緑の袱紗が鳴るとき

ホルモンヤん

文字の大きさ
5 / 12

5

しおりを挟む
 翌朝部屋に戻った兄様に昨夜の出来事を尋ねると、少し目元を赤くし些か憂いを帯びた表情で、仕事に集中してたんだよごめんねと返事するだけだった。兄様は暗い顔のまま無言で朝食をとる。ただ作業のように口に運ぶだけで、俺と視線を合わせる事すらしてくれない。
 長い沈黙に耐え切れず口を開こうとすると、とんっと部屋の襖が開き女中が手を着き話しかけてきた。

「藍川様、本日の昼下がりにお茶会を開くとご当主より申し付かっております」

 どうやらまた茶会を開くらしい。茶道の家元とはこういうものなのかと考えていると、

「えっ、昨日もなのにそんな——!」
「ご命令ですので、わたくしの方からはこれ以上申し上げられません」

 兄様の声は悲鳴めいたものだった。茶会があまり好きではないのだろうか? 確かに言われてみれば体調の悪さは昨日の茶会の時からだ。そう思い至った俺はなんとか後日にならないかと頼んでみるも、ご命令ですのでとあっさりと返された。
  
 女中が襖を閉め、また兄様と二人だけになる。盆に載った皿を眺めるように顔を下に向け、何かに苦悶するように沈黙する。

「兄様……大丈夫ですか? どこかお身体が悪いのでは」
「いや、違う……。違うんだよ」

 そういって朝食を終え、兄様は足早に仕事場へと向かう。俺は心のもやが晴れなかった。ダメだ、あの女中では話にならない。 そう思い直し、俺は珠さんの元へと向かうことにした。
 あの人ならきっと兄様の体調が悪いのを慮ってくれるはず、そう信じて珠さんに部屋に向かい襖に手をかける。そこにはすでに先客がいたのか、賑やかな話し声が聞こえた。

「しかし、葉鶴さん。藍川家の者を引き取るなんて、とても人情の熱いお方やわ。あそこの当主はたかが工人やのにえらい横柄な態度で、うちはあまり好いとらんかったけど」

 一瞬、心臓が跳ねた。藍川家の名を聞いて、耳が無意識にその会話へ縫い付けられる。

「いえ、そんな滅相もない。職人たちに責任はあらしませんし、これも華族として、それに相応しく在りたいという私の勝手な行動ですわ」
「いや謙虚なこと。若いのに立派やわ。しかもその職人をお茶席にさそってはるんやろ? あの二人、お作法ちゃんとできるんやろか」

 女はあたかも心配そうに話すが、その言い方には、俺たちに対する妙な棘があり、手元が無意識に強張る。

「こういうものは慣れやと思いますし。そういうの気にせんと、奉公の労を兼ねてですから、大目に見てやってください」
「ほんま立派」

 女の声が再び響き、今度はため息交じりに言った。

「うちはそないな方たちにあまり会うてへんから。うちの息子たちにも見習わせたいものやわ」
「冗談言わんで下さい。いややわ、いけずなところあんねやからって、うちの屋敷の職人みていじめたらんとってくださいな?」

 カラカラと笑い声とともに、会話が続く。

 俺は襖にかけた手をそっと下ろした。どうやら珠さんと同じ華族が相手のようで、そちらの奉公人たちは良い待遇を受けていないらしい。
 ……そうだ、俺らはあくまで藍川家からの奉公に来ている身。それも親切に食事はもちろん、仕事場もしっかりとしたものが用意されている。あの茶会も労をねぎらうもの、そう言われてしまえば、こちらが断っていい理由などなかった。
 仕事場へと踵を返す。俺にできるのは仕事をして、出来の良い織物を収めることだけ。兄様の調子が悪くて出来ない仕事の分も俺が支えよう、そう考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

隣/同級生×同級生

ハタセ
BL
輪廻転生モノです。 美形側が結構病んでおりますので病んでる美形が好きな方には是非読んで頂けると有難いです。 感想いただけるとこの生き物は大変喜びます。

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 【花言葉】 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです! 【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。 ◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス

短編集

ミカン
BL
一話完結のBL小説の短編集です

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...