双花 冬の華

月岡 朝海

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 鳳凰が描かれた屏風に囲われた三つ布団の中はやけに静かで、見世から切り取られたような心にすらなる。亮芳は腕に抱いた津村の顔を、もう一度見やる。
「――どうして」
 はだけた寝間着から覗く滑らかな肌を眺めながら、ぼそりと尋ねた。何故番付最上位の花魁が、見世の若い衆如きと肌を重ねたのか。女郎と見世の者が内通する「朝込み」は確かに聞いたことがあるが、自分と津村はそうなるほど近しい間柄ではないし、二人きりで言葉を交わしたことすらない。
「傘のことと言えば、来ない訳にはいかぬだろうと思うて」
 はぐらかすようにそう言って、津村は小さく笑う。あれはそんな算段ゆえだったとは。花魁の手練手管を目の当たりにして、亮芳は内心舌を巻いた。

「昨日のお礼でありんす」
 切れ長の眸を伏せながら、静かな貌で津村は呟いた。
「前にも、雪の日の池からこの簪を拾うてくれた」
 そう言いながら、津村は髪に挿す銀の簪にそっと手を添える。
「覚えてたんですか」
 亮芳は目を見開いた。確かに池に捨てられていた巻龍の簪を拾い、届けたことがあった。けれど花魁になる数年前のそんな些細な出来事など、覚えているのは自分だけだと思っていたのに。
「忘れえせんよ」
 津村は顔を上げて、切れ長の眸で亮芳を捕える。その黒く澄んだ美しさに、吸い込まれそうになる。
「亮芳さんだけが、わっちを見てくれると……」
 そう話す語尾が、微かに震える。遠くからただ見詰めていた亮芳の視線の温度に、津村は確かに気付いていたのだ。亮芳だけが。長い間、吉原雀から見世の者まで総てに向けられていた視線に素知らぬ貌で耐えていた津村の胸の内を思うと、亮芳は心が潰れるように痛くなった。
「ずっとお慕いしていたでありんす……」
 涙を湛えた黒い眸で囁いて、津村は紅の取れかけた厚い唇に柔らかな笑みを浮かべる。感じたことの無い愛おしさに、亮芳は胸が苦しくなった。
 ――ああずっと、自分も。翻って己の心に気付かされ、亮芳はその華奢な薄い躯を力いっぱい抱き締める。津村はその浅黒い背中に腕を回し、微かに爪を立てた。

 固く瞑った眸の内に、昨夜の薄く色付く花弁が、真冬の白さとなってちかちかと舞っているのが見えた。





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