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周遊編
105 あきと
しおりを挟む騒々しい誕生日から数日後、私はドレック・ルーヴと会っていた。
「やっとお会いできましたね」
ドレック・ルーヴが爽やかに微笑んだ。
こうして見ると改めてゲームの印象とは全く違うということがわかる。
ゲーツ・グレデンに依頼してドレック・ルーヴの周辺をかなり調べさせたが、児童性愛者でもないようだし、他に何か悪さをしていることもなかった。
それに、彼が次々に生み出しているカードゲームやボードゲームは前世の記憶の中にあるゲームと同じだ。
やはり、ドレック・ルーヴも私と同じ世界で生きていた記憶があるのだろう。
そして、私が彼を転生者だと推測しているように、彼もまた私を転生者だと思っているはずだ。
7歳のお披露目で接触してきた意図、それ以降も私と関係を持とうとしている点からして、きっと彼は確信しているのだろう。
前世で『星鏡のレイラ』をプレイしていてカルロの境遇を知っていれば、現在の境遇との差から転生者が城にいることは明らかだ。
カルロの運命を変えた転生者として最初に疑われるのは乳母かもしれないが、いずれは正解に辿り着くだろう。
ドレック・ルーヴに会ったら、前世の話は避けられない。
けれど、私が一人だけで彼に会うことは許されないし、私は王子なのだから同じような境遇にある者に出会ったからといってそう簡単に手を貸すわけにはいかない。
それが、今までドレック・ルーヴを避けてきた理由だ。
今日会うことにしたのは、城の出入りの商会から何度もドレック・ルーヴを紹介したいという話が出ていること、そして、ドレック・ルーヴのおもちゃの輸出が我が国に利益をもたらすかもしれないと第一補佐官から聞いたからだ。
それでも、第一補佐官はドレック・ルーヴの希望を通して私と面会させるのではなく、王との面会で納得してもらうつもりだと言っていた。
しかし、ドレック・ルーヴが話したいのは商売の話ではないだろう。
同郷のよしみで税などを融通してほしいという話も出るかもしれないが、主に話したいのは前世での話だろうと思った私は情報ギルドを通して会うことにしたのだ。
そうして、私は今日、心配するカルロと乳母の同行を断って、魔塔主とジム二だけを連れて情報ギルドの関係者が営んでいる食事処の個室に来ている。
本当は魔塔主だけを連れてきたかったのだが、武力的には過剰戦力でも、商談があった際には困るだろうからジムニを連れて行けとゲーツ・グレデンにしつこく言われたのだ。
ゲーツとジムニの心配ももっともだったから断り辛くて結局ジムニの同行を許可した。
「リヒト様のお披露目の後、すぐに会ってくださると思っていたのですが、私の計算が甘かったようです」
ドレック・ルーヴはそう笑い、チラリと私の後ろに控えている魔塔主とジムニに視線を向けた。
「お一人はまだお若いですが、ゲーム画面で見たことがありますね。もう一人の方は完全に初見です」
やはり、彼も『星鏡のレイラ』をプレイしたことがあるようだ。
魔塔主とジムニには後で説明するから、ドレック・ルーヴがいる間は言葉を挟まないようにと伝えてある。
「同郷の憑依者がいたらもっと喜んでくれるものだと思っていたのですが、違ったようですね」
ドレック・ルーヴの言葉に私はそこで初めて反応した。
それまでの話は想定内だったが、想定外の言葉があった。
「憑依者?」
「私は盗賊に襲われる運命だったカルロの父親が助かった日にドレック・ルーヴに憑依しました」
彼は自分の名前と甥っ子の名前でここがゲームの世界だとすぐに気づいたそうだ。
そして、死ぬはずだったカルロの父親が死ななかったことに疑問を持ち、王城に勤めているはずの王宮近衛騎士団がどういうわけかカルロの両親を乗せた馬車が通る道に居合わせて盗賊を捕らえたことを知り、騎士をはじめ、城にいる者のなかに自分と同じ憑依者がいるのだと考えた。
最初はカルロを引き取ったヴィント侯爵かと思ったが、カルロがまだ存在を伏せられている王子の従者になったらしいという話を聞き、それがカルロ同様にゲームの攻略対象であるリヒトだと思ったそうだ。
その後は悪役になることを避けるためにお金を稼ごうと前世のカードゲームの記憶を使ってカードゲームを売り出した。
その際に情報ギルドを利用したかったそうだが、彼らへの接触はかなり難しかったそうだ。
私と同じようにゲームの知識を利用して貧困街の裏路地に行っても、ジムニに会うことはできず、徒労に終わったとか。
ジムニ含め、情報ギルドの面々は私の依頼によりすでにドレック・ルーヴの顔を知っていたために下手に接触することを避け、彼が情報ギルドを探すために裏路地に来ていることにもそれとなく気づいていたとゲーツ・グレデンとジムニからは報告があった。
商会が情報ギルドに接触しようとすることはよくあることだそうだから、ドレック・ルーヴの行動も特別おかしなものではなかったのだ。
「リヒト様は前世でSNSをしていませんでしたか?」
どうやら彼は、時代まで私の前世の記憶と同じようだ。
……いや、私が生きた時代よりも未来という可能性はあるのかな。
「スマホがある時代であれば、皆していたのではないでしょうか?」
私がやっと前世の記憶があることを認める発言をしたためか、ドレック・ルーヴは楽しそうに笑った。
「そうですね。それでは、はっきりと聞きます」
それからドレック・ルーヴはまるで私の前世の姿を見透かすかのように、私の目をじっと見つめた。
「リヒト様は、『ふじさん』ではないですか?」
私は思わずノアールに教わった表情の使い方を忘れて驚きを見せてしまった。
『ふじさん』は私が前世のSNSで使っていたハンドルネームだ。
表情を崩してしまったことによって私は言葉を使うことなく返事をしてしまったようなものだった。
私が警戒を示すと、ドレック・ルーヴはその必要性はないというように、困ったように笑った。
「そう警戒しないでください。私は『飽き人』ですよ」
私はその名前にとても馴染みがあった。
「飽きっぽい『飽き人』。萌えるBL作品についてよく話したじゃないですか?」
「う、そ……」
「嘘じゃないですよ。SNSだけの付き合いだったから、証拠とかは難しいですけど……でも、ふじさんが『星鏡のレイラ』のカルロの不運を嘆いて、カルロを幸せにするために何度も何度もゲームをプレイしてたことはよく覚えてますよ」
「本当に飽き人くんですか?」
私は思わず前世の五十代の感覚で呼びかけていた。
私は腐男子とは言えないような年齢だったため、独自に『腐おじさん』という言葉を作り、『ふじさん』というハンドルネームを使っていた。
飽き人くんは二十代だと言っていたし、彼は私の自己紹介欄を見て私がおじさんだということも知っていたから、お互いの敬称が「さん」と「くん」だった。
「その姿で呼ばれると変な感じがしますね」
「それは私もです」と思わず笑った。
「オフでは絶対に会ってくれなかったふじさんにまさかこうして会えるとは思いませんでした」
「それはすみません」
私は何度も飽き人くんにオフで会いたいと言われていたが、それを断り続けていた。
自分みたいなおじさんがBL漫画を読んでいること、そして、ゲイであることが他者に知られることが怖かったから。
SNS上で知られる分には姿形が見えない分、安心感があったが、リアルに会うのは話が全く違ってくる。
しかし、リヒトの姿で会っている今は、なんだかWebサイトでアバターの姿で会っているような感覚になってしまう。
「時々、こうして会ってくれませんか?」
「なんの因果か私は王子という立場ですのでなかなか難しいですが、時間ができた時には連絡します」
「私は元の世界に戻れるまで、カードゲームやボードゲームの事業で稼ぐ予定ですので、資金が必要な時にはいつでも言ってくださいね。ふじさんのためならいくらでも用意しますから」
「その見返りは広告塔や帝国外へ輸出する際の関税の融通でしょうか?」
帝国傘下の国であれば関税は不要だが、帝国外の国とのやり取りには関税がかかる。
「その話は王様とするようにと、第一補佐官から言われていますので、うまくやりますよ」
「そうですか……飽き人くん」
「はい」
「前世の呼び名は、この場限りにしましょう」
私の言葉に彼は少しだけ寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔を作ってくれた。
「わかりました。リヒト様」
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