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手を取り合って、未来へ走る
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「何を連れてきた、リグロ! そいつは魔物だろう!」
「ええ? 違うよ。魔物はもっと怖いじゃないか」
「翼が三枚ある鳥がいるはずないだろう! さっさと捨てて……いや、ここで殺すぞ!」
「殺すって……ちょっと待って父さん! そんな、なんで!」
抗議したけど、目の前の父さんは全然聞く耳を持たない。近くに置いてあった、小さな木を切る為の斧を手に持って振り上げる。
その目は、俺の手の中にいる、小さな白い鳥に向いている。……けれど、その斧がまるで自分に向けられているような気がして、手が震えた。
「クー?」
命を狙われているなど思っていないのか、不思議そうに俺を見つめる小さな鳥が、やはり不思議そうに鳴いた。その鳴き声に、父さんの顔がさらに怖くなった。けれど、俺は逆に冷静になる。
「やはり魔物か! 死ねっ!」
その瞬間、俺は弾けたように走り出した。斧を振り下ろす父さんに背を向けて、全力で。家から飛び出す途中、普段から"冒険用"として置いていた荷物を持ち出す余裕のあった自分に、ちょっと驚いた。
※ ※ ※
「どうしようかなぁ」
村からも飛び出して近くの森の中を歩く。いつかは世界を巡る冒険に出てみたいと思ってたけど、これはもしかして、それが始まってしまったのだろうか。
「クー?」
小さな鳥が俺の肩に乗ってきて、俺は苦笑した。確かに見たことのない鳥だ。右側だけ翼が二枚あって、左は一枚。バランス悪いと思うんだけど、何も問題なく飛んでいる。
鳴き声だって明らかに鳥の鳴き声とは違う。普通の鳥じゃあり得ない。だから、魔物だと言いたいのも分からなくもない。
「でも違うのになぁ」
「クー?」
俺のつぶやきに、どうしたのとでも言いたいように、鳥が鳴いた。
魔物、と呼ばれる存在がある。鋭い牙や尖った爪を持ち、強い力で人を襲う存在。獣のように見えるけど、獣が人を襲うのは自らの腹を満たすためか、子どもを守るため。
でも魔物はそんなもの関係なく襲ってくる凶暴な存在だ。何の準備もなしに魔物と出会ってしまえば、間違いなく殺される。
魔物は人にとって恐ろしい存在だから、生かしておくな殺せ、というのは俺も分かる。でも、こいつからは魔物の感じがしない。
「……ま、いいか。それより、これからどうしようかなぁ。きっと父さんたち、お前のことほっとかないよな。人数集めて森の中に入ってくる」
「ク、ク」
「……少しは、危ないとか思わないのかな」
全然危機感のなさそうな小鳥にツッコんだ。だけど、それを言えば俺も同じかと思う。
父さんの狙いは本当に小鳥だったんだろうか。俺を狙っていると感じたのは、本当にただの勘違いなのだろうか。
「夢みたいなことばかり言ってるから、うっとうしがられてたもんな。――と、ここだ」
俺は足を止めた。
森の中の、少しだけ奥まった場所。普通なら、こんな所まで来ちゃ駄目だと言われている場所だ。
「ここでお前に会ったんだよな。で、なんでかついて来たわけだけど。お前はどこから来たわけ?」
小鳥と会った場所。ここに来たらたまたまいた。そして、帰ろうとする俺になんでかついてきた。別に劇的な出会いがあったわけでも何でもなく、ただそれだけだ。
「ク、クク、ククックク、クー!」
何だか嬉しそうに翼をパタパタさせて、そしてある一方向を翼が示した。それは、さらに森の奥に行く方向だ。
「あっちから来たのか?」
「クー!」
「もしかして、行きたい?」
「クークー!」
「お前だけで行けばいいんじゃ……イテッ」
「クッククッ!」
怒った。嘴で突いてきた。地味に痛い。どういうつもりなんだろうか。人の言葉は理解しているようだけど、こっちはこいつの言葉は理解できない。
「俺にも一緒に行って欲しい……ってことでいいんだよな?」
「クッ!」
頷かれた。
「うーん……」
正直に言えば、気がすすまない。奥に行けば行くほど、魔物の数が増えるからだ。
俺は、どうしてか魔物が近くにいると分かる。だから、魔物を避けて森の中を散歩するのも、特に問題なかった。
でもこれ以上先に行くと、避けようにも避けられなくなる。それが分かるから、先には行きたくない。
「どうしてもか?」
「クッ!」
「……そっか。じゃあ行くか」
一瞬躊躇っただけで、俺は頷いた。
俺は小さい頃から外の世界に憧れていた。あの小さな村の中で、農業を営んで結婚して一生を終えるのは嫌だった。いつか村を出て冒険家として世界を巡るんだと、そう思っていた。
夢物語だと思うし、そう言われてきた。村から一歩出たら、お前なんかあっという間に魔物に喰われるぞと言われてきた。それでもいいから外の世界に行きたいと言ったら、変なものを見るような目で見られた。
唐突だけど、きっとこれは冒険の第一歩だ。嬉しそうに俺を先導するように飛び始めた小鳥の後を、俺は追ったのだった。
※ ※ ※
「何だろう。魔物が避けていく、ような?」
心配していた魔物との遭遇が、全然ない。近くに来たと思っても、どうしてか魔物の方が避けていく。一応、荷物の中にナイフは入ってるけど、遭遇したところで倒すなんて無理だ。避けて逃げるしかないと思っていたのに、どういうことなんだろうか。
「ククッ、クー!」
何やら誇らしそうに体を反らしているけど……まさかな?
「それよりも、お前の名前でも決めようかな」
いつまでもお前だの小鳥だのじゃ、味気ない。出会った動物に名前をつけるのも、冒険の醍醐味だ。
「――よし、体が白いからシロ!」
「クッ!」
「イテッ。何だよ、やなの?」
「クッ!」
そうか。いいと思ったんだけどな。じゃあ後は。
「翼が三枚あるから、ツバサンとか」
「クッ!」
「痛いっ! 尾が長いから、オナガ!」
「クックッ!」
「だから痛いっ! 森で会ったから、モリア!」
「クックックッ!」
「だから痛いって! 何が駄目なんだよっ!?」
名前というのは見た目の特徴とか、生まれに応じてつけられるものだ。
俺は髪が黒くて、三番目の子どもだった。だから、「三」の別の読み方「スリー」と「クロ」を合わせて、最初はスリクロと名付けられたらしい。それが、村の年寄りたちの呼びやすいように変わっていって、最終的に「リグロ」で落ち着いたと聞いたことがある。
「もういいじゃんか! シロ! お前の名前は、シロだ!」
「……クー」
頷いた。……項垂れた? いや、今のは頷いた。しょうがなくとか渋々とか、そんな雰囲気だけど。間違いなく頷いた。
「よし、じゃあシロ! これからもよろしくな!」
「クー……」
俺を見る目は恨めしそうだけど、決めたものは変えるつもりはない。
「それでシロ、目的地はまだか?」
「クッ」
不満ありありで、それでも翼で指し示してくれたので、そっちを見る。そして、驚いた。
「……洞窟?」
「クックックー!」
そこにあったのは、大きく穴を開けた、まさに洞窟だ。
翼を大きく広げて鳴くと、俺の肩に降りてきた。そして、行こうと言わんばかりに、洞窟の方に向かって嘴を動かしている。
「こんなところに洞窟なんてあったんだ」
来たことないから知らなかった。そのまま歩いて洞窟の前に立って、ちょっと顔だけ中に入れる。
「暗いなぁ。いや、確かランタンがあったよな……」
持ってきた荷物の中の、明かりを採るためのランタンと、火をつけるための火打ち石を取り出す。暗いところを歩くのも冒険にはありがちだから、ちゃんと準備はしている。
「よし、行こうか」
ランタンに火がついたのを確認して、俺はそれを持って洞窟に入る。やっぱり暗いと思いながら……たぶん洞窟に入って五歩目くらいのとき、踏み出した足の先には地面がなかった。
「うわぁっ!?」
「クーッ!」
坂道、下り坂……いや、落とし穴? とにかくバランスを崩して落ちていく俺の耳に、やたら楽しそうなシロの鳴き声が聞こえたのだった。
※ ※ ※
俺は落ち続けていた。どのくらい時間がたったかなんて分からない。もしかしたら短かったのかもしれないけど、俺にとってはとんでもなく長かった。悲鳴を上げてたかもしれないけど、それもよく分からない。
ただ暗い中を落ち続けていく。かと思ったら、急に俺の体が何かに支えられたように、落下が止まった。
「あ、あ、え? ヒェッ!?」
と思ったら、上に弾かれた。今度ははっきり悲鳴を上げる。また落ちる。と思ったら、また上に弾かれる。
それを二度三度繰り返すと、俺も落ち着いてきた。暗かったはずの周囲は、明るくなっている。そして、俺の下にあるのは弾力性のあるものだ。それが何なのかは分からないけど、だんだん面白くなってきて、自分でその上をジャンプした。
「クークー!」
そんな俺の回りを、シロが嬉しそうにパタパタ飛び回る。どうやらこいつも無事だったらしい……というか、飛べるから当たり前なのかもしれないけど。
俺もようやくジャンプするのをやめて、その場に着地する。周囲を見回すと、ここは広場のようになっていて、そこから一本伸びる通路が見えた。
あの通路を行った方がいいんだろうか。シロに聞いてみようと思ったら、シロが上を向いている。「どうした……」と聞き始めたとき、絶叫が上から響いた。
「ぎゃあああぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!?」
上の穴から何か……誰か?が落ちてきた。このとき、天井にいくつも穴が空いていることに初めて気付いた。その誰かは、俺の立っているものの中にめり込み、そして上にはじき出される。
「ぎゃああぁぁぁぁああぁぁっ!」
「おわぁっ!?」
再びその誰かが絶叫して、ついでに俺も叫んだ。そいつがはじき出された瞬間に俺の足元も歪んで、投げ出されてしまったのだ。
弾力のあるものは広い範囲にあるわけではないようで、投げ出された先は、固い地面だった。とはいっても怪我するほどの高さがあったわけじゃないから、大丈夫だ。
もしかして、この弾力性のあるものは、落とし穴にはまった奴を受け止めるためのものなんだろうか。自然にそんなものが置かれるはずないと思うんだけど。ここは親切な設計に喜ぶべきか。
落ちてきた奴を見ると、俺と同じくらいの歳の男だ。さっきは悲鳴を上げていたのに、今は楽しそうにジャンプしていて、さらにそいつの周りを小鳥が飛んでいる。
「グーグー!」
シロによく似てる、と思ったけど、鳴き声がちょっとこもってる。色は黄色だ。翼は三枚あるけど、シロとは逆で左側の翼が二枚ある。尾はシロより短めだ。
「クークー!」
「グーグー!」
「クッククー!」
「ググッグー!」
シロがその黄色の小鳥に呼びかけるように鳴いたと思ったら、そいつもシロに答えるように鳴き始めた。そして、クーだとグーだの、楽しそうに鳴き合っている。
「シロ、知ってるのか?」
「キロ、知り合いか?」
俺と男の声が、揃った。
※ ※ ※
「俺はイサってんだ。そしてこっちはキロ! よろしくな!」
「……グッ」
とりあえず自己紹介することにした。キロと呼ばれたシロに似た小鳥は、どことなく拗ねた感じで、小さく鳴く。それが、俺がシロと名付けたときの様子と何となく被ってるから、もしかして気に入らないのだろうか。
「俺はリグロだ。こっちはシロだ。よろしく」
「……クッ」
やっぱりシロも似たような反応だけど、俺は気にせず話を続ける。
そして分かったのは、イサと名乗った彼の出身は、俺の村から一番近い街らしい。俺も名前くらいは聞いたことがある街だ。
キロとは街の端の方で偶然出会って、なんでか後を付いてきて、魔物だと殺されそうになったから連れて逃げてきた、とどこかで聞いたような話だ。
「まあいいんだけどな。いつかは街を出て世界中を旅してみたかったから。いい機会だったんだと、思うことにした」
イサのその考えも、俺とビックリするくらいにそっくりだ。
「なぁなぁ、シロって名前、体が白いからか?」
「そうだよ。でもさ、シロはあんまり気に入ってないっていうか、渋々受け入れたみたいな感じなんだよ」
「やっぱりか!? キロもさ、体が黄色いから、最初はキイロにしようと思ったら嫌がるから、ちょっとひねってキロにしたんだけどさ。やっぱり不満そうなんだよな」
「そっちもか! 何が嫌なんだろうな」
「全くだ」
「……クッ」
「……グッ」
フイッと視線を逸らせる二匹を見て、こっちがため息をつきたくなった。
「それで、俺たちどうしたらいいんだ?」
「だよな。上にゃ戻れないもんな」
上の穴を見上げる。多分、このうちのどれかから落ちてきたんだろうけど、穴はずっと上だ。手を伸ばしても届かない。仮に届いたとしても、落ちてきた穴を登っていくのは無理だ。
となると、残るはこの広場から伸びる一本の通路。
「クー!」
「グー!」
俺とイサが目を向けると、シロとキロがさあ行こうとばかりに大きく鳴いた。行くしかなさそうだ。問題は……。
「魔物、いるよね」
「いるな」
二人で顔を見合わせる。イサの確信したような言い様、もしかして俺と同じく魔物がいれば分かるのか。お互いに探るように見たのは一瞬で、すぐに笑った。
「行こう!」
「おお、行こうぜ!」
そして歩き出そうとして……気付いた。手に持っていたはずのランタンがない。辺りが明るいから問題はないけれど、この後暗くなったら明かりがない。
「どうした?」
「ランタンがないんだ」
言いながら気付く。あの長いか短いか分からないけど、落ちている間に落としたのだろうと。それ以外に考えられない。
「あーっ! 俺もじゃん!」
イサも叫んだ。そうだよな、イサだって落ちてきたんだから。
「クー!」
「グー!」
シロとキロがそれぞれ違う場所で翼をパタパタさせている。その下に何か残骸のようなものがあることに気付いて、俺は慌てて走り寄った。
「ランタンだ……」
「ぶっこわれてやがる……」
俺とイサが肩を落としたのは、同時だった。
※ ※ ※
「なあリグロ、なんで明るいんだろうな」
「俺も不思議に思ってたところだよ」
完全に壊れたランタンにいつまでも打ちひしがれているわけにはいかないので、気を取り直して俺たちは通路をすすんでいる。シロとキロが、パタパタ楽しそうにじゃれ合って飛びながら、俺たちの先導をしている。
地面も周囲の壁も岩肌で、なんで明るいのかが分からない。洞窟から落ちてきたってことは地下深いはずだから、光が入るはずもない。
「こういうとき、熟練の冒険家なら理由が分かるのかな」
「かもな。たくさん冒険して知識を深めてから、こういう不思議に遭遇してみたかったな」
「確かに」
今の俺たちじゃ、ただ不思議に思うしかできない。それがもったいないと思う。もしかしたら、今まで知られていない力が色々詰まった場所かもしれないのだ。
通路はいくつか枝分かれしているけれど、シロもキロも迷う様子もなく、道を選んで進んでいく。適当にすすんでいるんじゃないといいなと思うけど。
そして、やっぱり魔物とは遭遇しない。いるのは分かるし、近づいてきて緊張したこともあるけど、魔物の方が避けていく。まさかとは思うけど、その理由として考えられるのは、シロとキロしかいない。
「……一体、何なんだろうなぁ」
「あの二匹が、一番の不思議かもしんねえな」
「……そうだね」
相変わらず、クーだのグーだのとじゃれ合っている二匹を、俺とイサは苦笑しながら見る。……と、二匹の動きが止まった。
「どうしたんだ……って」
「おいこれ……」
魔物が近づいてきている。けれど、この魔物の強さは、今までとは違う。段違いに、強い。
「クッククックーッ!」
「ググッグッググーッ!」
シロもキロも目に見えて慌てだした。そして、俺たちの方に飛んできたと思うと、早くしろと言わんばかりに頭を蹴飛ばしてくる。
「分かったから、蹴るなっ!」
「いてぇんだよ! 少しは加減しろ!」
文句を言いながら走り出した。こんな奴と遭遇したら終わりだ。全力で走る。枝分かれした道の向こう側から、その強い魔物を感じて血の気が下がった気がしたけれど、シロとキロが先導した道は、その魔物がいない道だ。
それが正しい道なのか、それとも魔物を避けて選んだ道なのか、どっちなのかは分からない。ただ飛んでいく二匹の後を、全力で追うだけだ。
「クックー!」
「グッググー!」
二匹が声をあげた。そこで通路が終わっているのが分かって、俺たちも全力で走りきる。
その場所は広場のようになっているけど、俺たちが穴から落ちた場所よりは狭い。そして他に通路はない。行き止まりだ。
「ちょっと、シロ……っ!」
「おいって、いいのかよこれ……っ!」
強い魔物がこっちに向かってきているのが分かる。これじゃ逃げ場がない。疑問にすら思わず二匹についてきてしまったわけだけど、本当に良かったんだろうか。
「クックッ!」
「グーッ!」
二匹が慌てた様子で翼をばたつかせている。よくよく見ると、二匹のいるその下に、何かが突き出ているのが見えた。
「……剣? の、柄?」
その割には細く見えるから、剣じゃないかもしれないけど。地面から突き出ているのは、確かに剣の柄っぽいものだ。
「これを抜いて欲しいのか?」
「グッ!」
イサの質問にキロが力強く頷き、シロも早くと言わんばかりに、激しく羽ばたいている。
「――うん」
「分かった」
俺とイサは顔を見合わせて頷いた。同時に剣の柄を握る。すでに魔物は近い。もう間もなく姿も見えてしまうだろう。
ここまで来たんだ。だったら、最後までシロに言われるままに、動いてやる。
「くぅっ……!」
「ぐぬぬっ……!」
簡単に抜けるということもなく、俺とイサは握る手に力を込める。ビクともしない、と最初は思ったけど、少し動くのを感じた。
「ククッ!」
「ググッ!」
シロとキロが俺たちの周囲をパタパタ飛び回る。通路の先に魔物の影が見えた瞬間、剣がズルッと動いた。
「よしっ!」
「抜けるっ!」
俺たちは一気に剣を引っこ抜いた。反動で、二人揃って足を滑らせて地面に座り込んでしまったけど、それでもお互いに剣から手を離さなかった。
けれど、ついに魔物の姿が見えて、俺は「ヒッ」と小さく呻く。毛むくじゃらの、六本くらいある足で歩く魔物。そいつの目が俺を捉えた。殺される、と思ったその時だった。
――剣が、強い光を放った。
「クッククー! ククーーーーー!」
「ググッグー! ググーーーーー!」
同時に、シロとキロも大きく声をあげたと思ったら、二匹の体も光った。――その瞬間、二匹のいる場所に、大きな鳥のような姿が、見えた気がした。
「シロっ? ……っ!」
「キロっ…………!」
驚いて名前を呼んだけれど、あまりの眩しさに目を瞑る。それでも眩しくて、さらに腕でも目を覆ったのだった。
※ ※ ※
「クックー!」
「グッグー?」
それからどのくらい時間がたったのか。シロの声がして、頭に何かが乗ったような感じがして、俺は目をあける。けれど、先ほどの眩しすぎる光のせいで、目がしょぼしょぼして、焦点が上手く合わない。
何度も瞬きをして、ようやく周囲の様子が見えてきた。イサが盛んに瞬きしている。俺の頭に乗っているのはシロだろう。
ただ、先ほど見えた魔物の姿はなく、近くにいる感じもない。そして、目を瞑る直前に見えた、大きな鳥のようなものもいない。
「どうなってるんだ?」
「魔物はいないのか?」
「クークー!」
「グーグー!」
俺たちがキョロキョロしながら疑問を口にするけど、シロとキロは楽しそうに鳴くだけだ。
一体何があったのか。先ほど強い光を放った剣は、今はただの細身の剣だ。シロもキロも何もなかったかのように、それぞれ乗っていた頭から飛んで、二匹でじゃれ合い始めているのを見て、俺は肩の力を抜いた。
「……ま、いいか」
「だな」
俺とイサは、顔を見合わせて苦笑した。けれど、すぐイサが真顔になって俺に手を差し出してきた。
「なあリグロ、この先も一緒に行かないか? 一緒に世界を巡って冒険して、そしていつかここに戻ってきて、今日の謎を解き明かそうぜ!?」
「……ん」
村じゃずっと変わり者扱いだったから、家族とそんなに仲良かったわけじゃない。友だちと言える人もいなかった。だから、こんな風に手を差し出してくれる人がいることが嬉しい。
「俺の方こそ頼むよ。一緒に冒険しよう!」
「おうっ!」
そして、俺たちはガッチリ手を握り合った。そうしたら、その上にシロとキロが降りてくる。
「ククッ!」
「ググッ!」
自分たちも一緒だと、少し拗ね気味に訴えているのが分かって、俺はシロの頭を指でなでる。イサも同じようにキロを撫でている。
「当たり前だよ」
「よろしくな」
「クークー!」
「グーグー!」
機嫌を直したように二匹が鳴いて、また俺たちは笑った。さて、そうと決まったのはいいけど、問題がある。
「ここからどうやって出るのか、だけど……」
「出られたとしても、街の奴らがキロを魔物だと思い込んでるから、追ってきてる可能性があるんだよな」
「イサのところもかぁ。俺のところも多分そんな感じだ」
まあ落ちてきたわけだから、入ったところから出られる可能性は、限りなく低いけど。だけどそうなると、別に出口はあるんだろうか。
「クッククー!」
「ググー!」
パタパタと二匹が飛ぶ。そして、「こっちだよ」と言わんばかりに飛んでいった先を見て、俺たちはそろって絶句した。
「……なんで、つうろ」
「……いきどまり、だったよな?」
そう。俺たちがここに来たときは間違いなく行き止まりだったはずの場所なのに、確かに今、新しい通路が見えている。
けれど、俺たちの驚きなんか関係ないと、シロもキロもパタパタ先に進んでしまう。
「謎ばかりだ」
「全くだな」
でも。
「「だから、楽しい」」
声が、揃う。走りながらお互いに笑う。
そして、先を飛ぶシロとキロのあとを、走って追いかけるのだった。
ーーーーーーーーー
「ねぇ、イサって名前の由来、あるの?」
「ん? 一番目の子どもの茶色の髪っていうんで、最初はイッチャって呼ばれてたらしいな。それが、何だか呼びやすいようにってんで、イサになったらしいぜ?」
「ああ、やっぱり、名前ってそんな感じだよね」
↑
本文中に入れられなかった、イサの名前の由来をちょっと紹介。(いらんと思われそうだけど)
この作品は、AIで出た絵を参考に浮かんだ話になります。
以下、挿絵挿入しています。
なんで翼が三枚なんだろうか、という疑問から、この二匹は元は翼が二対ある一匹の鳥で、それが何らかの理由で二匹に分かれちゃったんだ、という妄想からこの話が生まれました。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
「ええ? 違うよ。魔物はもっと怖いじゃないか」
「翼が三枚ある鳥がいるはずないだろう! さっさと捨てて……いや、ここで殺すぞ!」
「殺すって……ちょっと待って父さん! そんな、なんで!」
抗議したけど、目の前の父さんは全然聞く耳を持たない。近くに置いてあった、小さな木を切る為の斧を手に持って振り上げる。
その目は、俺の手の中にいる、小さな白い鳥に向いている。……けれど、その斧がまるで自分に向けられているような気がして、手が震えた。
「クー?」
命を狙われているなど思っていないのか、不思議そうに俺を見つめる小さな鳥が、やはり不思議そうに鳴いた。その鳴き声に、父さんの顔がさらに怖くなった。けれど、俺は逆に冷静になる。
「やはり魔物か! 死ねっ!」
その瞬間、俺は弾けたように走り出した。斧を振り下ろす父さんに背を向けて、全力で。家から飛び出す途中、普段から"冒険用"として置いていた荷物を持ち出す余裕のあった自分に、ちょっと驚いた。
※ ※ ※
「どうしようかなぁ」
村からも飛び出して近くの森の中を歩く。いつかは世界を巡る冒険に出てみたいと思ってたけど、これはもしかして、それが始まってしまったのだろうか。
「クー?」
小さな鳥が俺の肩に乗ってきて、俺は苦笑した。確かに見たことのない鳥だ。右側だけ翼が二枚あって、左は一枚。バランス悪いと思うんだけど、何も問題なく飛んでいる。
鳴き声だって明らかに鳥の鳴き声とは違う。普通の鳥じゃあり得ない。だから、魔物だと言いたいのも分からなくもない。
「でも違うのになぁ」
「クー?」
俺のつぶやきに、どうしたのとでも言いたいように、鳥が鳴いた。
魔物、と呼ばれる存在がある。鋭い牙や尖った爪を持ち、強い力で人を襲う存在。獣のように見えるけど、獣が人を襲うのは自らの腹を満たすためか、子どもを守るため。
でも魔物はそんなもの関係なく襲ってくる凶暴な存在だ。何の準備もなしに魔物と出会ってしまえば、間違いなく殺される。
魔物は人にとって恐ろしい存在だから、生かしておくな殺せ、というのは俺も分かる。でも、こいつからは魔物の感じがしない。
「……ま、いいか。それより、これからどうしようかなぁ。きっと父さんたち、お前のことほっとかないよな。人数集めて森の中に入ってくる」
「ク、ク」
「……少しは、危ないとか思わないのかな」
全然危機感のなさそうな小鳥にツッコんだ。だけど、それを言えば俺も同じかと思う。
父さんの狙いは本当に小鳥だったんだろうか。俺を狙っていると感じたのは、本当にただの勘違いなのだろうか。
「夢みたいなことばかり言ってるから、うっとうしがられてたもんな。――と、ここだ」
俺は足を止めた。
森の中の、少しだけ奥まった場所。普通なら、こんな所まで来ちゃ駄目だと言われている場所だ。
「ここでお前に会ったんだよな。で、なんでかついて来たわけだけど。お前はどこから来たわけ?」
小鳥と会った場所。ここに来たらたまたまいた。そして、帰ろうとする俺になんでかついてきた。別に劇的な出会いがあったわけでも何でもなく、ただそれだけだ。
「ク、クク、ククックク、クー!」
何だか嬉しそうに翼をパタパタさせて、そしてある一方向を翼が示した。それは、さらに森の奥に行く方向だ。
「あっちから来たのか?」
「クー!」
「もしかして、行きたい?」
「クークー!」
「お前だけで行けばいいんじゃ……イテッ」
「クッククッ!」
怒った。嘴で突いてきた。地味に痛い。どういうつもりなんだろうか。人の言葉は理解しているようだけど、こっちはこいつの言葉は理解できない。
「俺にも一緒に行って欲しい……ってことでいいんだよな?」
「クッ!」
頷かれた。
「うーん……」
正直に言えば、気がすすまない。奥に行けば行くほど、魔物の数が増えるからだ。
俺は、どうしてか魔物が近くにいると分かる。だから、魔物を避けて森の中を散歩するのも、特に問題なかった。
でもこれ以上先に行くと、避けようにも避けられなくなる。それが分かるから、先には行きたくない。
「どうしてもか?」
「クッ!」
「……そっか。じゃあ行くか」
一瞬躊躇っただけで、俺は頷いた。
俺は小さい頃から外の世界に憧れていた。あの小さな村の中で、農業を営んで結婚して一生を終えるのは嫌だった。いつか村を出て冒険家として世界を巡るんだと、そう思っていた。
夢物語だと思うし、そう言われてきた。村から一歩出たら、お前なんかあっという間に魔物に喰われるぞと言われてきた。それでもいいから外の世界に行きたいと言ったら、変なものを見るような目で見られた。
唐突だけど、きっとこれは冒険の第一歩だ。嬉しそうに俺を先導するように飛び始めた小鳥の後を、俺は追ったのだった。
※ ※ ※
「何だろう。魔物が避けていく、ような?」
心配していた魔物との遭遇が、全然ない。近くに来たと思っても、どうしてか魔物の方が避けていく。一応、荷物の中にナイフは入ってるけど、遭遇したところで倒すなんて無理だ。避けて逃げるしかないと思っていたのに、どういうことなんだろうか。
「ククッ、クー!」
何やら誇らしそうに体を反らしているけど……まさかな?
「それよりも、お前の名前でも決めようかな」
いつまでもお前だの小鳥だのじゃ、味気ない。出会った動物に名前をつけるのも、冒険の醍醐味だ。
「――よし、体が白いからシロ!」
「クッ!」
「イテッ。何だよ、やなの?」
「クッ!」
そうか。いいと思ったんだけどな。じゃあ後は。
「翼が三枚あるから、ツバサンとか」
「クッ!」
「痛いっ! 尾が長いから、オナガ!」
「クックッ!」
「だから痛いっ! 森で会ったから、モリア!」
「クックックッ!」
「だから痛いって! 何が駄目なんだよっ!?」
名前というのは見た目の特徴とか、生まれに応じてつけられるものだ。
俺は髪が黒くて、三番目の子どもだった。だから、「三」の別の読み方「スリー」と「クロ」を合わせて、最初はスリクロと名付けられたらしい。それが、村の年寄りたちの呼びやすいように変わっていって、最終的に「リグロ」で落ち着いたと聞いたことがある。
「もういいじゃんか! シロ! お前の名前は、シロだ!」
「……クー」
頷いた。……項垂れた? いや、今のは頷いた。しょうがなくとか渋々とか、そんな雰囲気だけど。間違いなく頷いた。
「よし、じゃあシロ! これからもよろしくな!」
「クー……」
俺を見る目は恨めしそうだけど、決めたものは変えるつもりはない。
「それでシロ、目的地はまだか?」
「クッ」
不満ありありで、それでも翼で指し示してくれたので、そっちを見る。そして、驚いた。
「……洞窟?」
「クックックー!」
そこにあったのは、大きく穴を開けた、まさに洞窟だ。
翼を大きく広げて鳴くと、俺の肩に降りてきた。そして、行こうと言わんばかりに、洞窟の方に向かって嘴を動かしている。
「こんなところに洞窟なんてあったんだ」
来たことないから知らなかった。そのまま歩いて洞窟の前に立って、ちょっと顔だけ中に入れる。
「暗いなぁ。いや、確かランタンがあったよな……」
持ってきた荷物の中の、明かりを採るためのランタンと、火をつけるための火打ち石を取り出す。暗いところを歩くのも冒険にはありがちだから、ちゃんと準備はしている。
「よし、行こうか」
ランタンに火がついたのを確認して、俺はそれを持って洞窟に入る。やっぱり暗いと思いながら……たぶん洞窟に入って五歩目くらいのとき、踏み出した足の先には地面がなかった。
「うわぁっ!?」
「クーッ!」
坂道、下り坂……いや、落とし穴? とにかくバランスを崩して落ちていく俺の耳に、やたら楽しそうなシロの鳴き声が聞こえたのだった。
※ ※ ※
俺は落ち続けていた。どのくらい時間がたったかなんて分からない。もしかしたら短かったのかもしれないけど、俺にとってはとんでもなく長かった。悲鳴を上げてたかもしれないけど、それもよく分からない。
ただ暗い中を落ち続けていく。かと思ったら、急に俺の体が何かに支えられたように、落下が止まった。
「あ、あ、え? ヒェッ!?」
と思ったら、上に弾かれた。今度ははっきり悲鳴を上げる。また落ちる。と思ったら、また上に弾かれる。
それを二度三度繰り返すと、俺も落ち着いてきた。暗かったはずの周囲は、明るくなっている。そして、俺の下にあるのは弾力性のあるものだ。それが何なのかは分からないけど、だんだん面白くなってきて、自分でその上をジャンプした。
「クークー!」
そんな俺の回りを、シロが嬉しそうにパタパタ飛び回る。どうやらこいつも無事だったらしい……というか、飛べるから当たり前なのかもしれないけど。
俺もようやくジャンプするのをやめて、その場に着地する。周囲を見回すと、ここは広場のようになっていて、そこから一本伸びる通路が見えた。
あの通路を行った方がいいんだろうか。シロに聞いてみようと思ったら、シロが上を向いている。「どうした……」と聞き始めたとき、絶叫が上から響いた。
「ぎゃあああぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!?」
上の穴から何か……誰か?が落ちてきた。このとき、天井にいくつも穴が空いていることに初めて気付いた。その誰かは、俺の立っているものの中にめり込み、そして上にはじき出される。
「ぎゃああぁぁぁぁああぁぁっ!」
「おわぁっ!?」
再びその誰かが絶叫して、ついでに俺も叫んだ。そいつがはじき出された瞬間に俺の足元も歪んで、投げ出されてしまったのだ。
弾力のあるものは広い範囲にあるわけではないようで、投げ出された先は、固い地面だった。とはいっても怪我するほどの高さがあったわけじゃないから、大丈夫だ。
もしかして、この弾力性のあるものは、落とし穴にはまった奴を受け止めるためのものなんだろうか。自然にそんなものが置かれるはずないと思うんだけど。ここは親切な設計に喜ぶべきか。
落ちてきた奴を見ると、俺と同じくらいの歳の男だ。さっきは悲鳴を上げていたのに、今は楽しそうにジャンプしていて、さらにそいつの周りを小鳥が飛んでいる。
「グーグー!」
シロによく似てる、と思ったけど、鳴き声がちょっとこもってる。色は黄色だ。翼は三枚あるけど、シロとは逆で左側の翼が二枚ある。尾はシロより短めだ。
「クークー!」
「グーグー!」
「クッククー!」
「ググッグー!」
シロがその黄色の小鳥に呼びかけるように鳴いたと思ったら、そいつもシロに答えるように鳴き始めた。そして、クーだとグーだの、楽しそうに鳴き合っている。
「シロ、知ってるのか?」
「キロ、知り合いか?」
俺と男の声が、揃った。
※ ※ ※
「俺はイサってんだ。そしてこっちはキロ! よろしくな!」
「……グッ」
とりあえず自己紹介することにした。キロと呼ばれたシロに似た小鳥は、どことなく拗ねた感じで、小さく鳴く。それが、俺がシロと名付けたときの様子と何となく被ってるから、もしかして気に入らないのだろうか。
「俺はリグロだ。こっちはシロだ。よろしく」
「……クッ」
やっぱりシロも似たような反応だけど、俺は気にせず話を続ける。
そして分かったのは、イサと名乗った彼の出身は、俺の村から一番近い街らしい。俺も名前くらいは聞いたことがある街だ。
キロとは街の端の方で偶然出会って、なんでか後を付いてきて、魔物だと殺されそうになったから連れて逃げてきた、とどこかで聞いたような話だ。
「まあいいんだけどな。いつかは街を出て世界中を旅してみたかったから。いい機会だったんだと、思うことにした」
イサのその考えも、俺とビックリするくらいにそっくりだ。
「なぁなぁ、シロって名前、体が白いからか?」
「そうだよ。でもさ、シロはあんまり気に入ってないっていうか、渋々受け入れたみたいな感じなんだよ」
「やっぱりか!? キロもさ、体が黄色いから、最初はキイロにしようと思ったら嫌がるから、ちょっとひねってキロにしたんだけどさ。やっぱり不満そうなんだよな」
「そっちもか! 何が嫌なんだろうな」
「全くだ」
「……クッ」
「……グッ」
フイッと視線を逸らせる二匹を見て、こっちがため息をつきたくなった。
「それで、俺たちどうしたらいいんだ?」
「だよな。上にゃ戻れないもんな」
上の穴を見上げる。多分、このうちのどれかから落ちてきたんだろうけど、穴はずっと上だ。手を伸ばしても届かない。仮に届いたとしても、落ちてきた穴を登っていくのは無理だ。
となると、残るはこの広場から伸びる一本の通路。
「クー!」
「グー!」
俺とイサが目を向けると、シロとキロがさあ行こうとばかりに大きく鳴いた。行くしかなさそうだ。問題は……。
「魔物、いるよね」
「いるな」
二人で顔を見合わせる。イサの確信したような言い様、もしかして俺と同じく魔物がいれば分かるのか。お互いに探るように見たのは一瞬で、すぐに笑った。
「行こう!」
「おお、行こうぜ!」
そして歩き出そうとして……気付いた。手に持っていたはずのランタンがない。辺りが明るいから問題はないけれど、この後暗くなったら明かりがない。
「どうした?」
「ランタンがないんだ」
言いながら気付く。あの長いか短いか分からないけど、落ちている間に落としたのだろうと。それ以外に考えられない。
「あーっ! 俺もじゃん!」
イサも叫んだ。そうだよな、イサだって落ちてきたんだから。
「クー!」
「グー!」
シロとキロがそれぞれ違う場所で翼をパタパタさせている。その下に何か残骸のようなものがあることに気付いて、俺は慌てて走り寄った。
「ランタンだ……」
「ぶっこわれてやがる……」
俺とイサが肩を落としたのは、同時だった。
※ ※ ※
「なあリグロ、なんで明るいんだろうな」
「俺も不思議に思ってたところだよ」
完全に壊れたランタンにいつまでも打ちひしがれているわけにはいかないので、気を取り直して俺たちは通路をすすんでいる。シロとキロが、パタパタ楽しそうにじゃれ合って飛びながら、俺たちの先導をしている。
地面も周囲の壁も岩肌で、なんで明るいのかが分からない。洞窟から落ちてきたってことは地下深いはずだから、光が入るはずもない。
「こういうとき、熟練の冒険家なら理由が分かるのかな」
「かもな。たくさん冒険して知識を深めてから、こういう不思議に遭遇してみたかったな」
「確かに」
今の俺たちじゃ、ただ不思議に思うしかできない。それがもったいないと思う。もしかしたら、今まで知られていない力が色々詰まった場所かもしれないのだ。
通路はいくつか枝分かれしているけれど、シロもキロも迷う様子もなく、道を選んで進んでいく。適当にすすんでいるんじゃないといいなと思うけど。
そして、やっぱり魔物とは遭遇しない。いるのは分かるし、近づいてきて緊張したこともあるけど、魔物の方が避けていく。まさかとは思うけど、その理由として考えられるのは、シロとキロしかいない。
「……一体、何なんだろうなぁ」
「あの二匹が、一番の不思議かもしんねえな」
「……そうだね」
相変わらず、クーだのグーだのとじゃれ合っている二匹を、俺とイサは苦笑しながら見る。……と、二匹の動きが止まった。
「どうしたんだ……って」
「おいこれ……」
魔物が近づいてきている。けれど、この魔物の強さは、今までとは違う。段違いに、強い。
「クッククックーッ!」
「ググッグッググーッ!」
シロもキロも目に見えて慌てだした。そして、俺たちの方に飛んできたと思うと、早くしろと言わんばかりに頭を蹴飛ばしてくる。
「分かったから、蹴るなっ!」
「いてぇんだよ! 少しは加減しろ!」
文句を言いながら走り出した。こんな奴と遭遇したら終わりだ。全力で走る。枝分かれした道の向こう側から、その強い魔物を感じて血の気が下がった気がしたけれど、シロとキロが先導した道は、その魔物がいない道だ。
それが正しい道なのか、それとも魔物を避けて選んだ道なのか、どっちなのかは分からない。ただ飛んでいく二匹の後を、全力で追うだけだ。
「クックー!」
「グッググー!」
二匹が声をあげた。そこで通路が終わっているのが分かって、俺たちも全力で走りきる。
その場所は広場のようになっているけど、俺たちが穴から落ちた場所よりは狭い。そして他に通路はない。行き止まりだ。
「ちょっと、シロ……っ!」
「おいって、いいのかよこれ……っ!」
強い魔物がこっちに向かってきているのが分かる。これじゃ逃げ場がない。疑問にすら思わず二匹についてきてしまったわけだけど、本当に良かったんだろうか。
「クックッ!」
「グーッ!」
二匹が慌てた様子で翼をばたつかせている。よくよく見ると、二匹のいるその下に、何かが突き出ているのが見えた。
「……剣? の、柄?」
その割には細く見えるから、剣じゃないかもしれないけど。地面から突き出ているのは、確かに剣の柄っぽいものだ。
「これを抜いて欲しいのか?」
「グッ!」
イサの質問にキロが力強く頷き、シロも早くと言わんばかりに、激しく羽ばたいている。
「――うん」
「分かった」
俺とイサは顔を見合わせて頷いた。同時に剣の柄を握る。すでに魔物は近い。もう間もなく姿も見えてしまうだろう。
ここまで来たんだ。だったら、最後までシロに言われるままに、動いてやる。
「くぅっ……!」
「ぐぬぬっ……!」
簡単に抜けるということもなく、俺とイサは握る手に力を込める。ビクともしない、と最初は思ったけど、少し動くのを感じた。
「ククッ!」
「ググッ!」
シロとキロが俺たちの周囲をパタパタ飛び回る。通路の先に魔物の影が見えた瞬間、剣がズルッと動いた。
「よしっ!」
「抜けるっ!」
俺たちは一気に剣を引っこ抜いた。反動で、二人揃って足を滑らせて地面に座り込んでしまったけど、それでもお互いに剣から手を離さなかった。
けれど、ついに魔物の姿が見えて、俺は「ヒッ」と小さく呻く。毛むくじゃらの、六本くらいある足で歩く魔物。そいつの目が俺を捉えた。殺される、と思ったその時だった。
――剣が、強い光を放った。
「クッククー! ククーーーーー!」
「ググッグー! ググーーーーー!」
同時に、シロとキロも大きく声をあげたと思ったら、二匹の体も光った。――その瞬間、二匹のいる場所に、大きな鳥のような姿が、見えた気がした。
「シロっ? ……っ!」
「キロっ…………!」
驚いて名前を呼んだけれど、あまりの眩しさに目を瞑る。それでも眩しくて、さらに腕でも目を覆ったのだった。
※ ※ ※
「クックー!」
「グッグー?」
それからどのくらい時間がたったのか。シロの声がして、頭に何かが乗ったような感じがして、俺は目をあける。けれど、先ほどの眩しすぎる光のせいで、目がしょぼしょぼして、焦点が上手く合わない。
何度も瞬きをして、ようやく周囲の様子が見えてきた。イサが盛んに瞬きしている。俺の頭に乗っているのはシロだろう。
ただ、先ほど見えた魔物の姿はなく、近くにいる感じもない。そして、目を瞑る直前に見えた、大きな鳥のようなものもいない。
「どうなってるんだ?」
「魔物はいないのか?」
「クークー!」
「グーグー!」
俺たちがキョロキョロしながら疑問を口にするけど、シロとキロは楽しそうに鳴くだけだ。
一体何があったのか。先ほど強い光を放った剣は、今はただの細身の剣だ。シロもキロも何もなかったかのように、それぞれ乗っていた頭から飛んで、二匹でじゃれ合い始めているのを見て、俺は肩の力を抜いた。
「……ま、いいか」
「だな」
俺とイサは、顔を見合わせて苦笑した。けれど、すぐイサが真顔になって俺に手を差し出してきた。
「なあリグロ、この先も一緒に行かないか? 一緒に世界を巡って冒険して、そしていつかここに戻ってきて、今日の謎を解き明かそうぜ!?」
「……ん」
村じゃずっと変わり者扱いだったから、家族とそんなに仲良かったわけじゃない。友だちと言える人もいなかった。だから、こんな風に手を差し出してくれる人がいることが嬉しい。
「俺の方こそ頼むよ。一緒に冒険しよう!」
「おうっ!」
そして、俺たちはガッチリ手を握り合った。そうしたら、その上にシロとキロが降りてくる。
「ククッ!」
「ググッ!」
自分たちも一緒だと、少し拗ね気味に訴えているのが分かって、俺はシロの頭を指でなでる。イサも同じようにキロを撫でている。
「当たり前だよ」
「よろしくな」
「クークー!」
「グーグー!」
機嫌を直したように二匹が鳴いて、また俺たちは笑った。さて、そうと決まったのはいいけど、問題がある。
「ここからどうやって出るのか、だけど……」
「出られたとしても、街の奴らがキロを魔物だと思い込んでるから、追ってきてる可能性があるんだよな」
「イサのところもかぁ。俺のところも多分そんな感じだ」
まあ落ちてきたわけだから、入ったところから出られる可能性は、限りなく低いけど。だけどそうなると、別に出口はあるんだろうか。
「クッククー!」
「ググー!」
パタパタと二匹が飛ぶ。そして、「こっちだよ」と言わんばかりに飛んでいった先を見て、俺たちはそろって絶句した。
「……なんで、つうろ」
「……いきどまり、だったよな?」
そう。俺たちがここに来たときは間違いなく行き止まりだったはずの場所なのに、確かに今、新しい通路が見えている。
けれど、俺たちの驚きなんか関係ないと、シロもキロもパタパタ先に進んでしまう。
「謎ばかりだ」
「全くだな」
でも。
「「だから、楽しい」」
声が、揃う。走りながらお互いに笑う。
そして、先を飛ぶシロとキロのあとを、走って追いかけるのだった。
ーーーーーーーーー
「ねぇ、イサって名前の由来、あるの?」
「ん? 一番目の子どもの茶色の髪っていうんで、最初はイッチャって呼ばれてたらしいな。それが、何だか呼びやすいようにってんで、イサになったらしいぜ?」
「ああ、やっぱり、名前ってそんな感じだよね」
↑
本文中に入れられなかった、イサの名前の由来をちょっと紹介。(いらんと思われそうだけど)
この作品は、AIで出た絵を参考に浮かんだ話になります。
以下、挿絵挿入しています。
なんで翼が三枚なんだろうか、という疑問から、この二匹は元は翼が二対ある一匹の鳥で、それが何らかの理由で二匹に分かれちゃったんだ、という妄想からこの話が生まれました。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
応援ありがとうございます!
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