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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

7.公爵令嬢 レーナニア②

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さて。
力になると決めたのはいいのですが、具体的にどうするか、と考えると、難しいです。

ヒロインとのエピソードを思い返せば、食事、というのが一番なのでしょうが、わたくしは料理などしたことありません。


周囲を信じられなくて、食事が取れなくなってしまうのです。
食事に掛かる人の手は、少なければ少ないほどいいはず。

できれば、わたくし一人だけの手で作りたいです。
でも。どうしよう。

悩むわたくしに、ふと頭に響いた声。
――女は度胸よ!

前世のわたくしなのでしょうか。ゲーム以外の記憶が入ってきたのは初めてです。

でも、感謝いたします。迷っているだけでは、何もできませんから。


そして、調理場に乗り込んだわたくしですが、気合いだけでは料理はどうにもならないと、思い知らされた結果に終わりました。


※ ※ ※


次の日。
王宮に詰めたままの父から、王太子殿下が目を覚まされたと連絡がありました。
同時に、食事が摂れなくなっている、とも。

明日の午前中に面会できるように取り計らって下さったそうです。
つまり、食事を作るのなら、今日が勝負です。


しかし、料理長がつきっきりで教えてくれているのに、できるのは何かの黒い塊ばかりです。

王宮へ行く日も朝からチャレンジしましたが、どうすることもできず、侍女たちに「準備のお時間が……!」と言われたため、諦めざるを得ませんでした。


ですが、ふと庭を見たときに、そこにマンダリンが成っているのを見つけました。
聞けば、ちょうど食べ頃だという話でした。

時間がたてばたつほど、きっと殿下の心は離れてしまう。人を信じられなくなる。
だから、何かをするのなら、どうしても今日したい。


王宮へ行くのにドレスを身につけていくわたくしですが、料理の時にできた手の傷が問題でした。

切り傷に火傷。結構ひどいです。
今になって痛みを感じてきました。

回復魔法も世の中にはありますが、我が家にその使い手はいません。
侍女が薬を塗って包帯を巻いてくれ、さらにその上からグローブを付ける事にしました。


そして、着替えが終わったわたくしは、庭に出ます。
用意してもらった脚立に乗って、マンダリンを取りました。

――が、そもそも脚立にのるような格好ではないのが悪かったのでしょうか。

バランスを崩したわたくしは、脚立から落ちて思い切り身体を打ち付けてしまったのです。


心配する侍女たちを落ち着かせて、痛む身体には気付かないふりをして、わたくしは馬車に乗り込みました。


※ ※ ※


王宮に到着したわたくしは、まず父に会いました。
毒を盛った犯人が、殿下の毒味役だと判明し、すでに捕まったそうです。

ゲーム通りの展開に、心が暗くなります。


そして、次にシュタイン神官長様にお会いしました。
彼よりも回復の得意な者はいないと言われるほどの、魔法の腕の持ち主です。


病状は落ち着いたので、命の危険はない。
そう説明して下さるシュタイン神官長様ですが、その顔色は優れません。

それよりも、食べられないことが問題だ、と言葉が続きます。

「殿下が信頼していた毒味役が毒を盛ったのです。自分が口にするもの全てが怖くなっても、おかしくありません。――心は、魔法では治せませんから」

シュタイン神官長様は、まっすぐわたくしの持っているマンダリンを見ました。
そして、わたくしは、王太子殿下と面会したのです。


わたくしの心臓は、バクバクでした。
わたくしと殿下の仲が悪かったとはいいませんが、毒味役の方より信頼されていたかと思えば、その限りではありません。

――殿下は、わたくしを信じて下さるのでしょうか。


「いらっしゃい、レーナニア。こんな姿で、すまない」

部屋に入り、ベッドに上半身だけ起こして出迎えて下さった殿下のお顔は、お世辞にもいいと言えるものではありませんでした。

体調を伺う言葉など出せるはずもなく、わたくしは持っていたマンダリンを、殿下に差し出したのです。

「我が家の庭になっていた実です。ここにくる直前にとったものでして、わたくしが取りましたので、他の誰も触っておりません。
 ――本当は、何かお食事を、と思ったのですが、何回やってもどうしても作れなくて。こんなもので申し訳ありません。どうか、召し上がっていただけませんか?」

どこか表情が強張ったように見える殿下に対して、わたくしは一息に言い切りました。
そして、そのままの姿勢で、殿下の言葉を待ちます。

おそらく、ほんの十数秒だったのでしょうが、わたくしにとっては永遠にも近い、長い時間が流れたように感じた後。

「この実、君がとったの? 食事も、作ろうとした?」

発した殿下の言葉は、わたくしへの確認でした。
意味が分からないままに頷くと、殿下は軽く嘆息したように見えました。

「レーナニアがグローブを付けるのを初めて見た。それに、何となく、歩き方がいつもよりぎこちない気がする。――なぜ?」

「――……え……あ」

何故も何も、答えは決まっています。料理で怪我をした手を隠すためです。

そして、歩き方がぎこちないのは、マンダリンを取ったときに身体を痛めたからです。

頭の隅で、ちょっとした違いにも気付けるくらいに、殿下はわたくしのことをよく見ていて下さったんだ、と感動したのですが、殿下の鋭い目が、その感動に浸らせてくれません。

「答えられないなら、それでもいいけど。代わりにグローブを取ってもらおうかな」

殿下、容赦がありません。
とても逆らえる雰囲気ではなく、わたくしは諦めてグローブを取りました。

「――――――――!」

もしかしたら、殿下の想像以上に、わたくしの手がひどい状態だったのかもしれません。
殿下が息を呑むのが聞こえました。

しかし、すぐに殿下の手が、わたくしの持つマンダリンに伸びました。

「……ありがとう、レーナニア。頂くよ」
皮をむいていく殿下を、わたくしは呆然と見つめました。


緊張した様子はありましたが、それほど躊躇う様子もなく、マンダリンを口に入れました。

咀嚼して飲み込むのを、ジッと見つめます。
そんなわたくしに、殿下は少し照れくさそうに笑って、「おいしいよ」と一言、言って下さったのです。


泣き出したわたくしに、殿下が慌てるのが分かりました。

「レーナ、私は大丈夫だから」

困り切った声で殿下にそう言われたとき、わたくしは顔をバッと上げました。
レーナ、と愛称で呼ばれたのは初めてです。

すぐに殿下も気付いたように、口元を押さえましたが、小さく「駄目かな?」と聞かれて、わたくしは首を横に振ります。

「嬉しいです。殿下」
「ありがとう。……レーナが良かったら、私のことはアークと呼んでくれないか?」

その言葉の意味を、一瞬考えて。
「……はい。アーク様」
そう返しました。

きっとこの瞬間、わたくしたちはゲームとは違う道を歩み始めたのです。

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