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周遊編
100 調査 01
しおりを挟む冒険者たちと別れた後、馬車で元ティニ公国の街を離れてしばらく経った頃、ジムニが「そろそろ転移魔法を使っても大丈夫です」と教えてくれて、私はジムニにお礼を言ってグレデン卿を連れて転移魔法で城まで戻った。
カルロは私の影を通って戻ってくる。
翌日、私は父上の執務室へと向かう。
父上はいつも通りに私を歓迎してくれた。
「どうしたのだ? リヒト」
「冬の間にやりたいことができましたので許可をいただきに来ました」
「それはなんだい?」
父王の目尻がすでにだらしなく垂れ下がっている。
私がどっかの国をちょっと滅ぼしてくると言っても反射的に「そうか、そうか。やりなさい」とか言いかねない顔だ。
「エトワール王国に魔物が少ない理由を調べたいのです。それと同時に、第一補佐官に調査をお願いしていたエトワール王国の農産物の魔力含有量を私の方でも調査してみようと思います」
「リヒト自ら調べるのか?」
「はい。毎日数時間、城を開けることになりますので、許可をいただきたいのです」
「それは構わないが、今の第一補佐官の調査では不十分なのか?」
私は慌てて「いえ、違います」と否定した。
第一補佐官の調査に不満があると思われて第一補佐官に不利益があっては大変だ。
「不十分ということではないのです。私も興味があるので、自分でも調査してみたいと思っただけです」
「力不足ですみません」
心なしか第一補佐官がしょぼんっとしている。
「水や土壌の中の魔力含有量を調べようと思ったのですが、学者たちに聞いてもそのあたりを調べる方法がなかなか難しくて調査が暗礁に乗り上げていたところでした」
「やはり、その点が難しいのですよね? 私の方から魔塔主に相談してみます」
「すぐにご報告できずにすみません」
「色々試行錯誤して方法を探してくださっていたのですよね? 感謝しています」
「恐れ多いお言葉です」
少し肩を落としていた第一補佐官の姿勢が戻り、彼はキリッとして言った。
「国民に話を聞いたりなど彼らと接触する作業が必要な時にはお声がけください。調査員を出しますので」
「皆さん忙しいでしょうから、私が直接国民から話を聞きますから大丈夫ですよ」
「王子が国民に直接お声を掛ければ卒倒する者も出てくるでしょうから、控えていただけますと助かります」
「わかりました……」
少し残念だったが、私のせいで国民に過度な緊張感を与えるわけにもいかないため私は素直に引き下がった。
名前も立場も伏せればいいとも思ったが、そもそも子供が調査に加わっていること自体がおかしいと思われるだろうし、万が一、子供だからと調査に協力してもらえなかった場合にはその人物は罰せられる可能性が出てくる。
それはあまりにも理不尽だろう。
父上の執務室を出た後に魔塔主の元へと向かおうと思っていたのですが、母上に見つかり、母上の執務室でお茶をすることになった。
「リヒト、休むことも必要ですよ」
昼食を食べてからまだ2時間ほどしか経っていないのだが、確かにカルロの体の成長にはおやつも必要だろう。
私は母上にカルロの同席の許可を取ると、隣にカルロを座らせてお菓子を取り分ける。
カルロのお茶はすぐに母上の侍女が入れてくれた。
「美味しいかい?」
クッキーを頬張るカルロに聞けば、「はい!」といいお返事が返ってきた。
もっもっと一生懸命にクッキーを食べる姿はハムスターに似ていてすごく可愛い。
「とても美味しいですよ! リヒト様も食べてください!」
手に持っていたクッキーを食べ終わったカルロは私にクッキーを差し出す。
その姿がまた可愛くて、おそらく私の目尻は下がりっぱなしだと思う。
私はカルロからクッキーを受け取ると一口かじった。
サクッとした歯応えに、ほのかな甘みで美味しい。
「どうですか?」
私の食べる様子を見ていた母上がそのように聞いてきた。
「美味しいです」
そう答えれば、母上は優しく微笑んだ。
「最近のリヒトはあまり甘いものは好きではなさそうでしたので、料理長に甘さ控えめのお菓子を作ってもらったのです」
確かに、年齢が上がるにつれて砂糖の甘さが苦手になっていたが、私はそれほど好き嫌いは言わなかったはずだし、顔にも出さないようにしていたはずなのだが……
母上は、私のことをよく見てくれているのだと感心する。
「優しい母上の元に生まれて、私は幸せ者ですね」
私の言葉に母上は感動したようにその瞳を潤ませた。
お茶を飲み終わると私は母上にお礼を言って、魔塔主の元へと向かった。
魔塔主のお土産に、たっぷりクリームが塗られたケーキを包んでもらった。
魔塔主の魔力を思い出して意識を集中する。
魔塔主を照準にして転移魔法を使うと、あの大きな魔石のある部屋に転移した。
「リヒト様、どうされましたか?」
魔石のデータを取っていた魔法使いたちが全員、驚きの表情で固まり、私とグレデン卿、それから私の影から出てきたカルロを凝視した。
どうやら、驚かせてしまったようだ。
「リヒト様、お久しぶりです」
そう声をかけてくれたのはハバルだ。
「お久しぶりです。驚かせてしまったようですみません。これ、皆さんでどうぞ」
私はハバルに甘さ控えめのクッキーを渡した。
それを見ていた魔塔主は少し眉間に皺を寄せる。
「それは私へのお土産ではないのですか?」
「これは甘さ控えめのクッキーです。魔塔主には物足りないと思いますよ。魔塔主にはクリームたっぷりのケーキをお持ちしました」
魔塔主の機嫌はすぐに回復し、満面の笑顔を見せた。
「さすがリヒト様、私のことをよく理解されていますね。執務室でいただきます」
次の瞬間、私たちは半強制的に魔塔の最上階にある魔塔主の執務室に転移させられていた。
魔塔主はお茶も淹れずにケーキを食べ始めた。
クリームが水分代わりにでもなると思っているのだろうか?
私は仕方なくカルロの影からお茶のセットを出してもらって、カルロにお茶を淹れてもらう。
カルロは一杯目を私の前に置いてくれた。
前世の癖でそれを魔塔主に回してしまいそうになるが、それをグッと堪えた。
きちんとした商談の場ならば自分の前に置かれたものを他の者に回すようなことはしないが、社内の会議や飲み会の席ならば自分のところに置かれたものをどんどんと他の者へと回していくことで狭い部屋の中でも飲み物が皆の手元に行き渡っていたから、普通のことのように思っていた。
しかし、貴族社会ではそれは非常に行儀が悪く、相手にも失礼になると乳母から教えられた。
だから、今すぐにでも魔塔主の前にお茶を置きたいのを我慢して、私はカルロが魔塔主の前にお茶を置くのを待った。
「それで、本題はなんですか?」
魔塔主はカルロが淹れてくれたせっかくの香り高いお茶に、どこからか取り出したミルクと砂糖をたっぷり淹れて、一気に飲み干した。
カルロの眉間に深い皺が刻まれた。
私はカルロを落ち着かせるようにそのサラサラの髪を撫でながら、魔塔主にエトワール王国の農産物の魔力含有量が多い理由を調査したいため、協力して欲しいとお願いした。
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