魔法使いと皇の剣

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3章 神の肉

問答

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 黒衣の男は静かに再生を続ける神と、遠ざかる二つの人影を目で追っていた。その表情には微かな驚きと不敵な笑みが浮かんでいた。

(オーデントの王子が二人もこの地にいるとは……。だが、それ以上に……あの銀髪の魔法使い……彼女は何者だ?)

 男は考えを巡らせながら、自らの計画に思わぬ変化が訪れたことを理解していた。先ほど顕現させた騎士の身体を依代とした「神」は失敗作だった。それでも、暴食の神の片鱗を持つ存在――十分に利用価値があると彼は見ていた。

(それにしても、思わぬ行動を取ったものだ……。)

 男は苦笑を漏らした。神が顕現した直後、砦の屋上から飛び降りたかと思えば、銀髪の魔法使いと交戦を始めるなど予想外の展開だった。慌てて追ったものの、結果は損傷した身体――明らかに敗北の痕跡だった。


(だが……利用できる。こいつが名も無い出来損ないであれ、暴食の神の一部であることには変わりない。まだ役立てる余地はある……。)

 男はそう自らを納得させ、ひとまず安堵した。だが、それ以上に、別の収穫に胸を高鳴らせていた。

(オーデントの王子が二人もいる……。これを始末できれば、神からどれほどの恩恵を得られることか。そして、あの銀髪の女……もし私の予想通りであれば、二人の王子以上の価値を持つ存在になる……。)

 神の反応――そのわずかな変化に男は気づいていた。神が銀髪の魔法使いに特別な何かを感じ取っていることを、男は確信していた。

(そうだ……あの女は……。)

 考えを巡らせる男の背後に、唐突に声が響いた。

「何か嬉しいことでもあるのかね?」

 低く落ち着いた声――その響きに、男は反射的に振り向いた。そして、その目に映ったのは赤い髪を持つ忌まわしき存在――オーデント第一王子、アーベン・オーデントの姿だった。

 彼は微笑みながら、まるでこの状況を楽しむかのように、悠然と立っていた。その目は鋭く、彼の意図を読み取ろうとする黒衣の男を見透かすようだった。

「アーベン・オーデント……」

 男はその名を静かに口にしながら、動揺を隠すように笑みを作った。

「これは驚きだ。第一王子自ら私のような者にお声をかけてくださるとは……。」

 アーベンはその言葉に微かに肩をすくめ、剣の柄に軽く手を添えながら歩み寄った。

「驚かせたなら謝ろう。だが、どうやら君は楽しそうだったようだね。何か嬉しいことでもあったのかな?」

 その問いには、明らかな皮肉が込められていた。黒衣の男は、アーベンの言葉の裏にある意図を感じ取りながら、慎重に答えた。

「嬉しいこと……ええ、少々想定外の出来事がありましてね。ただ、貴殿とこうしてお会いできたのもまた想定外。これも神の導きということでしょうか。」

 その言葉に、アーベンは表情を変えずに微笑を浮かべたまま、ゆっくりとした口調で返した。

「神の導きか……。面白いことを言う。だが、確かにこれも決められた“運命”なのかね。」

 その言葉に、黒衣の男の目が僅かに揺れる。だが、アーベンはその動揺を逃さず、さらに一歩前に進みながら冷静な声で続けた。

「君が何を企んでいるか知らないが、できれば君の……いや、君たちの計画を聞かせてもらいたいね。」

 アーベンの穏やかだが冷ややかな声に、黒衣の男は思わずせせら笑った。その笑みには嘲りと優越感が滲んでいた。

「私が何者か知っていてお聞きでしょうね? 汚れた一族のアーベン王子。」

 その挑発的な言葉に、アーベンは僅かに眉を上げた。しかし、その反応には怒りや苛立ちの色はなく、むしろ興味深げな表情さえ浮かべていた。

「ふむ、国にいるとこういう不敬な発言は直接聞かないから新鮮だね……なるほど、あまりいい気分ではないね。」

 そして一息つくと、黒衣の男を鋭い目で見据え、彼の正体を口にした。

「ベイルガルドの黒衣の伝道者。」


 その名を呼ばれた男は、再生に時間がかかっている神を一瞥しながら、軽く肩をすくめる。そして、嘲るように口を開いた。

「逃げていれば良いものを……知力に優れているというのは噂だけのようですね。それとも、その温室育ちの身体で自信でも?」

 男の侮蔑に満ちた言葉に対し、アーベンは怯むどころか、軽く肩をすくめるだけだった。その態度に余裕さえ感じられる。

「もちろん、逃げるさ。そこの化け物を相手にするつもりはない。それに、君から聞きたいことも聞けそうにないからね。」

 そう言うと、さらに軽い口調で言葉を続けた。

「ああ、ちなみに“真の王”って、聞いたことはないかい?」

 その言葉に黒衣の男は一瞬眉をひそめた。何を意図しているのか理解できず、鼻で笑うように返答する。

「さて、薄汚いオーデント王族に代わる王のことでは?」

 嘲笑を浮かべる男に、アーベンはため息をつき、軽く首を振った。

「知らないようだね。まぁ、いいさ。」

 そう呟き、まるで話が終わったとばかりにアーベンは踵を返し、立ち去ろうとした。その行動に、黒衣の男は目を細め、低い声で呟いた。

「この地で愚かな民とともに眠れ、アーベン・オーデント。」

 その言葉と同時に、男は懐から短刀を抜き、音もなくアーベンに向けて迫った。確実に仕留められる――男にはそう確信していた。知略に優れていると評されるアーベンだが、武勇については何の噂も聞いたことがなかった。目の前の彼は鍛えられた体つきをしておらず、自分の一撃をかわすことなどできない――そう思っていた。

 だが、その一撃は空を切った。

「な……!」

 次の瞬間、静かに抜かれたアーベンの剣が、黒衣の男の身体を深く貫いていた。

 男は信じられないという表情で、自らの身体に突き刺さった剣を見下ろす。そのまま崩れ落ちるように膝をつき、苦悶の声を漏らす。

「……そんな……馬鹿な……。」

 アーベンは淡々とした表情で剣を引き抜き、倒れゆく男を見下ろしながら静かに口を開いた。

「戦う必要がないから鍛えていない――が、弱いわけではないさ。」

 その言葉は冷ややかでありながら、どこか嘲るような響きを持っていた。呻き声を上げる男を一瞥し、アーベンは再び踵を返す。そして、無造作に剣を鞘に納めながら、その場を去った
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