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周遊編
103 8歳のはじまりは事件と共に 前編
しおりを挟むパーティー会場に私は前回同様、王族専用の入り口から入った。
両親の後ろについて中に入り、壇上、玉座の横に用意された煌びやかな椅子に座る。
相変わらずこの豪奢な見た目には慣れないし、座り心地には気を使われているものの、大勢が立ってパーティーを楽しんでいる中、見せ物のように椅子に座っている状態は大変居心地が悪い。
父王がワイン片手に8歳の誕生日の祝いの言葉をくれ、それに皆が祝いの言葉を重ねてくれる。
貴族の一族ごとの祝いの儀礼が始まるとユスティーツ公爵一家が前へと出た。
ユスティーツ公爵の祝いの言葉が終わると私はヘンリックに声をかけた。
「ヘンリック、後で話しましょう」
「はい。光栄です。殿下」
ユスティーツ公爵もヘンリックもすでに第一補佐官に聞いているのだろう。
落ち着いた様子で一礼して下がった。
グレデン公爵家は祝いの言葉をあっさりと済ませた後に私の護衛騎士であるグレデン卿について色々と言っていたが、要約すると私がグレデン卿に世話になっているのだからもっと目をかけてくれと言いたいらしい。
「リヒト様、数年ぶりに親族と話して来てもよろしいでしょうか?」
感情を隠せないグレデン卿が怒りで冷たくなった視線をグレデン公爵に向けたまま言い、私が答える前に乳母が「ここは任せてください」とグレデン卿を送り出した。
きっとグレデン公爵が今日再びこの会場に戻ってくることはないだろう。
その後にヴィント侯爵家から乳母の弟が代表として祝いの言葉を贈ってくれた。
ヴィント侯爵は乳母なのだが、私の乳母をしているヴィント侯爵に代わって日々の執務を行ったり、他の貴族と交流したりしているのが乳母の弟ということらしい。
常にヴィント侯爵を立てて、決して前に出過ぎようとはしない慎ましやかな性格のようだ。
その後も上級貴族から中級、下級という順で貴族の挨拶と祝いの言葉を受ける。
他の国と比べればエトワール王国の貴族は少ない。
それでも、それなりの時間をかけて貴族たちから祝いの言葉を受けた。
儀礼的な流れが終わると父王からの許可を得て、私は壇上を降りてカルロと一緒にヘンリックの元へと向かう。
私が他の貴族に囲まれて身動きが取れなくなるようなことがないように、ヘンリックとユスティーツ公爵は壇上の近くで待ってくれていた。
挨拶の時にはフーゴと夫人もいたのだが、今はユスティーツ公爵のそばにはいない。
それでもそれほど遠くにはいないだろうと周辺を見渡せば、すぐにフーゴを見つけることができた。
フーゴはこちらに来たそうな表情をしていたが、その手を公爵夫人がしっかりと握っていた。
「ヘンリック、よく来てくれました」
ヘンリックの友達にも微笑む。
「皆も、今日はパーティーを楽しんでいってください」
王子が話に入ってくるなど面倒でしかないだろうに、彼らは面倒な顔ひとつせずに私を受け入れてくれる。
よく教育が行き届いている。
ユスティーツ公爵と公爵と親しい貴族たちが私たちのそばにいるのは、万が一にも無礼な行いをする可能性のある貴族を近づけさせないためだ。
それに、私がまだ婚約者を望んでおらず、騒がしい令息たちに囲まれることも望んでいないことを知っているようで、令嬢たちややんちゃな令息たちが近づくのも防いでくれているようだった。
大変ありがたい。
私はヘンリックたちと話をしながらすぐ後ろにいるカルロの気配を探る。
王子である私が視線を彷徨わせるのは目の前の少年たちへの失礼にもなるし、落ち着きがないと見られる可能性があるためできないが、カルロは私の従者で護衛という側面もあるため周囲を見回していてもおかしくはない。
私が探している人物を見つけたようで、カルロが私の服の裾を少しだけ引いた。
私はできるだけ自然に視線をカルロが見つめている方へと向ける。
そして、変態の離宮で帳簿をつけていた少年を見つけた。
彼は今日、私の協力者なのだ。
変態の好みからは外れる年齢に成長している少年ではあったが、それでも彼は美しく、計画通りに変態ホイホイになってくれていた。
これまで散々嫌な思いをしてきたであろう少年に嫌な役目をやってもらって大変申し訳ないが、ターゲットがきちんと釣れており、計画は順調に進んでいた。
少年はしっかりと役目を果たしてくれたので、そろそろ彼を助けてあげたかったのだが、それには少し距離が遠い。
下町ならすぐに私が割り込むが、ここで私が飲み物を運んでいる給仕の少年を助けるのはあまりよくない。
令息たちの話を打ち切って彼の元へと向かえば、私が彼のことを気に入ったのだと邪推する者もいるだろうし、貴族の中には彼が変態の愛妾であったことを知っている者もいるだろうから、本当にとんでもない邪推をする愚者も出るだろう。
さて、どうしたものかと考えていると、乳母が「お飲み物をとってきます」と少年を迎えに行ってくれた。
これから起こることはゲーツ・グレデンやジムニと話していたことで、一緒に情報ギルドに行っていたカルロとグレデン卿は知っているが、乳母は知らない話だった。
それでも私の視線と反応から機転を利かせてくれるとはさすがだ。
乳母は少年に絡んでいた貴族たちを追い払って、少年を連れてきてくれた。
私の姿を見つけた彼はあからさまにホッとした表情を見せた。
緊張する場で嫌な貴族に絡まれて、やっと見知った顔があることにホッとしたのだろう。
「リヒト様、お飲み物です」
乳母の言葉に頷き、私は少年に微笑んだ。
「どうぞ、果実水でございます」
差し出されたトレーの上から私は一つグラスをとって、口元に近づけてからすぐにグラスを離すと、誰の目から見ても異変がわかるように少し大袈裟なくらいに不機嫌な表情を作った。
「これ、毒が入っています」
ざわりと周囲が緊張した。
私の計画を知らない騎士たちが飲み物を持ってきてくれた給仕役の少年に手を伸ばそうとしたので、私は青年を自分の方へと引き寄せることでそれを止める。
「飲み物を運んで来た者が単純に犯人なわけがないのはわかりますよね?」
「しかし、関係者は全員捕まえて調べる必要が……」
「リヒト様の言葉に反論するのか?」
グレデン公爵をどう処分して来たのかわからないが、急ぎ足で戻ってきたグレデン卿がひと睨みした。
グレデン卿は私の専属の護衛騎士であり、騎士団の中では上の身分のため、騎士たちはすぐさま「申し訳ございません!」と敬礼した。
「関係者全員を捕まえなければならないのはもっともです。グレデン卿、会場の封鎖は?」
「騎士団長が指揮しています」
「では、少し待ちましょう。この会場から逃げようとした者、飲み物の保管庫から逃げようとした者、厨房から逃げようとした者、城から逃げようとした者、人気のない隅で隠れている者……」
「それから」と、私はこの計画に巻き込んだ第一補佐官が渡してくれたリストを会場にいる貴族たちが見えるように広げた。
「果実水を城に納めることに関わった全ての人間」
そのリストを見た瞬間、ユスティーツ公爵がすぐさま動いてくれた。
会場の扉の側で固まっていた一人の男爵へ向かって大股で歩いて行く。
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