魔法使いと皇の剣

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4章 波乱

玉座

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 瓦礫が崩れ落ちる音、怒号、金属の軋む音が城内の廊下に響く中、サイスルはまるでその喧騒が他人事であるかのように、静かに玉座の間を目指していた。
 そのすれ違う騎士たちは、いずれも近衛の精鋭。鋭い目を光らせ、動乱の只中にある城の主を案じて、サイスルに声をかけてくる。

 だがそのたびに、サイスルは小さくため息を吐き、指先を軽く動かす。
 瞬時に放たれた魔法が騎士たちを沈黙させ、ひとつまたひとつと命が潰えていった。

 彼と共に歩む男もまた、躊躇なく剣を振るい、騎士たちの命を刈り取っていく。
 その男――モードは、もはや仮面を捨て去っていた。
 血を浴びたままの若い顔、癖のある黒髪は無造作に伸ばされ、瞳には狂気とも陶酔ともつかぬ光が宿っている。
 返り血に濡れた頬のまま、彼はサイスルに笑みを向けた。

「モード。楽しそうで何よりだ」

 サイスルの言葉に、モードは礼儀正しく一礼しながらも、その眼差しは喜悦に染まっていた。

「裏で糸を引くよりも、こうして剣を振るう方が性に合っているもので」

 やがて、玉座の間の扉が静かに開かれる。
 サイスルは足を止め、思わず小さく目を細めた。そこにいたのは、玉座に座らず天幕に掲げられた家紋を見つめているケイオスだった。

 彼らが部屋に入っても、ケイオスはまったく反応を示さない。
 沈黙の中、サイスルは丁寧な口調で言葉を投げかける。

「……殿下。ご避難されたかと思いましたが、まだ此方にいるとお聞きして」

 その声に、ようやくケイオスはゆっくりと振り返った。目を細めたまま、彼は短く告げる。

「……酔狂な余興は、これで最後か」

 サイスルは表情を変えずに応じた。

「気づいておられたのですね」

「信じてなどいなかった。最初から、な」

 ケイオスの言葉に、サイスルは微かに口角を上げた。

「では話が早い。こちらの彼は、ベイルガルドの教会兵にして剣の使い手。殿下の首をご所望でしてね」

 モードが軽く頭を下げた。

「ケイオス・オーデント殿。個人的な恨みはございませんが、我が国のため、その命をいただきに参りました」

 それに応えるように、ケイオスは静かに剣を抜いた。構えもせず、ただ立ち尽くす姿は、壮観ですらあった。

 ――その間にも、玉座の外から響く甲冑の音が徐々に近づいてくる。

 だがサイスルは気にも留めず、モードに視線を送る。
 次の瞬間、モードは風のように動き出した。

 その一撃は速く、鋭い。だが、ケイオスはただ一歩踏み込み、剣を振るって迎え撃った。
 金属がぶつかりあい、火花が散る。
 モードの剣は、かつてガルシアが使っていた力を分け与えられた王剣――その力をケイオスは一目で見抜いた。

「……ガルシアの剣か」

「ええ。貴方方がその力を生み出すために犠牲にした者たち……彼らにも親しい者達がいたのですよ、その恨みが届けてくれました」

 返答と同時に、ケイオスの剣が淡い光を帯びた。その剣閃が振り下ろされると、モードはまるで霧のようにその場から消え、次の瞬間、ケイオスの背後に姿を現す。

 だが王の反応は、刹那の迷いもなかった。
 即座に身をひねり、振り返りざまに鋭く一閃。

 モードはそれを受け止めるが、激しく交差した剣と剣が生む衝撃に、空気が唸った。

 その瞬間――

 モードの剣が、ケイオスの剣に引き寄せられるように形を変え、刀身がうねるように絡みついていく。
 まるで、失われた一部が本来あるべき形へと戻ろうとするかのように。

「……そんな馬鹿な」

 モードが一歩後退し、霧のように姿を消すと、サイスルの傍らへと現れた。

 サイスルはモードに剣を放り投げると、モードはそれを受け取り

「……私は、あんな話は聞いていませんでしたが?」

「神が武器に力を宿すように、死の魔法を刃に込められないかと試したが。元は一つ……それが自然と戻るのは、予想外だったがな」

 サイスルは淡々と語りながら、ケイオスの剣を見つめていた。
 その剣は、今や光を宿し、王の腕に絡みつくように馴染んでいる。

「……神の力を軽々しく扱うものではありません」

 モードの忠告に、サイスルは鼻で笑い、適当に返す。

「そうだな。だが、おかげでいいものが見れた」

 ケイオスは距離を取った二人に向け、剣を大きく振るう。

 刹那、眩い斬撃が光の軌跡を描き、空間を切り裂いて襲いかかってきた。

 モードは再び霧と化して回避し、サイスルは腕を振るって魔力の障壁を展開し、斬撃を防いだ。

 その隙を突いて、ケイオスはサイスルとの距離を詰める。
 だがサイスルは静かに右手を掲げ、呟く。

「剣を持つ者は、魔法使いには勝てんよ」

 その言葉と共に、閃光が奔り、雷のごとき魔力がケイオスを撃ち抜こうとした。
 だが、王は咄嗟に剣を構え、閃光を受け止めた。

 サイスルの口元が微かに緩む。

 ――それは、自分の創造した力に対する、皮肉なまでの満足だった。

 しかし、その隙を逃さなかった者がいた。

 再び現れたモードの刃が、ケイオスの背中を深々と貫いた。

 勝利を確信したモードの目に、次の瞬間、疑念と恐怖が浮かぶ。
 剣が、抜けない。

「……何?」

 動揺するモードの視界の端で、ケイオスがわずかに動いた。

 その腕が、まるで咄嗟に無意識に伸びるように、脇から逆手に剣を振り上げ――

 刃が、背後のモードを突き刺した。

 モードの口から、掠れた吐息が漏れる。
 その眼には、初めて――死を見たような、静かな驚きがあった。

 サイスルは目の前で繰り広げられる光景を、まるで歴史の一頁を記録する者のように静かに見つめていた。
 彼の瞳に宿るのは哀れみでも怒りでもなく、ただ淡々とした興味。そして、ついに訪れたその時――

 玉座の扉が勢いよく開かれ、騎士たちが怒号と共に雪崩れ込んできた。
 先頭に立つのは七騎士のバスバとアラン。彼らは剣を抜き、即座に玉座の異変に反応する。

「殿下!」

 バスバが叫び、血を流しながら膝をつくケイオスへと駆け寄り、その身を支える。
 一方、霧のように姿を消したモードは、すでにサイスルの傍らで倒れ込んでいた。

 剣を抜いたアランが一歩前に出ると、他の騎士たちも剣を構え、サイスルとその周囲を取り囲む。

「サイスル殿…! その者が何者か、ご存知であろう?」

 その声は丁寧ながらも、怒気と困惑がにじんでいた。
 サイスルは深いため息をつくと、どこか気怠げに口を開いた。

「彼はベイルガルドからの使者。私の部下とも言える存在だ」

 その言葉にアランは顔を紅潮させ、怒声を上げた。

「捕らえる必要などない…! 殺せ!」

 その命に応じ、剣を抜いた騎士たちが一斉に跳びかかる――が、次の瞬間、サイスルが静かに腕を一振りすると、足元の石床がぬかるみ、まるで底なし沼のように騎士たちの足を絡め取った。

「王に仕えるのが忠義であるならば、今この瞬間、誰に仕えるべきか――アラン公、答えてもらおうか」

 怒りに燃えるアランの瞳がサイスルを射抜くが、その足は泥に沈み、動きを封じられていた。

 サイスルは支えられて立ち上がるケイオスへと視線を向け、まるで語り部のように語り始める。

「かつてこの国は、魔法使いケンニグ・へリンスによって築かれた。オルフィーナの加護を受けるために。
 我が家系こそが、その血を引き、正統なる王を待ち続けていたのだ。真の王が現れた時、この国は再び“祝福の国”となる」

 バスバが剣を強く握り締め、怒りの声をあげた。

「貴様……国を裏切り、敵に通じ、民を苦しめておいて、王位を僭称するか! アラン ! 奴を逃すな!」

 しかしサイスルは笑みを浮かべ、穏やかに首を振る。

「違う。この国を壊したのは私ではない。民を顧みぬ王家と、隠された呪いを隠した者たちが、この結末を招いたのだ」

 その時、玉座の間の空気が一変した。
 重厚な足音が近づき、騎士に囲まれて現れたのはバウエル公、そしてその傍らには――

「……ハンベルグ様!?」

 王家の長、ハンベルグがいた。
 かつて病に伏せ、寝台から立つこともできなかった男が、今はまるで生まれ変わったかのように立っていた。
 だが、その目には生気はなく、まるで人形のように虚ろだった。

 騎士に支えられたケイオスは、父の変貌に震えながら咳き込んだ。

「バウエル公! これはどういうことだ!」


 アランが怒気をはらんだ声で問い質すが、バウエルは冷然とした声で応じた。

「国賊とは貴公らのことだ。オーデント家は長きに渡り、信仰者を迫害し、神への冒涜を繰り返してきた。そして先代ハンベルグ王は……病の神へ誓いを立て、我らを災厄へと導いたのだ!」

 アランが激昂する。

「それすらベイルガルドの策略ではないのか!? 今、王を討ったこの者こそが、最大の裏切り者だ!」

 だが、バウエルは怯むことなく言い放つ。

「事態を収めるには、サイスル殿の力が必要なのだ。彼こそ、オルフィーナの加護を再びこの地に取り戻す“真の王”。その証明として、病に堕ちたハンベルグ王を処刑しなければならぬ」

 玉座の間に、息を呑む沈黙が広がった。

 だが、その静寂を破ったのは、サイスルだった。

「両者の言葉に嘘はない。私がベイルガルドと内通していたのも事実だ。
 だが、それはこの地に訪れる災いを、予め知っていたからこそ。私は“選んだ”のだ。
 民を守るために」

 サイスルの言葉が、石造りの天井に反響する。

「忘れてはならない。かつてベイルガルドは“聖なる都”と呼ばれ、オルフィーナが治めていた。
 だが、時は流れ、神々の座も変わった。
 今のベイルガルドは病の神、アスケラの地。オルフィーナの庇護を失った国――このオーデントもまた、同じ道を辿りつつある」

 その言葉に、ケイオスが乾いた笑いを漏らした。

「では、ホイスタリンの軍は? あの“暴食の神”の眷属は誰が招いた? まさか……それも、否定はせんだろう?」

 サイスルはその問いに肯定の笑みで応える。

「勿論。これは神々による“粛清”なのだ。
 人間が神の意志を忘れ、加護を嘲り、己の理で世界を定めようとした結果が、今だ」

 アランはバウエルに詰め寄る。

「それでもお前は、こやつに従うというのか!?」

 バウエルは冷笑を浮かべた。

「正義などどうでもよい。勝つ者が正しく、敗れる者が滅びる――それだけのことだ。
 民の声も聞かぬ、国の形も選ばぬ。ただ勝者の側につく、それが私の決断だ」


 玉座の間に再び緊迫が走る中、バスバが剣を掲げて吼えた。

「ならば、ここで奴を斬る! もはや言葉は不要! 貴様のような者に、国は任せられぬ!」

 サイスルを取り囲む騎士たちが剣に力を込める。その刃先が彼へと向いたとき――
 サイスルはふと、冷ややかに言い放った。

「何故、このアスケラのセイクリッドランドにいながら、貴様らはまだ生きていられる?」

 その問いが、静かに空気を裂いた。

「神に背いた人間が、その身に受ける罰――それを、今ここで証明してみせよう。私自身が興味深いのだ。人の力がどれほどか」

 その言葉を合図にするかのように、今まで虚ろだったハンベルグが、突如として身体を痙攣させ、叫び声をあげた。

 骨が砕け、背中からは漆黒の翼が生え、顔は異形に変容し、喉からは二つ目の頭が現れる。
 爪は鋭く伸び、筋肉は異常に肥大化してゆく。

 その恐るべき変貌を前に、バウエルは慌ててサイスルをみた。

「サイスル殿! 我らの誓いは――!」

 だが、サイスルはただ冷たく、無感情に告げた。

「それならば――病には堕ちぬはずだ」

 ――世界が、崩れ始めていた。
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