上 下
169 / 199
魔法学園編

167 魔王でも

しおりを挟む
 不意にベッドメイクの手を止めて、カルロの視線がこちらを向いた。

「どうかされたのですか?」
「え?」
「今日はドレック・ルーヴと会ってきたのですよね? 何か気掛かりなことでもありましたか?」

 じっと私をまっすぐ見るカルロに私は思わず笑ってしまった。

 前世のゲームの中のカルロの未来が本当に魔王なのだとしたら、きっと何か事情があったに違いない。
 だって、今のこの子は絶対にそんな存在にはならないだろうから。

 それに、正直、魔王になっても仕方ないのかもしれないって思う。
 だって、ゲームの中のカルロの人生は本当に酷いものだった。
 両親を早くに亡くし、唯一の親戚には裏切られ、陵辱され、そんな彼を救う大人がいない国だったのだから。

 子供を蔑ろにし、踏み躙ることなど許されないという当然の常識がない悍ましい国だったのだから、そんな国、滅んだ方がいいと思っても不思議はないだろう。

 私はカルロのサラサラの髪に指を伸ばして、その髪を梳いた。
 そのまま、指を白い頬へと持っていき、触れる。
 以前はぷにっとしていた頬も、今はそれほどぷにぷにしていない。
 以前とは違う触り心地になってしまった頬が不思議で、カルロの顔をよくよく見れば、以前よりも頬も顎もすっきりとした顔立ちになっていた。
 いつの間にか、カルロは随分と成長していた。

 飽き人くんは、ゲームの二作目、魔法学園の高学年でカルロは魔王に覚醒すると言っていた。
 それは、ほんの数年後の話だ。

 その頃には、この姿はもっと成長しているのだろうか?
 子供の成長は早い。
 きっと、私が思うよりも早く、カルロはもっと美しく、格好よく、成長するのだろう。

 私は再び、ゆっくりとカルロの頬を指で撫でた。

「私はね、たとえカルロが魔王になってしまっても、カルロの成したいことを応援するよ」

 思わずそんなことを言えば、カルロは驚いたようにその目を見開いた。
 私は自分が何を言ってしまったのかを理解して慌てる。

「ごめん。変なこと言って」

 魔王になるだなんて、言われて気持ちのいい言葉ではないはずだ。
 私は慌てて謝ったが、予想に反してカルロは嬉しそうに「本当ですか?」と笑った。

 カルロは頬に触れていた私の手を握り、そのまま私の手を自分の唇へと持っていった。

「本当に、僕が魔王になってもリヒト様は僕を軽蔑しませんか?」
「軽蔑なんてしないけど、魔王になるつもりがあるの?」

「そうですね」としばしカルロは考える。
 そこはできれば考えずに即否定して欲しかった。

「リヒト様を誰かに奪われたら、もしかすると魔王になってしまうかもしれません」

 やけに爽やかな笑顔が逆にカルロの本気を窺わせる。
 カルロはきっと、本当に、魔王になること自体には抵抗がないのだろう。

 間近に接近した端正な美しい顔に私の頬は自然と熱くなる。

「また、そんな冗談を……」

 きっと冗談ではないと思いながらも、私は恥ずかしさから逃れるように、カルロから顔を背けてしまった。
 そうして晒された首筋にカルロの息がかかる。

「冗談なんかじゃありません。僕は誰よりもリヒト様を愛していると自負しています」

 以前にキスをしてはいけないと言っておいたからだろうか?
 カルロは私の唇や頬を避けて、その顔を私の首筋に埋めた。
 カルロの息が首筋にかかってくすぐったい。

「僕はきっと、リヒト様を奪われたら本当に魔王になってしまいます」

 カルロの長い腕が私の腰に回されてぎゅうっと抱きしめられる。
 キスをされた時よりもカルロの体が密着してきて、その息遣いを肌で感じて、ものすごく恥ずかしい。

「だから、リヒト様は僕以外の者を受け入れたらダメですよ?」

 いまだに私はカルロを婚約者として受け入れて良かったのか迷っている。
 そんな私の気持ちを見抜いた上で、カルロはこんなことを言っているのだろう。

 もちろん、後悔はしていない。
 でも、私の中身は52歳のおじさんだ。

 そんな自分がカルロの婚約者になってもいいのか……
 この先の未来、カルロと結婚をしてもいいのか……

 こんな私が、誰かに……
 最愛の推しに愛されて、幸せになってもいいのか、まだ迷っている。

 けれど、私はきっとカルロ以上に可愛いと思って大事にしたいと思える存在には出会わないだろう。
 だから、私は「ああ」と頷いた。




しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話

あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった 親は妹のゆうかばかり愛してた。 理由はゆうかの病気にあった。 出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。 もう愛なんて知らない、愛されたくない そう願って、目を覚ますと_ 異世界で悪役令息に転生していた 1章完結 2章完結(サブタイかえました) 3章連載

処理中です...