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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ
6.公爵令嬢 レーナニア①
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「わ……わ……わたくしの、名前は、レ……レーナニア・フォン・ヴィートと、申しましゅ」
レーナニア・フォン・ヴィート、10歳。
わたくしが、この国の王太子殿下、アークバルト・フォン・アルカトル殿下に、婚約者候補として初めてお会いした時の最初の挨拶は、たどたどしく噛みまくった、最低の挨拶でした。
ただひたすら落ち込んだその日の夜、わたくしは、前世の……というか、ある一つのゲームの事を思い出したのです。
突然、頭の中に入り込んできたその記憶は、わたくしの理解を超えていました。
その瞬間のことは、はっきりと覚えておりません。
後で聞いたところによると、わたくしは頭を押さえながら悲鳴を上げていて、誰が何を言っても反応することなく、そのうち力尽きたように気を失ったそうです。
丸一日以上眠り続け、目を覚ましたときには、そのゲームの記憶は、わたくし自身の記憶として定着しておりました。
そのゲームは、乙女ゲームでした。『学園生活の三年間~あなたは真実を超えていける?~』という名前の、タイトルだけだと何のゲームか分からないゲーム。
攻略対象者と呼ばれる男性と、ヒロインと呼ばれる主人公の女の子。
最初に、誰のルートに進むかを決めてからゲームが始まります。
その選んだ男性と、ヒロインの女の子との間で恋愛が繰り広げられていくゲームです。
その攻略対象者の中に、わたくしがお会いしたアークバルト王太子殿下も入っていました。
そして、わたくしは、王太子殿下の婚約者として登場します。
つまり、この世界は、乙女ゲームの世界なのでしょうか。
そもそも、婚約者がいるというのに、他の女の子と恋愛を繰り広げるというのは、ゲームであればありなのかもしれませんが、現実として考えれば、あり得ません。
どういうストーリーだったかと言えば、確か、王太子殿下の抱えていた問題を、ヒロインが一緒に乗り越えていくことで、お互いの距離が縮まっていく、という話でした。
けれど、抱えていた問題とは、何でしょう?
頭の中にもやが掛かったように、思い出すことができませんでした。
わたくしの目が覚めたことを知った父が、寝室に駆け込んできました。
良かった良かった、と手を握られて泣き出さんばかりに言った後、王太子殿下からお見舞いだと、花束と手紙を渡されました。
思わず、目をパチパチさせると、わたくしが無事王太子殿下の婚約者に決まったそうです。
あれだけ色々やらかしておいてよく、とは思いますが、実際の所、ほとんど決まっていたようなものだったのでしょう。
しかし、ゲームの事を思い出してしまうと、何とも言えない気持ちでした。
いずれ、他の女の子と恋愛をするような方と、婚約をしなければいけないのか、と思うと、複雑です。
ただ、すでに決まった婚約です。わたくしの我が儘でどうにかできるものでもありません。
それよりも何よりも、王太子殿下は、わたくしに対して、とても誠実でした。
体調が戻るまでは、お見舞いに来て下さったり、無理なときは手紙を下さったり。
元気になった後も、こまめに面会に来て下さったり、逆に王宮に呼んで下さったり。
ゲームの記憶を理由に、王太子殿下を避けようとしてしまったことが、申し訳なく思うくらいには、殿下はとても優しかったのです。
わたくしが王太子殿下に抱いた感情は、男女間の好きではなく、親しい友人に対しての親愛に近いものでした。
そして、それはおそらく王太子殿下も同じで。
わたくしたちの関係は、お互いに一人の人間として尊敬し合う、そんな関係でした。
それが一変する出来事が起こったのが、二年後。
12歳の時でした。
その日は、朝から頭がズキズキしました。
何とも言えない、嫌な予感がしていました。
それが形となって現れたのが、お昼過ぎ。
「王太子殿下が、毒を盛られた!?」
突然、そんなお知らせが届いたのです。
取る物も取りあえず王宮に駆けつけたわたくしを出迎えたのは、国王陛下の側近でもある父でした。
一命は取り留めましたが、予断を許さない状況だそうです。
面会は無理だと、面会できるようになったら連絡する、と言われて、そのまま帰宅しました。
そして、その日の夜、ゲームの記憶が蘇ったのです。
王太子殿下の抱えていた問題。
それが、この毒殺未遂事件に関わってきます。
信頼していた毒味役から毒を盛られた殿下は、周囲の人たちを信じることができなくなり、まともに食事が取れなくなってしまうのです。
元々病弱で身体の弱い方ですが、そのせいで病弱に拍車が掛かり、さらに食事を取れないせいで、成長もほとんどしなくなってしまいます。
そんな殿下が、15歳になり、国立アルカライズ学園に入学したときに、出会うのがヒロインです。
平民出身のヒロインは、膨大な魔力の持ち主ですが、その魔力を暴走させて、自分の母親ごと住んでいた村を滅ぼしてしまいます。
魔力をコントロールできるように、と入学したヒロインが、最初に王太子殿下に会うのは入学式。広い校舎で迷っているところに遭遇します。
ここで選択肢が示されますが、そこを間違わなければ、王太子殿下が案内してヒロインの教室まで送ってくれるのです。
次に会うのが、昼休みの中庭です。
ヒロインが、泣きながら食事をしているところに、偶然王太子殿下が通りかかります。
母親を、村の人たちを殺してしまった、と泣くヒロインでしたが、それでもヒロインは前を向いていました。
いつも母親に、元気でいたかったらたくさん食べること、と言われていたと、泣きながらも笑顔を見せて、食事をするヒロインに、王太子殿下は心を惹かれます。
そして、王太子殿下は、そんなヒロインと一緒に食事をすることで、だんだん食べられるようになりました。
そうして共に過ごすうちに、お互いに想い合うようになっていきます。
同時に、周りの人たちがいつも自分を気遣ってくれている事にも気付けた王太子殿下は、その人たちを、また信じようと思うことができるようになりました。
一方で、王太子殿下の婚約者は、自分が殿下に対して何も力になれなかったことを悔やんでいました。
ですので、王太子殿下が頭を下げて婚約解消を申し出たとき、黙ってその申し出を受けたのです。
※ ※ ※
ここまで一気に思い出して、涙があふれました。
どうして思い出すのが今なのでしょう。
もっと早くに思い出していれば、毒を盛られること自体を、阻止できたのに。
そこでふと疑問が湧き起こりました。
最初にゲームの事を思い出したのは、王太子殿下にお会いした後です。
そして、今回も事件が起こった後に、そのことについての記憶を思い出しました。
――もしかして、現実で実際に事件が起きなければ、それについてのゲームの記憶も思い出さない?
だとしたら。
一体、思い出すことに、何の意味があるというのでしょうか。
わたくしは、今後のことを考えました。
この世界がゲームの世界なのか、現実なのかはよく分かりません。
しかし、今こうしているわたくしは、間違いなく現実です。ゲームで操られているようには思えません。
だとしたら、殿下も学園に入学してヒロインに会うまで、苦しまれることになるんでしょうか。
いえ、その前に、攻略対象者は何人もいるのです。ヒロインが、王太子殿下の攻略をしなかったとしたら、殿下はどうなってしまうのでしょうか。
考えて、考えて、出た答えは、一つでした。
ゲームの記憶などどうでもいい。わたくしが、王太子殿下の力になるのだと。
レーナニア・フォン・ヴィート、10歳。
わたくしが、この国の王太子殿下、アークバルト・フォン・アルカトル殿下に、婚約者候補として初めてお会いした時の最初の挨拶は、たどたどしく噛みまくった、最低の挨拶でした。
ただひたすら落ち込んだその日の夜、わたくしは、前世の……というか、ある一つのゲームの事を思い出したのです。
突然、頭の中に入り込んできたその記憶は、わたくしの理解を超えていました。
その瞬間のことは、はっきりと覚えておりません。
後で聞いたところによると、わたくしは頭を押さえながら悲鳴を上げていて、誰が何を言っても反応することなく、そのうち力尽きたように気を失ったそうです。
丸一日以上眠り続け、目を覚ましたときには、そのゲームの記憶は、わたくし自身の記憶として定着しておりました。
そのゲームは、乙女ゲームでした。『学園生活の三年間~あなたは真実を超えていける?~』という名前の、タイトルだけだと何のゲームか分からないゲーム。
攻略対象者と呼ばれる男性と、ヒロインと呼ばれる主人公の女の子。
最初に、誰のルートに進むかを決めてからゲームが始まります。
その選んだ男性と、ヒロインの女の子との間で恋愛が繰り広げられていくゲームです。
その攻略対象者の中に、わたくしがお会いしたアークバルト王太子殿下も入っていました。
そして、わたくしは、王太子殿下の婚約者として登場します。
つまり、この世界は、乙女ゲームの世界なのでしょうか。
そもそも、婚約者がいるというのに、他の女の子と恋愛を繰り広げるというのは、ゲームであればありなのかもしれませんが、現実として考えれば、あり得ません。
どういうストーリーだったかと言えば、確か、王太子殿下の抱えていた問題を、ヒロインが一緒に乗り越えていくことで、お互いの距離が縮まっていく、という話でした。
けれど、抱えていた問題とは、何でしょう?
頭の中にもやが掛かったように、思い出すことができませんでした。
わたくしの目が覚めたことを知った父が、寝室に駆け込んできました。
良かった良かった、と手を握られて泣き出さんばかりに言った後、王太子殿下からお見舞いだと、花束と手紙を渡されました。
思わず、目をパチパチさせると、わたくしが無事王太子殿下の婚約者に決まったそうです。
あれだけ色々やらかしておいてよく、とは思いますが、実際の所、ほとんど決まっていたようなものだったのでしょう。
しかし、ゲームの事を思い出してしまうと、何とも言えない気持ちでした。
いずれ、他の女の子と恋愛をするような方と、婚約をしなければいけないのか、と思うと、複雑です。
ただ、すでに決まった婚約です。わたくしの我が儘でどうにかできるものでもありません。
それよりも何よりも、王太子殿下は、わたくしに対して、とても誠実でした。
体調が戻るまでは、お見舞いに来て下さったり、無理なときは手紙を下さったり。
元気になった後も、こまめに面会に来て下さったり、逆に王宮に呼んで下さったり。
ゲームの記憶を理由に、王太子殿下を避けようとしてしまったことが、申し訳なく思うくらいには、殿下はとても優しかったのです。
わたくしが王太子殿下に抱いた感情は、男女間の好きではなく、親しい友人に対しての親愛に近いものでした。
そして、それはおそらく王太子殿下も同じで。
わたくしたちの関係は、お互いに一人の人間として尊敬し合う、そんな関係でした。
それが一変する出来事が起こったのが、二年後。
12歳の時でした。
その日は、朝から頭がズキズキしました。
何とも言えない、嫌な予感がしていました。
それが形となって現れたのが、お昼過ぎ。
「王太子殿下が、毒を盛られた!?」
突然、そんなお知らせが届いたのです。
取る物も取りあえず王宮に駆けつけたわたくしを出迎えたのは、国王陛下の側近でもある父でした。
一命は取り留めましたが、予断を許さない状況だそうです。
面会は無理だと、面会できるようになったら連絡する、と言われて、そのまま帰宅しました。
そして、その日の夜、ゲームの記憶が蘇ったのです。
王太子殿下の抱えていた問題。
それが、この毒殺未遂事件に関わってきます。
信頼していた毒味役から毒を盛られた殿下は、周囲の人たちを信じることができなくなり、まともに食事が取れなくなってしまうのです。
元々病弱で身体の弱い方ですが、そのせいで病弱に拍車が掛かり、さらに食事を取れないせいで、成長もほとんどしなくなってしまいます。
そんな殿下が、15歳になり、国立アルカライズ学園に入学したときに、出会うのがヒロインです。
平民出身のヒロインは、膨大な魔力の持ち主ですが、その魔力を暴走させて、自分の母親ごと住んでいた村を滅ぼしてしまいます。
魔力をコントロールできるように、と入学したヒロインが、最初に王太子殿下に会うのは入学式。広い校舎で迷っているところに遭遇します。
ここで選択肢が示されますが、そこを間違わなければ、王太子殿下が案内してヒロインの教室まで送ってくれるのです。
次に会うのが、昼休みの中庭です。
ヒロインが、泣きながら食事をしているところに、偶然王太子殿下が通りかかります。
母親を、村の人たちを殺してしまった、と泣くヒロインでしたが、それでもヒロインは前を向いていました。
いつも母親に、元気でいたかったらたくさん食べること、と言われていたと、泣きながらも笑顔を見せて、食事をするヒロインに、王太子殿下は心を惹かれます。
そして、王太子殿下は、そんなヒロインと一緒に食事をすることで、だんだん食べられるようになりました。
そうして共に過ごすうちに、お互いに想い合うようになっていきます。
同時に、周りの人たちがいつも自分を気遣ってくれている事にも気付けた王太子殿下は、その人たちを、また信じようと思うことができるようになりました。
一方で、王太子殿下の婚約者は、自分が殿下に対して何も力になれなかったことを悔やんでいました。
ですので、王太子殿下が頭を下げて婚約解消を申し出たとき、黙ってその申し出を受けたのです。
※ ※ ※
ここまで一気に思い出して、涙があふれました。
どうして思い出すのが今なのでしょう。
もっと早くに思い出していれば、毒を盛られること自体を、阻止できたのに。
そこでふと疑問が湧き起こりました。
最初にゲームの事を思い出したのは、王太子殿下にお会いした後です。
そして、今回も事件が起こった後に、そのことについての記憶を思い出しました。
――もしかして、現実で実際に事件が起きなければ、それについてのゲームの記憶も思い出さない?
だとしたら。
一体、思い出すことに、何の意味があるというのでしょうか。
わたくしは、今後のことを考えました。
この世界がゲームの世界なのか、現実なのかはよく分かりません。
しかし、今こうしているわたくしは、間違いなく現実です。ゲームで操られているようには思えません。
だとしたら、殿下も学園に入学してヒロインに会うまで、苦しまれることになるんでしょうか。
いえ、その前に、攻略対象者は何人もいるのです。ヒロインが、王太子殿下の攻略をしなかったとしたら、殿下はどうなってしまうのでしょうか。
考えて、考えて、出た答えは、一つでした。
ゲームの記憶などどうでもいい。わたくしが、王太子殿下の力になるのだと。
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