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周遊編

102 誕生日の準備

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 エトワール王国の農産物の調査などが終わり、もうすぐ春。

 私は再び帝国周遊のための旅計画を立てようとしたのだが、それは乳母に止められた。
 春には私の8歳の誕生日パーティーがあり、その準備が始まるからだ。
 52歳の中身的にはお誕生日会とか本当にもう結構です。みたいな心情だったが、この体は8歳になる一国の王子のものなので、誕生日パーティーとは避けることのできない公務だった。

「衣装の採寸もありますし、装飾品も選ばなければなりません。靴も新調しなければいけませんね」
「衣装と靴は仕方ないにしても、装飾品は昨年使わなかったものでいいと思います」

 なんなら使ったものを身につけたところで、誰がいくつもついている装飾品を正確に覚えているというのか。

「今年はカルロと何か交換はされないのですか?」

 乳母がわざとらしくカルロへ視線をやれば、カルロは少しばかりしょんぼりした様子を見せた。

「今年もカルロに似合う一級品を探しますよ! 宝石商は明日来ますか!?」

 選ぶのには一日では足りないかもしれない。
 というか、宝石商も専属の商会だけでは不十分かもしれない。
 ゲーツ・グレデンは情報収集のために商会も持っていたし、他の商会とも顔を繋いでいたはずだ。
 いい品があったら見せてもらうのもいいだろう。

「リヒト様、装飾品のことを考えるのは衣装のデザインが決まってからにしてください」

 やる気のなかった私にやる気を起こさせ、暴走しそうになった私の手綱を引くのだから、乳母は私の扱いが非常にうまい。
 それから誕生日パーティーの準備が着々に進められた。

 私やカルロだけではなく、ライオスも城に呼んで準備をさせた。

 第一補佐官からは改めて、ヘンリックを側においてはどうかという提案があった。

 あまり貴族の子供たちの誕生日パーティーやお茶会に出席しない私に不満を持つ貴族は多く、他者と交流することのできない欠陥を抱えていると揚げ足を取る貴族が出始めているそうだ。
 正直、だいぶどうでも良かったが、王子が無能だと父王の揚げ足まで取るようになるだろうから、放っておくわけにはいかないだろう。

 それにヘンリックはいい子だし、攻略対象でもある。
 王子と親しいということが彼にとってアドバンテージになるのならば悪いことではないだろうし、同時にナタリアと出会う場にも居合わせることができるかもしれないし、なんなら邪魔もできるかもしれない。

 ヘンリックはいい子だが、申し訳ないが、ナタリアのことはカルロに譲ってほしい。
 どこかにいいご令嬢がいれば、ヘンリックやライオスに紹介しよう。
 私は色々な打算の上で、誕生日パーティーでヘンリックが私の側にいることを許可した。



「ドレック・ルーヴの商会がうちの商会に接触してきました」

 ゲーツ・グレデンに呼ばれて情報ギルドに行くと想定していたことを言われた。
 7歳の誕生日パーティーで接触してきたドレック・ルーヴは私と同じ前世の記憶を持っていることを匂わせていた。
 そこからすぐにでも再接触してくるかと思ったが、再び誕生日パーティーで会えればいいと思っていたのか、それとも私からの連絡を待っていたのか、動きがなかった。
 それが、ルーヴ伯爵家に誕生日パーティーの招待状が届かなかったことによって今回の動きに繋がったのかもしれない。

「用件は何か言っていましたか?」
「カードゲームやボードゲームを王室に献上したいから王室専属の商会を紹介してほしいと言われたそうです」
「そうですか……」
「お会いになるんですか?」
「有益な情報交換ができるのなら会ってみてもいいとは思っています」

 でも、その確証がない。
 ドレック・ルーヴが前世の記憶を持っていて、その前世が私と同じ世界のものだったとして、果たして私がほしい情報を持っているだろうか?
 相手が野心家であれば、王子の立場の私との繋がりは欲しているのだろうが、王子である私にとってはむしろ邪魔になる可能性もある。

 私は別に同じ世界からの異世界転生者ならば相手を融通したいとか、そういう考えは一切ない。
 ただ同じ世界からの異世界転生者だからという理由だけでそんなことをすれば、どう考えても父王の足枷にしかならないだろう。
 融通するならば、父王にも私にも利益をもたらす人物でなければならない。

「俺はリヒト様がドレック・ルーヴを専属として扱い、後援してもいいと思いますよ」

 ジムニがそのように評するのは珍しい。

「なぜですか?」
「ドレック・ルーヴの商会が子供向けのおもちゃや大人向けのゲームを扱っていることはご存知ですよね?」

 私は頷きを返した。

「その商品を最近、他国にも積極的に売り出すようになったのですが、かなり売れ行きがいいんですよ。ドレック・ルーヴが開発したカードゲームやボードゲームは今まで見たこともない斬新なものですし、子供だけでなく大人も楽しめます。貴族だけに売っていても帝国傘下で流通を広げれば10年以上は成長し続けることができるでしょう。需要が高まり価格が安定すれば平民でも手を出しやすくなりますし、平民に広まり始めればさらなる成長が見込めます」

 ドレック・ルーヴが作っているカードゲームやボードゲームは前世ではお馴染みなものばかりだから私にとってはさしたる魅力はなかったが、この世界の人々にとってはかなり刺激的であり魅力的な商品なのだろう。

「リヒト様が後援することで他国への流通がスムーズに行えますし、ドレック・ルーヴもリヒト様に感謝を表すことでしょう」

 つまり、税金とは別に賄賂をもらえるということか……
 前世とは違い、この国では賄賂は違法ではない。
 エトワール王国でもルシエンテ帝国でも違法ではなく、むしろ取引の一つの手段としては有効かどうかは別として、視野に入れておくべき方法だ。
 オーロ皇帝も取引内容を気に入れば受け取ればいいし、そうでないのならば突っ返せいいだけの話だと言っており、王侯貴族の正当なる資金源と見做されていた。

「ドレック・ルーヴの生み出す商品を増産するのに人手がいるでしょうから雇用が増えますし、それほど難しくない作業でしたら子供たちも雇ってもらえるかもしれません」

 本当は子供に労働などさせたくないが、まだこの国には子供たちを学校に入れて、働かせずに十分に食べさせてあげられるだけの生産力がない。
 そして、子供たち自身、学校などがなくて手持ち無沙汰な分、悪いことをしがちだ。
 働いてお金をもらって、自分で買い物をして食事を摂る。
 それは学舎のない彼らには必要な学習の場となるだろう。
 私がそんなことを考えているとゲーツとジムニ、それからグレデン卿までくすりと笑った。

「まったくあんたは……」
「リヒト様は……」

 そう笑うゲーツとグレデン卿。
 その二人の言葉を代弁するようにジムニが言った。

「人のことばかりですね」

 笑う三人に私は首を傾げた。

「当たり前じゃないですか。この国の王子なのですから」

 将来、この国を支える子供たちのことを考えるのは当然のことだ。
 子供たちが健やかに成長した結果、この国が発展して生活しやすくなれば、それはカルロにとっても住み心地のいい国になるということなのだから。

 私は全ての子供たちが笑顔ならばいいとは思っている。
 しかし、自分が聖人君主になり得ないことも知っている。
 私には想像力が乏しく、全ての子供たちのそれぞれの幸せを想像し、個々人に合わせた対策をすることなどは難しい。
 だから、一番大切な存在の幸せを基準に国づくりを行う。

 私の行動がこの国の子供たちに幸せを与えることができるのか、それとも失策だったのかはカルロが教えてくれるだろう。




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