上 下
148 / 210
魔法学園編

146 わたくしの好きな人 03(ナタリア視点)

しおりを挟む

「ナタリア様は今日もお美しくていらっしゃる」
「あの髪飾りは帝都で流行っているのかしら?」
「ナタリア様がお召しになると制服も可憐に見えますわね」

 魔法の実技の授業中なのにも関わらずコソコソと話している令嬢たちは一体何を見ているのでしょうか?   
 しかも、微妙にわたくしに聞こえるように音量調整していますよね?
 こういうところです。
 令嬢たちのあざとくて面倒臭いところは。

「そこの者たち、今の説明を聞いていましたか?」

 本日の実技の教師役の魔法使いがわたくしの話をしていた女生徒たちに声をかけました。

 先生に注意されれば当然、焦って「聞いていた」と適当なことを言うのかと思えば、彼女たちは平然と「聞いておりませんでした」と少し眉尻を下げた。
 自分の立場ならそのように振る舞っても許されるとでも思っているのでしょうが、目の前の教師は自身の国の王室魔導師ではなく、一人でも大国を半焼、小国をひとつくらい吹き飛ばすことができる魔塔の魔法使いです。

 魔塔主が実際に大国を半焼させた過去があることからこのような噂が流れているのですが、お祖父様の見立てでは、魔塔主一人で帝国全土を余裕で火の海にできるそうです。

 そのことをよく知っている者たちは顔を青ざめていますが、国で十分な教育を受けていない様子の者は彼女たち同様、教師に対する無礼な振る舞いを何とも思っていない様子です。
「では」と教師は微笑み、わたくしをはじめ、魔塔の魔法使いの恐ろしさを知っている者たちの背筋を悪寒が走りました。

「あなた方を退学とします」

 その言葉にわたくしたちはホッと胸を撫で下ろしました。
 退学程度で許してもらえるなど、なんと運のいい。
 しかし、当の令嬢たちは納得いかなかったようで、不満を露わにしました。

「教師だからって横暴ですわ!」
「わたくしはルシエンテ帝国の傘下に最初に入った王国の王女ですのよ!?」

 ああ、あの国かと思ったのはわたくしだけではなかったはずです。



 帝国が大きくなり、経済活動が盛んになり、豊かになると国同士の争いはなくなり、帝国傘下に入っていない国よりも豊かになっていきました。
 国力に余裕が生まれた国々の王族の中には、そうした豊かさを享受している自国は帝国に選ばれたのだという謎の選民思考を持っている者たちがいますが、その思想が度を越して酷い国がお祖父様が最初に侵略した国の王族なのです。

 彼らはお祖父様が最初に侵略した国だったために、お祖父様が率いる軍の勢力を知らずに抵抗して多くの血を流した国でもあります。
 さらに、その後、お祖父様が他の国を無血開城していく中で何度も抵抗して何度も敗北し、国民の命を無駄にした愚王の治める国として知られています。

 その後、王と王に近しい親族は処刑して王の異母弟で王位からは遠かった者を新王に据えて国自体は大人しくなったはずだったのですが、自分たちはお祖父様に選ばれたのだと言い出した時にはお祖父様は頭痛を覚えたと聞いています。
 それでもそれを放置していたのは無視できる程度の声だったからだと思うのですが、まさかわたくしがここでこのように彼らの愚かさを目の当たりにすることになるとは思ってもいませんでした。

「学園では王女とか王子とか爵位とか平民とか関係ないという規則でしたよね?」

「それに」と教師は杖を彼女たちに向けました。

「我々教師にはあなた方を退学にする権利が与えられています」

 教師が軽く杖を振るうと彼女たちの姿が消えました。
 教師は青ざめている生徒たちを見回し、穏やかに微笑んで言いました。

「それでは、授業を再開しましょう」

 彼女たちを一体どこへやったのかと聞ける者はいませんでした。

 ただ、皆、救いを求めるようにリヒト様を見たのですが、リヒト様は相変わらず落ち着いた様子で真面目に授業に臨んでいたため、おそらく大したことは起こっていないのだと皆授業に集中し始めました。

 みんなの信頼が厚い人物が落ち着いているというのはとても大切なことです。
 たまに現れる傍若無人な魔塔主や、こうした教師と愚かな生徒のやり取りなどでストレスを感じたわたくしたちの精神安定剤としてリヒト様は必要不可欠な存在です。

 授業が終わってから一人の生徒がリヒト様に彼女たちがどうなったのか確認すると、出身国の城のどこかに飛ばされているはずだと言いました。
 しかし、それは教師が王国と城の場所を正確に覚えている場合であって、そうでない場合は教師が思いついた場所に飛ばされるので教師を怒らせないことが一番だとリヒト様は生徒たちを諭しました。

 こうした愚かな生徒や、リヒト様に邪な気持ちを向ける生徒たちがどんどん減り、生徒はほんの数日で最初の半数ほどになっていました。
 魔塔主も他の魔法使いたちも愚かな生徒たちの排除に容赦がないので、1日に何人も消えていきました。



 気に入らない生徒は容赦なく排除する魔塔の魔法使いたちですが、教師役であるはずの彼らは天才肌であるが故に教えるのが上手くない上に気難しくて気まぐれで、わからなかったことがあっても生徒たちが気軽に質問できるような存在ではありませんでした。

 そんな中、試験結果第一位で魔塔の魔法使いたちからも人気の高いリヒト様にわからなかったところを教えてほしいと言い出す者が出るのは必然でした。
 そして、人当たりがよく優しいリヒト様がそのような生徒たちを無視するわけがなく、授業内容が進むにつれてリヒト様に質問する者が増えていきました。

 質問者の人数が多かったためにリヒト様は放課後に空き教室で補習を行うことにしたのですが、その補習に集まったのは生徒全員でした。
 さらに、教師役のはずの魔塔の魔法使いたちまで集まりました。

 最初は魔塔主やお祖父様のお気に入りという価値しかリヒト様に見出せていなかった者たちも、いつの間にかリヒト様に惹かれ、リヒト様の友達や恋人など、彼の特別な存在になりたいと思う者が増えていっているのは明らかでした。
 きっと、リヒト様は気づいておられないでしょうが。

 わたくしはリヒト様が慕われていく様子を見ながら焦りを募らせていました。
 カルロと違ってわたくしはリヒト様とすこしばかり親しいだけの存在です。
 そんなの、他の者に簡単に追い越されてしまいます。
 実際、ヘンリックやライオスにはあっという間に追い越されてしまいました。

 今は、せめて、女の子たちの中では一番親しい存在でありたいと願うのは、それほど愚かな願いではないと思います。
 もちろん、一番の願いは将来、リヒト様の隣に立つことです。

 この学園生活の中で、きっと、カルロを追い越すチャンスだって訪れるはずです。
 また焦って、リヒト様に怒られることのないように、今度はじっと、チャンスを逃さないように淑女として落ち着いて待つつもりですわ。




しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

異世界転生したのに弱いってどういうことだよ

めがてん
BL
俺――須藤美陽はその日、大きな悲しみの中に居た。 ある日突然、一番大切な親友兼恋人であった男を事故で亡くしたからだ。 恋人の葬式に参列した後、誰も居ない公園で悲しみに暮れていたその時――俺は突然眩い光に包まれた。 あまりに眩しいその光に思わず目を瞑り――次に目を開けたら。 「あうううーーー!!?(俺、赤ちゃんになってるーーー!!?)」 ――何故か赤ちゃんになっていた。 突然赤ちゃんになってしまった俺は、どうやら魔法とかあるファンタジー世界に転生したらしいが…… この新しい体、滅茶苦茶病弱だし正直ファンタジー世界を楽しむどころじゃなかった。 突然異世界に転生してしまった俺(病弱)、これから一体どうなっちゃうんだよーーー! *** 作者の性癖を詰め込んだ作品です 病気表現とかあるので注意してください BL要素は薄めです 書き溜めが尽きたので更新休止中です。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

はるはう
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

処理中です...