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周遊編
120 宴の準備
しおりを挟む「まぁ、それでお帰りになったのですね」
オルニスに戦争を仕掛けようとしている国に留まることはできず、結局、私たちはエトワール王国に帰ってきた。
乳母に事情を説明し終えた私は部屋の中を見回した。
しかし、そこにカルロの姿はなかった。
「カルロなら、今は王の部屋にいますわ」
「父上のところにですか?」
乳母は頷き、最近のカルロは第一補佐官から事務仕事を学んでいるのだと教えてくれた。
「カルロはまだ9歳ですよ? そのような仕事は荷が重いのではないですか?」
「それは……」と乳母は少し言い難そうにした。
「カルロがとった誤った行動はわたくしのせいかもしれないと思い、第一補佐官の元で主人に仕える姿を学ばせようかと考えたのです」
「乳母のせい……なぜですか?」
「わたくしは、万が一、リヒト様に前王の手が伸びれば、この身を挺してお守りする所存でした」
乳母の話でやっと、私はカルロの行動が理解できた。
変態の性的対象は同性の、それも子供だったから、乳母が私を守るために前に出たところで乳母が実際に襲われる可能性は極めて低い。
それに反して、オルニスの女性たちは実際にカルロと肉体関係を持つつもりでいたのだから、結果はまるで違うものになっていただろう。
しかし、その根本は同じなのだ。
身を挺して私を守ろうというカルロの考えは、カルロから発露した身勝手な自己満足ではなく、カルロにそう考えさせてしまう見本があった。
カルロは私の守り方を、この悍ましい慣習のある国で学んでしまったために、事情の違う他国でも同様に行動してしまったのだ。
「わたくしの教育に落ち度があったために、リヒト様には不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
乳母はそう深く頭を下げたが、これは別に乳母が悪かったわけではない。
全てはこの国の悍ましい慣習と冷静になれなかった私が悪いのだ。
「乳母は悪くありません! 頭を上げてください!」
私は乳母の手に触れて、頭を上げさせた。
「それで、わたくしの元だけで学ぶのは不十分と判断し、第一補佐官の元で学ばせているのです」
なるほどと、私は頷いた。
「これから父上に帰還の報告をしに行きますから、カルロの様子も見てきましょう」
父王の執務室の扉をノックすると、中から執事長が顔を出した。
「リヒト様、お帰りになったのですね」
そう微笑む執事長に私は頷いた。
その瞬間、扉の隙間から部屋の中が見え、小さな姿が床に膝をつき、それを三人の大人が見下ろしている状況に血の気が引いた。
私は慌てて執事長の体を押し除けて部屋の中に入った。
「な、何をしているのですか!?」
私は床に膝をついているカルロを庇うように立ち、父と宰相、第一補佐官を見上げた。
「カルロが何か粗相をしましたか!? それでしたら、主である私を罰してください!」
そう告げると、父も宰相も第一補佐官もその目を見開き、そして笑った。
「リヒト様、勘違いですよ」
宰相の言葉に私は首を傾げた。
「カルロは書類を落としてしまって、拾っていたのです」
第一補佐官の言葉に後ろを振り返れば、確かに床には書類が落ちていた。
「な……なんだ。驚きました」
カルロを見れば顔色もいいし、元気そうだ。
私はすぐに父王に向き直って騒いでしまったことを謝罪した。
「勘違いして騒いでしまってすみません。父上に帰還の挨拶とオルニスとの交易締結の報告をしに参りました」
「そうか、では話を聞こう」
父王は嬉しそうに私にソファー席を勧め、自分も私も前に座った。
「王妃様を呼んで参ります」
第一補佐官が一礼して扉へ向かうと、カルロもその後をついて行った。
聞いてはいたが、カルロが第一補佐官と行動している姿は新鮮だった。
父上はカルロの後ろ姿に一瞬目をやった。
第一補佐官とカルロが一緒に部屋を出て扉が閉まると、父上が聞いてきた。
「カルロがリヒトを怒らせたと聞いているが?」
「少し見解の違いがあり怒ってしまいましたが、私がもっと冷静に考えるべきだったと今は反省しております」
「詳しい事情は父には話してくれないのかい?」
すでに乳母から報告を受けて聞いているだろうに父王はそのようなことを言った。
私の口から直接聞くことが大切だと考えてくれているのかもしれないが、私としてはもうオルニスでのカルロとのすれ違いを蒸し返したくはない。
「私の未熟さゆえにカルロを怒ってしまっただけですので、父上にお話しするのは恥ずかしいのです。報告を求められればもちろん報告はいたしますが……」
報告という体裁を整えては話をするが、その際に自分の感情を見せるつもりはないことを伝えると父王は「いや、それは不要だ」とあっさりと引いてくれた。
私の両親は私の頑固さをよく知っていて、それを受けていれてくれるからありがたい。
母上が部屋に入ってきて、執事長が淹れてくれたお茶を一口飲んでから、オルニスとの交易についての報告を始めた。
「リヒト様は初めての外交も難なく成功させ、素晴らしいですね」
従者 兼 従騎士として同行していたヘンリックの言葉に、父王も母上も、宰相も第一補佐官も、執事長も私も「「「え?」」」とその目を瞬いた。
「確かに!」
最初にそう声を上げたのは宰相だった。
「リヒト様は帝国でオーロ皇帝と交渉していたり、お忍びで周遊していたから気づきませんでしたが、存在を公表してから初めての外交でした!」
次に第一補佐官がそう言い、父王と母上はソファーから立ち上がり、執事に命じた。
「宴だ!」
「宴よ!」
「お待ちください!!」
私は慌てて止めた。
「私が公務にあたるのは当然のことです! 大袈裟なことはしなくてもいいです!」
執事長が父上と母上に頭を下げた。
「王様、王妃様、大変申し訳ないのですが、宴の準備をするには時間が足りません」
さすが執事長、時間をおいて、二人を落ち着かせる作戦のようだ。
「国中の貴族たちに招待状を送り、大広間でのパーティーの準備をするにはひと月はかかります」
具体的な提案をしておけば、両親も大人しくしておくだろう。
しかし、ひと月とは随分と長い。
流石に数日で落ち着きを取り戻すと思うのだが……
「ひとまず、王妃様には招待状の内容を考えていただき、王にはリヒト様への褒美を選んでいただきましょう」
執事長をはじめとして、両親と宰相、第一補佐官が集まって相談をし始めた。
これは両親を落ち着かせるための策ではなく、本気でパーティーの準備を進めているのだと気づいた私は慌てて大人たちを止めることになった。
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