魔法使いと皇の剣

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4章 波乱

足止め

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 オーデントの街を駆け抜けながら、ジンは焦りを隠せなかった。

 戦の影が刻一刻と迫るなか、避難を試みる市民の波を縫うようにして進む。彼らの目には恐怖と不安が滲み、必死に家財を抱え、騎士の指示に従いながら城壁内へと逃げ込んでいた。

 馬が必要だ。

 ジンはそう考え、街中の厩舎や馬屋を探し回った。しかし、既に兵士たちによって押さえられたのか、どこにも馬の姿はない。残されていたわずかな馬も、誰かが先に奪って逃げたのか、もぬけの殻だった。

 街のあちこちには貴族が抱える私兵たちが目を光らせ、脱出を試みる者たちを監視している。この状況では、馬を手に入れるのは難しい。

 ジンは息を吐き、選択肢を切り替えた。
 もっともベイルガルドから近い区画から徒歩で向かうために。

(……仕方ない。盗賊ギルド《梟の夜会》のアジトがあった区画へ戻るか。)

 騎士団が撤退した可能性は低いが、もしまだ区画が包囲されているなら、別の策を考えればいい。

 人目を避けながら屋根伝いに移動し、壁を乗り越え、かつての盗賊の根城へと向かう。


 アジトがあった区画に足を踏み入れた瞬間、ジンは違和感を覚えた。

(……静かすぎる。)

 以前この場を去ったとき、周辺には騎士団が多数展開していた。しかし今、通りには誰の姿も見えない。

 騎士団が撤退したのか?
 全滅したのか…

 どちらにしろ長いは無用だと外にむけ走ったジンはすぐ近くの見知った気配に足を足を止め、薄暗い瓦礫の影に目を向けた。

「……生きていたのか。ロスティン」

 かつて《梟の夜会》の幹部だった男が、崩れかけた建物の残骸にもたれかかるように座り込んでいた。

 ロスティンは血に濡れた服をまとい、荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……生きてる、か。はは……俺も、それが分からねぇんだ」

 微かな笑みを浮かべるが、その目は以前の鋭さを失い、どこか虚ろだった。

 ジンは警戒を解かぬまま、距離を詰める。

「何があった?」

「……見ての通り、全滅だよ」

 ロスティンは、かすれた声で答えた。

「騎士どもも、盗賊どもも……ジャズのあの怪物の前じゃ、誓いも忠誠も何の意味もなかった。盗賊の仲間もただの"餌"か"奴隷"になった」

 ジンは眉をひそめ、剣の柄に手を添える。

「……騎士団は壊滅したのか?」

「ああ、壊滅ってやつだ。だが"死んだ"とは限らねぇ」

「……どういう意味だ?」

「アイツは"餌"か"奴隷"か、選ばせた」

 ロスティンの声は冷え切っていた。

「騎士どもも、盗賊どもも……ジャズの前じゃ誓いも忠誠も何の意味もなかった。生き延びるために"従う"道を選んだ奴もいた。だが、それがどんな末路を意味するのか……考えるまでもねぇ」

 ジンは静かに息を吐いた。

「……噛みついた相手を従わせる、か」

 ロスティンは皮肉げに笑いながら、傷だらけの袖をまくる。そこには幾つかの裂傷が残っていたが、明らかに"噛み跡"はなかった。

「俺は自由が好きでね。ましてや噛みつかれて従うなんてゴメンだ。だから"逃げた"んだよ」

「どうやって?」

「"優秀な自分の力"で、だ」

 ロスティンは自嘲するように笑ったが、その目はわずかに光を宿していた。

 ジンは剣の柄から手を離し、冷静に問いかけた。

「ジャズは、どこへ行った?」

「さぁな。アイツは俺たちを"試した"後、満足したようにどこかへ消えた」

「……アイリーンを追うのか?」

 ロスティンは少し考えた後、首を振る。

「いや……違うな。アイツが真の王の命令に従うとは思えねぇ……ましてや、偽物の奴の命令にはな」

「つまり?」

「ジャズは、ベイルガルドのために動いている」

 ジンは静かに息を吐いた。

「……厄介なことになりそうだな」

「今さらだろ」

 ロスティンは瓦礫の上にゆっくりと立ち上がった。

「で、お前はどうする?」

「ベイルガルドへ向かう」

 ロスティンは薄く笑い、ジンの目をまっすぐに見据えた。

「それは……また狂ってるな」

「知ってる」

 ジンは目を細める。ロスティンは続けるように言った。

「……聞かないのか? 真の王が何者か、一体アイリーンを狙った偽物は誰なのか」

 ジンは首を振った。

「気にはなるが、俺の目的とは違う。深入りはしない」

 ロスティンは苦笑し、肩をすくめた。

「……違いない。まぁ、俺も全部知ってるわけじゃねぇがな」

 しばしの沈黙の後。ジンは踵を返し、歩き出す。

「……時間が惜しい。」

 ロスティンは鼻で笑い、ジンの後を追った。

「そうしな……もうじきこの国は終わる」


 ジンは歩みを止め、静かに問い返す。

「終わる?」

 ロスティンは、崩れかけた建物を見上げながら答えた。

「期限の"三日"にしたのは、この国が終わるまでのリミットだったからさ。騎士団に感づかれていたが、誓いにより逃げることができないボスのための賭けだった。」

 ロスティンはジンの様子を確かめるように話を続け

「もしお前らがレグラスを連れてくれば、俺たちは助かる。連れてこなくても、包囲してる騎士団はベイルガルドによって潰される。逃げるチャンスが生まれる」

 ジンは眉をひそめる。

「……ベイルガルド? 今、戦を始めてるのはホイスタリンだろう?」

 ロスティンは嗤うように言った。

「時期に分かるさ……まぁ、お前には関係ないだろうがな」

 ジンは沈黙のまま歩を進めながら、背後に付き従うロスティンに目を向けた。

「……話は終わったと思っていたが」

 ロスティンは肩をすくめ、軽く笑う。

「まぁ、つれないこと言うなよ。安全にオーデントを抜けるまでだ。どうせ道もわからないんだろう? だったら恨みを引きづらない俺を連れていくのが得策だろうさ」

 ジンはため息混じりに前を向いたまま、ロスティンの言葉を無視する。

「それに——」

 ロスティンは言葉を続けるように、気軽な調子で尋ねた。

「うちの半端者と竜族はどうした?」

 ジンは短く答える。

「別れた」

「おっと……ってことは、お前と二人旅か?」

 ロスティンは愉快そうに笑いながら言葉を継ぐ。

「まぁ俺は話が上手いから、お前は退屈しないだろうな。ただ、ちゃんと対話は頼むぜ?」

 ジンは相手にする気もなく前を向き続けるが、その次の瞬間、ふと足を止めた。

 視線を上げ、鋭い眼差しで周囲を探る。

「……やっぱり、お前を見て足を止めるべきじゃなかった」

 低く呟きながら、ジンはゆっくりと刀の柄に手を添える。

 ロスティンもそれに気づき、即座に短刀を構える。

「少なくとも、俺のせいではないぞ?」

 緊張が走る中、空気が張り詰めた。

 そして——

 バサッ

 羽ばたきとともに、闇を纏う影が上空から現れる。

「……仕留め損ねた獲物を追ってみれば……まさか、こんな形で顔を合わせるとはな」

 その声は冷たく、残忍な響きを孕んでいた。

「探していたわけじゃないが……顔を見たら、八つ裂きにしたくなってきたぜ」

 闇を背負いながら、空からゆっくりと降下してくるのは——

 吸血鬼、ジャズ。

 背から広げた漆黒の翼が、戦慄の余韻を引きずるようにゆっくりと揺れる。

 ジンとロスティンを見下ろしながら、彼は嗜虐的な笑みを浮かべていた。
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