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魔法学園編
156 魔物討伐? 09
しおりを挟む「どうしてですか?」
ナタリアの制止に一人の生徒が疑問を呈した。
「モラガル王が調査を了承しているのならばまだしも、そうではない状況で我々が調査に行くのは魔塔と皇帝の後ろ盾を利用した横暴な行いでしかありません」
「しかし、モラガル王国の王太子の行いはあまりにも……」
「今はリヒト様のおかげで、わたくしたちは魔獣が怖いだけの存在ではないと知りましたが、以前の皆さんならばどう思われましたか?」
今すぐにでもモラガル王国へ行こうと言っていた生徒たちが口を閉ざした。
「一般の国民にとってはいまだに魔物はただ怖いだけの存在です。それを国王の許可もなしにモラガル王国に行ってイーコスを守れば、モラガル王国の国民にとってはわたくしたちこそが悪人でしょう。リヒト様がお創りになった魔法学園にそのような不名誉な印象を与えるわけにはまいりません」
ナタリアが魔法学園のことを考えてくれていることはありがたいが、私はイーコスのことが気になる。
私はイェレナに先ほど抱いた違和感を聞いた。
「イェレナ様、先ほど、本当にイーコスに被害が出てしまうと言っていましたが、すでにイェレナ様の兄上が狩りを行っているのであれば、被害は出ているのではないのですか?」
「それは……」とイェレナは複雑そうな表情をした。
「幸いと言うべきか、なんと言うべきか……兄は、非常に狩りが下手なのです……」
つまり、実際のところイェレナの兄が魔獣を狩ることはかなり難しいということか。
「しかし、騎士を連れて出ているのならば、騎士によって何匹かは狩られているのではないですか?」
他の生徒の質問にイェレナは首を横に振った。
「兄は臆病なので、狩りにはいつも一番腕の立つ騎士団長を連れて行くのです。騎士団長は非常に冷静な性格で、兄とは反対と言いますか……イーコスを狩れば、怒ったイーコスの群れにより、どのような被害が出るかを考えて、狩りへの協力はしていないようです」
王太子はバカだが、その王太子が自分を守るために選んだ騎士団長はバカではないようで安心した。
しかし、騎士団長という立場では王太子を完全に止めることもできないのだろう。
それに、このまま王太子を放置していれば、イーコス、もしくは追い立てられたイーコスによって人に被害が出るのは時間の問題だ。
「……イェレナ様の兄上は臆病なのですね?」
私はしばし考え、イェレナに改めて確認した。
イェレナは不思議そうな表情を浮かべながらも「はい」と頷いた。
「それならば、この件は私に任せていただけますか?」
その夜、私はカルロと魔塔主と共にモラガル王国へと転移した。
走るイーコスの群れを灯りの魔導具を持った騎士たちが馬で追う様子を見下ろしながら、私は自分の気持ちがひどく冷たいものになっていくのを感じた。
「それでは、魔塔主、前もって話していた通りにお願いします」
「任せてください」
おもちゃを見るような楽しそうな目で私を見た魔塔主が私に幻影の魔法をかける。
髪は月明かりに照らされたイーコスのように美しい銀色になり、瞳の色もイーコスのように赤く、服装は雪のように純白で神々しい衣装に変化した。
私はその姿でイーコスと騎士たちの間へと降り立った。
騎士たちは馬の手綱を引いて急停止させた。
「何者だ?」
先頭にいた長身の体格のいい男がおそらく騎士団長だろう。
「おい! どうして止まったのだ!?」
そして、騎士たちの中央あたりにいた男が出てきた。
この男がおそらく、モラガル王国の王太子だ。
「一体、何が……」
王太子はイーコスの守り神風に変化した私の姿にその目を見開き、一瞬、その動きを止めた。
しかし、すぐに口元は機嫌のいい笑みの形に歪んだ。
「まさか、このようなところにこのように美しい女がいるとは思わなかった」
……女装をした覚えはないのだが?
モラガル王国の王太子の目が悪いとは聞いていないのだが、頭は悪いらしいので誤認したのかもしれない。
王太子は馬に乗ったまま、私の方へと近づいてきた。
「女、道に迷ったのか? 俺が町まで送り届けてやろうか?」
こんな雪山の奥に町の女性がどうして来ると思うのだろうか?
そんなわけがないではないか?
普通は、こんなところに馬もなしでいるという時点で、怪しむのが正解だろう。
案の定、騎士団長をはじめとした騎士たちは訝しんでいる。
「王太子殿下、危険ですので、あまり近寄らない方がよろしいかと存じます」
「こんなか弱い女が何ができると言うのだ?」
「とても普通の女性には見えません」
……いや、待ってくれ。
モラガル王国は騎士たちも目が悪いのだろうか?
「普通の女性」も何もそもそも私は男だ。
「エルフや妖精族かもしれませんし、我々が知らぬ亜人種である可能性もあります」
「亜人種の中にはヒト族よりも魔法の扱いを得意としている者たちもおりますから」
騎士たちの助言など無視して、王太子は「大丈夫だ」と私に近づくのをやめない。
馬で私の前まで来た王太子は馬から降り、警戒心を抱くことなく私に手を差し出した。
護衛ならば王太子のこのような行動は体を張ってでも止めるものだと思っていたが、彼らは実のところ王太子がどうなってもいいと思っているのかもしれない。
もしくは、王太子がこれまで助言をしてくれた騎士たちに、恩を仇で返すような酷いことをしてきたか……
私はできるだけこの世ならざる者に見えるように妖艶に微笑み、そして、差し出された右手を凍らせた。
「っ!!?」
王太子は一瞬息を飲み、それから左手で右手を押さえるようにして絶叫をあげた。
見たところ、騎士たちの中に水属性の魔法使いはいない。
治癒魔法をかけてもらうためには治癒魔法が使える魔法使いがいる街まで引き返すか、王都まで帰るしかないはずだ。
王太子がパニクって喚いている間にも、右手の氷はどんどんと範囲を広げている。
「王太子殿下をお守りしろ!!」
騎士団長の声に呆然としていた騎士たちが動き出す。
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