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周遊編

111 オルニス国再び 02

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 先の質問と合わせると婚約者の相手としてどうかという意味なのだろうか?
 つまり、彼女たちは私の婚約者になりたいということなのか?

 これは一体どういう状況なのかと魔塔主に視線だけで尋ねたが、魔塔主の眉間に深い皺が刻まれていた。

「今晩だけでも構いません。発情期ですから、きっと一度で着床できますわ」
「は???」

 思わず率直に間抜けな声が出た。

「あの、私はまだ9歳なのですが?」

 私の言葉にエルフの女の子たちは「大丈夫です」と微笑んだ。

「精通を促すお薬がございますわ」

 いや、待て。

「あの、エルフの精通が何歳かはわかりませんが、人間の精通は12歳前後です! それなのに、まだ9歳の子供を精通させる薬など、どう考えても体に悪そうです!」
「大丈夫ですよ。他の者よりもちょっとそうした行為に敏感になるだけです」

 何が大丈夫なのかさっぱりわからない!

「なんならずっとこの国にいればいいのですし」
「ええ。発情期が終わってもリヒト様のお相手ならみんなしたがりますわ」

 この国の貞操観念どうなってるんだ!? 怖すぎる!!

「君たち、リヒト様を怖がらせるのはやめなさい」

 やっと、魔塔主が私と女の子たちの間に入ってくれる。
 もっと早く間に入って、彼女たちの暴走を止めて欲しかった!!

「怖がらせるなんて、そんなつもりありませんわ」
「ただ、リヒト様の子種が欲しいだけです」
「数百年ぶりの発情期ですもの。たくさんいただかなくては」

 次々に飛び出す彼女たちの言葉を、私の脳は理解することを拒否した。

「9歳の人間にとっては君たちはただの老女です。9歳に迫る老女など恐怖の対象でしかないでしょう」

 魔塔主の言葉にエルフの女の子たちは不満そうに頬を膨らませた。

「君たち含め、すべての女性たちにはリヒト様への接近を禁止します」
「私たちはただ強い魔力が欲しいだけなのにひどいです!」

 強い魔力が欲しいというのはどういう意味だろうか?
 この世界では魔力量は遺伝ではないはずだ。
 親が魔法使いだったら子供も魔法使いとか、魔法使いになりやすいとか、そういうことではないのだ。

 貴族の中に魔法使いが生まれやすいとは言われるが、それはおそらく、教育を与えられるかどうかの差だ。
 貴族の中に生まれやすいというよりは、魔法の素質がある子供に教育を受けさせて伸ばすことができるのが貴族の財力だというだけだろう。

 そこまで考えて気づいた。
 エルフは全員が魔法を使えるのだ。
 彼らにはそれだけの魔力があり、知識があり、才能があるのだろう。

「人間の魔力量は遺伝ではないと言われていますが、エルフはそうではないのですか?」

 私は魔塔主の後ろに隠れながらも質問する。

「エルフは概ね遺伝で決まります」
「それは相手が異種族の者でも構わないのですか?」

 エルフが遺伝で強い魔法使いを産むことができるとしても、私は人間だ。
 遺伝で魔法使いとしての才能を引き継ぐことができない人間との間に子供を作っても意味がないのではないだろうか?
「それが」と魔塔主は少し渋い顔をした。

「異種族と交わった方が強い魔法使いが生まれると信じられているのです」
「信じられているということは、迷信ですか?」
「エルフは数百年に一度しか発情期が来ないので情報が少ないのですが、これまで偉人として名を残してきたエルフの三分の一ほどが異種族との間から生まれた者のようです」
「……それはかなりの高確率で異種族の間の子の方が優秀な子が生まれるということではないですか?」
「ですから、私たちはリヒト様の子種が欲しいのです!!」

 いや、そんな潤んだ瞳で見つめられても困る。

「……理解はしましたが、当然、承諾するつもりはありません」
「では、精通したらまたこの国にお越しください!!」

 エルフの女の子たちの瞳が希望に輝いている。
 重ねて断っているのにその目を輝かせるとは、メンタルが強すぎではないだろうか?

「しかし、その頃には発情期も終わっていますよね?」

 数百年に一度の発情期ならば次に発情期が来るのは私が死んだ後だろう。

「大丈夫です! 発情期でなければ子が孕めないというわけではございません!」

 確かに、動物の発情期もそういうことをしたくなる頃というだけで、生殖機能が停止するわけでも不能になるわけでもない。
 しかし、そんな風に力説されても困る。

 前世の20代の頃でも自分は性的なことに淡白だったのだ。
 相手もいなかったけれど、自慰でさえも滅多に行うことはなかった。
 そうした記憶があるために、自分は生まれ変わってもまだ異性に興味を持てずにいる。

 もしかしたら、体が成長するにつれて前世の同性愛者だった自分とは違い、異性に興味を持つこともあるのかもしれないが、そうした感覚が芽生えるのもおそらく数年後だろう。
 今のところは可愛らしいエルフの女の子たちに迫られても、正直、厄介なことになったという気持ちの方が強い。

「あの……私は生涯一人の女性しか愛するつもりはないので、諦めていただけますか?」

 正直に女性を好きにならない可能性があると言ったところで、一度だけの関係でいいと言っている者たちには意味はないだろう。

「そのように素晴らしい魔力を持っていながらどうしてそんな勿体無いことをしますの?」
「人間の男性はよく自慰をすると聞きましたわ! その無駄になる子種をくれればいいのです!」

 まさか、美しいエルフの口からオナホになる的な発言をされるとは……
 本当にこの国の貞操観念どうなってるんだ?
 怖すぎるだろ。
 もう早くこの場から逃げたい。

 そんな風に思っていると、私の足元の影が動いた気がした。
 よくよく見ていると、影の中からカルロが現れた。

「もういい加減にしてください!! リヒト様が困っているでしょう!!」

 昨晩飲んでしまったお酒でまだ寝ていたはずのカルロがなぜここにいるのかはわからないが、これまでのやり取りを影の中から見ていたのか、カルロはすごく怒っていた。

「リヒト様がこの国に来ることは二度とありません!」

 私の前に仁王立ちになり、両腕を広げて私のことを守ろうとしてくれているカルロが可愛すぎる。

「リヒト様がダメなら従者様でも構いませんよ」

 そんなことを言い出したエルフの女の子たちに対して、カルロはしばし考えるような素振りを見せた。
 カルロにはナタリアがいる。
 まだ出会っていないのならまだしも、すでに二人は出会って惹かれあっているのだからすぐに拒否するだろうと思ったのに、考える素振りを見せたことに私は驚いた。

「カルロ! ちゃんと断らないとダメだよ!」
「リヒト様が犠牲になるくらいなら僕が……」

 何その自己犠牲!?
 私のためにカルロが自分を犠牲にしようとしている。
 好きでもない女の子と……
 なんだそれ?

「……カルロ、何を言っているの?」

 そんなことは誰も望んでいない。
 なんだろう……
 急に、目の前がクラクラする。

「僕が代わりになることで、リヒト様にもう付き纏わないというのなら、その方が……リヒト様?」
「……でない」
「え?」
「そ、んなの……望んで、ない……」

 頭の奥から何か、声が聞こえるような気がする。

ー ……、……か?
ー ……、ちゃんと……か?
ー ……、またな。
ー ……

 ねぇ、どうして、ぼくをおいていくの?

「……おにいちゃん」

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。



 気づいた時には、私はオルニス国の客室のベッドの上にいた。

「目が覚めましたか?」

 声の方へ視線を向けると、魔塔主がいた。

「……二人は?」

 カルロとグレデン卿の姿が見えないことが気になった。

「護衛騎士はまたしても酔い潰れたことへの反省も込めて、扉の前に立っています」
「……」
「従者君は……」

 その言葉だけで、私は無意識に緊張してしまった。

「帰しました」
「……え?」
「私の判断で、エトワール王国に帰しました」

 私は自分でも驚くほどに、カルロがここにいないという事実にホッとした。





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