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周遊編
92 オルニス国より帰還
しおりを挟むその日の夜も広間で宴会があったが、ほとんどの国民が広間に来るため、当然、昼間に寄ったレストランの店主も、私が余計なことを言った場に居合わせた客も広間に来ており、首長代理にエトワールとの交易を提案していた。
そうした話し合いでさえも魔塔主は面倒だったようで、魔塔主は唐突に私たちを連れてエトワールの私の寝室へと転移した。
「あのように無理やり話を打ち切ってよかったのですか?」
「私が一度やらないと言ったことをしつこく言うのは面倒でなりません」
「魔塔主は子供のようなところがありますね」
魔塔主が自由なのは今にはじまったことではなかったが、久しぶりに帰った国の民の意見くらい聞いてやってもいいのではないだろうか?
もちろん、意見を聞いて、それを全て叶えてあげたらいいという意味ではない。
お互いに意見交換くらいするべきだと思うのだ。
「私は大人びているリヒト様のほうが不思議です」
魔塔主が私を大人びていると言う時、どうにもその眼差しが私の中身を見透かそうとしているような気がする。
オルニス国の人々には悪いが、私は話を変えることにした。
「カルロもグレデン卿もまだお腹が空いているでしょう?」
まだ食事が途中のところでこちらに帰ってきてしまったのだ。
カルロにはしっかりと食べさせなければ。
グレデン卿だって足りないだろう。
「魔塔主も一緒にいかがですか?」
「久しぶりにポタージュスープが食べたいです」
「急に帰ってきて用意されているかどうかはわかりませんよ」
私たちが食堂に向かうと、両親は驚いていたが喜んでもくれた。
テーブルにはすぐに私とカルロ、そして魔塔主の食事が用意された。
グレデン卿も同じ席についたらいいと勧めたのだが、「王と王妃と同席というのはちょっと……」と困った表情をさせてしまった。
緊張して味がわからなくなるようでは可哀想なので、使用人たちの食堂に食事を用意してもらった。
「それで、オルニスはどうだったんだい?」
「クリスタルの建物が立ち並ぶとても美しい都市国家でした」
父上の質問に答えると母上の瞳が煌めいた。
「クリスタルの建物ですか? それは興味深いですね」
母上は別に宝石などの光り物が好きなわけではない。
建造物が好きなので、他の国では見ることの出来ない珍しい建物に興味を抱いたのだった。
私はオルニスのことを両親に話しながら美味しい晩餐を楽しんだ。
魔塔主がオルニスの首長であることは言わずにおいた。
魔塔主は自身がエルフであることを隠しているようだったので、オルニスの出身ということ自体を隠しておいた方がいいだろう。
「そういえば、急に帰ってきてしまったのでお土産を買って来られませんでした」
「リヒト様、残念ながら、オルニスにはお土産にできるような商品はないですよ」
魔塔主の言葉に街で見たものを思い出したが、確かにお土産にできそうなものはなかった。
「あんなに美しい街並みなのですから、観光地になっても良さそうなものですが」
「オルニスは少人数の旅人さえも拒む国ですので」
つまり、魔塔主がいなければ歓迎どころか入国さえもできなかったということか。
「次はどこに行くんだい?」
「またカルロと話し合って決めます」
「そうか。また旅の話を聞かせてくれ」
「ああ、そういえば」と父上が思い出したように言った。
「第一補佐官が令嬢の誕生日パーティーへの参加はどうするか聞いていた」
「上級貴族のパーティーには参加した方がいいと聞いていましたが?」
「それは同性である子息たちの話だろう」
「異性の誕生日パーティーでは、アプローチされることが増えると思うわ」
父上の言葉に続いて母上が言った。
「アプローチですか?」
「権力が欲しい家にとっては王子の婚約者という立場は魅力的なものですからね」
なるほど、そういう問題にも気をつけなければいけないのか。
「まだ7歳ですし、婚約者のことはまだ考えておりませんのでお断りしてください」
「わかった。そう第一補佐官に伝えておこう」
「はい。お願いします」
ふと隣を見れば、なぜかカルロが拗ねた顔をしていた。
寝室に戻ってからカルロの頭を撫でてやる。
「カルロ、どうして拗ねているんだい?」
なぜそんな可愛い顔をしているのか聞いてみると上目遣いで見られた。
はい。可愛い。
「リヒト様はいつか婚約者を作るんですか?」
「大丈夫。カルロが結婚して幸せになるまでは私は結婚する気はないよ」
ちゃんとカルロの幸せを見守ってから、国のことを考えて適した人を王妃に迎えればいいだろう。
しかし、できれば両親にはもう一人、二人、子供を作って欲しい。
そうすれば、私が王位を継がなくてもいいだろう。
「リヒト様は僕にキスしてくださったのに」
私がこの世界でのキスの重要性を知らなくて、カルロの額にキスをしてしまった時のことを言っているのだろう。
私がキスの意味を知らなかったからあの時は許してもらったが、プロポーズと同義のあのキスをカルロはしっかりと覚えているようだ。
「カルロ、あれは……」
そういう意味ではなかったのだと改めて言うのは簡単だったが、すでに拗ねているカルロにそんなことを言えば傷つけるかもしれない。
「カルロ、リヒト様を困らせてはなりませんよ」
どう言ったものかと迷っていた私の代わりに、乳母がカルロに声をかけてくれた。
「それなら僕はずっと結婚しません」
カルロの言葉に私は少し驚いたが、これは売り言葉に買い言葉のようなものだろうか?
きっと、母親や父親とずっと一緒にいたいという気持ちと同じなのだろう。
そう解釈して、私はカルロの頭を撫でた。
きっと、大丈夫だ。
思春期になれば、カルロも父親のような存在である私ではなく、異性に目がいくはずだ。
こんなに可愛いカルロなのだから、確実にナタリアと幸せになれるだろう。
次の旅に出る前に、私は公務として公爵家の令息の誕生日に参加した。
同性の、上級貴族の誕生日パーティーだ。
ユスティーツ公爵家は優秀な騎士の家門で、これまで何名も王宮騎士団の騎士団長を輩出してきた。
絶対に無視のできない、味方にしておくべき家門だ。
「ヘンリック様、お誕生日おめでとうございます」
私は今日の主役である子息に声をかけ、こちらを見て目が合った姿にやはりかと思った。
ヘンリックという名前を聞いた時からもしかしてとは思っていたのだが、彼は攻略対象の一人だった。
カルロ推しの私はあまりヘンリックとは接触しなかったから、正直彼のことについてはあまり詳しくはない。
これと言って目立つキャラクターでもなく、ただ、いつも年の離れた弟のことを気にしていたようだから、優しい性格なのだろう。
私が声をかけたことよって緊張した様子のヘンリックだったが、私がプレゼントを差し出すと嬉しそうに受け取ってくれた。
「リヒト様、ありがとうございます!」
私はヘンリックの笑顔を見ながら違和感を覚えていた。
攻略対象がこの国に偏りすぎている気がする。
ヒロインは帝国の姫であるナタリアだ。
もっと様々な国に攻略対象が散っていてもいいと思うのだが、私とカルロ、ヘンリックはエトワール王国の者で、ライオスは元ティニ公国、現エトワール王国領の者だ。
これでは、攻略対象がナタリアではなく、リヒトの関係者を集めたような人選だ。
ヘンリックの誕生日パーティーは若干のトラブルはあったものの、無事に終わった。
次に私が公務として出席した貴族の子息の誕生日パーティーは乳母の縁戚のものだ。
乳母は無礼を働くかもしれないから出席しない方がいいと言っていたが、その家がたびたび乳母に迷惑をかけている話は情報ギルド経由で知っていたため、今後迷惑をかけられないようにするために参加したのだ。
しかし、思った以上に頭の悪い当主だったため、問題はすぐに解決した。
当主の男は乳母の従兄弟だと聞いていたのだが、これほどまでに出来が違うのが不思議だった。
そして、その誕生日パーティーにはヘンリックも参加しており、私を守るために彼は私の騎士のように振る舞ってくれた。
そのため、私の従者にしてはどうかという話が第一補佐官からあったが、カルロがものすごく拗ねたような表情をしていたので断った。
またキスの話を持ち出されては困るので、従者候補や婚約者候補の話はカルロの前でしないでほしい。
私はヘンリックが私の従者になる話はきっぱりと断ったのだが、どうやらヘンリックは今後、私の護衛騎士となるための教育を受けていくようだ。
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