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周遊編
113 オルニス国再び 03
しおりを挟む「リヒト様にはまたご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした!」
ベッドの上で座り、魔塔主が淹れてくれたお茶を飲んでいると、グレデン卿が深々と頭を下げた。
「しかも、私が二日酔いで潰れている間にリヒト様はエルフの女性たちに襲われたとか……」
「襲われた」という言葉に私は全身が粟立つのを感じた。
まるで、そんな私の姿を隠すように魔塔主が前に出た。
「護衛騎士、何度言えばわかるのですか? 私がいて守れないはずがないでしょう? 未遂です」
「未遂でも、その時に私がリヒト様をお守りできなかったのは事実ですから、この罪は死を持って償おうと思います!」
魔塔主の後ろから、グレデン卿が剣を抜いたのが見えた。
魔塔主は悠長に「それはまぁ、そうですね」なんて言っている。
「魔塔主! グレデン卿から剣を取り上げてください!」
次の瞬間、グレデン卿の手の中から剣が消えた。
魔塔主の服の裾を引いて、目の前から退いてもらう。
「グレデン卿、果実水の中にお酒が混ぜられていたということですので、グレデン卿に落ち度はありません」
「しかし、リヒト様が危険な目に……」
「幸い、魔塔主が守ってくれましたから大丈夫です。それよりも、私のたった一人の専属護衛騎士であるグレデン卿がいなくなっては困ります」
なんとかグレデン卿を落ち着かせた頃に、首長代理が部屋を訪れた。
随分とタイミングがいいから、魔塔主が魔法で連絡したのだろう。
「またしても、リヒト様に大変なご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした!!」
首長代理や文官のような仕事をしている者たちが来て、土下座の姿勢で床に擦り付けんばかりに頭を深く下げた。
「ここに、土下座の文化があったとは……」
私の呟きに「土下座とはなんですか?」と魔塔主が聞いてきたので、軽く首を横に振って「なんでもありません」と答えた。
今は土下座について語っている場合ではないだろう。
「皆さん、立ってください」
「おお、リヒト様はなんともお優しい」
顔を上げた首長代理は感動にその目を潤ませたが、ベッドのすぐ隣に立つ魔塔主を見た瞬間、またすぐに頭を下げた。
勢いよく頭を下げたために、額を床にゴンッと打ち付けていた。
彼らにとっては魔塔主とはよほど怖い存在のようだ。
「あの……」
私がどう言ったものかと迷っていると、魔塔主がずいっと一歩前に出た。
「今後、リヒト様がオルニス国に滞在する際には、女性エルフたちの城への出入りを禁止する」
あのようにまだ精通もない子供に迫ってくるような女性たちの存在は恐ろしいため、滞在する場所に立ち入らないというのは私としては安心材料になるが、しかし、小さな国で女性の働き手を城に入れないというのはかなり不便だろう。
「できるだけ早く交易のお話をまとめて、オルニス国を出ますね」
彼らのことを気遣っての発言のつもりだったのだが、首長代理をはじめとしたエルフたちが悲痛な表情を見せた。
「や、やはり、怒っておられるのですね……」
「いえ、そうではなく、貴重な女性の働き手が城にいないと色々と不便ですよね? 仕事が滞ったりすると思いますし」
「執務はもともと少人数の男たちのみで行なっておりますし、小さな国ですので、それほどやらなければいけないことは多くないのです。正直、料理も掃除も男たちの方が上手いですから」
どうやら、エルフというのは男性の方が働き者のようだ。
その言葉通り、その夜の夕食は女性たちが厨房に入っていた時よりも格段に美味しかった。
前回の料理も昨夜の料理も、焼いて、塩振って、場合によっては胡椒もちょっと振って、という感じの料理だったのが、今日はさまざまなハーブやスパイスの香りがした。
何種類か混ぜられているようだが、料理によって使っているハーブやスパイスが違うのか、それぞれに違う香りがして飽きることなく食べることができた。
「外に出た商人が香辛料を入手してきた時にしか作ることができない料理ですので、女たちは作り方を覚える気がないのです」
なるほど。
毎日家にあるもので料理をする主婦と、料理のための材料を揃えるシェフとの差くらいの差が、今日料理をしてくれた男性たちにはあるのだろう。
「これはとても美味しいです」
そう微笑めば、料理を作った男性たちは目に涙を浮かべて喜んだ。
この国の者たちの情緒の不安定さはやはりどうにかしたほうがいいと思う。
魔塔主からカルロはしばらく乳母に再教育される予定だと聞いた。
そして、カルロの代わりに私の身の回りの世話をするためにつけられたのはヘンリックで、その教育係りとしてシュライグが来た。
エトワール王国から手紙を送る魔導具で連絡が届き、魔塔主が二人を迎えに行ったのだ。
「美しい国ですね!」
初めてエトワール王国以外を訪れたヘンリックはその目を輝かせて、城の見張り台から水晶の街並みを見下ろした。
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