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翌朝駅前で別れようと思ったが、結局二人とも同じ方面の電車だった。原田の最寄りは坂本の隣駅で、クリニックは自宅ではなく、近くのマンションに住んでいるらしい。坂本の自宅からも自転車で行ける距離だ。改めて偶然に驚いてしまう。こちらは仕事の都合で越して来たのだが、彼は何故そこを選んだのだろう。昨日訊きそびれたことを口にすると、奥さんの地元やから、とぼそりと返され、そうなんや、と言ったきり何となく会話は途絶えた。日曜の夜を引き摺った始発の車両には、車輪の規則的な音だけが響く。
不意に原田が、なぁ、と小さい声で穴を開けた。
「また飲もうな」
静かな視線を向けながら呟く。その顔は友人のもののようで、語尾は違う温度にも思えた。
「…せやな、飲もう」
坂本は笑みを浮かべて、原田の後ろ姿を見送った。
きっと、もう会わないと決めたところで、顔を合わせてしまうだろう。急に娘のかかりつけの病院を変えるわけにもいかないし、同じ生活圏内なら他の場所でも会うかもしれない。それならもう一度会って、ちゃんと話した方がいい気がした。
後日、坂本は自分から原田に連絡した。連れて行ったのは海鮮と日本酒の旨い個室の小料理屋で、店員が襖を閉めた後にキスをした。その後はまた、ホテルで躯を重ねてしまった。
ああそうか、会いたかっただけや。坂本は原田の厚い体を抱き締めながら、甘い声で鳴いた。
それからは、時折会ってセックスをする関係に戻ってしまった。いや、大学時代はお互いに恋人が出来た期間は遠慮していたから、より悪くなってしまったのだろう。けれどクリニックで『先生』の顔をされるとどうしても胸がちくちくと疼いて、連絡したくなってしまう。向こうからも、予防接種で受診した帰り際に「お父さん、後でお薬取りに来てください」と言われたことがあった。
指定された午後八時に再びクリニックを訪れると、白衣を脱いだ原田が直接玄関で出迎えた。患者やスタッフの姿は無く、ところどころ消灯され待合室は薄暗い。
「こんな時間にお薬ですか、センセ」
診察室のドアを開ける原田を見上げながら、口の端で小さく笑う。向こうは答えないまま、丸椅子に腰掛けた坂本を後ろから抱き締めた。
「お父さん最近足りてへんでしょ、お薬」
原田は低く囁いて、耳の後ろに唇を押し当てる。いきなり弱いところを責められて、背筋がぞくっと痺れる。
「…お父さん、はやめろや」
息を震わせながら訴える。いつも言わんのに何なん。そんな趣味は無いで。
「ほな、センセもやめて」
原田は抱き締める腕に力を籠める。そうか、揶揄い半分でついこっちも呼んでしまっていた。
「ごめん、原田」
振り返りながら小さく謝って、向こうの唇をキスで塞ぐ。直ぐに舌を絡め取られて、口の中を掻き回される。
「んぁ…」
原田にキスされるといつも空気が足りなくなって、唇を離すと声が出てしまう。消毒薬の匂いの漂う部屋に自分の声が響いたのが恥ずかしくて、思わず掌で口を塞ぐ。
「我慢せんでええよ」
原田がワイシャツの上から胸の突起を擽る。びくんと反応したところで首筋を嘗め上げられ、坂本は甘い息を漏らすしかなかった。
小児用の狭いベッドには寝転がれず、そこに手を突いて立ったまま四つん這いのような格好になる。後ろから腰を掴んだ原田が、薄い膜を纏った熱い塊を蕩けた入口に押し当てた。この瞬間は何時までも慣れず、ぴくっと躯が跳ねてしまう。宥めるように何度もそこを熱さで擦られ、息が震えた頃にぐっと押し開かれた。
「坂本…」
熱く掠れた声で囁きながらゆっくりと挿し入れ、原田は坂本の耳裏にまたキスを落とす。お互いに時間の制約がある状況でも、彼は無理矢理激しく躯を揺さ振ったりしない。欲しいのはそれじゃない、とでも言いたげに、お互いの熱を少しずつ馴染ませていく。
原田は軽く坂本の腰を持ち上げて、弱い部分を突き立て始めた。逃れようと身を捩るが、肌蹴たシャツから露わになった胸の突起を弄られて、力が抜けていく。
「あぁッ…」
声を震わせる坂本にぴたりと上から覆い被さった原田は、顔を引き寄せ唇を塞いだ。
そういや、原田と顔を合わせたん久々やな。酸欠気味の頭でぼんやりと思った。春はお互いに忙しい時期で、ラインのやり取りすらしていなかった。敬語で話して社交辞令の笑みを浮かべるだけの歯痒さを、原田も感じたのだろうか。 ぎゅっとシーツを握る手が、大きな掌に包まれる。舌の上でチョコレートが溶けるように、頭の芯が甘く痺れだした。
しばらくして、原田は平日の休みを水曜に変えた。不動産業界の定休日だが、坂本は気付かない振りをした。
不意に原田が、なぁ、と小さい声で穴を開けた。
「また飲もうな」
静かな視線を向けながら呟く。その顔は友人のもののようで、語尾は違う温度にも思えた。
「…せやな、飲もう」
坂本は笑みを浮かべて、原田の後ろ姿を見送った。
きっと、もう会わないと決めたところで、顔を合わせてしまうだろう。急に娘のかかりつけの病院を変えるわけにもいかないし、同じ生活圏内なら他の場所でも会うかもしれない。それならもう一度会って、ちゃんと話した方がいい気がした。
後日、坂本は自分から原田に連絡した。連れて行ったのは海鮮と日本酒の旨い個室の小料理屋で、店員が襖を閉めた後にキスをした。その後はまた、ホテルで躯を重ねてしまった。
ああそうか、会いたかっただけや。坂本は原田の厚い体を抱き締めながら、甘い声で鳴いた。
それからは、時折会ってセックスをする関係に戻ってしまった。いや、大学時代はお互いに恋人が出来た期間は遠慮していたから、より悪くなってしまったのだろう。けれどクリニックで『先生』の顔をされるとどうしても胸がちくちくと疼いて、連絡したくなってしまう。向こうからも、予防接種で受診した帰り際に「お父さん、後でお薬取りに来てください」と言われたことがあった。
指定された午後八時に再びクリニックを訪れると、白衣を脱いだ原田が直接玄関で出迎えた。患者やスタッフの姿は無く、ところどころ消灯され待合室は薄暗い。
「こんな時間にお薬ですか、センセ」
診察室のドアを開ける原田を見上げながら、口の端で小さく笑う。向こうは答えないまま、丸椅子に腰掛けた坂本を後ろから抱き締めた。
「お父さん最近足りてへんでしょ、お薬」
原田は低く囁いて、耳の後ろに唇を押し当てる。いきなり弱いところを責められて、背筋がぞくっと痺れる。
「…お父さん、はやめろや」
息を震わせながら訴える。いつも言わんのに何なん。そんな趣味は無いで。
「ほな、センセもやめて」
原田は抱き締める腕に力を籠める。そうか、揶揄い半分でついこっちも呼んでしまっていた。
「ごめん、原田」
振り返りながら小さく謝って、向こうの唇をキスで塞ぐ。直ぐに舌を絡め取られて、口の中を掻き回される。
「んぁ…」
原田にキスされるといつも空気が足りなくなって、唇を離すと声が出てしまう。消毒薬の匂いの漂う部屋に自分の声が響いたのが恥ずかしくて、思わず掌で口を塞ぐ。
「我慢せんでええよ」
原田がワイシャツの上から胸の突起を擽る。びくんと反応したところで首筋を嘗め上げられ、坂本は甘い息を漏らすしかなかった。
小児用の狭いベッドには寝転がれず、そこに手を突いて立ったまま四つん這いのような格好になる。後ろから腰を掴んだ原田が、薄い膜を纏った熱い塊を蕩けた入口に押し当てた。この瞬間は何時までも慣れず、ぴくっと躯が跳ねてしまう。宥めるように何度もそこを熱さで擦られ、息が震えた頃にぐっと押し開かれた。
「坂本…」
熱く掠れた声で囁きながらゆっくりと挿し入れ、原田は坂本の耳裏にまたキスを落とす。お互いに時間の制約がある状況でも、彼は無理矢理激しく躯を揺さ振ったりしない。欲しいのはそれじゃない、とでも言いたげに、お互いの熱を少しずつ馴染ませていく。
原田は軽く坂本の腰を持ち上げて、弱い部分を突き立て始めた。逃れようと身を捩るが、肌蹴たシャツから露わになった胸の突起を弄られて、力が抜けていく。
「あぁッ…」
声を震わせる坂本にぴたりと上から覆い被さった原田は、顔を引き寄せ唇を塞いだ。
そういや、原田と顔を合わせたん久々やな。酸欠気味の頭でぼんやりと思った。春はお互いに忙しい時期で、ラインのやり取りすらしていなかった。敬語で話して社交辞令の笑みを浮かべるだけの歯痒さを、原田も感じたのだろうか。 ぎゅっとシーツを握る手が、大きな掌に包まれる。舌の上でチョコレートが溶けるように、頭の芯が甘く痺れだした。
しばらくして、原田は平日の休みを水曜に変えた。不動産業界の定休日だが、坂本は気付かない振りをした。
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