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魔法学園編

175 中毒 03(ザハールハイド視点)

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「そうですね」と私はイェレナ王女の意見を肯定した。

「我々王侯貴族は一般的には自身の着る外套にまでそれほどのこだわりを持たず、ましてや他の者たちと統一しようなどとは思わないものです。しかし、雪深い国では外套は重要なものですし、真っ白な雪の中に狩りに出た際に仲間をすぐに見分けるために色などを統一すると書物で読みました。そのような国の王女から外套の話があれば、リヒト様もすんなりと納得してくださるかもしれません」

 私が彼女の後押しをすると、「なるほど」と他の生徒たちも納得してくれたようだった。

「まさか、我々がリヒト様にすぐにお会いしたいがためにその方法を考えたなどとは言えませんから、できるだけリヒト様には違和感を抱かせない方がいいでしょう」

 もしかすると、カルロにはバレるかもしれないが……
 しかし、リヒト様はご自身へ向けられる好意に鈍いので、カルロが何か言ったところで「そんなわけがない」と流してくださる気がする。



 こうして、我々は制服だけでなく外套も統一したいという総意があることを言い訳にしてエトワール王国へと押しかけた。

 我々がそれぞれに動くとリヒト様に我々の動きがバレてしまうし、何よりもカルロに妨害する隙を与えるわけにいかないので、個々では動かずにイェレナ王女に段取りを任せることとなった。

 イェレナ王女はリヒト様との手紙のやり取りだけでなく、エトワール王へ我々全員の訪問の許可もとってくれた。

 イェレナ王女がそうして動いてくれている間、私はリヒト様に褒めてほしくて新しい論文を書いていた。
 新しい論文とは言っても、私は書くことが得意なだけで、何かを発見したり、応用することは得意ではない。
 だから、ライオスに話を聞いて、リヒト様が文章化したいと考えそうなものを論文としてまとめるのだ。

 ライオスは魔力量が少なくて多くの魔法を使うことはできないが、魔法への理解が深く、天才肌の魔塔の研究者たちが見落としがちな発見をいくつもしていた。
 しかし、ライオスは自分がわかるように文章としてまとめることはできても、誰が読んでも理解できる文章にすることは不得意なようで、私が論文にしてリヒト様に見せてもいいかと聞けば快く許可をくれた。
 もちろん、研究者の名前にはライオスの名前を記す。

「ライオスがこのような発見をしていたとは知りませんでした」
「私もライオスの話を聞いて驚きました」
「非常にわかりやすい論文になっています。魔塔主にも見てもらいましよう」

 リヒト様に微笑まれ、私は嬉しくなった。

「あ、あの……」

 私はリヒト様に頭を撫でて欲しくて、思い切ってお願いしてみようと思った。

「どうしましたか?」
「あの、リヒト様……」

 しかし、リヒト様の後ろに控えるカルロの目が怖くてなかなか言えない。

「あの……私は、出来の悪い第三王子で、両親から褒められたことがなくて……」

 じとりと半眼となったカルロの目が怖すぎて、私は頭を撫でてほしいとなかなか言えずに遠回しな話を始めてしまった。

「私を褒めてくれたのはリヒト様が初めてで……」

 カルロの目から逃げて、私はテーブルに視線を落とした。

「それが、すごく嬉しくて……」

 リヒト様に撫でてほしいなどというわがままな願いを口にするのは諦めて、こんな他愛もない話など早々に打ち切らなければいけないと思いつつも言葉が止まらずにポツポツと話しを続けてしまった。
 そんな私の頭がぽんぽんっと柔らかく撫でられた。
 慌てて視線を上げると、テーブルを挟んで向かいに座っていたはずのリヒト様がいつの間にか隣に来てくださり、私の頭を撫でていた。

「ザハールハイド様、あなたはとても優秀です」

 リヒト様は慈悲深い眼差しでにこりと微笑み、私は魂が浄化された気がした。

「リヒト様! 私のことは呼び捨てで……いえ、ザハールとお呼びください!」

 ザハールは姉たちが呼んでくれる私の愛称だ。
 リヒト様が困ったようにその眉尻を下げた。

「ザハールハイド様、我が国は帝国に入ったばかりの小国ですので、知性に長けた国の王子をそのように呼ぶことなどできません」
「魔法学園での規則では我々は平等です! それに、エトワール王国は今や帝国では急成長している大注目の国です! 引け目を感じることなどございません!」
「そうおっしゃっていただけるのは嬉しいのですが……」

 褒めてくださっていた時などは本当に私よりもずっと大人のように感じたものだが、今の困っている様子は年相応の同い年の普通の少年……いや、美しすぎる美少年で、このギャップに先ほどまで癒されていた心が何やら落ち着きなくなってきた。

 こんな愛らしい人にぜひ愛称を呼んでもらいたいという気持ちが高まり、すこし前のめりになってしまった。

「リヒト様、ぜひ、私のことをザハールとっ!」

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

「ザハールハイド様、リヒト様を困らせるのはおやめください」

 その声を聞いた瞬間、肝が冷えるかと思った。
 大人の雰囲気が消えたリヒト様があまりに可愛らしくて忘れていたが、リヒト様の後ろには強力な闇の守護者、カルロがいたのである。

 私がゆっくりと身を引いてリヒト様から離れると暗闇が目前から払われた。
 魔法の実技で何度も見たカルロの影の触手がカルロの方へと戻っていった。

「リヒト様、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「こちらこそ、カルロがやりすぎて申し訳ない」

 私だけでなく、リヒト様も落ち着きを取り戻したようで、その雰囲気は大人なものに戻っていた。

「我が国の国力が大きくなり、クランディア王国と肩を並べても恥ずかしくないと自信を持つことができるようになれば、その時にはぜひ、ザハール様と呼ばせてください」

 そう微笑まれて、私の心臓は再び速度を上げかけたが、リヒト様の肩口に闇の触手が揺らめいたのが見えて、私の心臓は速度を上げるどころか一瞬止まったような気がした。




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