけだよ」
「――それだけ、なんてことはないと思いますよ」
アーク様が、どれだけアレクシス殿下を大切に思っているのかを知っています。
きっと、わたくしのことも、大事だと思って下さっているでしょう。
そんな二人が、魔物が大量にいる外にいると知らされて、心配でないはずはなかったのに、それでも冷静になって必要だと思われる物を準備して下さっていた。
「ありがとうございます」
一言、お礼を伝えました。それで十分でした。
四人が戻ったのは、それから一時間ほど後のことでした。
※ ※ ※
次の日、勇者が召喚されたとの話がありました。
そこまでは特に疑問はなかったのですが……。
「えっ、二人召喚された!?」
待っていたのは、驚きの展開でした。
ひねりも何もなく、わたくしがまず思ったのは、こうでした。
次々に、上級魔法を繰り出していく彼女の姿に、そして思い出したゲームの記憶に、そう思ったのです。
しかし、すぐにそれを後悔しました。
次第に、彼女は不利な状況に陥っていきました。
何回、魔物の攻撃を受けたのでしょうか。
身体が傷だらけなのが分かります。
わたくしは《防御》に守られて、傷一つ負っていないのに。
ヒロインだって助かるはずです。
攻略対象者のうちの三人、アレクシス殿下、ユーリッヒ様、バルムート様の誰かが、ヒロインの危機に助けに入って、間一髪間に合うんです。
そして、助けに入ったその人と、後に召喚される勇者様とで、ヒロインとの三角関係が繰り広げられるわけですが……って、それは今は良いです。
躱しきれなかった攻撃で、彼女の身体から血しぶきが飛びます。
たまりませんでした。
せめて、《防御》に体当たりしてくる魔物が来ても、悲鳴を上げるのだけは我慢しようと思うのに。
――ドォン!!
「きゃあっ!」
必死に口元を押さえているのに、まるで意味をなしません。
わたくしの悲鳴に反応して、彼女が体当たりしてきた魔物を倒しますが、その隙に彼女が魔物の攻撃を受けてしまいました。
この世界は現実だと分かっていたはずです。
だと言うのに、助かったと思ってしまった自分が、許せません。
「――もういいです! わたくしなんか放置していいですから! お願いですから逃げて下さい!」
たまらず叫んだわたくしですが、彼女は黙って口の端をあげただけでした。
まるで、悪夢のようなこの時間。
一本角を持つ、大きな魔物が彼女に向かって突進していくのを、その角に貫かれるのを、ただ見ることしかできない。そう思ったその瞬間。
「【隼一閃】!」
飛び込んできたアレクシス殿下が、その魔物を一刀両断したのでした。
アレクシス殿下に続いて、バルムート様とユーリッヒ様も来られました。
今、彼女は、ユーリッヒ様の治療を受けています。
怪我の具合が気になって、食い入るように見つめていると、アレクシス殿下が近づいてきました。
「――義姉上、ご無事ですか?」
「ええ。わたくしはずっとこの中で守られていましたもの。傷一つありません。彼女は大丈夫ですか?」
「右腕の傷が少し深いようですけど、きちんと治るようです」
「……そうですか。本当に良かったです」
心からホッとしました。
さて、彼女、リィカさんの傷も治りました。
自分のボロボロになってしまったブレザーの代わりに、サイズの大きいアレクシス殿下のブレザーを着たリィカさんは、何というか女のわたくしから見てもとても可愛らしくて、守ってあげたいと思わせるものがあります。
とてもじゃありませんが、あれだけの攻撃魔法を使いこなすようには見えません。
そして、この魔物の群れを突破することになりました。
《竜巻》と《流星群》。魔物に囲まれた場所を、リィカさんの二つの魔法でできた道を、走ります。
リィカさんをあの場所に残すのは心配ではありますが、今わたくしがすべき事は、できるだけ早く校舎に駆け込むことでしょう。
「ユーリ! 魔物が何体か付いてきてるぞ!」
「了解! 後ろは向かないで、前だけ向いてて下さい」
ユーリッヒ様が詠唱する声が聞こえて、
「《目眩まし》!」
後方ですさまじい光が光ったのが分かりました。
「よし、急ぎましょう!」
校舎に駆け込んだのは、それから間もなくでした。
「レーナ!!」
駆け込んですぐの所に、アーク様がいらっしゃいました。
「……良かった。無事で……!」
そう抱きしめられて、わたくしも手をアーク様の背に回しました。
「はい、……はい。ご心配をおかけいたしました……!」
そうやって抱き合っていたら、ゴホンと咳払いが聞こえて、慌てて身体を離します。
アーク様も慌てたように離れてから、何かに気付いたように声を上げました。
「バルムート、ユーリッヒ。――アレクは?」
それにわたくしもハッとします。
再会を喜んでいる場合ではありませんでした。
「アレクはまだ魔物と戦っていますので、我々もアレクの所に戻ります。これで失礼いたします」
「何だと!?」
アーク様が思わず動きかけた所で、
「ヴィート! 戻ったのか!?」
駆け寄ってきたのは、わたくしたちの担任の先生のハリス先生です。
それと、もう一人、見かけない先生がいらっしゃいますが、おそらくこちらが平民クラスを受け持っているダスティン先生でしょう。
「無事だったんだな! ――ミラー、シュタイン。アレクシスと三人で外へ出たと聞いたが……」
「アレクは外です。まだ、魔物と戦っているので戻らせてもらいます」
「――そうか、分かった。止めてもしょうがないしな」
ハリス先生は諦めたように言って、ダスティン先生をチラッと見ました。
「悪いが、一つ頼まれてくれ。一人、平民クラスの生徒の行方が分からない。リィカ・クレールムという、お前達も名前を聞いたことはあるだろうが……」
「リィカさんでしたら、大丈夫です」
思わず、口を挟んでしまいました。
「わたくしを守って下さったのがリィカさんです。今はアレクシス殿下と一緒に魔物と戦っています」
「……は?」
「……何だと?」
先生方お二人の、いささか気の抜けた声が聞こえました。
何でそうなった、と言いたげです。
「――ユーリッヒ。戻るなら、これを持って行け」
アーク様が、そう言って差し出したのは……、
「これ、マジックポーションですか?」
ユーリッヒ様が驚いたように言いました。
例え王族であっても、かなりの貴重品のはずですが……。
「必要だったら遠慮せず使えよ」
「――ありがとうございます。助かります」
そう一礼して、
「行きましょう、バル。リィカの魔力が回復したら、それだけでずいぶん楽になりますよ」
「ああ、そうだな」
そう言って、出て行くお二人を見送りました。
「――レーナ。リィカ・クレールムと一緒にいたのか」
アーク様に聞かれて、うなずきました。
「はい。危ないところを助けて頂きました。その後はずっとリィカさんの《防御》に守られていました」
そう話すうちに、どこか興奮してくるのを感じました。
両手を組み合わせて、興奮するがままに話します。
「リィカさん、とてもすごいんです。見た目は、こちらが守ってあげたくなるくらいに可愛らしい方なのに、上級魔法をバンバン使われるんですよ?
それに、驚いたことに魔法を使うときに詠唱をされないんです。実際にこの目でみても信じられませんでした……!」
「……ああ、分かったからヴィート。落ち着け」
いささか苦笑気味にハリス先生になだめられました。
「これで生徒全員の行方が分かったな。――我々は他の生徒の所に行くが、お前達はどうする?」
先生にそう聞かれて、アーク様とうなずき合います。
「私たちはここにいます。アレク達が戻ったら、真っ先に出迎えたい」
「分かった。好きにしろ」
笑ってお二人の先生方が立ち去ってくのを見ながら、わたくしは問いかけました。
「アーク様、あのマジックポーション、どうされたんですか?」
「大したことじゃないよ。――緊急時に備えて、この学園に置いてあるんじゃないと思って、学園長に直談判した。それだけだよ」
「――それだけ、なんてことはないと思いますよ」
アーク様が、どれだけアレクシス殿下を大切に思っているのかを知っています。
きっと、わたくしのことも、大事だと思って下さっているでしょう。
そんな二人が、魔物が大量にいる外にいると知らされて、心配でないはずはなかったのに、それでも冷静になって必要だと思われる物を準備して下さっていた。
「ありがとうございます」
一言、お礼を伝えました。それで十分でした。
四人が戻ったのは、それから一時間ほど後のことでした。
※ ※ ※
次の日、勇者が召喚されたとの話がありました。
そこまでは特に疑問はなかったのですが……。
「えっ、二人召喚された!?」
待っていたのは、驚きの展開でした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる