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周遊編

115 オルニス国再び 05

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 私の魔物が好きという発言から、異端者扱いされたらどうしようかと思ったが、ヘンリックもグレデン卿もシュライグも、「リヒト様は魔物にまで慈悲をお与えになるほど心が広い」という解釈で納得したようだ。
 このリヒトの謎の好感度の高さも攻略者チートなのだろうか?

 森を歩いた日の翌日にはエトワール王国とオルニス国の交易に関する契約書が出来上がっていた。
 エトワール王国は自国もしくは他国から仕入れた小麦や砂糖、香辛料をオルニス国へ定期的に届け、その対価として、オルニス国は自国で生産している人工水晶をエトワール王国へと渡すという、物々交換による交易だ。

 しばらくはこの人工水晶はエトワール王国のみで使用することとなるが、エトワール王国で消費することができなくなった時には、他国に売るという許可も得ている。
 しかし、他国からオルニス国との交易の仲介を頼まれても応じないという契約になっている。
 エトワール王国以外との交易はオルニス国の首長である魔塔主が望むことではなく、オルニス国の他のエルフたちも、積極的に他国と交流を持ちたいとは考えていないようだった。

「契約書も交わしましたし、もうオルニスに留まる必要もないでしょう。明日にでも別の国に行きますか?」

 自国だというのに、魔塔主は全くオルニスに興味を示さず、私の用事が留まろうなどとは全く考えていないようだった。
 首長である魔塔主がこんな反応だというのに、それでもこの国の人たちは魔塔主を慕っているのだ。
 なんとも健気なものである。

 私は各国を周遊してエトワール王国でどのような産業が可能なのか、各国での防衛はどのようにしているのかなどエトワール王国の役に立つ情報や知識を得ようとしているのだから、これ以上得るものがなさそうであれば次の国に進むのが正解だろう。

「……」

 ただ、私には次に進むことへの躊躇があった。
 今、先に進んでしまうとカルロと一緒に学ぶことができなくなる。
 なんだか、カルロを置いてけぼりにしているような感覚になるのだ。

「従者君のことが気になりますか?」
「そうですね。いろんなところに一緒に行こうと楽しみにしていたので、このまま先に進んでもいいのか迷ってしまって……」
「従者君は別に足踏みしているわけではないですよ」

 魔塔主が珍しくカルロのことを擁護しようとしている?

「ヴィント侯爵が再教育をするということは、従者として成長しているはずです」

 魔塔主の目が真っ直ぐに私に向けられる。
 そうか、これは、カルロのことを擁護しているのではないのだ。

「リヒト様は、このような小さな都市国家で足踏みしているつもりですか?」

 私の背中を押しているのだ。

「魔塔主は人を煽るのが上手いですね」
「お褒めに預かり光栄です」

 まんまと魔塔主に煽られた私は次の国へと進むことにした。



 沈む日の光が大窓から差し込む夕食の席でオルニス国を発つことを知らせると、首長代理は「それがいいかもしれませんね」と渋い顔で頷いた。

「我々としてはリヒト様には長くご滞在いただきたいですが、運悪くエルフの発情期に入ってしまいましたから、ここにいてはリヒト様がいつ襲われても不思議ではありません」

 今日の午前中も魔塔主を護衛につけて街を少しだけ歩いたが、複数の女性たちに声をかけられた。
 エルフの女性たちは恐ろしいほどの強メンタルで、魔塔主が睨みを利かせていてもお構いなしで私に寄ってくるのだ。
 発情期の間中これが続くのであればかなりのストレスだ。

 ちなみに、最も魔力量が多くて魔法使いの最高の地位にある魔塔主に女性たちが寄っていかないのは、何百年にも渡る女性たちの誘惑の結果、魔塔主不能説が出ているそうだ……

「しかし」と首長代理は言葉を続ける。

「発情期が終わったらぜひまたお越しください!」
「ありがとうございます。その時には魔塔主も連れてきますね」

 そう伝えれば、首長代理を筆頭にその場に集まっていた男性エルフたちがその目を輝かせた。
 もちろん、本日も女性たちは城には立ち入り禁止だ。
 口々に感謝の言葉を口にするエルフたちを魔塔主はぱんぱんっと手を2回叩いて静かにさせる。

「リヒト様がオルニスのかつての姿を見たいと仰せだ。皆、久しぶりではあるが、魔力は充分だな?」

 魔塔主の言葉にエルフたちはそれぞれに威勢の良い返事をした。

「今日は女性たちがいないから捧げる魔力の量も多いと思うが、リヒト様のために魔力を捧げよ」

 そんな魔塔主の言葉を受けて、エルフたちは大広間の床に手をついて魔力を流し始めた。
 すると、床が淡く光り出した。
 よく見れば、エルフたちが座っている床には大広間いっぱいに描かれた魔法陣があった。
 あまりに大きい魔法陣だったから全体像が分からず、どのような効果がある魔法陣なのか理解するのは難しそうだった。

 エルフたちの魔力が込められていくに連れて魔法陣の光は強くなり、そのうち、城が微かに揺れ出した。
 前世で体感した揺れは、前世の地震の震度でいえば震度3といったところだろうか?
 しばし揺れを感じたかと思えば、揺れが止まった後には浮遊感があった。

「これは……」
「来てください」

 魔塔主は私の手をとって大広間から廊下に出ると、大窓を指差した。
 赤い空の景色の変化はわかり難いけれど、大窓から下を見ると、夕陽に染まった森が動いているように見えた。
 森がどんどんと離れていき、木々が小さくなる。
 前に視線を戻せば、視界に広がる景色が広がっていき、森を挟んだオルニスの隣の国が見える。

「これって……」
「森が帝国の管理下になる前は国境を接する三国が攻めてきたので、オルニスを天空に浮かせることで彼らの攻撃を防いできたのです。この地はまさに天空都市だったのですよ」

 そう。つまり、オルニス国は宙に浮いているのだ。
 水晶が輝く都市が浮いている情景はそれは美しいに違いない。

 魔塔主が握っていた手を、ぎゅっと握り返した。

「魔塔主、外に転移しましょう!」




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