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周遊編

104 8歳のはじまりは事件と共に 後編

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 長身のユスティーツ公爵に圧倒されるように小太りの男爵は後退り、逃げ出そうとしたところを騎士が取り押さえた。

「何かの間違いです! 私は商会との関わりなどありません!」

 男爵は何やら喚いていたが、騎士に引きずられるように連行された。

「犯人を捕らえたのなら、早くわたくしたちは解放してくださいませ」

 そう訴えたのは中級貴族の貴婦人だ。
 大体こういう時に騒ぎ立てるのは貴族としての十分な教育を受けることができなかった貴族たちだ。

「緊張感から気分が悪くなってしまったご夫人もおりますわ」

 私は再びリストを彼らに見せた。

「このリストを見せたにも関わらず、この事件に関わっている者が男爵一人だけだとお考えなのですか?」

 先ほど声を上げた夫人に対して忍び笑う声がいくつもあった。
 夫人はその頬を羞恥に染めた。

「ちなみに、こちらは」と、私は他のリストも皆に見えるように広げる。

「毒入りクッキーに関わった者たちのリストです」
「毒入りだなんて、誰も倒れてはいないではないですか!?」
「あくまでもターゲットは私を含めた王族ですから、男爵よりは上手く考えたのでしょうね?」

 しかし、もしかしたら他にも毒を? と、貴族たちの顔が青くなる。

「ああ、毒が入っていたのかと想像して気分が悪くなってしまう方もいるかもしれませんので先に言っておきますと、仕込まれていた毒に関しては魔塔主が前もって魔法で解毒してくれています」

 その後に一つ一つ毒を添加されたり、グラスに毒が塗られていたりしているものに関してはその限りではないが、万が一そんなものに当たった不運な者には即刻解毒を行なってあげよう。
 私自身については問題はない。
 常日頃から毒という闇属性の分野のものはカルロに無効化してもらっているし、呪いのようなものは水属性と光属性を組み合わせた魔法で浄化している。

「殿下、リストを見せていただいてもよろしいですか?」

 ユスティーツ公爵に言われて私が第一補佐官に視線を向けると第一補佐官が毒を仕込んだり、あるいは呪いをかけたりしていた貴族とそれに関わる人々のリストの複製を公爵に渡した。
 別にユスティーツ公爵を疑っているわけではないが、万が一、ユスティーツ公爵が首謀者だったり、騎士が裏切った際にはリストから特定の人物を削除したり、または書き足したりされたら困るからだ。

 公爵は騎士たちに指示を出してリストに名前のある貴族たちを捕らえていく。
 先ほど早く解放してほしいと言っていた夫人のそばで青い顔をして気分が悪そうにしていた子爵夫人も騎士に捕らえられる。
 その様子を先ほどまで一緒に談笑していた人々は呆然と見守る。

 そんな人々の様子を見ていた私だが、そういえば両親はこの惨状を前にどうしているだろうかとチラリと壇上を見ると、二人ともにやりとでも表現できそうないい顔をしている。
 まるで自分たちが最初から仕掛けていたような表情だが、おそらくすぐに私がやろうとしていることを察した母上がそのように演出し、父上は母上に誘導されたのだろう。

 ふと母上と目が合うとその余裕の微笑みが深まる。
 これは後でお説教だろう。



 私の誕生日の準備が始まった頃、情報ギルドに匿われている子供たちに会いに行くと、私や両親の命を狙っている貴族が数名いることをゲーツに聞かされた。
 男爵は誕生日パーティーの飲み物に毒を仕込もうとしているし、子爵夫人は母上が参加する予定のお茶会で毒入りクッキーを出そうとしているということだった。

 それを聞いた私は、この際だから他にもあの悍ましい慣習を好み、その邪魔となる私や両親の暗殺を企んでいる者たちを一掃することとした。
 その場として、私の誕生日パーティーはもってこいだった。

 人を集める口実として、人を閉じ込める場所としても、そして、見せしめを行う機会としてもちょうどよかった。
 犯人を容易に捕らえることもできるし、同時に無関係の者たちを守ることもできる。

 しかし、そのような計画を両親に正直に話せば、私を不参加にさせるか、最悪、誕生日パーティーそのものが開かれなくなる可能性があった。
 せっかくの絶好のチャンスなのにも関わらず。
 そのため、私は両親にも乳母にも知らせずにこの計画を実行した。

 男爵は私が死ねば私を気に入っているオーロ皇帝が怒ってエトワール王国を帝国傘下から除外するとでも思ったのかもしれないが、それはない。
 オーロ皇帝は現王が前王とは全く違い、この国の慣習を嫌っていることを知っている。

 子爵夫人は王族への復讐がしたかったようだが、我々はほとんどの毒を無効化できるし、呪いの類は浄化することができる。
 他にも数名捕まえたが、私や両親の暗殺を目論んで準備中だった者を情報ギルドの者を使って暗殺計画を前倒しするように働きかけたり、一斉に捕まえるためにこちらも色々と工夫しているのだ。
「私は無罪だ!」と訴えても、給仕の少年が「リヒト様に果実水を飲ませるようにと言われました」と涙目で語れば、身に覚えがなくとも証拠が存在するという状態になる。

 ジムニには「リヒト様は本当は何歳なんですか?」とジト目を向けられたりもしたが、無事に計画通りに進んでよかった。



「それでは皆さん」

 犯人たちが会場から連れ出され、私は緊張感漂う貴族たちに微笑んだ。

「使用人や出入り業者などに混ざっている悪人たちが捕まるまで、どうぞパーティーを楽しんでください」

 さて、私は両親の隣の席にでも戻るかと思ったのだが、ヘンリックが私に飲み物を持ってきてくれた。

「喉が渇かれたでしょう?」

 貴族たちの注目の眼差しが集まる中、ヘンリックは微笑みながら小声で言った。

「毒は全て無効化してあるという証明のためだと、第一補佐官がおっしゃっておられました」

 ヘンリックの後ろ、少し離れたところで第一補佐官が微笑んでいる。
 この場を緊張感に満たされた状態から変えろっということか。
 私はヘンリックから飲み物を受け取るとお礼を言って、何食わぬ顔でそれを飲んだ。

「リヒト様、こちらもどうぞ」

 すかさず、カルロが軽食をお皿に盛り付けて持ってきてくれた。
 これも第一補佐官の指示なのだろう。
 仮にも自国の王子に毒味させるのはどうだろうとも思ったが、この緊張感の中で飲食できる者がいるとしたら私くらいのものだろうし、仕方ない。

 それに、カルロが持ってきてくれたものを残すことなんてできない。
 一口食べると私はお腹が空いていたことを実感した。

「うん。おいしいよ。カルロ」
「よかったです」

 そう微笑むカルロが可愛い。

 周囲の貴族たちは私の毒味が終わるのをじっと見ていた。
 私が視線を気にせずにカルロやヘンリックと談笑しながら飲み食いしているのを見てやっと安心したようで、彼らも親しい者との歓談を再開した。

 話の内容は先ほどの世間話ではなく、捕まった者たちの話が大半だった。
 「まさかあの人が……」という話もあれば、「あのバカならやると思った……」という話もある。
 こんな事件があった場所でそのままパーティーを続行するなんてという動揺もあったものの、城内の逮捕劇などが全て済むまで2時間ほどがかかり、騎士たちの誘導で退場する時には貴族たちは毒入り事件があったことなど少し忘れかけていた様子まであった。




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