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魔法学園編

157 魔物討伐? 10

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 私は純粋無垢なものが好きだ。
 魔獣は悪意で生命を奪うことはない。
 生命を奪う時は生存本能、自然の摂理、そんな理由だ。
 だから、私は無駄な殺生をする人間より、断然魔獣の方が好きだ。
 
 魔塔主が言っていたように、これは王子という立場の人間が表明してもいい考えではないだろうけれど。

 妖艶な笑みを冷たい眼差しに変えて、私は演出のために手を天へと向けた。
 そして、天空で作り出した氷の柱で王太子を守るように立つ騎士たちを囲んだ。
 騎士たちの中には火属性の魔法を使える者がいるはずだから、この程度の氷の柱ならばなんとかできるだろう。

 氷の柱の隙間から騎士たちが唖然とこちらを見ている間に、私は背後でじっと私たちの様子を見ていたイーコスを振り返った。

 イーコスの群れの先頭にいた一匹がじっとこちらを伺っている。
 私が雪に膝をついて目の高さを合わせれば、彼はゆっくりと私に近づき、私が差し出した手に頭を一度擦り付けた。

「イーコスが……」

 騎士団長の呟きが聞こえた。
 これで、私の存在をイーコスの守り神的な何かだと勘違いしてくれれば幸いだ。

 すぐに群れに戻ったイーコスは遠吠えをひとつして、再び群れを連れて走り出した。
 あれはきっとお礼だったのだろう。
 私は騎士たちに見せるための演出に協力してくれた賢いイーコスに敬意を払い、彼らの美しい姿が走り去るのを見送った。



「リヒト様、おかえりをお待ちしておりました」

 寮の部屋に戻ると留守番を頼んでいたヘンリックが出迎えてくれた。
 どういうわけか、そこにはライオスもいた。

「留守番をありがとう、ヘンリック。ライオスはこんな時間にどうしたの?」

 もう夜は遅い。
 勉強熱心でいつも私の部屋で勉強したり読書しているライオスには寝るように勧める時間だ。

「リヒト様の無事のお戻りを待っていました」

 どうやら心配させてしまっていたらしい。

「心配してくれていたのですね。ありがとう」
「私だけではありません」

 ライオスの言葉に首を傾げた。

「みんな、食堂で待っています」

 まさかと思い、食堂へ向かうと、魔法学園の生徒たちは眠らずに私を待ってくれていたようだ。
 私の姿を見た彼らはほっと胸を撫で下ろしたり、表情を明るくしたりしている。

「リヒト様、おかえりなさいませ」

 ナタリアの言葉に私は出迎えてくれたことに対してお礼を言った。
 みんな、イーコスがどうなったのか知りたくて待っていたのだろうか?

「皆さん、モラガル王国の王太子には一旦撤退してもらうようにしました。それから、もしも王太子が信じ込みやすい性格ならば、おそらくイーコスには守り神がついていると思ってくれたでしょうから、今後はイーコスに手を出すことを躊躇してくれると思います」

 私の説明に「イーコスの守り神ですか?」とイェレナが首を傾げた。
 それには魔塔主が答えた。

「リヒト様に幻影魔法をかけたのです。非常に美しかったですよ」

 魔塔主の言葉になぜか生徒たちは衝撃を受けたような表情をした。

「守り神……リヒト様が神の姿に……」
「魔塔主をも美しいと言わせる美貌……」

「見たかった……」といううめく様な声がいくつも聞こえたが、私は聞こえなかったふりをした。



 それから数日後、イェレナから父親でるモラガル王から王太子が重傷を負って帰還したと連絡があったそうだ。
 どうやら、あの雪山から近い街には治癒魔法が使える魔法使いはいなかったようで、王太子一行は王都まで戻る必要があったそうだ。
 その間にも王太子の体が凍ることは止められず、王都に到着する頃には半身が凍っていたそうだ。
 一応、心臓は凍らせないように魔法をかけておいてよかった。

 しかし、モラガル王国の王宮魔導師では全身をすぐに治癒することができず、治した後からもまた凍結されるため、王太子の治療は遅々として進んでいないらしい。
 私が魔法に使った魔力を上回れば、その時点で凍結の魔法は止まるはずなのだが、どうやらモラガル王国の王宮魔導師の魔力量はそれほど多くないようだ。
 それで、魔法学園の生徒の中に優秀な水属性の魔法使いはいないかということを問い合わせる連絡だったそうだ。

「魔法使いが離れた後も凍結が進むなど、どのような魔法陣を使ったのですか!?」

 誰よりも早くライオスが質問してきた。
 しかし、今は勉学を優先するべき時ではないだろう。

「私が治療に向かいましょうか?」

 王宮魔導師の実力を見誤った私が反省の意味も込めて立候補したのだが、他の生徒たちが反対した。

「それはなりません!」
「リヒト様がイーコスの守り神の正体だと気づかれてはいけませんから」
「モラガル王国の王太子や騎士たちとの接触は避けるべきでしょう」

 生徒たちの助言は確かにその通りで、私はモラガル王国には近づかない方がいいだろう。

「わたくしが参りますわ」

 そう立候補してくれたのはナタリアだった。



「リヒト様はもうモラガル王国に関わってはなりませんわ!」

 転移魔法が使える魔塔の光属性の魔法使いに依頼してイェレナと一緒にモラガル王国へと行ってきたナタリアが帰還した最初の言葉がそれだった。

 私を含めた生徒たちは放課後に集まって、魔魚や魔虫について話をしているところだった。

「ナタリア様、おかえりなさいませ!」

 ルシエンテからの入学はナタリアの他に二人おり、どちらの令嬢もナタリアの話し相手としてオーロ皇帝が選んだ令嬢たちだ。
 自分に駆け寄ってきた二人にナタリアは微笑んだが、すぐに私に視線を向けた。

「リヒト様、モラガル王国の王太子とは今後一切会ってはなりませんわ!」
「ど、どうしたのですか?」

 ナタリアの勢いに押されて私は一歩後ずさる。

「あの男、治療が終わった途端にイーコスの守り神を探し出して自分の嫁にするとか言い出しましたのよ!?」

 イェレナを見ると、彼女は申し訳なさそうに俯いた。

「すぐに騎士の方々に止められておりましたけれど、今にも一人で飛び出していきそうでしたので、両足を凍らせて帰ってきましたわ!」
「何をしているのですか!?」

 治療をしに行ったのに、凍らせて帰ってくるとはどういうことだ!?

「大丈夫です。『イーコスの守り神様のお力が強くて、わたくしではこれ以上の治療は無理そうですわ』と誤魔化して帰ってきましたから!」

 そんな言葉で本当に誤魔化すことができているのか不安だ。

「あの、イェレナ様……」

 イェレナは困ったように眉尻を下げた。

「わたくしもナタリア様の判断が正しいと思いますわ。あの時の兄は本当に、なんと言いますか……」

 イェレナはしばし言葉を探していたようだったが、いい言葉が見つからなかったようで、小声で「気持ち悪かったです」と言った。




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