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4章 波乱
種火
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太陽が昇り、黄金の光がオーデントの街を包み込む。しかし、その温もりを味わう者はいなかった。
街全体が、迫る戦の気配に支配されていた。
城壁の上には次々と騎士たちが配置され、弓を構えた者たちが静かに標的を見据える。城門前には、重厚な鎧をまとった兵士たちが槍を構え、整然と隊列を組んでいた。
彼らの視線の先——高原を越えた彼方、黒く蠢く影が揺らめく。日の光に照らされ、無数の人影が地平を覆い尽くしていた。
戦が、始まる。
アーベンは城壁の上からその光景を見つめていた。
周囲では騎士や貴族たちが慌ただしく命令を飛ばし、兵士たちの掛け声が響いている。緊迫した空気が城内を満たしていた。
「アーベン様、城内へお戻りください」
何人かの騎士が声をかけたが、彼は曖昧に頷くだけで応じなかった。
視線を先の軍勢に向け、次に足元の騎士たちへと移す。
——整然とした隊列。
——万全に整えられた防衛陣。
——発射準備を終えた弩砲(バリスタ)や投石機。
すべてが、これから訪れる激突の瞬間を待ち構えていた。
試し撃ちのごとく放たれた投石が轟音と共に宙を舞い、遠方の地へと着弾する。
(ここまでの準備が整っているのなら……少なくとも初手の守りは揺るがないだろうな)
そう判断したアーベンは、踵を返し、静かに自室へと向かった。
自室に戻ると、アーベンは深く腰を下ろし、ため息をついた。
「……不思議だな」
独り言のように呟く。
「故郷が戦火に晒されるというのに、私はむしろ次に何が起こるのか、期待している」
背後から、低く滑らかな声が返ってきた。
「左様で。羨ましい限りです。私はまだ貴方のように心が満たされておりませんので」
アーベンはわずかに首を傾け、背後に立つ影へと目を向ける。
「状況に変化はあったかい?」
男は少し考え込むように沈黙し、やがて静かに口を開いた。
「梟の夜会から、竜族は救出されました」
「……だろうね」
予想していた通りの答えに、アーベンは短く呟いた。
だが、男の次の言葉は意外なものだった。
「それと——これはまだ隠されている情報ですが……七騎士ガルシアが殺害されました」
アーベンは軽く眉を寄せる。
「……殺された?」
“死んだ”ではなく“殺された”——その表現に、彼はわずかな違和感を覚えた。
ガルシアはドルテ村の惨劇から生還し、すでに城へ帰還していたはず。命に別状はないと聞いていた。
「誰にだ?」
「まだ判明しておりません。ただ、遺体の状態からして、怨恨によるものかと」
アーベンはしばし沈思する。
ガルシアは平民出身ながら、七騎士の一員として国王ケイオスに忠誠を誓っていた。
だが、彼女には恨みを抱く者も多かった。特に“信仰者狩り”に関わっていた以上、恨みを買っていた可能性は高い。
男はさらに続ける。
「それと……ガルシアが持っていた“剣”が消えていました」
「……そうか」
アーベンは顎に手を当て、静かに考える。
剣——ケイオスが七騎士に与えた、王剣の力を分け与えた剣。
それが奪われたということは、ガルシアの死は単なる私怨によるものではなく、計画的な犯行である可能性が高い。
(……だが、まだ要素が足りない)
この件に深入りするべきか、それとも静観すべきか。アーベンは思考を巡らせ、やがて結論を出した。
(成り行きに任せるのが最善だな)
少なくとも、今は自分に直接火の粉が降りかかってくる状況ではない。
だからこそ、動かない。
「それで、逃げた竜族は?」
アーベンが話を戻すと、男は静かに首を振った。
「今は泳がせるとのことでしたの。私は何もしておりません。ただ……もう一人が動いているようですが」
「……そうか」
その時、部屋の扉がノックされた。
「アーベン様」
外から、騎士の声が響く。
「ホイスタリンの軍勢が目前まで迫っております。王の命により、至急退避を」
アーベンは一拍の間をおき、静かに答えた。
「……入りたまえ」
扉が開かれ、鎧に身を包んだ騎士が部屋へと足を踏み入れる。
しかし、彼はふと眉をひそめた。
「……?」
微かに、まだ残っているはずの誰かの気配。部屋に入った瞬間まで、確かに別の存在があったはず。
だが、アーベンの背後にいた男の姿は、いつの間にか掻き消えていた——まるで、最初から誰もいなかったかのように。
アーベンは、扉の外の喧騒を聞きながらゆっくりと立ち上がった。
(さて……どう動くか)
これから始まる戦。その行方を、アーベンは見据えていた。
街全体が、迫る戦の気配に支配されていた。
城壁の上には次々と騎士たちが配置され、弓を構えた者たちが静かに標的を見据える。城門前には、重厚な鎧をまとった兵士たちが槍を構え、整然と隊列を組んでいた。
彼らの視線の先——高原を越えた彼方、黒く蠢く影が揺らめく。日の光に照らされ、無数の人影が地平を覆い尽くしていた。
戦が、始まる。
アーベンは城壁の上からその光景を見つめていた。
周囲では騎士や貴族たちが慌ただしく命令を飛ばし、兵士たちの掛け声が響いている。緊迫した空気が城内を満たしていた。
「アーベン様、城内へお戻りください」
何人かの騎士が声をかけたが、彼は曖昧に頷くだけで応じなかった。
視線を先の軍勢に向け、次に足元の騎士たちへと移す。
——整然とした隊列。
——万全に整えられた防衛陣。
——発射準備を終えた弩砲(バリスタ)や投石機。
すべてが、これから訪れる激突の瞬間を待ち構えていた。
試し撃ちのごとく放たれた投石が轟音と共に宙を舞い、遠方の地へと着弾する。
(ここまでの準備が整っているのなら……少なくとも初手の守りは揺るがないだろうな)
そう判断したアーベンは、踵を返し、静かに自室へと向かった。
自室に戻ると、アーベンは深く腰を下ろし、ため息をついた。
「……不思議だな」
独り言のように呟く。
「故郷が戦火に晒されるというのに、私はむしろ次に何が起こるのか、期待している」
背後から、低く滑らかな声が返ってきた。
「左様で。羨ましい限りです。私はまだ貴方のように心が満たされておりませんので」
アーベンはわずかに首を傾け、背後に立つ影へと目を向ける。
「状況に変化はあったかい?」
男は少し考え込むように沈黙し、やがて静かに口を開いた。
「梟の夜会から、竜族は救出されました」
「……だろうね」
予想していた通りの答えに、アーベンは短く呟いた。
だが、男の次の言葉は意外なものだった。
「それと——これはまだ隠されている情報ですが……七騎士ガルシアが殺害されました」
アーベンは軽く眉を寄せる。
「……殺された?」
“死んだ”ではなく“殺された”——その表現に、彼はわずかな違和感を覚えた。
ガルシアはドルテ村の惨劇から生還し、すでに城へ帰還していたはず。命に別状はないと聞いていた。
「誰にだ?」
「まだ判明しておりません。ただ、遺体の状態からして、怨恨によるものかと」
アーベンはしばし沈思する。
ガルシアは平民出身ながら、七騎士の一員として国王ケイオスに忠誠を誓っていた。
だが、彼女には恨みを抱く者も多かった。特に“信仰者狩り”に関わっていた以上、恨みを買っていた可能性は高い。
男はさらに続ける。
「それと……ガルシアが持っていた“剣”が消えていました」
「……そうか」
アーベンは顎に手を当て、静かに考える。
剣——ケイオスが七騎士に与えた、王剣の力を分け与えた剣。
それが奪われたということは、ガルシアの死は単なる私怨によるものではなく、計画的な犯行である可能性が高い。
(……だが、まだ要素が足りない)
この件に深入りするべきか、それとも静観すべきか。アーベンは思考を巡らせ、やがて結論を出した。
(成り行きに任せるのが最善だな)
少なくとも、今は自分に直接火の粉が降りかかってくる状況ではない。
だからこそ、動かない。
「それで、逃げた竜族は?」
アーベンが話を戻すと、男は静かに首を振った。
「今は泳がせるとのことでしたの。私は何もしておりません。ただ……もう一人が動いているようですが」
「……そうか」
その時、部屋の扉がノックされた。
「アーベン様」
外から、騎士の声が響く。
「ホイスタリンの軍勢が目前まで迫っております。王の命により、至急退避を」
アーベンは一拍の間をおき、静かに答えた。
「……入りたまえ」
扉が開かれ、鎧に身を包んだ騎士が部屋へと足を踏み入れる。
しかし、彼はふと眉をひそめた。
「……?」
微かに、まだ残っているはずの誰かの気配。部屋に入った瞬間まで、確かに別の存在があったはず。
だが、アーベンの背後にいた男の姿は、いつの間にか掻き消えていた——まるで、最初から誰もいなかったかのように。
アーベンは、扉の外の喧騒を聞きながらゆっくりと立ち上がった。
(さて……どう動くか)
これから始まる戦。その行方を、アーベンは見据えていた。
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