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お披露目編

75 知恵熱と癒し

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 ここは騎士団長の執務室で、私と騎士団長以外にはカルロと乳母とグレデン卿しかいないので声を潜める必要などないと思うのだが、心理的に思わずしてしまったようだ。
 シュライグは執事長の手伝いのためにカルロの側から離れている。

「ペルヴェルス様が最近はよく本宮へとお越しだと聞きました。王位を承継されてからは別宮から出られなかったのに……やはり、リヒト様のお披露目の式典でリヒト様のお姿をご覧になられたからでしょうか?」
「そうではないと願っています」
「リヒト様、現実を直視してください。貴方様はペルヴェルス様の好みのど真ん中なのです」

 騎士団長は席を立つと私の前まで進み出て、膝をついて私の手の甲に額をつけて最上級の礼を行った。
 そして、真剣な眼差しで言った。

「私はリヒト様に絶対的な忠誠を誓っております。だからこそ、ご忠告させていただきます」

 騎士団長からの忠告は思ってもみないものだった。

「リヒト様、どうか、今一度、帝都へと行き、その身を隠してください」
「いや、しかし、それでは公務が……」
「それは転移魔法でいかようにもなるではありませんか?」
「私は自分の魔法を公表するつもりはないのです。少なくとも、今すぐの公表はありません」
「魔法が使えることを公表する必要はありません。これまで通り、目立たぬように動けば良いのです」
「しかし、公務をしていれば私がエトワール王国にいることはすぐにへんた……祖父にばれてしまうでしょう」

「それは大丈夫です」と騎士団長が言った。
 皆、私がうっかり変態と言おうとしたことには誰も何も言わなかった。
 いくらなんでも前王を変態呼ばわりは怒られても仕方なかったが、皆聞かなかったことにしてくれたようだ。

「ペルヴェルス様は公務になど興味はないですから」

 騎士団長の言葉に、いや、そんなまさかと思ったが、かつては前王の護衛騎士をしていた騎士団長なのだから、私よりよほどあの変態のことを知っているはずだ。

「どなたがどのような公務をされているのかも知らないでしょうし、貴族に会ったりもしないはずです。これからは帝国法により貴族たちも前王に子供を差し出すことができませんから、これまで以上に接触はなく、リヒト様の情報を得ることはないでしょう。万が一、何処かから情報が入って公務をしていることがわかったとしても、魔塔の魔法使いの力を借りてたまに戻ってきているということにしてはいかがでしょうか?」

 私は騎士団長の提案についてしばし考えてみた。
 しかし、私が再び帝国までいかなければいけないのは正直面倒だ。

「あの、万が一にも私が祖父に捕まったとしても、私は祖父から逃げることが容易にできると思うのですが?」
「そうでしょうね。しかし、危険なのはペルヴェルス様ではありません」
「どういうことですか?」
「ペルヴェルス様に付き従う従者の姿は見ましたか?」
「はい。美しい青年を一人付き添わせていましたね」
「彼はリヒト様にとってのカルロ様のような存在で、一緒に遊び、勉強し、一緒に成長してきた従者なのです」
「つまり、あの従者はエルフということでしょうか?」

 エルフは美しい見た目で、かつ長命種のために身体の成長が人よりも遅いという。

「そうなのかもしれませんし、そうではないのかもしれません」
「どういうことですか?」
「もしかすると、魔塔主のような存在なのかもしれないのです」

 魔塔主のような存在……つまり、魔力が豊富であり、同時に、魔法を使う才能に長けているということだろうか?

「謎に包まれた人物で、実際のところはわかりませんが、あの美しさを保てるほどの魔法使いだという噂があります」
「それならば、私が帝国に行っても、度々帰ってきていることはすぐにわかるのではないですか?」
「いえ。彼がそれをペルヴェルス様に伝えることはないでしょう」
「どうしてですか?」
「自分の恋路の邪魔になりますから」
「……」

 私は理解できない状況を理解してしまい、頭を抱えた。

 恋とは、なんて恐ろしいものなのだろうか。
 出来うることならば、私は恋の沼になど足を踏み入れたくはない……
 いや、前世で52年間生きていてそんなことは一度もなかったのだから、きっとこれから先もないだろう。

 私はカルロの幸せを見守って、カルロの生きる国を守って、カルロの子孫が生きる土地を豊かにして、カルロが充実した人生を歩む手助けをして、そして、カルロの笑顔を胸に死ねれば本望だ。

「リヒト様? 現実逃避しているところ失礼しますが、一旦お部屋にお戻りになってはいかがでしょうか? 帝国に行くかどうかはお部屋でじっくり考えればよろしいかと」

 知恵熱を出しそうになっている私の顔を乳母が覗き込んで言った。
 さすが乳母だ。
 私の限界を察してくれたらしい。

「乳母……そうですね。ちょっと、ヘンタ……に恋するとか意味わからなすぎて、脳が拒否反応を起こしてしまいました」

 やはり皆、ヘンタイという言葉は聞き流してくれるようだ。

「ペルヴェルス様はあの見た目ですし、王族という権力者ですからね。年齢や性別を問わずにとてもおモテになりますよ」
「え……」

 騎士団長の言葉に私は愕然とした。

「まぁ、従者殿にだいたいは蹴散らされておりますけれど」

「あの方は年季が違いますからね」と乳母も騎士団長に賛同するように言った。

「乳母も知っていたのですか?」
「この城にいる者は大抵知っています。リヒト様のお耳に入れる必要がなかったのでお話ししておりませんでしたが」

 まさか私が警戒していた変態が実はモテていて、その事実を知らなかったのが子供の私とカルロだけだったなんて……
 この世界に転生してきて初めて思った。
 変態がモテるとか中身52歳の純日本人のおじさんには全く理解できないよ! 異世界!!



「ちょっと疲れました」

 勉強部屋ではなく寝室へと戻った私がそう言えば乳母はすぐに察してくれた。

「少しお休みになりますか?」

 変態のことで精神的に疲れた私は「そうします」と頷いてベッドに横になった。
 こういう時、ペットを飼っていないことが悔やまれる。
 猫や犬のようなもふもふしたものを撫でて精神を落ち着かせたい。
 もふもふなでなでして落ち着くもの……

「カルロ!」

 部屋には従者のカルロしか残っていなかった。
 グレデン卿は扉の前で護衛をしてくれているだろうし、乳母は私が昼寝をしている間に休憩を取るか、他の仕事をするのだろう。
 カルロも従者の部屋に戻って休憩をしてもいいのだが、こういう時のカルロは大体私の部屋の椅子に座って本を読んだりしながら私に呼ばれるまで待機している。

 「はい」とカルロがベッドに近づいてきたので、私は私の隣をトントンッと叩いた。

「一人だと落ち着かないから一緒に寝てくれないか?」

 カルロの表情が明るくなる。
 カルロは私のことをよく慕ってくれていてとても可愛い。
 靴を脱いだカルロは私のベッドに上がり、私の隣に寝転がっていつもの調子で抱きついてきてくれた。

 中身52歳の私からカルロを抱きしめるのはちょっと変態と同類になったようで心苦しかったから、カルロから抱きついてくれて嬉しい。
 カルロは私の腕にすっぽり収まるサイズで抱き心地がとてもいいのだ。
 髪の毛はサラサラしていい香りもする。
 正に可愛いペットを抱きしめているような最高の癒し……

 しかも、こういう時のカルロは甘え上手で私の胸に頭を擦り付けてきたりするから本当に子犬のようだ。
 子供体温が温かくて、サイズ感がちょうどいい抱き心地で、子供特有なのか甘いようないい香りがして、変態のせいでざわついていた私の心は落ち着き、瞼が重くなった。

 意識が深い眠りに飲み込まれていく中で、瞼に柔らかい何かが触れ、次に、そっと、唇にも柔らかなものが重なった気がした。

 しかし、眠りに落ちる途中に感じたささやかな感覚は、次に目を覚ました時にはもう記憶には止まっていなかった。






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