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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

11.リィカ⑪ー旅への誘い

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校舎に戻ると、レーナニア様に涙ながらに迎えられた。
その隣には、王太子殿下がいらっしゃった。

「リィカさん、よくご無事で……」
「レーナを助けてくれたと聞いたよ。感謝する。ありがとう」

レーナニア様には抱き締められ、王太子殿下にはお礼を言われ、硬直した。

「リィカ、戻ったか!」

わたしを硬直から解放したのは、息せき切って走ってきたダスティン先生の声だった。
先生も、わたしがレーナニア様に抱き締められているのを凝視したまま動かなくなったけど、レーナニア様が動いたのだ。

「リィカさん、改めまして、本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます」

レーナニア様がスカートの裾を少しつまんで膝を曲げる。
この挨拶、カーテシーって言うんだっけ? 何も分からないけれど、綺麗だなって思った。


※ ※ ※


学園内だけではなく、街の中にも魔物が出ているらしい。
今、軍が総出で対応に当たっているから、それまでは校舎内で待機だそうだ。

やることもなく、ぽっかり空いた時間。

「リィカ。魔法はどのような勉強を? どなたから教わったのですか? どうしたら無詠唱で使えるようになるのですか? 他にも使える人はいるんですか? 教師の方を紹介して頂きたいのですが」

ユーリッヒ様に詰め寄られた。
わたしが何か言う暇もなく、どんどん質問を重ねられる。興奮していて、勢いがありすぎて、逃げたくなった。

「おいユーリ。少しは落ち着いて……」
「アレクは黙って下さい」

アレクシス殿下が止めに入ってくれたけど、全く効果がない。

「教師は同じ村の人ですか? それとも別の? いつから魔法を練習しているんですか?」
「い、いえ、あの……」

どう説明したらいいか言葉が出てこなくて、タジタジになっていると、視界にダスティン先生の姿が入った。

――ゴンッ!

大きな音を立てて、ダスティン先生がユーリッヒ様にゲンコツを落としていた。

「ユーリ、いい加減にしろ。リィカが困ってるだろう。聞きたいことがあるなら、きちんとリィカの許可を取って、一つずつ聞け」

「……ダスティン先生、痛いんですが」

「そうでもしないと、お前、落ち着かないじゃないか」

ユーリッヒ様は頭を抑えて、恨めしそうな視線をダスティン先生に向けている。

――って、ちょっと待って。

「だ、ダスティン先生! その……!」
「ん? 何だ、リィカ」

何だと言われても。
ユーリッヒ様は貴族だ。そして、先生は平民だ。
いくら先生であっても、平民が貴族にゲンコツなんて、いいはずない。

言わなくても、先生ならすぐ分かると思ったけれど、分かってる感じじゃない。
この場じゃ言いにくいから、場所を変えた方がいい……?

「リィカ、気にするな。大丈夫だ。ユーリが問題にすることはないから」
「え?」

アレクシス殿下に声を掛けられて、浮かしかけた腰が中途半端に止まる。
疑問を呈するけど、殿下はダスティン先生を見ていた。

「ですが、ダスティン先生。今のはユーリが悪かったのは確かですが、場所を考えて対応して頂けると有り難いです」

「悪かった……じゃないな。申し訳ありませんでした、アレクシス殿下。ユーリッヒ様も、ご無礼をお許し下さい」

バツの悪そうな顔をしたダスティン先生が、そう言ってお二人に頭を下げる。
一方の殿下とユーリッヒ様は、なんか居心地悪そうな……?

「言わない方が良かったな。俺の方が頭を下げたくなった」

「違和感があって、しょうがないんですが。――ダスティン先生、悪かったのは僕ですから。おかげで落ち着きました。ありがとうございます」

ダスティン先生は、平民出身だ。
アレクシス殿下やユーリッヒ様と知り合いであるはずないと思うんだけど、どう考えても初めまして、って感じじゃない。

どんな関係なんだろうな、と思ったけど、突っ込んで聞くことはできなかった。

「リィカ、改めてお願いがあります。僕に、無詠唱で魔法を発動させる方法を教えて頂けませんか?」

ユーリッヒ様にそんなお願い事をされてしまって、疑問が頭から吹っ飛んだからだ。

ザビニー先生のような反応ではないことに安心した。
ただ、常識外れだと言われることを、他の人に教えていいものなのか。

「後ほど、僕の都合の付く日時をお知らせ致しますので、その中からリィカの都合のいい時を選んで下さい。もし都合が合わないようでしたら、言って下さい。できるだけ僕の方が都合を合わせますので」

「……あ、はい」

わたし、教えるとも何とも言ってないんだけど、なぜかもう日にちの話にまでなっていた。
頷く以外、どうしようもなかった。


※ ※ ※


夕方遅く、街中の安全が確認され、各々自宅へ戻った。

わたしは、寮の自室のベッドに横になる。
思い出すのは、アレクシス殿下とバルムート様、ユーリッヒ様と一緒に、魔物達を相手にした戦い。

魔物と戦うのは初めてじゃない。
クラスメイトたちと何度も一緒に戦った。

あの時の戦いとは比べものにならないくらい、厳しい戦いだった。大変だったのに、四人で戦ったときに感じていた感情は「楽しい」だった。

アレクシス殿下だけじゃない。バルムート様も、ユーリッヒ様も強かった。
その強い人たちの中に混ざって戦って、手応えを感じた。上手く言えないけど、すごく「通じてる」気がしたのだ。

「またいつか、一緒に戦えたらいいな」

相手の身分を考えれば、あり得ない。
でも、そう願うくらいには、あの時間はわたしにとってとても大切な時間だった。


※ ※ ※


その願いは、思いも寄らない形で近寄ってきた。

次の日の夕方。
わたしは、アレクシス殿下、バルムート様、ユーリッヒ様の訪問を受けていた。

「勇者様が召喚されたんだ」

殿下のその一言から話が始まった。

驚いたけど、驚くことじゃない。

この国には聖剣があり、勇者を召喚するための魔方陣がある。
魔王が誕生した際には、魔方陣を使って勇者を召喚する。
それが、ずっと続いてきたこの世界の歴史だ。

「俺たち三人は、勇者様の供として魔王討伐の旅に出ることになった」

目を見開いた。

召喚された勇者が一人で魔王を倒すわけじゃない。
この国の強き者が、勇者と一緒に旅立つ。
その勇者の仲間に、お三方が選ばれたのだ。

すごいな、と考えてから、その話をわたしにしている理由に気付く。

「リィカ。勇者様の供として、俺たちと一緒に来てもらえないだろうか」

その言葉は、わたしが予想した通りだった。

「本来であれば、国を守る義務は王族や貴族が担うことだ。平民のリィカを巻き込むのは間違っている事は分かっている。だがそれでも、リィカしかいない。リィカがいいと思ったんだ」

アレクシス殿下の真剣な目が、わたしの目を捕らえた。

「昨日一緒に戦ったとき、こんなに通じ合えるのかと思った。初めてなのに、こんなにも心が通うものなのかと思った。不謹慎かもしれないが、楽しかった」

殿下の言葉は、わたしが感じたこととそっくり同じだ。
バルムート様とユーリッヒ様も頷いている。みんなで同じことを感じたんだろうか。

「リィカに一緒に来て欲しい。――事が事だから、無理強いはしない。嫌なら嫌と言ってくれていい。だが、真剣に考えて欲しいんだ」

口を開けて、また閉じる。
話が急だ。そう簡単に考えがまとまるはずもない。

そんな旅になんか行きたくない。
でも、また一緒に戦ってみたいという願いが、頷けば叶う。

「…………………少し、考える時間を頂けませんか?」

悩んで、出た答えは、答えの先延ばしだ。
時間をかけて、一人でゆっくり考えたかった。

アレクシス殿下は、少し笑顔を見せて頷いた。

「分かった。この場で断られなかっただけでも十分だ。悪いが、時間は二日だ。明後日の今頃に返事を聞きに来る。いいか?」

「分かりました。それまでに必ず答えを出しておきます。すぐお返事できず、すいません」

二日という時間が長いのか短いのか分からないけれど、きっと最大限に譲歩してくれた結果なのだろう。

「気にしなくていい。アキトの訓練もあるから、すぐに出発するわけでもないからな」
「アキト……?」

出た名前に、なぜかドキッとする。
名前の響きが、日本人の響きだ。

前回、前々回とも、召喚された勇者の名前が日本人風だったのだ。
だからもしかして、と思う。

「……ああ、勇者様のお名前だ。悪い、つい言ってしまったが、まだ秘密にしてくれ」

殿下に申し訳なさそうに言われて、頷いた。
どうせならフルネームを知りたいと思ったら、殿下が教えてくれた。

「今回は、勇者様がお二方召喚されたんだ。アキトが息子で、もう一人がタイキさんというアキトの父親だ。家名はスズキ、と名乗っていたな」

ドクン、と心臓が大きく鼓動する。
わたしの心臓だ。
でも、それほどまでに動揺したのは、わたしじゃない。

もう一度、ドクン、と大きく鼓動する。
この一年で慣れた記憶と感情が、わたしの中に混ざってきた。

「――リィカ、どうした?」

黙り込んだわたしを心配するように、殿下がわたしの顔をのぞき込んできた。
慌てて首を横に振る。

「い、いえ、何でもありません。……その、変わった名前だなぁって」
「…………? まあ異世界だしな。色々違っても当然だろう」

わたしの様子を不思議そうにしていたけれど、それについては何も言われなかった。

「二日後に、また来る」

そう言い残して、お三方が帰って行った。
その後ろ姿を見送りながら、先ほどの話を思い返す。

アキト、タイキ、そしてスズキ。
わたしはその名前を知っていた。

鈴木泰基すずきたいき、そして鈴木暁斗すずきあきと

それは、わたしの前世、鈴木凪沙すずきなぎさの、夫と息子の名前だった。


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改稿はここまでです。
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